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海賊とペテン師

「旦那、いけませんねぇ。女難の相が出てる」

 宝石商の男に、小綺麗な身なりの壷売りが声をかけた。

「奥方様に何かあっちゃならねぇ。どうですか、この壷を買いませんか?コイツはあらゆる難儀を吸い取ってくれる身代わりの壷でさぁ。お安くしますよ」

 そう言われた宝石商の男は、嫌そうな顔をしてそれを断った。

「オカルトは信じないんでね。次のお客を捜したまえ」

「ああ、ああ。行けませんよ旦那。そう言うお方に限って不幸な目に遭う。こんな美しい奥方をお連れなんだ。その身に不幸があっちゃ奥方が悲しむ」

「しつこい男だな。立ち去れ」

 そう突っぱねた宝石商の男と奥方、召使いの男たちが歩きだしたその背に向かって、壷売りの男は悲鳴のように声を上げた。

「こんな仕打ちは初めてです。旦那、アンタの女難の相は強いよ。きっと酷い目に遭うよ!」

 ふん、と鼻を鳴らせて、宝石商の夫婦たちは雑踏に消えた。


 道行くお嬢さんたちに先を譲ったところで、転んで小銭を落とし、膝を擦りむいた上に、タールの滴がそこらに点々としていてズボンに染みが出来た。奥方のドレスと一緒に、ズボンを新調する余計な出費。そこへ追い打ちをかけるように、此処のところの天候不良で必要だった薬草が高騰していてまたも出費。仕舞には食事に入った食堂で、女性グループの喧嘩が始まり、荷物を守って飛んできたワインを頭からかぶった。

「下手に出てればてめぇら!」

「あなた、落ち着いて!」

 奥方が止めに入らなかったら、その場で銃を抜いていたであろう宝石商の男をようやくのことで宥め、船に戻った。

 これでもう女難など起きないだろうと踏んだところで、奥方が着替え中だった部屋を不躾に開けてしまい、正確無比なそのコントロールで、額に小型爆弾(導火線に火はつけられていなかった)を投げつけられ、男は完全に倒れ込んだ。



 こうして我らがラースタチカ船長は、すっかり意気消沈して船長室に引きこもってしまった。ベッドの上にエリーさんの人形を乗せて抱き枕代わりにしてもうずっと動きません。

「ラース、突然だったから思わず投げてしまったんだ。すまなかった。機嫌を直せ」

 爆弾を投げつけてしまったメーヴォさんも申し訳なさそうに謝罪していました。けれど、それが最終的にあっただけで、女難の呪いだと珍しくラース船長は落ち込んでいます。

「……これじゃ作戦に影響が出るぞ」

 困ったメーヴォさんやエトワール副船長が、渋い顔で船長室の前に佇んでいます。大事な作戦の準備中だっただけに、事態は深刻です。

 始まりは一通の使役便でした。レヴくんが受け取ったそれを手にした途端、顔色を変えたのに驚きました。

「鳥老から使役便なんて、珍しい……」

 ぽつりとこぼした後に中身を改め、二度目の表情に変化に、これはただ事ではないのだな、と海賊暮らしに慣れ始めたボクは何となく察しました。

 それをラース船長に届けると、船長室に要役職の人たちが集められて、あれよあれよと作戦会議が夜通し続けられました。

 幽霊船との騒動が終わり、ベルサーヌ商船と分かれて再び港で次の行き先を模索していたボクら、ヴィカーリオ海賊団に、その一通の使役便がもたらした情報が、後の一大作戦へと繋がるのでした。

「アリスは初見だったな……。よろしくと言うのはおかしいが、よろしく」

 緑の長い髪が青いドレスと合わさってまるで美しい海のような美女。ハスキーだがよく通る声は耳に心地良い。その金環蝕の赤い瞳が宝石のように輝いていました。

 その横に並ぶ商人の男も、羽根付きの豪奢な帽子に青のコートが淡い緑の髪によく似合っています。

「すごいっすお二人とも。魔法を使わなくても、人間って魔法を使ったみたいに変身できるんすね!」

 喜んだボクを余所に、美女は嫌そうに顔を歪めた。

「出来れば二度とこんな格好はしたくなかったよ」

 ふわりと美女の耳元に、コサージュで着飾った鉄鳥さんが収まります。

「メーヴォも嫌々と言う割にやってくれんだからさ、実はその気があるんじゃねぇの?」

 ニヤニヤと笑った商人風の男、変装したラース船長が、その足をピンヒールで踏まれて悲鳴を上げました。

「それ以上口にしたらお前の足に風穴を開けてやる」

 お察しの通り、美女は変装したメーヴォさんです。

 以前にも変装して提督の晩餐会に忍び込んだそうだけど、今回も同じような作戦を立てる運びになったのです。

「アリスの方が華奢だし、この作戦にはもってこいじゃないか?」

「戦闘経験の少ない奴を選出は出来ねぇ。それは承知だろ。敵の腹にわざわざ入っていこうってんだ。コイツの歌魔法じゃ限度がある。わざわざご指名だってもらってんだ。腹を決めな」

「うっ、ぐ……」

 作戦会議の場で、散々嫌だと反対したメーヴォさんでしたが、その先に待ちかまえるお宝を前に、その固い意志を曲げてくれたのです。

 今年も海軍提督の宝石品評会がある、と言う情報はチラホラ囁かれていました。日が近づくに連れてそこに並ぶであろう品目の詳細が分かって来て、その品目に目を引く物はないと、今年は気に止めないはずだったのです。

 ところが、情報屋たちの長とも言われる鳥老から情報がもたらされ、ボクらヴィカーリオ海賊団は一大作戦を打って出ることにしたのです。

 その下準備に街へ出ていたところで、例の壷売りにケチを付けられ、すっかり作戦の中心人物であるラース船長がやる気を殺がれてしまったのです。

「あの壷売りから壷買わないとダメかな……」

「なにを馬鹿なことを言ってるんだ!あんなデタラメを信じるな。色々あったのは偶然だ」

「でもさぁ、エリーが俺に愛想尽かしてたらどうしよう」

「その頭蓋がお前にいつも言ってくれてるのは愛の言葉以外にないだろうが」

「だって今全然聞こえないんだぜ?」

「お前の雑念が多いだけだ。落ち着け」

 説得しようとするメーヴォさんとラース船長の会話が夜遅くまで繰り返されていました。

 あの壷売りをとっちめてやれば、ラース船長は元気になるでしょうか。そんな考えがボクの脳裏をよぎりました。

 音楽隊の歌うたいとして乗船しているボクは、戦闘で活躍は出来なくても、何か歌以外に役に立てることがないか常々考えているんです。一人では非力で、歌魔法くらいしか取り柄がないのだから危険だとしても、ほかに協力者がいればきっと何か出来るはず。

「よぉし、作戦会議っす!」

 ラース船長を真似て意気込みを表明し、まずボクは仲間探しから始めました。

 と言っても、多くの水夫たちは子供は危険なことに首を突っ込むなと言われるのが関の山です。エドガー爺ちゃんにも内緒にしないと。

 であれば、一番頼れるのはレヴくんです。

「え、壷売りに一泡吹かせるって?アリスくん本気ですか?」

「そうっす!ボクは本気っす!」

 ラース船長のためにボクが一肌脱ぐんです、と伝えれば、どうやって?と作戦を聞かれ、ボクは船長よろしくにやりと笑ってその作戦を説明しました。

 まずボクらが宝石商の使いだと言って壷を見に行きます。そうしたら壷売りにも難儀の相が出ていると嘘を伝え、その後壷売りを罠にかけるのです。

「どうっすか!」

「……えぇと、いくつか聞くけど。アリスはもう壷売りに顔が知られてるよね?この間船長たちと一緒に出かけてたから。その君から難儀の相が出てると言っても信憑性は低いよ」

「ぬぬ……」

「存在感の強弱は付けられるようになってきたけど、恐らくその人からはぼくは認識されないだろうし、罠にかけるにしろ、も少し具体的に出さなきゃ」

「ぬぎぎ……」

 むぎゅうと顔を絞ったボクに、レヴくんがふふ、と笑いました。

「よぉし。それじゃ、作戦会議だ!まずは仲間を集めよう」

 聞いた台詞を口にして、目元の見えないレヴくんの口元が、にんまりと弧を描きました。

 レヴくんに連れられて向かったのは船の後甲板。そこに繋がっている金属のラッパに向かって声をかけます。

「はーい」

 返事が返ってきて、程なく海から甲板に一人の少年があがってきました。

「どうされたんです?アリス君にレヴさん」

 美しい銀髪に緑と紫のオッドアイ。小柄な体躯に何処か不思議な雰囲気を放つ、クラーケンの幼生サチくん。

 船の底に生える海藻、竜髭草(通称クラーケンの髭)を除去、薬剤にするためにヴィカーリオ海賊団と協力体制にある、小型クラーケンのルナーさんと一緒に船底の後方に住み着いている少年です。あまり活発に動けない非戦闘員ではあるけれど、むしろ今欲しいのはこういう人材なのだ。

「ラース船長を騙したペテン師を懲らしめるの、協力して欲しいっす!」

「え、私でいいんですか?」

「サチくんじゃないとダメなんす」

「……分かりました、協力します」

「じゃあ、改めて作戦会議っす!」

『……あまりに無理のある立案であれば、わたくしも案を出させていただきますからね、レヴ様』

『はぁい』

 そんなレヴくんとコールさんのやりとりを知る由もなかったボクらは、意気揚々と作戦を立てのです。


 うっすらと空に雲のヴェールがかかり、日差しは程良く暖かい。乾季に入って肌寒くなるこの頃。日向は心地よく最高の昼寝日和の空の下、ボクらは作戦に打って出ました。

 壷売りはその日、通りを外れて港の片隅にいました。船から下りてくる商人たちに壷を売りつけているようです。

 レヴくんはボクらの影の中に潜んで、ボクとサチくんの二人で壷売りの元へ行きます。配役としては、サチくんが宝石商夫婦の息子、そしてボクはその従者です。なるべく自然に演技しなくちゃいけません。ラース船長もメーヴォさんも、スゴく自然に夫婦を演じていたのは、流石相棒って感じでした。

「ねえ、ぼ、ぼっちゃん、帰りましょうよ」

 最初の台詞から噛んでしまうあたりボクはまだまだっす……。

「そんな事は言っていられないよ。お父様があんな調子では、この先の商談に差し支えます」

 それに比べてサチくんの完璧な台詞回し。伊達に人型は偽っていないって事っす。ボクらはそんな会話を交わしながら、壷売りの元へ足を向けます。

「あの壷売りさんです。ぼっちゃん、やっぱり帰りましょう。旦那さんも信じないって、言ってたっすよ?」

 それに気付いた壷売りが、若干不審そうにいらっしゃい、と口にした。

「壷売りさん、そちらの壷はおいくらなんですか」

「坊主、こいつは極東、蒼林国からの輸入品だ。小遣いじゃどうにもならんもんだぞ」

「お父様が貴方に難儀の相が見えると言われ、購入を検討したいとおっしゃっていました」

「ほう……?よく見ればそっちの坊主……は、先日の商人の旦那の小間使いか」

 ニヤリと笑った壷売りに、作戦がばれないようにと願うボクの心臓ははちきれそうなほど高鳴っていた。

「ご主人、購入を検討するとお父様はおっしゃっていましたけれど、止めるようにやはり説得します」

「はぁ?なんだって?」

 本当だ、食いついた。

「お父様にも確かに難儀の影は見えましたが、言うほどではありませんでした。ですが、貴方はいけません。大難の影が見えます。貴方は、今まで食らってきた難儀の影をため込みすぎています」

 サチくんのオッドアイが怪しく光り、壷売りの視線を射抜きます。

「……親父さんをおちょくられた意趣返しのつもりか?坊主、大人をからかっちゃいけねぇぞ」

「鏡をご覧なさい。貴方ほどの人なら、その大難の相だってご覧になられるはずです」

 ごくり、と壷売りが喉を鳴らした。

「お父様には、教会で洗礼を受けるようにお話します。お時間を取らせました」

 行くよ、とサチくんに手を引かれ、ボクはそこではたとこれが作戦の内であったことを思い出しました。バクバクと耳元でうるさい心臓の音を振り切るように、ボクらは路地へと駆け込みました。

 そこで深くサチくんがため息を吐いて肩を落としました。

「あぁ……緊張した」

「スゴいねサチくん」

「完璧だったよ」

 路地裏の影からレヴくんがふわっとその姿を現しました。

「壷売りのやつ、スゴい動揺してるよ。落ち着かない風だ」

「作戦第一陣完了っすね!」

「ここからは僕の領分だ。見てろよ」

 自信に満ちた顔のレヴくんがその口元に、にやりと笑みを浮かべます。ラース船長や、手だれの水夫たちが見せる戦意に満ちた顔。ボクやサチくんと違って、魔族で戦い慣れしているレヴくんはやっぱり違います。

「陰影迷彩の陣」

 足下の影に手を付いてレヴくんは魔法陣を起動させます。するとボクらの体にふわりと影のベールがかかります。

「これで少しは気配が消せる。影の中にいる間は完全に気配が消えるから、二人も一緒に尾行出来るよ」

「うっし!ヴィカーリオ少年海賊団、行くっすよ!」

「え、そんな名前なんですか」

「今考えたっす!」

「はは、お手柔らかに……」

 苦笑したレヴくんを先頭に、ボクらは作戦第二陣、壷売りの行動偵察に移りました。


「……あのオッドアイのガキ、気味悪かったな。あいつらの仲間にあんなのがいたのか」

 ブツブツと呟く声は聞き取れないけど、サチくんの存在が気になっているのは確かなようです。

「親父、その壷を見せてくれ」

「おお、はいよ旦那」

 壷売りらしく商売をする男を一ブロック先の建物の影から伺います。

「この壷をくれ」

「はい、毎度」

 そう言って男が客に壷を渡し、代金の金貨を受け取ろうとした。えい、と小さくレヴくんが呟いて、指を曲げた。

 ピン、と金貨が涼しい音を立てて男の手の中で踊り、そのままチャリンチャリンと地面を打った。

 端から見ていれば、男が金貨を取りこぼしたように見えただろう。その手に僅かに落ちた金貨の影をレヴくんが遠隔操作して金貨を弾いたのだ。

「おっと、と……」

 膝を折ってそれを拾う男の足下、その影がひらりと動き、またコインを弾きます。コロコロと転がりだしたそれを追う手の影から次々に影が金貨を誘導し、やがてそれは水路に向かって転がり落ちました。ぽちゃん、と音を立てた金貨に、壷売りの男はあああ、と悲痛な叫びをあげました。

「あぁー、災難だったな、壺屋」

 けらけらと笑いながら客が壺を片手に立ち去っていき、壷売りの男はちくしょう!と毒吐きます。

「すごいっすレヴくん」

 レヴくんの能力、存在感の操作、そして影を自在に操る能力は、この一年で最も成長したと賞賛されているのです。

「ふふ、次の作戦でも僕が要になるんです。今のうちにもっと精度を上げないと」

 言って、ぴん、とレヴくんは、一枚の金貨を指で弾きました。

 その後はあれよあれよと壷売りの男を妨害していく作戦です。

 煙草に火をつけようとするマッチに折れやすくなるように折り目を入れたり、風に見せかけてついた火を消したり。座ったり立ったりする瞬間に服の裾を壁や壺の隙間に挟んで転ばしたり。

 些細な不運が続けば、人は何か良くないものの流れを信じる。オカルトの定石を丁寧になぞらせ、落ち込んだところを成敗してやるのです。

 数時間の尾行と妨害作戦で、男はすっかり意気消沈して酒場に転がり込みました。ボクらは影の迷彩を纏ったまま、男が座った奥まった席の傍の窓へ取り付きました。

「なんだ、シケた面してんな。海狗にでも噛み付かれたか?」

「うるせぇやい、そんなんじゃねぇよ」

 壷売りの男が椅子に座ると、すぐさま別の席から一人の男がその横に座りました。商売仲間かな、と思って伺っていたところで、小さく、本当に小さくだけれど、レヴくんが舌打ちをしました。

 え?とそちらを見ると、険悪そうな顔でレヴくんは男たちを睨んでいます。目元は見えませんが、彼の纏う空気がそう告げているのです。

「ツいてねぇ時くらいあるもんさ。で、順調か?」

「ああ、ぼちぼちだな」

「そいつは結構。売り上げの報告と、あとは次の仕入れについても報告してくれや」

「おお。魚の文様のやつがあったろ。あれの小さいヤツが売れた。あとは唐獅子のもだ。唐獅子のは今後も継続して仕入れてぇな。最近の流行らしい。あと相変わらずの人気は例の鳥の文様だ」

「唐獅子文様が流行りか……少し前までは竜文様か魚の二択だったってのに、流行り廃りははえぇなぁ。そう言えば宝石だのを散りばめた豪華な壷はどうなったよ」

「ああ、物好きも世の中には多いもんでな。売れた売れた。三つばかり売れたな」

「ほぉーほう。いいじゃねぇか」

 その後も男たちは何やら商談のような話を続けていきます。

 さぁてどうしようか、と思ったところでポン、と背を叩かれました。

「行こう、作戦会議だ」

 言ったレヴさんの言葉が、ひやりと冷たくボクの耳を打ちました。この作戦を打ち明けた時の、何処か楽しそうな声色とは全然違います。

 ボクとサチくんはレヴさんに背を押され、静かに酒場の裏手へ回り身を隠しました。

「迂闊だった。鳥老からの使役便で気付くべきだったんだ……」

 目元は見えませんが、その表情が曇っている事は容易に分かります。

「レヴくん、どうしたんすか」

「まず簡潔に、結論から言おう。あの壷売りたちは、海軍の密偵だ」

「え?海軍の……みってい?」

「簡単に言えばスパイって事だよ。アイツ、壷売りの振りをして僕ら海賊の情報を集めていたんだ」

「レヴさん、どうしてそんな事が分かったんですか?」

 曇った表情のままレヴくんは、暗号だよ、と答えた。

 男たちの会話の最初に『海狗』と言う単語が出て来てピンと来たそうです。海狗は海賊を指す隠語、海軍が好んで使う暗号文の一種だそうです。あとはそのまま、名だたる海賊の二つ名を結びつければ良い訳です。

「魚って言うのは白魚、オリガの船。唐獅子は金獅子ディオ、竜はドラゴンスレイヤー・ニコラスを。鳥は翠鳥海賊団のバラキアの事だ」

「となると、宝石を沢山飾った壷がどうとか」

「きっとそれが僕ら、ヴィカーリオ海賊団の事だ」

「で、でもそうするとアイツ、いくつか壷が売れたって」

「きっと何らかの情報を手に入れたって事だ。港でアレコレ詮索していたに違いない。数は当てずっぽうだと思いたいけど……僕がもっとしっかりしていれば、もっと海軍の動向に気付けていたのに」

 レヴくんの悔しそうな声が悲痛です。そこに、ぽつりとサチくんの言葉が零れ落ちました。

「あの、今此処であの二人をどうにか出来れば、海軍に情報が渡る事もありませんよね?」

 きっと目を見開いて、どうしてそんな簡単なことを、とでも思ったんでしょう。レヴくんが口元を「あ」の形にして固まってしまいました。

「私たちが何か出来るとは思いませんけど、ラース船長たちを呼んで来ればきっと……」

「そうだ、それだ……」

 ぐっと手を握ったレヴくんに、力強い覇気が宿っていくのが分かります。

「僕らだって、死神の船と称されたヴィカーリオ海賊団の一員なんだ。やろう。僕らでも出来る事がある!」

 少し前まで、アジトに戻って来ても何処にいるのか分からないくらい引っ込み思案だったレヴくんが、まるで別人みたいです。覇気にあふれ、まるでラース船長といる時のような心強さを感じます。

「やるっす!」

 自然とボクの口からは賛同の声が上がっていました。うん、と力強く頷くサチくんも同調して、ボクらは三人声を合わせました。

「作戦会議っす!」


 大の大人を相手に子供たちだけでは正面から戦っても勝てっこないのは重々承知の上。であれば、ボクらのフィールドに大人たちを引きずりおろしてから、少しだけ大人の手を借りて、成敗してやればいいのです。

 物陰はレヴくんの領分。日の射さない場所は、コールさんの領分。そのフィールドに、大人を誘い込む、さながらボクはハーメルンの唄歌い。

 レヴくんが用意した影のパイプに向かって、ボクはその呪歌を紡ぎます。

「♪ら、ら、ら……」


 ♪さあおいで こどもたち

  そとにでて わたしとあそぼう

  あたたかなおひさまと、やわらかなかぜのした

  わたしとあそぼう こどもたち


 呪歌『誘いの唄』。影のパイプを伝って、男たちの足下に唄が流れていきます。とろん、と男たちの瞼が下がり、テーブルの上に金貨を置いた男たちがふらりとした足取りで席を立ちました。影の先からレヴくんの陰影迷彩が展開して男たちを影が包み、ついでにその金貨をこっそり拝借するのを見ながら、ボクは唄をさらに紡ぎます。


 ♪さあおいで こどもたち

  うちをでて わたしとあそぼう

  くらいおつきさまと、つめたいうみかぜあびて

  わたしとあそぼう こどもたち


 男たちの耳元に這い上がった影が、ボクの唄を直接耳元へ注ぎ込みます。酒場から二人の男が姿を消す瞬間を、誰も気に止めることはありませんでした。

 ふらふらとした足取りで男たちは酒場の裏手へ歩き、そのまま誰もいない奥まった路地へとたどり着きました。ボクの呪歌の役目はここまで。


 ♪おやすみ こどもたち

  やみのなかの えいえんのねむりへ


 唄が終わると男たちは正気に戻り、何が起こったのかと言う顔で辺りを見回していました。ですが、既にそこはサチくんとレヴくんが作り上げた水と影の牢獄です。

「汝が足を捕らえし水の鎖、水牢の鍵、閉じせし先に、闇の加護あれ」

 少女が囁くような声でサチくんが術式を展開させ、そこをレヴくんの影が覆うように広がります。

「汝が足枷、汝が手枷。汝が牢獄。光遮りし影の天井、影の壁。光及ばぬ影の囲い」

「ウォーターケイジ」

「影牢の陣」

 二人の声が恐ろしいほど場違いに、薄暗がりの路地に涼やかに響きます。

 足下が沼の水のように粘りけを帯び、歩くこともままならなくなった男たちの上に、天からの光を遮る影が空間を切り取ります。

「な、なんだこれは!」

「嘘だ、なんでこんな!」

「おじさんたち、覚悟しな!」

 狼狽える壷売りたちを前に、ボクらは水の檻の外から威嚇します。

「さっきのガキ共……てめぇらか、こんなことしてどうなるか分かってんのか!」

「自分の立場は弁えた方がいいぞ人間共」

 一際ドスの利いた声を上げたレヴくんにボクが驚きました。

「情報屋たちを使って僕らをこの街に誘導した手口は褒めてやるが、貴様等は僕らの領分を尊厳も畏敬も無く土足で汚した。その償いはきっちり受けてもらうぞ」

 情報戦で一枚上を行かれた悔しさが、怒りになってレヴくんの感情を揺さぶっているようです。

「影荊の陣」

 言ってレヴくんが手を着いた途端、影の牢獄の中に無数の棘が出現しました。

「いってぇ!」

「いででで!」

「僕の影の力はまだ弱い。致命傷を与えることは到底出来ない」

「だ、だったらさっさとコイツをやめろ」

「チクチクするっ!いてて!貴様ら、ゴーンブール海軍の我々にこんなことをただで済むと思ってるのか!」

「済むと思っているから、こうしてワザワザ事を仕掛けているんですよ、海軍の密偵さん。ウォーターヘルメット」

 ぱちん、とサチくんが指を鳴らすと、ごぼん、と水が足元から浮き上がり、壺売りの相棒の頭をすっぽりと覆ってしまいました。

「がぼっ!ごぼぼ!」

 真っ白な泡を上げながら、男が必死の形相で水を掻くけれど、サチくんの操った水球は取り払うことが出来ず、男は目を剥いて、地上に居ながらにして溺れ死にました。

 その一部始終を見ていた壺売りは、ひいひいと泣き、腰を抜かして命乞いを始めました。

「お、お前等、ヴィカーリオ海賊団に言われたのか?小遣い稼ぎか?なら俺がもっと支払ってやる。た、助けてくれ!」

 こんな少年たちが、血も涙もない極悪非道のヴィカーリオ海賊団員とは到底信じられないのでしょう。それが余計にカチンと来ました。

「ボクらは!れっきとしたヴィカーリオ海賊団の船員だぞ!呪歌使いのアリス=ウォーレンの名前を地獄に持っていけってんだ!」

「ついでに、影使いのレヴニード=ヴィルヘルム=ヴィンツェンツの名と」

「クラーケンのサチ=クルー=トゥルーの名も、地獄の門番にお伝えくださいな」

「ひ、い、いぃ……」

 無様に泣き叫ぶ男が、最後の抵抗にと棘だらけの影の壁を叩き、脱出を試みるその背後に、仕上げの彼が登場です。

「無様な人間よ。我が主、レヴニード様の仕えし海賊団の情報を得た対価を、お支払い頂きましょうか」

 影を切り取ったように、真っ暗な空間から白い長い髪の男が浮かび上がりました。吸血鬼コールさんの登場です。

「ひぃぃあぁああ!た、助けてくれぇ!」

 振り返った先で壷売りの男が見たのは、先に溺死した男の体が、血液を吸い取られてカラカラに乾いて転がっている様でした。

「ぃひぃやあああぁぁぁぁ!」

「お支払い頂きましょうか、その命で」

 海上で商船を襲ったときなどによく聞く、人々の最期の断末魔。死の覚悟のない者のそれは、一様に同じメロディーで放たれるのだな、と。ボクはぼんやり思ったのです。

 コールさんが食事を済ませるまで、ほんの僅かな時間、ボクは達成感に包まれ、顔や胸が熱くなるのをじんわりと噛みしめていました。



 船長室の大きなベッドでは、相変わらずラース船長が横になってふてくれさていました。何故かそのベッドでメーヴォさんも横になって寝ています。

「あのぉ」

 ボクら三人揃って船長室に入ると、ドアの開く音でメーヴォさんが飛び起きて此方に向き直りました。

「どうしたんですか?」

「あ、あぁ……ラースがちっとも言う事を聞いてくれなくて、僕は、うん……寝てたみたいだ」

 その言葉にラース船長ががばりと起きて、頬を膨らませてメーヴォさんへの文句を吐き出しました。

「途中からメーヴォもぐーすか寝始めて!俺は!悲しい!」

「そんな事でヘソを曲げるな!そもそも僕の話を全然聞いてなかったくせに!」

 また喧嘩を始めてしまいそうな二人の間に仲裁に入ります。

「まあまあ、お二人とも!」

「そう言えばお前ら何処行ってたんだ?」

「お頭!吉報がありますよ」

「そうですそうです」

 ね、とボクらは笑いあって、手に持っていたその壷をラース船長に渡しました。

「お土産です!」

 壷を受け取って、中身を確認したラース船長が、おお、うん?と首を捻ったのところで、横で一緒にそれを覗き込んだメーヴォさんが、あれ、と声を上げました。

「……お前たち、随分危険な事をやって来たな」

「なに?これ何の骨?」

「……もしかしなくても、例の壷売りの男じゃないのか?」

 え?と声を上げたラース船長がボクらを見て目を丸くします。その顔が次第に歪んで、仕舞いにはぱっと笑顔になりました。

「本当に?お前らが?」

 ボクらは三人揃って、はい!と返事をする。コールさんの食事になった男たちの亡骸は、いつものように解体、骨だけにして、男の商売道具だった壷に詰めて持ってきたのです。

 ラース船長の笑顔に押されて、小言を構えていたメーヴォさんも苦笑しました。

「ボクらも、ヴィカーリオ海賊団の一員なんっす!コレくらいちょろい仕事っすよ!」

 胸を張って言えば、あっはは、といつものように笑ったラース船長に三人揃ってハグされました。

「ありがとなぁ、お前ら。こいつでまたダイヤを作って、それを売った金でなんか装備を揃えてやンねぇとな!」

「やったぁ!期待してるっす!」

「ぼ、ぼくは、大したことしてませんし……」

「レヴさんもアリスくんも、大活躍でしたよ」

「よぉし、そいじゃあその英雄譚を聞かせてもらおうか!ジョンのところ行って、宴の用意だ!」

「おい、作戦も控えてるんだから、あんまりやりすぎるなよ」

 ラース船長とメーヴォさんも一緒に、ワイワイとジョンさんに頼む食事を何にしようかと話しながら、ボクらは船長室を後にします。

 ベッドの上に取り残されたエリーさんの頭蓋骨がころりと転がり、かたた、と微かに音を立てて笑っていました。



おわり

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