PART -3-
家をでた僕は、そもそもとしてどこを探せばいいのかを迷っていた。
まあ、実のところ、僕の姿を視認できるような人物は、埼玉のどの監視カメラを探しても、存在しないのだけど。
腕時計を見ると、午前の八時をデジタルの画面が示している。
その中で、僕がどこに向かったかと言えば、こともあろうに、僕は駅に向かったのだ。
せっかく大学をサボろうと決めたのに、移動を始めたのである。
で、僕の罪を一つ告白。
僕が改札において、自分のSuicaをかざそうとした瞬間に、電子の改札は僕の姿を視認することなく、僕の体を通してしまった。
無賃乗車。
非常時なのでお許しください。
行き先は特に決めていなかったけれど、まあ時刻的に考えて、通勤ラッシュに巻き込まれたと考えていい。
ホームの中の誰も、僕の存在に気がついている様子の人物はいなかった。
駅のホームは、それこそ学生や社会人のみなさんや、まじめな大学生などが跋扈していたわけだけど、しかし、その中で、僕のほうに目を二秒以上向けた人物はいなかった。
電車に乗り込んだ時に、意外にも僕の存在に気がついた人物はいなかった。見えない何かがそこにいるのだけど、なにぶん周りの人間の数が多すぎて、僕の存在には気がつけなかったのだ。
で、僕は、その中に、
一人の学生を発見した。
顔は見えないが、高校の制服をまとって、何か見覚えのある茶色のコートを上から羽織っていた。
嫌な記憶が再生中。
昨日、あのコートの中に、一丁の拳銃を発見した時と同じ感覚が、僕の脳に起こった。
つまりは、怖い、に近い感覚。
そんな感覚が、僕の脳にたたきつけられる。
一人の危険な女学生が、そこにいた。
そして、その女子高生がこちらに目を向けた。
時間にして三秒。彼女は僕の方を向いて、思い切りメンチをきかせた後に、何事もなかったかのように元の景色を見始めた。
その状態が数分か続いたあと、彼女は一つの駅の先で降りていった。
思わず、僕もそれを追う。
彼女は改札を抜けたあと、一人早朝の道をただ歩いていた。
その後を、僕はゆっくりと追いかける。
いや、まあ、見た目完全に犯罪行動すれすれだけど、あくまで僕は――――
「――――はぁ」
そこで、
向こうの少女から、何か深いため息のようなものが漏れたことが、僕の耳にまで届いた。
「あのさ、出てくるなら出てくるで、そろそろその姿を消すのはやめたらどうよ」
そう、向こうの少女はいって、僕の方向に振り向いた。
そして、その眼は。
人間の瞳孔そのものが、まるでカメラのレンズのように、オートフォーカスを内蔵しているかのような瞳になっていた。
――――いや。
これはあれですよ。僕のことを言ってるのかと思ったら、また別の人物が出てくるっていうそういうオチ――――
「あなただよ、あなた」
と。
まあ、そんな希望はむなしく、彼女は僕を指さした。
「どんだけシャイ? なに? 常に姿を消すのが趣味なの?」
仕方ない、と僕も覚悟を決める。
「趣味ではないけど、でもまあ、僕は少し、やりたいことがあって」
と、そこまで言って、僕は本来の目的を思い出す。
「あの、さあ、きみ、僕の姿が見えるの?」
そういうと、とぼけたように少女は首を傾げる。
「は? 見えるもなにもないよ。見えて当然だろ、そんなもの」
「はあ」
そうなんですか。
その眼のせいなのかしらね。
「あ、今の僕の状態、わかります?」
と、そんな抜けたようなことを言いつつ、あの少女のまとっているコートの中には、一つの銃器が入っていることを思い出して、徐々に僕は後ろに後ずさっていく。
「待てよ」
で、案の定、目の前の少女はその凶器を取り出した。
あっさりと。
本当に、何の躊躇もなしに。
というか、その銃器を取り出す動作そのものに、一切の迷いといったものがないように。
銃器の扱いになれている女子高生、というのは、できればこの日本の中にいてほしい人種じゃないけれど。
「あなた、知ってるでしょ。昨日私のほう見てたもんね。アレ。私の持ってる物に気がついたんでしょ」
バレてる。
というか、僕が昨日彼女を見ていた時間は、わずかに十秒に満たないのだけど、それでも気がついたのか。
この女後ろに目でもあるんじゃなかろうか。
「で? あなたもLetterSなんでしょう?」
そう、少女は口にする。
というか、あの本の題名は、やはり「レターズ」でよかったのかと思い直す。
「まあ、ここまで来た以上、いいよ、相手してやる。まあ、二度と立ち上がれない体になるように銃弾を撃ってやるから、来なよ」
お嬢さん、完全に臨戦態勢。
いやー、丸腰の僕に、銃器を持った人がいる時点で、勝負にならないと思うんだけど。
「まま、待って待って、その銃がある時点で、僕の負けは確定してると思うんだけど」
「相手が倒れるまでは危険だから」
「結構な防御本能ですこと!」
まあ、そんな感じにくだらない会話を無視して、本当に少女は撃ってきそうな雰囲気をかもし出している。
「ちょ、まってほしい。僕、本当に昨日あの、黒い手紙をもらったばっかりで、なにもわからないんだけど」
「古い手だ」
「へ? そうなの?」
「前に結構あったやつだよ。自分は新入りだっていって、警戒心を解かせるやつ。そんな古い手を使うわけ」
「いや、本当なんだけど」
「だったらさ、その透明化を解けよ」
そう言われても、なんだよね。
「あのー、一ついっていいかな」
「訊くんじゃねえよ、そんなこと」
「僕、この状態を解く方法がわからないんだけど」
「あ?」
そう、本当に不機嫌そうに、彼女は反応した。
まあ、正直にいって、その時点で銃身から鉛弾が吐き出されそうな雰囲気で。
「あー。なに、本当にできない?」
「いや、あの、きみに姿が見えてるなら、余計な労力を使う必要はないと思うんだけど」
「その能力って、疲れるの?」
「うん、というか、僕、ここからどうやって逃げようかをずっと考えてるんだけど」
「ばかじゃねーの? なんで身体能力がほとんど変わらない相手に足で勝とうとしてんの?」
「同じ?」
その情報は初耳だ。
「ちょっと待ちなさい。どういうこと? それってつまり――――」
と、その瞬間に、本気で僕の眉間を撃ち抜こうとする少女の目が見えてしまって、僕は発言を取りやめた。
「なあ、そういう物騒な、目はしないでほしいな。僕はあくまで、きみがLetterSだとしたらその、この状況でどう生きていくのかってことを訊きたいだけだから」
「普通にすれば?」
「はい?」
「だからさ、普通にすればいいじゃん。そんなの」
「あのさ、今の僕の現状、見た上でそう言ってるのかな」
「当たり前でしょ。っていうか、見えないんじゃ、そのまま店の中で盗みに困ることはないんじゃない?」
こえー。今のハイスクールってこえー。
高校生、結構危険な思考をするね。
「いや、それはだめでしょー。人として」
「なに、だめって」
「だから、人として」
そこで、その少女はようやくその銃口をおろした。
「あのさ」
「はい?」
「そういうことを言ってる奴は、きっとこの先に殺されるよ」
物騒なことをいうなあ。
「いいよ。来な」
「うん?」
「うんじゃねーよ。さっさと来いって言ってんの。説明だけ、さらっとしてやるから」
「戦う雰囲気は?」
「どう考えても私が勝つと思うし、そしたらあなた抵抗できないだろ」
「まあ、そうだけどね」
「だからこそ、LetterSについて教えてやるって言ってんの」
「え? いいよ。だってきみ、学校あるんでしょ?」
「そんなもん今更遅いんだよ。ほら、そこらでコーヒーでも飲もうよ。金はあなた払ってね。講義料」
「いや、さあ」
僕は、彼女の忘れていることを言うしかない。
「だから、僕はきみ以外の人物から見えないんだって」
「あ、そうだった」
どうやら、この人物は本当に忘れていたらしい。
「あー、その方法を聞きに来たんだったね、あなた。えーと。その。アレだ。私を目の前にして、もう安心した?」
「え? まあ、一応」
「じゃあ、ゆっくり深呼吸」
「はあ?」
「はあじゃねーよ。やらないならいい。あなたの目的が達成できないだけだから」
そう、少女はいうが、本当にそんなもので解決するとは思えないのだが。
「騙されたと思って、ほら、レッツトライ」
少女は、撃鉄を起こした銃から弾倉を抜き、薬室から銃弾をはじき出す――――ようなそぶりを、自分のコートの中で行う。
「ほら、これで安心? 悪いけど、このまま安心できないと、あなたずっとそのままだから」
そういわれても、僕としては一切その理由はわからない。
しかし、その時。
僕の体の色素が、徐々に戻ってきた。
厳密にいえば、僕の影というものが、地面に戻ってきた。
それはつまり、僕の体が、正常に光を受けてきた、ということだろう。
「おお、ホントだ」
「はあ」
と、少女はため息をつく。
「なに、その『しょうがねーな』みたいなため息」
「本当にその通りだから。っていうか、予想通りだ、あなたのはそういう類か」
「なに、そういう類って」
「色々あるのよ。まあ、その辺は後で話すから」