・10・"愛しい"
戦争開始から十二日目。
青の国の国境沿いにある砦に、ジーンカイルとアジュリーンはいた。
今日の一騎打ちのため、待機していたのである。
二人には、既に国王から一騎打ちのお願いが伝えられており、あとは戦闘の開始を待つばかりであった。
いつでも飛び立てるようテラスに立つジーンカイルの横で、アジュリーンがぼんやりと空を眺めている。
十日間吹き荒れた嵐が嘘のように晴れ渡っている空。
アジュリーンは眩し気に目を細めた。
彼女の髪を優しく梳いて、ジーンカイルは小さく微笑む。
『アズ、戦いにはお前も連れてく』
アジュリーンは、問いかけるように彼を見上げた。
『相手は誰か分かってる。大丈夫だ。危険な目には合わさない』
「・・・・・・なら、任せます」
はんなりと笑ったアジュリーンに、耳を赤く染める。
一ヶ月弱過ごす中で、ジーンカイルは自分がアジュリーンに抱く感情を理解しかけていた。
笑顔に身体が熱くなる事。
そばを離れたくない事。
彼女を悪く言う者がいれば、理性を失うほど殺意が湧く事。
守りたい事。
その瞳に自分を映してほしい事。
これは、人間が言う"好意"なのだ。
自らの欲望以外に興味を持たない悪魔を動かすモノ。
今までのことを全て破壊して変革する衝動。
"恋"と言えるソレ、否、ジーンカイルのソレはもう"愛"と呼んでもかまわないかもしれない。
自身の利などかまわず、ただ彼女の幸福を願う想い。
とは言っても、彼を惹きつけるのはアジュリーンの持つ極上の魔力も含んでいるため、完全に利がない訳でもないのだが。
ともかく、確かな事は、ジーンカイルはアジュリーンのそばが幸せであり、その死を何よりも恐れている、という事であろう。
そんな彼がアジュリーンを高位悪魔同士の戦闘に連れてくと言うのだ。
彼女の安全は確保されていると考えられるだろう。
アジュリーンがそれを知っているかは不明だが、恐怖や不安はないようであった。
話を告げられる前と変わらず、また空を見上げて微笑んだのだから。