日常とは、当たり前たるが故に日常である
その教室に、彼は一人でいた。
部屋の時計は、短針が10、長針が0を指し示していた。時刻にして10時00分、つまり、授業中だった。一限目が終わり、既に二限目に突入している。ならばなぜ、そんな中で彼は一人でいるのか。
答えは単純明快である。二限目は教室移動の授業だ。そして彼は、一限目の頭から夢の中だった。つまりはーー
「ふっ、目が覚めたら一人とか......っざけんなよちくしょう」
そんな独り言も虚しく、彼しかいない教室では、ただ静かに響くのみ。彼の取る行動は、遅刻してでも授業に参加するか、このまま受けずに時間を潰すか、その二択しかない。
(誰か起こせよ....、いや、そんなやついねぇけどよ)
その通りであり、彼にはそのような友人はおろか、知人すらいなかった。
「まぁ入学早々あんだけやれば、そりゃビビるわな」
入学早々、それはもう一年も前のことになる。彼は入学初日から、さっそく事件を起こしている。
やはりどこにもモテるやつと言うものはおり、そしてやはり、モテればナンパもされるのである。
彼はその日、校門付近で一人の女子学生を見つけた。誰が見てもまず美人と言うだろうと彼は思った。そして、そんな女子学生が、複数の男子学生に言い寄られていた。彼は心で爆発すればいいのにと呟き、すぐにその場を通り過ぎようとしたのだが、不運なことに、その女子学生と目が合ってしまった。
すぐに彼はしまったと思った。なぜならその女子学生は明らかに拒否していたし、そして通り過ぎようとする彼を見る目がまた、明らかに助けを求めているようだったからだ。
だから、彼は割って入った。複数の男子学生はどうやら上級生らしかったが、彼は臆することはなかった。腹を立てた男子学生の中の一人が彼に掴み掛かり、彼はそれを殴り飛ばした。
相手が動揺している内に女子学生を逃し、彼は再び殴りかかった。
こうしてめでたく一週間の停学を受け、彼の名は瞬く間に学園中に広まった。そして、彼は一人になった。
しかし彼は後悔はしていない。誰に強いられたわけでもなく、彼自身の選択による行動だったのだから。
(まぁ、別に誰かに心配される心配もなかったからな。今もだけど)
そんな自虐をネタにできるくらい、彼は心が強かった。だからこそ、ずっと一人でやってこれた。いや、一人だからこそ、彼は強くやってこれたのかもしれない。
そう、やってこれた。でもそれは、過去の話である。入学ぼっちが確定的に明らかになった時、彼は少し、安心した。
(一躍有名人になっちまったけど、俺にビビって話し掛けてくる鬱陶しいやつもあまりいねーし、むしろよかったかもな)
やはり彼は強かった。
しかし、そんな彼に対し、全く恐れをなすことなく接してくる物好きもいる。だから、自称ぼっちになりつつあるのである。
その事に少しの危機感を覚えるも、彼はずっと放置してきた。どうせすぐに離れていくと思っていたから。今までもそうだったように。そして、これからも変わらないと、そう思っていたように。安定の学園ライフを手に入れたと、思い込んでいた。
だが彼は思い知ることになる。世の中そう上手くは事が運ばないと。
「はぁ....面倒くせぇ.....」
その呟きは、一人きりの教室に吸い込まれるように霧散していった。