・15・彼は彼女に逆らえない
『三段だと?』
『遥か昔の、だけどね』
目を見張るジーンカイルにあっけらかんと言って、キュべルージュは腰に手をあてた。
『敵対しに来た訳じゃないわ。アンタ達にイイ話を持ってきたのよ』
ジーンカイルは警戒を解かない。
『なんだ』
『アンタ達、今面倒な状況にいるでしょ?人間共に恐がられて、つまらない事押しつけられて、閉じこめられてるじゃない。それを解決してあげる、って話』
『なぜそんな事をする』
『"上"の指示よ』
人差し指を立て、上を指すキュべルージュ。
『誰だ』
『あら、分からないの?』
意外そうに首を傾ける。
『アタシ達の"上"と言ったら、"あの方達"に決まってるじゃない』
『・・・なぜ?』
はっきりと困惑し、思わずジーンカイルは体から力を抜く。
キュべルージュはニッコリと笑みを深めると、ジーンカイルの背からひっそりと彼女を見つめていたアジュリーンに目を合わせた。
それに気づき、視線を遮るように動いたジーンカイルに、『あっは!』とまた声をあげる。
『イイわぁ。そう、主人は大切よね。えぇ。分かるわぁ』
うっとりと細目をさらに細めて、何度も頷いている。
『答えろ、キュべルージュ』
硬い声音の言葉に、キュべルージュは優しく微笑んだ。
『悪魔の中にはね、人間に召喚された時に自分の主人を見つけるヤツが結構いるのよ。アタシもそう。ずっと昔、アタシが4位三段だった頃、アタシが召ばれたとこにいた人間と終生の契約してね。魔界に帰りたくなかった』
ジーンカイルの背に隠されていたアジュリーンが、そろそろと顔を覗かせる。
『でも、高位悪魔は戦争以外でここにいちゃいけない。人間を魔界に連れて行く事もできない。どうしようもないでしょ?』
『だが、お前はここにいる』
『そう。今も主人と一緒にここにいる。魔界の位は欠番。他の誰かが入ったでしょうね。――――助けてもらったのよ。今日アタシがアンタ達のところへ来たように』
『さっさと言え。まどろっこしい』
ジーンカイルは苛立たしげに急かす。
『あら、せっかちね。仕方のない子。そうね。簡単に言えば、そういう魔界に帰りたくない、人間の国にもいられない悪魔と主人のための場所を、"上"がつくったのよ』
呆れたように彼女が告げると、ジーンカイルは険しい顔で黙り込んだ。
すると、じっと話を聞いていたアジュリーンが、キュべルージュの前へ進み出る。
はっとして動こうとしたジーンカイルを手で制し、彼女はキュべルージュを強く見つめた。
「・・・そこに行けば、ニコと離れなくていいんですか?」
『えぇ、そうよ』
キュべルージュは大きく頷く。
『そこはね、この大陸からうんと離れた海の上にあってね。人間は誰も知らないから、魔界に帰らなくてもとやかく言われないわ。それに、そこにいるのは同じような悪魔と主人だけだから、気楽よ』
アジュリーンは数瞬黙って、
「行きます」
と短く言った。
『っ!アズ!』
「ニコは?」
焦ったように声をあげたジーンカイルに、振り向いて問いかける。
『っ・・・オレは』
「ニコはわたしと離れてもいいんですか?」
『いいわけない!オレはずっとお前のそばにいる!』
その言葉にアジュリーンは破顔する。
「じゃあ、行きましょう?」
首を傾げ、上目遣いのそれに撃ち抜かれ、真っ赤になって硬直する事しばし。
我に返った後、ジーンカイルはしっかりと首肯したのだった。