・5・「召喚の間」にて悪魔は怒る
魔力の奔流に流されたそこは、広間のようだった。
ジーンカイルの下には、魔界にも現れた召喚の魔法陣。
それを囲むように六人、魔法陣の先に数十人、そして広間の最奥にも数人の人間たちがいた。
しかし、目的のものが見当たらない。
ジーンカイルは広間の隅々まで目を凝らす。
魔界に現れた魔法陣の魔力は、ジーンカイルが経験した事のないほど上質で、甘美な香りを放っていた。
本来召ばれたディスカイルから召喚を奪ったのは、その魔力を食らうためである。
ジーンカイルは魔法陣を囲む人間たちに目を向けた。
それぞれがそれなりの魔力を持っているが、六人合わせても5位の悪魔を召べるほどとは思えない。
その上、魔法陣の魔力と全く異なっている。
ジーンカイルは、苛立ちに身を震わせた。
彼から溢れた魔力が風となり、魔法陣の結界にぶつかってバチバチと火花を散らす。
「――――あ、悪魔よ!汝の名を問う!汝は"豪嵐の悪魔"ディスカイルであるか!?」
悪魔使いの一人が唐突に語りかけた。
召喚した悪魔の名を問う事は、悪魔召喚の基本中の基本であるが、現れた高位悪魔の力にあてられて、人間たちは呆然としていたのである。
ジーンカイルは、気だるげに答えた。
『否。我は"先見の悪魔"ジーンカイルなり。我を召喚したのは誰だ』
魔力風は結界にせき止められど、遮る事のできないジーンカイルの殺気に、広間の人間たちは震えあがった。
目隠しされている乙女たちさえ、その声と魔力に失神する者も現れる。
一人、道士のみが慄きながらも儀式を続けようとしたが。
「其方を召喚したのはこの私――――」
『違う!嘘をつくな!』
「ヒッ・・・」
ジーンカイルは言葉を聞き終える事もなく否定し、結界は轟々と雷のように鳴った。
『貴様らの誰も魔法陣と繋がっておらぬ!これを使い我を召喚したのは誰ぞ!』
その怒りに大臣らは失禁し、悪魔使いたちは腰を抜かした。
高位悪魔は戦争の勝敗を決めるほどの強大な力を持つ。
使役できれば勝利をもたらす。
しかし、その機嫌を損ねれば――――国が滅ぶ。
そもそも、悪魔使いらが召喚を試みたのは、5位の悪魔、ディスカイル。
その上の、4位のジーンカイルを召ぶつもりなど皆無だったのである。
なんの因果か、ディスカイルとジーンカイルは話し相手という奇妙な関係があり、たまたまディスカイルが召喚された時、ジーンカイルがそばにいた。
さらに偶然が重なったのは、その魔法陣を造る魔力が、ジーンカイルを動かす程の上物だった事。
人間たちにとっては、災難だったとしか言いようがない。
しかし、重なった偶然の一つは道士の行動も含まれる。
彼が儀式を始める前に、魔法陣に繋げた一人の生贄の乙女。
道士はカチカチと鳴る顎を必死に押さえつけ、ガクガクと震える手で魔法陣を指差した。
「そ、そそそこにっ。あああ貴方を召喚した者はそこにおりまするっ」
ジーンカイルはその指の先を見た。
彼の体の真下。
そこに座り、ジーンカイルを見上げる一人の乙女の姿が。
吹き荒れる魔力風に髪や服がはためき、白い肌には切り傷や火傷ができている。
魔法陣の中心で身を守るものもなく、隠された目でジーンカイルを見つめるように、じっと上を向いている。
その、乙女は。
三話サブタイトルはここに繋がります。
ちょっとした事が、後で大変な事を招いたりする。
憐れ、道士。