PART -4-
僕は、そのLetterSの少女にいわれるがままに、適当なコーヒーショップに入った。場所なんてものはどこでもよかったようで、彼女は店を見つけた瞬間にその中に入り込み。
「ほら、早く」
と、僕を手招きした。
まあ、実際、僕という得体のしれない(LetterSであることと、自分の能力の制御すらできない人間であることだけはわかっている)男を、こうも簡単に警戒心を解いていいものだろうか。
と、まあ、思うのだが。
僕としては、彼女のさっきの言葉がまだ頭にひっかかっている。
彼女と僕の身体能力はほぼ一緒、というのはどういうものか。
いや、まあ、あの変な模様を見ただけで、その瞬間に体の構造すら変わってしまったら、まあ、それはどうにも、ファンタジーなんじゃないでしょうか。
狼人間みたいなものかしら。
簡単にいえば、の場合だけど。
「で、あなた、いつあの手紙が届いたの?」
「いつ? それって関係あるの?」
「あるに決まってるだろ。答えろよ」
「あー。うん、昨日」
ぶ、と、そこで、少女は吹き出す。
「昨日? はー。そんなもんでよく今まで生きて来られたな」
「そりゃ、姿消えてたからね」
「私からは丸見えだ。そんな風な人間とあったらどうするつもりだったわけ?」
「そんな人が多くいるのかな」
「あー、そっか。そっからか」
何か呆れるように少女は自分の額に手をおいて、首を振る。
「そもそも、どこから知らないんだろう? あ、LetterSを知ったのは、あなたどこから?」
「あー、これかな」
僕は、そこに一冊の本を取り出す。
「ああ」
「知ってる?」
「知らない人はいないと思うけど。へえ。そっか。あんま興味を持つ人はいないと思ってたけど、そっか。こういう力も持ってたんだ」
少女は何かわからない独り言をいっている。
「ストップ。一人で納得するのは無しだ」
「ああ、はいはい。でも、それ結構最近の本だよ。出たのもう先月くらい前だし。折鶴白紙でしょ? 書いてんの」
少女のいったことは、本の表紙に書いてあるものを見れば、完全に当たっていた。
「あ、読んだ?」
「まさかでしょ。最初から知ってることを知る必要とかってある?」
「ん? でも、結構色々当たってるんじゃない?」
「…………いいや、そこら辺のことは無視していいや」
「はい?」
「まず、私のほうで、あなたにLetterSの簡単な説明からする。それをきいたら、ここにコーヒー代をおいてさっさと帰ってね」
ひどい言われようで。
「まず、LetteSは自分で自分の素性をほかの人間にいってはならない」
「ほほう」
「まず、LetterSは自分の生き方を早期に決定しなきゃならない」
「生き方? あのさ、さっきからなにを」
「いいから黙れ。で、もう一つね。LetterSは、自分がどこに行くのか、誰の味方をするのかを絶対に決めなきゃならない。OK? OKなら、今日の授業は終了。はい。お疲れ様でした」
「はいぃ?」
さすがに、僕もそう言わずにはいられない。
この人の言っていることは、まるで意味が分からない。
「あ、あのさあ、からかうならからかうでもっといい方法があると思うんだよね。なにもこんなに時間を使わなくても」
そう、僕がいった瞬間に、彼女はす、と表情をなくす。
「あなた、今私が言ったことを、ほとんどふざけて言ったことだと思ってる?」
「それ以外になにと?」
「はぁ」
と、少女は、そのまま不機嫌そうに、席を立った。
「わかった。少し話しでもしていこうかなと思ったけど、やっぱりいいや。あなたとは話せない。まあ、でも、私っていう人間に会えただけ、前進かな」
「なにを」
「うん。飲んでないけど、ごちそうさま。ここにきた物はあなたで飲んでいいや、私、これから遅刻で学校に行くからさ、あなた、もうついてこないでね。でさ、できれば私の目の前に現れないでほしい」
とか、そんなことをいって、彼女はさっさと店を出ていってしまった。まあ、なんというか。ここまでくれば誰でもわかるとは思うんだけど、僕の何らかの言動が、彼女の気を悪くしたらしい。
「あー、失敗したかなー」
せっかく、敵意の少ない同類に出会えたと思ったのだが。このまま、僕が普通の人間に戻る為の方法を訊いてから気を悪くしてくれればよかったのに。
まあ、自分から席を立った人を、今更引き留める気はない。実のところ、僕の体は、無事に像を取り戻したのだし、後のことはほかの人物でなんとかなるでしょう、と思い直す。
そうして、一つの失敗。
そのテーブルには、二つのコーヒーが運ばれてきて、僕は周囲の人間の視線に耐えながら、それを飲まなければならなかった。
苦い、というか。
くそ、誰がうまいことを言えと。
そんなこんなで、僕は自分の家からそこまで遠くはない位置の喫茶店で、二杯のコーヒーを飲むと、その店を出た。
まあ、ほかにやることもなかったし、問題は解決したので、とりあえず大学でもいくかー、と思ったが、しかし急にやる気がなくなってきた。
実のところ、僕にマンガとかの特殊能力を持ったところで、それをどうこう扱う気はない。まあ、便利かもしれないけれど、自分体を永久に透明にしたまま、という事態は、できれば避けなければ。
「まあ、自分の家に帰って寝るかー」
そんなことを考えたりした、その時。
僕の横を、ものすごいスピードで走っていく車が見えた。
とっさに自分の体をひねることでそれを回避すると、真っ赤なポルシェっぽい高級車は、その狭い道路を爆走していった。
「あっぶねえ。引かれるところだった」
割といるよね、ああいう車の運転する人。
なんというか、あんな行動をするのは、少し理解ができないのだけど。
「まあ、とりあえず無事、と。あれ?」
そこで、認識する。
今まで地面に張り付いていたはずの僕の影が、一切の像を失ってしまっていた。
「…………」
いやな予感がして、僕はそこにいく。
その店のガラスに、僕は近づいていく。
そのガラスの中に写ったものは、僕の顔などではなく、僕の後ろに存在する、公園の光景だった。
「ありゃあ」
――――まあ、これはもう、疑う余地もないとは思う。
「つーか。さっきようやく像を取り戻したのに、またこの状態ですか。ギャグですかって」
まあ、そう思わずにはいられないような状況ではある。
こんなことなら、あの喫茶店で軽食も一緒にすませてしまえばよかった、と僕は今更のように後悔した。
腹が減りました。
まあ、当然、今のまま、僕はなにもできずに、自販機で水分を適度に補給しながら、自分の像が戻ることを願ったが、まあ、そんなものは一行に効果がないようで、僕の願いなんてものは全く聞き入れられていないようだった。
とか、そんな現実逃避にも等しいことをいっては見るが。
「時刻は、二十時か」
あれから十二時間。
僕は、一度自分の部屋に戻っては見たが、それでも家にはすでに食料の類はそこをついているし、動いていなければ空腹は悪化する一方なので、仕方なく外を徘徊することに決めたわけです。
で、まあ、昼に向かったあの喫茶店にいっては見たが、すでにそこには閉まった店舗があるだけだった。
困ったのは、僕の手持ちがすでに一割ほど減っている、ということである。
僕の手持ちは、全部で二万ほどの余力があったのだが、あの少女にコーヒーおごったことと、十二時間を水のみで過ごしたことによる消費で、すでに二千円もの穴が開いてしまった。
というか、姿が消えている間、僕の水分の摂取量がえらいことになっている。僕自身のエネルギーの消費量が増大化しているように思う。
姿が一生見えなければ、そのまま僕は、見えない死体として路上で腐ってしまうのだけど。
いやだなあ。
まあ、そんなわけで、あの不思議少女を探すことにしたわけだけど。
まあ、実のところ、何の実りもなかったと言えば、その通り。
あの少女の通学路である電車を探しては見たが、あの少女の姿は見つからなかった。
言葉にすると、何か危ない人間に聞こえなくもないんだけど。
まあ、しかたがない。
そんなわけで、最終手段で人の集まる街に行くことにした。
まあ、そのLetterSの方に出会えるかもしれない、と思っていたのだが。
「出会いが少ないわー」
まあ、それも仕方のないことだ。
現在、僕の姿は、誰にも見られていない。
未だに、僕の姿というものは、影を写さず、誰の目にも写らない、という状態である。
つまりは、僕の姿を見ている人物は、誰もいない、ということになる。
困ったものですね。
で、空腹状態が続いている僕は、この場から一歩も動けない状態にいるわけなのだが。
まあ、どうしようか、と考えて、仕方がないので、自分の家に戻って、わずかな塩と水道水でどうにかするかー、と思い始める。
繁華街は完全に飲みの店が多く、そのほとんどが居酒屋で、人の通りも異様に多い。まあ、呼び込みの人物や、その客となる会社員、別のお遊びの大学生などであふれている。
その活気さの中で、僕は自分の旅路を、一人歩いて行くことしかできないのだが。
「――――あれ」
そこで、後ろを向く。
後ろから、僕を尾行している人物に気がついた。
その姿は、まるで真っ黒い雨かっぱのようなものをまとって、色とりどりの、あるおどろおどろしい街の中を、ゆっくりと、その空間を真っ黒に装飾するように歩いていた。
まあ、行き先が同じなだけでしょう、と考え、僕は歩き始める。
帰路には電車を使ってもよかったのだが、なにせ、今は帰宅のラッシュである。そんな中を行く勇気はさすがになかったので、そのまま徒歩で帰ることにする。
まあ、僕を見てる人がいない以上、なにを気にするでもない。
夜道を照らす街頭が、周りの景色を際だたせるが、しかし、僕の姿はそこには写っていない。
街の駅から遠ざかることによって、人の数は徐々に減っていき、そのうちにゼロになる。
僕はその時に後ろを向いたが、もうあの黒い人物は存在しなかった。
「ああ、ま、そうですよね」
昨日の人物か、それか、ほかの人物か。
何にせよ。僕の周囲で、僕のことを知っている人物がいるということだ。
前を向く。
そして、
そこに、
一人の人物を、発見した。
外見は、フードをかぶった男性といった感じの人物であり、先ほどの僕の後ろにいた人物とは異なり、外見的な特徴をあげるなら、その人物は透明の雨具をまとっていた。
「…………」
ただ黙って、その人物はそこにいる。
さしかかったのは電車を通す為の橋の下で、その目の前に、本来であれば光そのものを受けていない、人の目には見える訳がない、僕の目の前に、そう。
その人物は、存在した。
イコール。
僕の方から全く目を離さないその人物は、僕をまっすぐに凝視して、本当に僕のことを見ているようでもある。
声は出さない。
今、声を出してしまえば、すべてが台無しだ。
まあ、
その、
積み上げてきたものなんてものはないから、台無しもなにもないんだけど。
僕は、ゆっくりと、その男性の目の前から横にそれて、彼のことをやり過ごそうとする。
「どこにいくのかな?」
と、そう。
その男性は、本当にあっさりと、僕のことを看破した。
「そこにいるんだろう? わかっている」
そう、男は口にして、僕の方向に目を向けた。
「…………」
まあ、口を開くわけもない。
「そう恐れなくてもいいじゃないか。きみの行動は、実に俺から恐れているようだぞ」
「はあ」
と、そこで。
あっさり僕は声を出してしまった。
その瞬間に、その男性は、ぐっと僕の方向に向き直った。
そうして、男性は白い歯を、不気味なほどにのぞかせる。
「ああ、そこか」