・11・とある悪魔はフレンドリーだった件。
始まりの戦太鼓が鳴った。
『では、アズ。行くぞ』
ジーンカイルは、アジュリーンを丁寧に横抱きにすると、軽々とテラスから飛び上がった。
アジュリーンに配慮して、風を防ぐ障壁を張り、真っ直ぐに飛んで行く。
平地の中心に到達する頃、前方に人影が現れた。
緑の国の高位悪魔であろう。
平地の中心で、十歩ほど間をあけて両方は相対した。
その悪魔は、紺色のうねった長い髪を背中で一つに結び、光沢のある銀の瞳をしていた。
ジーンカイルよりは低いが高めの身長に、黒いローブのようなものを着ている。
その顔は、高位悪魔らしく凄絶に整っていたが、凍えそうなジーンカイルの美貌に対し、柔らかで温かみのある美しさであった。
銀眼の悪魔はにっこりとして、片手をあげた。
『やぁ、ニコ。久しぶり』
『あぁ。やっぱりお前だったか、ダイ』
ジーンカイルは肩をすくめる。
ダイ、と呼ばれた悪魔はアジュリーンに目を向けると、興味深げに目を眇めた。
『こちらのお嬢さんが君の主人?ずいぶん良い魔力持ってるじゃあないか』
『やらんぞ』
殺意剥き出しにジーンカイルが睨みつけると、『そんな事しないよ』と苦笑するダイ。
『初めまして。ボクはディスカイル。ニコとはちょっとした知り合いでさ。あ、ちなみに"ダイ"はボクの愛称ね。呼んでくれてもいーよ?』
人懐こく笑うダイ、もといディスカイル。
『アズ、絶対に呼ぶなよ』
真剣な声で言うジーンカイル。
じっとディスカイルを見つめていたアジュリーンは、釘をさしたジーンカイルを見上げ、
「・・・・・・愛称は、主人だけ?」
『そうだ』
『なんだ、知ってたのね』
ディスカイルは、つまらなさそうに口を尖らせる。
ちろり、流し目にアジュリーンを見て呟いた。
『呼んでくれたら、ボクもおいしい魔力もらおうと思ったのに』
耳敏く気づいたジーンカイルがキッとディスカイルを睨めつけ、背を向けてアジュリーンを隠してしまった。
『だからやらんぞ!絶対に!お前にだけは!』
おもちゃを手放さない子供のようなジーンカイルに、ディスカイルはクスクスと笑う。
彼は、ジーンカイルをからかうのが大好きである。
ジーンカイルの腕の中で、アジュリーンはとても嬉しそうに微笑み、そっと彼の胸に頭を寄せた。
それにどきりと硬直して、顔まで真っ赤にするジーンカイル。
二人の様子を見ていたディスカイルは、心底面白そうに笑ったが、すっとその顔を真剣なものにした。
『ニコ、ちゃっちゃと終わらせよう』
ジーンカイルは振り向くと、同じように表情を消し、
『オレは魔界に帰らない』
と言い放った。
『はいはい。お嬢さんと別れたくないんでしょ。ボクの負けでいいから。さ、どうぞ』
呆れた声音で言うと、ディスカイルは目を閉じて後ろを向いた。
『いいのか?』
『ボクは構わないよ。別にここにいたい理由もないし。・・・まぁ、魔界に帰りたい理由もないけど』
ディスカイルは、ハァとため息をつく。
『そうだな。あそこはつまらんとこだ』
ジーンカイルは懐かしむように呟いた。
一月前の彼が浸かっていた無為な時間に、アジュリーンと出会ってしまったジーンカイルは二度と耐えられないであろう。
すると、『そうだ!』とディスカイルがこちらを向いた。
『お嬢さん、やっぱりボクの主人になってよ!そしたらおいしい魔力がもらえるし、二人の様子見てるの楽しいしさ!』
名案とばかりに言うが、
『アズ一人では、オレを召喚するのでギリギリだ。諦めろ』
ジーンカイルは真顔で現実を告げた。
『そーだよねぇ・・・』
ずーんとして背中を見せたが、すぐにしゃきっとすると、ディスカイルは催促するように手をふった。
『いいからやっちゃって。また召喚された時にでも考えるから』
『そうか』
頷くと、ジーンカイルはアジュリーンを見下ろし、
『目を閉じていろ』
言って、彼女を片腕に座らせた。
アジュリーンは、ジーンカイルの首に腕をまわし、肩に顔をうずめる。
彼女の密着に今度はなんら反応せず、冷えた表情でジーンカイルは空いた片手を振りおろした。
鋭い風が奔り。
一瞬遅れてディスカイルの首が落ちた。
やがて体が崩れはじめ、ボロボロと散り宙に溶けた。
先に首を落とした方が勝ち。
勝敗は決した。
終わりを告げる戦太鼓が鳴り響いた。