・8・Az meets Nico.
ふと目を覚ましたアジュリーンは、自分が寝台に寝ている事に気づいた。
見覚えのない部屋。
正面の窓からは、橙の光が差し込んでいる。
『起きたのか・・・?』
弱々しい声の方を向けば、ぞっとするほど美しい男が一人。
紫がかった黒髪に、血のように紅い双眸。
寝台の横に椅子を寄せ、睨むようにアジュリーンを窺っている。
知らない顔だ。
その姿に覚えがない・・・しかし、男が持つ魔力はつい先程まで感じていたように思えた。
『体は大丈夫か?』
そしてその声。
アジュリーンの脳裏に、意識が途切れる直前の記憶がよぎる。
◆◆◆◆◇◇◇◇◆◆◆◆◇◇◇◇
――――――――目隠しされた闇の中で。
『どうか"許す"と言ってくれ』
低い声が乞う。
そして、許しを与えた彼女の胸に触れた柔らかい感触。
焼けつくような痛み。
『有難き幸せ』
圧倒的な「力」をその身の内に隠して、彼はなんと名乗ったか――――――――。
◆◆◆◆◇◇◇◇◆◆◆◆◇◇◇◇
「・・・・・・ジーンカイル?」
『・・・覚えていたのか』
ぽつりと落ちた言葉に、ジーンカイルはぴくりと眉をあげた。
『体の調子はどうだ。どこか痛む所はないか?』
問われて体に意識を向けるが、どこにも不調はなかった。
首を横に振ると、『そうか』とジーンカイルは息を吐く。
彼は僅かに眉を寄せて、そっと手を差し伸べてきた。
頬に触れる優しい感触も、傷を癒された時と同じ。
心がゆるゆると温かくなって、アジュリーンは手にすりよった。
ジーンカイルはしばし硬直したが、やがてそろそろと髪を撫で始めた。
『――――我が主人殿。お前の名を教えてくれ』
「・・・・・・アジュリーン、です」
『アジュリーンか・・・』
ジーンカイルは一瞬考えるように目を伏せた。
『じゃあ、アズにする』
アジュリーンは不思議そうに首を傾げる。
「アズ・・・?」
『愛称だ、アズ。オレの事はニコと呼べ』
「ニコ」
『そうだ』
ジーンカイルは満足気に笑んだ。
しかし、すぐにその顔から表情が消える。
『なにやら人間共が騒いでいる。なぜ召喚を行ったか知っているか?』
「緑の国と戦争を・・・」
『戦争か。それでダイを召んだのか。ふぅん?"豪嵐の悪魔"、ね・・・』
ブツブツと呟くジーンカイル。
『"先見"のオレでは役に立たないとでも?――――いや、それよりも、アズ』
「はい」
『オレの主人はお前だ。オレはお前の"命令"には逆らえない。逆に、お前以外の人間には従わない。分かるか?」
「はい」
『人間共は、戦争にオレを使いたがるだろう。そして、お前にオレに戦うように"命令"しろと言ってくるはずだ』
「はい」
『オレはお前の僕だ。お前が望むなら、戦争の助けをしてもいいし、この国を滅ぼしてもいい』
ジーンカイルの目は本気だった。
その綺麗な紅い瞳をじっと見上げて、アジュリーンは首を傾げる。
『お前はどうしたい?』
悪魔の問いに、アジュリーンの口がゆっくりと動いた。
「わたしは――――」