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海賊と幽霊船2

 僕らが獣人のピエールと何のかんのと挨拶を交わしている間に、先に交戦した幽霊船が、ギイギイと嘆かわしい声を上げて沈んでいった。元々あの損傷具合で、魔力(霊力?)で船を支えていたであろう薔薇十字の残党が死んだことで、本来あるべき姿へ戻ったという事だ。

 幽霊船の消滅に胸をなで下ろしたいと思うも、こうして新たな幽霊船が友好的に接舷している事への理解が追いついていない。幽霊は嫌いだと言っただろう!そう叫んでやりたい。

 遊軍だとジョンが招いた船。幽霊商船ベルサーヌ。ジョンの知り合いだと言う獣人ピエールが、今自分が世話になっているのだと、ベルサーヌの船員を紹介してくれた。

 不思議な箱を持つ少女アナベル。

 冒険者風の出で立ちの無口な青年ニル。

 甲板長のギャンバー氏はいかにも船乗りという出で立ちの、物静かな壮年の男性だ。

 そして長い鳥の嘴を思わせるマスクをつけた、とにかく口の回る男ビルシュテレン。

 ヴィカーリオもなかなか個性的なメンツが揃っている自負はあるが、こちらもなかなか負けず劣らずの面々だ。

「前の港で、ヴィカーリオらしい船がこの海域に向かったって話を聞いてな。加勢の必要はないと思ったんだが、ジョンシューの飯が食いたいと思って、ベルサーヌの航路を変えてもらったのさ」

 もう食って満足出来んと気づいたのは、航路も大分進んでからだった、と大柄な獣人ピエールが恥ずかしそうに言うから、周囲から苦笑が漏れる。

「改めて、ピエールのお友達さんと、その仲間の海賊さんたち。初めまして、アナベルです」

 ぺこりと挨拶した少女は、どうやらこの幽霊船のリーダー的存在らしく、何かと他のメンツへと言葉を飛ばしていた。

「無事に合流できて良かったわ。お会いできて光栄です」

「ヴィカーリオ海賊団の船長ラースだ。こんな可憐なお嬢さんが、幽霊だなんてねぇ」

「幽霊とは少し違うわ。私たちは不死者なの」

「不死の存在、ねぇ。……なあメーヴォ、長寿種と吸血鬼とか魔物と何が違うんだ?」

 こそっとラースが耳打ちして問いかけてくる。せめてそのくらいは把握しておいてくれ。今し方幽霊船と戦って居たとは思えない発言だ。

「ふふ。吸血鬼さんは信仰心の元で銀の杭で胸を突かれると死んでしまうし、魔物たちには例え長くても寿命があって、やがて死んでしまうわ。私たちは文字通り、死なない者たちよ」

 ラースの言葉を盗み聞いたアナベルが丁寧に説明してくれた。

 彼女たちは、例え体をバラバラに細切れにされようと、肉の一片でも燃えカスでもあれば再生、復活できるのだという。

「逆に言えば死ねないで未来永劫海を彷徨う存在よ」

「羨ましいのかおっかねぇのか、分かんなくなるな」

 恐ろしいと思っておいて、と少女が世間話の感覚で口にすることにぞっとした。

 殺人鬼が不死の者を恐ろしいと感じるなど滑稽だろうが、自分の手に余る、理解の及ばないと思う者には恐怖を抱くのが道理だ。

「久々に顔を合わせたんや。ピエール船長のパンケーキが食いたいのう」

 何を暢気に異形の者の手作りスイーツが食べたいだジョン!あんたの感覚も相当だぞ!

「ピエールのパンケーキはとても美味しいのよね」

「せやせや。卵ならまだ冷却箱にはいっとるけぇ、使こうてしまって、再会の宴としようや!ええやろ、船長」

「許す!」

 ジョンが美味いと推すスイーツに、宴ともなれば酒が飲めると言う判断か、ラースが即答で宴を許可した。そうなれば後はなし崩しに宴の支度を調理班が始めるだろう。ああ、僕はもう武器庫に篭もって、スイーツだけ差し入れてもらおう。

「冷却箱ってのは何なんだ、ジョンシュー。お前さんらが港を出て十日以上経っているだろう。生の卵がそんなに保つものか?」

「おお、そこのメーヴォの旦那がようさん便利なモンを拵えてくれてな。生物が多少は保つようになっとんのや」

「気になるな。見せてくれるか?」

「おお、ええでええで」

 ニコニコと上機嫌なジョンが、ピエールを連れて船内の調理場に降りていった。

「あんなに楽しそうなピエールは久々に見たわ。ねえ、貴方がメーヴォさん?冷却箱ってなぁに?」

 すい、と横に並んだアナベルが、じっとコチラを見上げて問うてくる。敵意はないが、何故か体感気温が下がったような錯覚を覚えた。この少女は恐ろしい。

「……冷却箱は、鉄製の二重壁の箱で、二重にする事で外気温と隔離し、内部の温度上昇を緩やかにさせている箱だ」

 更にその箱の蓋と下部には、浄化の樹の樹皮を細かく刻んで繊維状にした物を、水と混ぜて凍らせた物を仕込んである。浄化の樹の浄化作用が氷を保持させ、強度もあり溶けにくい氷になる。氷の冷気を箱の中に閉じこめ、外気温からも隔離することで、一日一回氷の魔法で凍らせてやれば、生物の保存に適した環境を作り出せるという代物だ。

「魔法の箱みたいだけど、きちんと作られた物なのね」

 凄いわ、と微笑む少女は愛らしさを湛えているというのに、その顔色の悪さが彼女が人間でないことを訴えている。

 ああ、敵でなくて本当に良かった。女子供を手に掛ける罪悪感など遠に捨てたが、殺して殺せない相手は理解に苦しむ。

「おいアナベル。その男は獲物か?獲物なら是非ともオレにくれ。そしてその目が欲しい。是非とも欲しい」

 ぬっと現れた長い嘴の皮のマスクは、長年使用されていたであろう経年劣化を見せない不思議な白色をしていた。

 幽霊商船ベルサーヌで一際異彩を放つ男、ビルシュテレン氏だ。それが突然なんと言った?あまりにも突然で、余りにも早口だったもので、理解が遅れた。目が欲しいと言ったのか?

「ダメよビル。この人たちはピエールのお友達の仲間なんだから。獲物はまた今度」

「残念だ、あぁなんて残念だ。この男のキラキラ輝く金環蝕の瞳。久々に美しいと思う目と出会った。あとあっちの緑の髪の船長だ。あの男の鼻が良い。あの鼻も欲しい」

 口を開いたと思うと、この男は兎に角喋る。それが不死者であるなどとは微塵も思わせない饒舌さだ。

「おい貴様、その目は素晴らしいぞ。蝕の瞳は何度か見てきたが、その真円の瞳は初めて見た。とても良い。珍しく、美しい。価値がある物だ」

 久々にそんな文言を聞いた。珍しく、価値のある瞳。この瞳を持つ僕自身が宝の一つだ、と。海賊たちも海軍もこれを欲している。だから、僕の手配書は生け捕りの表記なのだ。

「価値ある目だ。是非欲しい。お前ここで死ね。そうすればオレは合法的にその目を貰い受けられる。どうだ、死ね!」

「おい、鳥マスクの化け物さんよ。悪いがコイツは俺の宝の鍵なんでな」

 ぐい、と首にかけられた腕に引っ張られる。一部始終の話を聞いていたラースが、僕をビルシュテレンとアナベルから引き離した。

「おぉ船長殿。あんたの鼻もとても素晴らしい。その鼻梁の形は素晴らしいぞ。欲しい!くれ!」

「イヤなこった!欲しけりゃ俺たちが死ぬまで待つんだな。どうせアンタ等ならどっかの海をずっと彷徨ってんだろ?俺らが死ぬまでの高が五十年ばっかり、あっと言う間だぜ」

「ほう、ほう!死んだら良いのか。ならば貰い受けに行くぞ。アンタの鼻と、蝕の瞳を貰い受けるのはオレだぞ!」

「おーそうしろ、くれてやるぜ」

「人の意見も聞かずに勝手に決めるんじゃない!」

 ラースに半ば羽交い締めにされて動けないのを良いことに、どんどん変な方向に話を進められて、僕は憤慨した。

 アナベルの後ろで無口な青年ニルが、そろそろ止めてやれ、と身振りで訴えていた。

「いいのよ、仲良しの証だわ」

「仲良くない!良くない!」

 思わず叫んだ声が、船内から飛び出してきたエトワールさんの声でかき消された。

「ラース!大変です、奴です!」

「は?やつ?」

「恐らくアウグストです!」

「はっ?マジで言ってんのかそれ!」

「こんな事冗談でも口にしたくありません。ですが、サジターリオが反応しているんです」

 副船長エトワールの右腕に腕輪として収まっているフールモサジターリオが、その赤石を輝かせている。その点滅が、再度索敵認証の表示であると見て、思わず二人の間に入った。

「距離は?」

「ニ十マイル以上先です」

「ラース、急いで戦闘配備だ」

「ちょっと待って!何でそんなに確定的に分かって話してんの?」

 疑り深いと言うよりは、ただ単に信じられない、信じたくないと言うところだろう。

「フールモサジタリーリオには、索敵した相手を捕捉し、追尾する機能がある。それは分かるな?」

「おう」

「そいつは相手が生きていれば記録され続ける。僕らは大抵の獲物は沈めてきたが、奴だけは例外だった」

「つまり」

「つまり、そう言うことだ」

 ぐるん、と勢いよく振り返ったラースが、腹一杯の空気を吸い込んだ後、辺り一帯に響きわたるような声で号令を飛ばした。

「野郎ども!宴の準備は後回しだ!戦闘配備!アウグストのクソ野郎が近づいてるぞ!」

 号令を聞くやいなや、水夫たちは一斉に甲板から船内各所へと走り出した。

「敵が来るの?」

「察しが良くて助かる。此処から南東に行ったところに無人島がある。そこに逃げるか、この辺りの海域から離脱しろ。奴らは僕らが何とかする」

 ほぼ一息にそれを伝えて、砲撃準備を再度整えようと振り返ったところで、その言葉に足が止まった。

「私たちも加勢しましょうか」

 そう、ラースに進言するアナベルの言葉に耳を疑った。それほどの戦闘力をあの幽霊商船が持ち合わせているとは考えにくい。

「そうは言うが嬢ちゃん、相手は氷の魔剣の使い手で、コッチは前回やられかけてるんだ。正直今回だって、ベルサーヌを離脱させる時間稼ぎをするだけだぜ」

 奴の氷の剣戟の前では、弾幕で防御するのに精一杯で攻撃に転じることはなかった。僕らの砲術隊を持ってしても太刀打ちできなかった相手に、幽霊船とは言えこの船が加勢になるとは思えない。

「相手は氷の使い手なのね。大丈夫よ、ウチにはピエールがいるもの」

 にこり、と笑った少女は、まるでこれから観劇にでも出掛けようかと言うほど楽しげで、これが本当の不死者の貫禄か、と背筋が凍った。


 ラースのお決まりの台詞、作戦会議の号令の後、エトワールさん、マルト、ピエール氏が揃って船長室に集まった。エトワールさんの腕に光るサジターリオの警告を気にしながら、作戦会議は始まった。

 相手は氷の魔剣使い。剣戟を飛び道具のように自在に操り、コチラの砲弾を真っ二つに切り裂き防御までする。体力、魔力共に底知れず。砲弾を防御しつつ、自在に飛び回る一発の銃弾すら防御した。コチラの攻撃は悉く防がれ、攻撃として有効な手段がなかった事をピエールに告げた。

「なるほと、そいつには遠隔攻撃の類が一切効かなかったと」

「そうだ。正直、コッチはアンタの実力をこれっぽっちも分かっちゃいない。どう作戦を立てられるかは、あんた次第だ」

「氷の相手ならたやすい。元銀狼海賊団船長の実力をご覧に入れよう」

「頼もしいことで」

 その後、ピエールがとんでもない提案を出してきたわけだが、それを承認するかとうかでラースが眉間に皺を作っている間に、その時が訪れてしまった。

 ビー!と言う耳障りな音を立てて、サジターリオが最終警告を告げた。敵接近、その距離十マイル。

「っだぁ!分かった、レヴ呼んでこい!あいつの影を使うぞ!マルトは風の防御陣形、メーヴォは迎撃用意、エトワールは威嚇射撃!出来ることなら奴の脳天ぶち抜け!解散!」

 その号令に僕らは一斉に走り出した。

 途中レヴとすれ違って、何処か不安げな雰囲気を醸し出すその背を景気良く叩いてやった。

「終わったら宴だぞ」

「……はい!」

 元気良く帰ってきた返事に、僕自身も背を押してもらい船倉へと潜った。

 既に戦闘準備は整っている。後はその時を待つばかりだ。念のためと新作兵器の準備もしておく。

 一メートル程の大きめ筒に、銃のグリップをつけたような砲筒。その先端に爆弾を付けて飛ばす、バズーカ、と蝕の民の技術書に記されていた武器の一つだ。

 砲台での射撃に比べて細かい狙いが付けやすく、精度の高い砲撃が出来る代物だか、再装填に時間がかかるのと、これ一丁しかない事、撃ったときの反動が強くて、連発が出来ないと言う点は、まだまだ荒削りな武器である証拠だ。前回は最後の最後でコイツを引っ張り出す事になった訳だが、反動で肩が砕けるかと思ったから、出来れば使いたくない。

「左舷!三マイル先!砲門準備!」

 アレコレと逡巡していた意識が、カルムの声で引き戻される。砲撃手たちが一斉に左舷の砲門を開ける。霧の中で敵の船影はまだ見えない。そかしチカチカと時折サジターリオの弾丸が飛んでいく様は見える。その先にいるのだ。

「いつでも撃てるようにしろ。こちらも一撃二撃は食らうだろうから、腹に力を行けておけよ」

 言って、むしろ腹に力を入れたのは僕だ。相手は生身の人間だ。幽霊でも不死者でもない。ならば絶対に勝機はある。

 すう、はあ、と呼気だけが船倉の中に響く。どれだけの時間が経っただろう。恐らく物の数分だ。それが何十分にも感じるのだから、この待つという時間はもどかしい。

「エトワール、カルム、ここを頼むぞ!」

 突然パウダーモンキーを伴って、ラースが船倉を慌ただしく横切っていった。何だこんな時に。

「クソ、やっぱり当たらない!間もなく敵船視認距離接近。その前に一撃入れます!」

 船長不在の甲板で悲痛な声を上げたエトワールさんが、風力部隊に配置に付くように指示し、足音が慌ただしく流れていく。後は頼みます、とエトワールさんの声が通話筒を通って船倉に響く。

 狙撃できなければ、あとは正面からぶつかるしかない。程なく、膨大な魔力が収縮し空気が震える音が響き、ドゥンと低い音を上げて見張り台から特大の魔法弾が放たれた。光る砲弾が霧の中を照らし、一隻の船影を捕らえた。

「風力部隊、弱めブロー!」

 いつもの弾丸のような急発進ではなく、程良い追い風でエリザベート号が敵船影を捕らえて前進する。上がる波飛沫が砲台を僅かに濡らすが、すぐに訪れるであろうその時に、砲撃手たちは静かに息を吐いた。

 エトワールさんの狙い通りマストを破壊された敵船はその動きを鈍らせ、船の上は阿鼻叫喚。その中でただ真っ直ぐに立ってコチラを睨んでいる男がいる。空気が凍っていくのが分かる。

 黒髪の死神、氷の魔剣使いアウグスト。

 奴の殺気が波飛沫を凍らせ、周囲の空気すらも凍らせようと迫る。ハハ、と笑う男の声を聞いた気がした。

「一射!撃て!」

 奴を殺す。確実に殺す。怒気とも殺気とも付かない衝動が腹の奥から沸き上がり、号令となって口から飛び出した。放たれた砲弾は真っ直ぐ敵船影を捕らえていたはずなのに、それが木材を食い散らかす音は聞こえなかった。

「一射次弾装填!二射撃て!」

 確実に船の手前で爆発する砲弾を視認した。やはり遠距離攻撃が効かない。それで良い。これはピエールを送り込むまでの弾幕だ。

「二射装填、一射撃て!」

 五台ずつの砲台を交互に撃ち、アウグストに反撃の隙を与えない。前回の戦闘で唯一対抗手段となり得ていた弾幕を切らすわけにはいかない。

 敵船との距離が詰まり、敵左舷にコチラの左舷が接近する。

「ヴィカーリオぉぉ!」

 ドスのきいたしゃがれ声が、相変わらず地獄から響く死神の声よろしくコチラを威嚇する。その手に持つ氷の魔剣が、右腕を浸食しているように見えたのは見間違いだったか?

 両者の船が最接近したその瞬間。

「うおぉおお!」

 珍しくレヴが勇ましい雄叫びを上げた。その影でピエールの巨体を持ち上げ、文字通り彼を敵船に向かって投げ飛ばしたのだ!綺麗な弧を描いて、銀の塊が宙を舞う。

「骨喰式氷闘術!」

「なんだ貴様はぁ!」

 アウグストの怒気を含んだ叫びと共に剣戟がピエールの体を真っ二つにしようと迫る。

「氷闘拳弐式!骨喰双牙!」

 何の術式の詠唱だろうと考える間もなく、ピエールの拳に氷のナックルが出現し、アウグストの氷の剣戟を一撃の下に粉砕した。その勢いのまま、ピエールが拳を構えながら滑空する。その先にアウグストを確実に捕らえていた。

 金属が氷とぶつかる耳障りな音を立てて、両者が切り結んだ。

「なんだ貴様、邪魔をする気か!」

「そうとも、友の乗る船を沈められては困るのでな!」

 鍔迫り合いから一転、一歩下がった次の瞬間には、アウグストの魔剣とピエールの拳が撃ち合いを始めていた。振り下ろされる刃を片方の拳でいなし、残る片手がカウンター攻撃を仕掛ける。それを上半身の動き一つで避け、引き際の刃をピエールに翻す。ブシュ、と血が飛んだように見えた。飛んだのは血ではなく、肉片であると次の瞬間に知れる。脇腹に空いた穴から向こうが見える。うわっ、と砲撃手の一人が悲鳴を上げた。

「ほう。こんな容易に一撃をもらうとは。鈍ったものだ。しかし、久々に強敵と出会った。これは楽しいぞ」

 大きく削がれた脇腹を見せつけるようにピエールがその巨体を起こす。

「見ろ、これが本当の不死者と言うものだ」

 そう言い終わった頃には、既に腹の傷はミチミチと音を立てて塞がり、切り裂かれた服すらもその繊維が生きているように絡まりあい、元に戻っていった。

「化け物か」

「そうとも、やり合おうじゃねぇか魔剣使い」

 挑発するように指先で相手へ合図を送ると、再びアウグストが剣を振った。至近距離で放たれた剣戟は、繰り出された拳の前に一撃で霧散した。

「忘れてたが、俺に氷は効かねぇぞ」

 そこでようやく、アウグストの顔に影が差した。己の不利を理解した顔だ。

「それで俺が引くと思うか!」

「そうこなくちゃあな!」

 再び構えられた魔剣と、氷の拳が相対する。

「死ねぇ!」

「それはコチラの台詞だ!」

 数歩の距離を互いが一気に詰め、再び切り結ぶ両者の金属音が敵船の甲板から響く。

「接舷用意!」

 カルムからの号令で我に返った。思わず両者の攻防に見入られていた。

「二射、砲門を閉じろ。一射は装填状態で待機、突入準備に入る!」

 腰に下げたヴィーボスカラートに手をやって、僕は甲板へ走った。その後をドカドカと足音を上げてラースが追い着いてきた。

「トイレにしては長かったな」

「ちょっと踏ん張ってきたぜ」

「先に済ませておけ」

「緊張すると突然来るじゃん?」

 悪態を二言交わし、僕らはほぼ同時に甲板に上がった。敵船が鼻の先に迫り、水夫たちが船縁に沿って屈んでその衝撃に備えていた。

 ズズン、と船がぶつかる低い音と木材の擦れる音、大きく揺れる船体に足下を掬われる。その衝撃の一瞬後。屈んでいた水夫たちが一斉に敵船へと攻撃を仕掛け始めた。

 小型のアンカーを投げ入れて船を接舷させ固定、それが終わると同時に武器を構えた水夫が敵船の甲板になだれ込んだ。

 衝突の衝撃、こちらからの攻撃の開始に、アウグストの注意がほんの一瞬逸れた。

「骨喰式氷闘術、太刀道氷柱殺!」

 ピエールの咆哮が響いた。ドスン、と甲板の床を殴りつけた先から、巨大な氷の刃が次々と牙を剥いた。避ける間も、切り落とす間もなく、アウグストの足と脇腹を氷の柱が貫いた。ついにどしゃ、と血しぶきをあげて倒れるアウグストを見ることが叶った。

 ピエール氏のその実力たるや、獣人の海賊団をまとめ上げていただけのことはある。動かなくなったアウグストに警戒しつつ、僕とラースも敵船へと乗り込んだ。

「……殺す……貴様ら、殺してやる」

 呻き、それでも剣を離さないアウグストの腕をラースが容赦なく打ち抜く。やはり剣から触手のような物が生え、その右手と癒着していた。撃ち抜かれたそれは生き物のように触手を引っ込め、何事もなかったように一振りの剣と人の手に戻った。

「とどめを刺す前にいろいろ教えてやらぁ」

 主の手を離れた魔剣を蹴って遠ざけたラースが、ポケットから大振りの宝石が付いた首飾りを取り出して、奴の前に翳した。

「っ……貴様、ドコでそれを……!」

 アウグストはそれを見るや、目を剥いて声を荒らげた。撃たれて使いものにならない腕をそれでも立てて体を起こそうとする。

「それは、俺たちが、俺たちが最後に見つけた財宝だ。ライカの首飾りだ!」

「そうだとも。ライカ遺跡の奥に眠っていたライカの首飾り。生け贄になった哀れな少女の首飾りさ」

「どうしたと言っているんだ!それを、何処で手に入れた!」

 血みどろの男が血を吐きながら叫んだ。それが何であるか、僕にはさっぱり分からない。

「ラース、それは一体何なんだ?」

 問いかければ、へへ、といつもの調子の良さを取り戻したラースが得意げに笑っていた。

「聞いての通り、大昔に生け贄にされたライカって少女が身につけていたとされる首飾りさ。ある冒険者集団がその遺跡を発掘して、見つけだしたお宝よ」

「おまえそんな物をいつ買ったんだ?何で僕に教えてくれないんだ。それだけの大振りの宝石なら、今回の対幽霊船用の強力な武器も作れたぞ」

「買ってねぇよ」

「じゃあどうしたんだ」

「だぁから、さっきの幽霊船から奪った戦利品だって!」

「え」

 驚きの声を上げたのは、僕だけじゃなかった。

「なんだと……貴様、今なんと言った!」

「だからよ、こいつはお前と会う前に沈めた幽霊船から頂戴した戦利品だって言ってんだよ」

「……あの船は、バルツァサーラに向かったのだぞ!こんなところを航行しているはずがない!」

 そこでようやく、アウグストの顔に人間らしい動揺が見えた。

 にい、と口元を歪めたラースが、その手に一冊の手帳を掲げながら、悪魔が囁くように言葉を紡ぐ。

「その船は、蒼林の東、魔の海である不死者に乗っ取られてこの辺りまで航行して来たんだとよ。魔の海に入り込むまでの航海日誌を見つけてな。残念なことに幽霊船になっちまってたみてぇだな、元冒険者アウグストさんよ」

「貴様が俺をそう呼ぶことは許さんぞ!」

「黙れ、てめぇにこれ以上の自由はねぇんだクソ野郎が」

 タァンと銃声が響いて、アウグストの脚を弾丸が貫通した。一度敗走を強いられた相手が身動きが取れないと知るや、腹いせも含めているだろうがよくやる。

 しかし何とも数奇な話だ。アウグストが探し求めた船を、僕らが沈めていた。その証拠が、冒険者たちが発見していたライカの首飾りだったと。

 さっきトイレだなどと言っていたが、こいつを探りに船倉奥に仕舞い込んだ財宝を引っ張りだしてきたと言うところか。あの短時間で、よく航海日誌に書かれていた記述と照らし合わせができたものだ。

「もったいない人材ね」

 敵船はヴィカーリオの制圧で完全に沈黙し、安全と知って接舷したベルサーヌから、今度はアナベルがひょっこり顔を出した。

「この人はもうやることも行く場所もないんでしょ?殺してしまうの?」

「おお、殺すとも。俺の黒星は白星で塗りつぶしてこそだ!」

 残念、と暢気に呟くアナベルを見てピエールが大きく溜息を吐いた。

「ウルマーニ!力を貸せ!俺に力を寄越せ!」

 突然のことで心臓が飛び跳ねた。崩れ落ちたアウグストが叫ぶと同時に、その足下に魔法陣が輝きだした。

「奴らを殺す力を寄越せ!俺の残りの寿命を全てくれてやる!」

 叫んだ男の背後に、灰色の肌をした女が現れた。明らかに魔族の風体をした女は、アウグストを背後から抱きしめると、突然こちらに向かって話し始めた。

「まさかハティの援軍があるとは思わなかったわ。貴方たちの幸運がわたしの力よりも勝ったと言うことね」

「お、おいっウルマーニ!なにを言っているんだ!は、早く俺に力を寄越せ!」

「ごらんの通り、この男は最初に貴方たちに負けた後にわたしと契約をしたの。氷の力をより強くして、貴方たちに復讐して、船を奪って魔の海へ行きたがってたの」

 唖然とする僕らを余所に、女はベラベラと事の真相を暴露していく。突然人外並の強さを手に入れたと思ったら、魔族と契約をしていたわけか。

「でもこれ以上代償に貰うものがなくなっちゃった。最初はその魔剣。次に寿命。三度目はもうないわ。寿命を差し出すことで、運気も使っちゃったのね。貴方たちにハティが加勢した。わたしもバカじゃないわ。ハティ相手にやり合う気はないの」

 ハティ、と言って女が視線をやるのはピエールの方だ。

「ハティは、月蝕を起こすと言われる狼の神様の事よ。月の悪魔、マーニの天敵」

 ぽつりとアナベルが解説を口にする。ウルマーニと呼ばれた悪魔の女はにっこりと笑って正解、と呟いた。

「そう言うわけで」

 すっと女が指さした先から氷の魔剣がひゅるりと宙を舞って女の手に収まり、輝く魔法陣から黒い光が溢れだした。

「そちらのイケメンには申し訳ございませんがぁ、コレはわたしが頂きますのでぇ、お引き取りくださいねぇ」

 甘ったるい声を上げて、女は抵抗するアウグストを抱き抱えて魔法陣の中へと沈んでいく。

「やめろ、俺は、まだ!まだ、友を弔ってやれていない!」

 ふん、と渋い顔をしたラースが、手に持っていた手帳をアウグストに向かって投げた。

「残念だがそいつも叶わねぇな!その航海日誌の書き手、てめぇのお友達とやらも、俺が頭を吹き飛ばしてぶっ殺した。今頃フカの餌だぜ」

 甲板に落ちたページを一瞥したアウグストが、慟哭を上げながら女と共に魔法陣の闇の中に呑み込まれて、消えていった。

 開かれた手帳のページには揺れる筆跡で、魔の海を前に海へ着き落とした友への謝罪と、どうか生きて欲しいとの願いが綴られていた。



 アウグストの乗って来た商船の乗組員は漏れなく全員殺した。吸血鬼コールの食事の後にバラして、今回の出費を補填する骨ダイヤの材料だ。

「噂には聞いていたが、なかなかの所業だな」

「いやあ、旦那にそう言われっと照れますねぇ」

 あまり誉めていない、と言う顔のピエールがエールのジョッキを仰ぐ。

 解体作業が終わり、敵船から物資を奪い、船を沈めた後。僕らとベルサーヌは例の無人島へと停泊して、お互いの健闘と、改めての再会を祝う宴を行った。

 少し消耗した、とピエール氏がアナベルの持つ箱から何やら果実を貰い受けて口にしていたのが印象的だったが、それを覆い隠すように、彼はジョンの料理を懐かしみ、大いに食べ、大いに飲んだ。ベルサーヌの面々ともすっかり馴染んだヴィカーリオの水夫たちも大いに宴を楽しんだ。

 相変わらず星の見えない曇天の空に、そこを退けと言わんばかりに騒ぐ宴の声が無人島に響く。まだまだ水夫たちが騒ぐ中で、僕と話をしていたアナベルの元に、ラースが冷たいアイスクリームを持ってやってきた。

「どうぞ。好きだって聞いてな。持ってきたぜ」

「ありがとう」

 キラキラと目を輝かせてアイスを受け取った少女が、それを口にするのを見ながら、ラースは口を開いた。

「アナベルちゃんよ、俺たちは明日の午後には街に向かって航路を取る。あんた等はどうするんだ」

「ラース船長、今日は楽しい宴をありがとう。私たちはまた彷徨うわ。それが私たちの、キャスリンの導きだから」

「……そうか」

 強力な戦力にもなるピエールの存在が惜しいのだろう。名残惜しげに口を閉じたラースが、今度は僕に向かって口を開いた。

「メーヴォってこう言う子も守備範囲なの?」

「こら!冗談でも口にするな!僕はそのキャスリンについて話を聞いていただけだ!」

「へぇ?」

 ニヤニヤと笑うラースに、アナベルが変わらぬ淡々とした口調で僕らの仲を否定した。

「そうね、私とメーヴォさんじゃ、意見の食い違いが大きいわ」

 そう言って、アナベルはキャスリンの中から真っ赤な粉の入った小瓶を取り出した。ああ、まただ。

「これ関してはどうしても譲れないからね」

 アナベルはアイスクリームに大量の唐辛子の粉末をかけ、美味しそうに口に運んだ。

 本当に、お嬢さんのその感覚だけは絶対に分からない。うわあ、と嫌そうな顔をしたラースと顔を見合わせて、僕らは少し笑った。


おわり


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