・17・受容
『アズ』
「はい」
『アズ・・・』
「はい」
『・・・・・・オレは』
ジーンカイルは顔をあげ、アジュリーンの柔らかい瞳の色を見つめた。
丸い目はトロンと潤み、じっと彼の紅い虹彩を見つめ返した。
『情けない。体が震える。・・・・・・4位悪魔のこのオレが。――――あぁ、でも、怖いんだよ、アズ』
額と額を合わせ、苦しげに吐き出す。
アジュリーンはその頬に両手を添え、強い視線を送る。
「大丈夫です、ニコ」
『本当か・・・?』
「本当です」
アジュリーンははんなりと口に弧を描き、
「ニコの全部、わたしに見せてください」
甘えた声で、そうねだった。
『っ・・・!!!』
カッと目を見張り、みるみる朱に染まるジーンカイルの顔。
世界から音が消え、アジュリーンしか見えなくなる。
完全な殺し文句であった。
「――――――――――――んんっ」
しばし時が経って、遠慮がちな咳払いが響いた。
ゆっくりアジュリーンが目線を動かすと、『仕方ない子達』と言った様子でキュベルージュが腰に手をあてていた。
『覚悟は決まったかしら?そろそろ試練を始めましょう』
アジュリーンは頷き、ジーンカイルに顔を戻して、ぺちぺちと優しく頬をはたく。
我に返ったジーンカイルは、一度強く彼女を抱きしめ、やがて腕をはなし十歩ほど距離をあけた。
焦がれるように見つめるジーンカイルに、アジュリーンはしっかりと頷いてみせる。
ジーンカイルはすっと目を閉じると、大きく息を吸った。
――――じわりと体から魔力が漏れ出し周囲に漂う。
そしてほろりと輪郭が崩れ、黒い霧が生まれていく。
ざわざわと膨らむ霧は宙へと浮き上がり、不意にずるりと細長いものがとびだした。
紫色のそれは、一本、二本、三本と数を増やし。
蠢く触手の塊の中心から霧が動き、白い肉球をあらわにしていく。
完全に剥き出しになったそれは、血のように紅い虹彩の巨大な目玉。
大気を押し潰すような魔力を発しながら、ついにジーンカイルはその本性をさらしたのであった。
◆◆◆◆◇◇◇◇◆◆◆◆◇◇◇◇
異形へと戻ったジーンカイルは、恐る恐るアジュリーンへと意識を向けた。
そこには、顔いっぱいに歓喜を湛え、涙をこぼすアジュリーンの姿があった。
ジーンカイルは凄まじく戸惑った。
彼女は見たことない程嬉しそうな表情をしている。
けれど、一度も見たことのない涙が頬を滑り落ちる。
「見せて」と望んだのだから、喜んでいるはずだが、なぜ泣いているのであろうか?
ジーンカイルは"嬉し泣き"というものを知らず、己れがアジュリーンに初めて会った時の事も思い出す事はできなかった。
悪魔である彼さえ、本能的な喜びに涙を流したというのに。
動きをみせないジーンカイルに向かって、アジュリーンがゆっくりと両の手を伸ばす。
「ニコ」
ただ、一言。
その二つの音があまりにも優しくて、ジーンカイルは思考を吹き飛ばされてしまった。
"受け入れてくれた"
ただまっすぐに悟り、ジーンカイルはアジュリーンの元へと降りた。
彼女の倍はある巨体に無数の触手があるため、どう近寄ればいいか迷ったものの、アジュリーンが白い眼球に抱きついた事で解決した。
するすると、触手で彼女を包む。
アジュリーンが滑らかな目玉の表面をゆったりと撫ぜる。
その感触に快感がはしり、ジーンカイルはぞわりと身を震わせた。