・14・闇夜の客
その女がやって来たのは、二人が姿を消す日の二日前の夜中であった。
その日は珍しく連日の催し事もなく、アジュリーンは庭園での惰眠を満喫したせいか、目が冴えていた。
ジーンカイルとの添い寝が既に習慣になり、寝台にもぐったはいいものの、ころりころりと寝返りを打つ彼女に、ジーンカイルが声をかけた。
『――――眠れないのか』
アジュリーンはころりと彼の方へ向くと、滅多にないしかめ面で頷いた。
ジーンカイルは、宥めるように月色の髪を撫でる。
『眠りの術をかけるか?』
アジュリーンは首を横に振り、視線を宙に彷徨わせた。
『何を迷ってる?』
ジーンカイルに目を戻し、アジュリーンは躊躇いがちに言う。
「・・・・・・眠くなるまで、外に」
『外か』
ジーンカイルはバルコニーの方へ視線をやり、
『行こう』
体を起こすと、彼女の手をとって寝台から連れ出した。
バルコニーへの窓を開け、ゆっくりと外にでるアジュリーン。
少し遅れてやって来たジーンカイルは外套を手に持ち、薄い夜着をまとう彼女にそっと羽織らせる。
アジュリーンはジーンカイルを見上げ、やっといつもの笑みを見せた。
「ありがとう、ございます」
『あぁ』
ジーンカイルは彼女の肩に手を回して引き寄せる。
その体に体重を預けて、アジュリーンは闇色の空を見上げた。
雲一つない夜空には、幾千の星が散らばり輝いている。
少し冷たい風がその頬を滑っていった。
ほぅ、と息を宙に吐き出す。
静かな夜、という空間にも魔力は満ちる。
陽がある内のそれとは異なるひんやりとした硬い魔力。
身に染みる感覚は、内にあるものを浄化し空にしていくよう。
それもまた一つの心地良さ。
そっと瞼を下ろして、深く息を吸い込んだ。
――――その時である。
『こんばんわ、夜更かしさん達』
背後から、艶めいた声がかかったのは。
「っ・・・!」
『誰だ』
驚きに息を詰めたアジュリーンを背に庇い、ジーンカイルは何者かと対峙する。
室内に続く窓の前。
淀んだ陰から音もなく現れたのは、一人の女であった。
刈りあがった金髪に、糸のように細い双眸からのぞく色は、翠。
張り付くような布は純白で、その淫靡な体の線を浮き上がらせている。
肉厚な唇が目を引くその顔は、官能的な美しさを持っていた。
ジーンカイルは視線を険しくする。
『悪魔か』
殺気を飛ばし、体から魔力が滲みだす。
『あっは!そんなに警戒しないで〜?』
女は堪えた様子もなく軽快に笑う。
そして、すっと右手を突き出し、
『4位三段、"淫獄の悪魔"キュべルージュよ』
艶やかにそう名乗った。