・18・彼女は初めから
ひんやりした眼球に頬を寄せ、目を閉じてアジュリーンはうっとりと息を吐いた。
彼女の全身を包み、染み込んでいく魔力。
これこそ、あの召喚の魔法陣の中で感じたもの。
◆◆◆◆◇◇◇◇◆◆◆◆◇◇◇◇
ーーーーーーーー目隠しされた暗闇の中で。
突如彼女の頭上に出現した、圧倒的な「力」の塊。
魔力を豊富に持つ彼女には、目を塞がれていてもしっかりと視る事ができた。
悪魔と呼ばれるらしいソレは、なぜか怒っていて。
吹き荒れる魔力風にその身を傷つけられながらも、アジュリーンは目を離せなかった。
心臓が早鐘を打っている。
弱者としての本能が、命の危険を感じたからではなかった。
切り裂かれ、焦げた肌に体が反応した訳でもなかった。
どうしても惹きつけられるーーーーそれは、トキメキであった。
◆◆◆◆◇◇◇◇◆◆◆◆◇◇◇◇
魔力を押さえ込んでからも、それゆえに凝縮した「力」を見つめていた。
ソレはやがて彼女に近寄るとその傷を癒し、跪いて契約を乞うた。
その時すでに、アジュリーンは彼を受け入れていたのだ。
異形でも、人型でもない、ただジーンカイルという存在の「力」だけを視て。
だから言った。
「大丈夫」、と。
契約の後、目覚めて見た人型の姿を受け入れ、さらに別の姿があるなら全て見たいと望んだ。
確かにそれはこの世のものではない異形であったが、それよりも久しぶりに肌で感じた彼の解放された魔力が心地良かった。
紅い目玉は人型の時と同様に美しかったし、黒い霧は温かで、紫の触手も素敵に色気を醸し出している。
常人には理解できないだろう感覚ではあるが、悪魔に終生を誓われる主人は、みな己れの悪魔の姿に好意的な感情を持つのであった。
◆◆◆◆◇◇◇◇◆◆◆◆◇◇◇◇
『・・・・・・ア、アズ』
おずおずと名を呼ばれ、目を開けてアジュリーンは顔をあげた。
が、首を傾げる。
目玉そのものであるジーンカイルに抱きついているため、どこに視線を合わせればいいのか分からなかったのである。
すると、ぎょろりと虹彩が彼女の顔の位置に動いた。
ちなみに、この形態のジーンカイルの視界は360°であるため、虹彩の向きは本来関係ない。
『その・・・恐くないか?』
首を横に振るアジュリーン。
そっと眼球に指を滑らせ、
「とても・・・素敵です」
熱のこもった声で囁いた。
『そっそうか!』
ぞわりぞわりと、ジーンカイルは触手を蠢かす。
どうやら異形の姿では、赤くなるかわりに触手がうねるようである。
『お二人さ〜ん』
甘やかな世界をつくっていた二人にかかる、軽快な声。
腕を組んだキュべルージュは、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
『"絆の試練"は無事、合格よ。あ〜イイわぁ。イチャイチャいちゃって。アタシも早く主人とイチャイチャしたいわぁ・・・』
艶めかしく舌なめずりをした。
そんなキュべルージュの様子を目にも入れず、アジュリーンはまたジーンカイルに抱きついた。
『ア、アズ!?』
「・・・嬉しい」
『ん、なんだ?』
小さな呟きが聞き取れずに問う。
「嬉しいです!ニコ、これでずっと一緒です・・・!」
終わりにまた泣き出してしまった彼女を触手でなだめながら、ジーンカイルはやっと喜びを実感した。
試練を乗り越え、【まだらの国】へ行く資格を得た。
自分はアジュリーンのそばにいる事を誓ったし、彼女もそれを望んでくれた。
これ以上に幸福な事があるだろうか。
"上"がつくったそこがどんな場所かは想像もつかないが、アジュリーンと共にいれば安らぎのある暮らしができるだろう。
かつて魔界にいた彼が考えもしなかったような、喜びに満ちた生が。
ーーーーそして次の日、二人は人間の大陸から姿を消した。