海賊と運命の歯車1
ヴェルリッツの北の辺境。北の大地の突き刺さるような空気の下、かつて魔鉱石の採掘業で賑わった小さな港に船を留め、いつものように宝石商と身分を偽って馬車を借りて内陸部に向かう。
内陸部には既に廃坑となった炭鉱跡がいくつも残されている。その大多数は魔物の巣窟であったり、山賊や野党のアジトになってしまった物も多い。そんな中、奇跡的に当時のまま現存する廃坑の情報を入手出来た。二十年くらいは放置されているはずだから、氷水晶の一つや二つは再結晶化しているだろうと情報を仕入れ、探索に向かっている。
「船長、廃坑って事は、例の洞窟ほどは探索し難い事はないですよね?」
「あぁ、何にしろレヴの影にある程度探索して貰うから、安心しとけ」
良かった、と息を吐いた船医マルトに船長のラースと、今回の作戦の総指揮を担う僕、メーヴォ。探索能力の高い情報屋レヴと、その従者コール。クラーガ隊の体力自慢二人と調理班から二名が道中同行していた。
「なあメーヴォ」
馬車に揺られる中、退屈そうに欠伸をしたラースがコチラに声をかけてくる。
「氷水晶の採掘に行くってのは良いんだけどよ、水晶が出る場所とか、そう言うのは分かってんのか?」
「そう言う重要なことを把握しないまま、僕が計画して行くと思うか?」
「だよなぁ?」
先日の高級娼婦宿で、元炭鉱夫で現在政府役員にまで上り詰めた男と取引をした。金を積んで娼婦に情報を仲介して貰った訳だが、金貨一袋で事が済んでしまうのだから人を相手にした取引は安いものだ。
「元炭鉱夫から当時の鉱脈の情報を買い取っている。それを元にレヴの影で調査しつつ、採掘には僕の作った小型爆弾で発破作業。そして運び出しにはルナー氏の協力を仰ぐ。そう言う手はずだろう」
「いやぁ、改めて思うけど、派手だなぁと思ってよ」
「小さな爆弾を使っての細かい作業が中心だ。そこまで派手な爆破はしない予定だ」
期待してるぜ、と言ったラースに任せておけ、と言葉を返し、僕はポケットの中のそれを確かめた。いつ切り出そうかと思って今の今まで引っ張ってしまった。
ごっとん、と少し大きめの石に車輪が乗り上げたのか、大きく馬車が揺れて考えに耽っていた意識を引き返された。大小さまざまに揺れる道を馬車で進む。波の揺れと違って、土の上の揺れは底があって痛みが強い。体の芯に響く揺れをこんなに不快に感じるようになったのだな、と頭の片隅に浮かんで、早く海に帰りたい、と言う思いに終結した。
小さな集落を通り過ぎ更に進むと、かつて道だった廃道へと当たった。
「流石に二十年以上使われてんと、道も荒れますなぁ」
馬の手綱を握っていた調理隊からの応援、渾名でファイアーアイと呼ばれている男が馬を止めて溜息混じりに呟く。調理班の男たちは皆、頭目のジョンに習うのか(それともそんな喋りが移ってしまうのか)訛りの効いた口調で話す。
林の中を通る道は草が生い茂り、道の傍らからは倒木が顔を出して道を塞いでいる。人の手の入らなくなった林は鬱蒼と生い茂り、太陽の光を遮って道の先は真っ暗だ。
「隊長!俺たちの出番ですか!」
クラーガ隊から連れてきた力自慢の二人が、手斧を片手に道を切り開こうと馬車の前へ出る。
「待てお前ら。二人でどうにかなるもんじゃない。これも想定済みの案件だ」
レヴ、と情報屋の少年を呼ぶ。はい、と元気に声で答えた少年が馬車の前に出る。
「手はず通り頼んだぞ」
「はい、任せてください!」
トントン、とリズムを踏んだレヴの足下から水面の波紋のように影が波打った。
「行きます」
波が押し寄せるように影が荒れた道を這うと、そこにあった背の高い草が押し倒されて道が開けた。馬の歩行の妨げになりそうな石や木の枝を道の脇に押しやり、草の絨毯が出来上がる。
「大きな木だけはまだ退かせないので、一緒に押してください」
「おっす!」
レヴの操る影と、クラーガ隊の二人が協力して道を作り、そのあとを馬車が進んだ。倒木の下に影を入れて僅かに浮かすことで、一人でも難なく木を退かす事が出来た。
『レヴ様、魔力の使いすぎにはご注意くださいませ』
『こんなの使っている内に入らないよコール。ここの影や闇はすごく深くていい子たちだよ』
影の中に潜む吸血鬼コールが主であるレヴの心配をするが、成長株でもあるレヴにとってはこれくらい難と言う事も無いようだった。
林を抜けきる前に日が落ち、廃道でキャンプする事になった。視界の確保にとレヴとクラーガ隊が先の道を整備する間、調理隊の二人が火を起こして夕食の支度を始めた。ジョンの料理とまではいかないが、共に船員の胃袋を支える彼らの作る夕食はやはり美味しかった。
ファイアーアイが得意の炎の魔法で火を起こし、カッターと渾名で呼ばれている下っ端調理人の東洋人も、一緒になって焚き火を囲んで食材の調理をしていく。
串に刺して焚き火で焼くパンと、乾物野菜やベーコンを煮戻して作るスープの香りが一帯に広がり、隣に居たラースの腹からぐぅと音が聞こえて笑った。
寒さに悴む手をスープの器で溶かしながら、体の奥に熱を頬張る。腹を満たし、早々に焚き火を囲んで布団袋で就寝した。周囲の見張りは夜の住人、吸血鬼のコールに任せ、冷たい風の吹く野宿も布団袋の保温性を持って乗り切った。
「早々に陸で野宿なんてある話じゃないですけど、これ良いですね」
翌朝目覚めた船医マルトが、筒状の布団袋を畳みながら子供のように笑う。きっと医務室で使えないかとか考えているに違いない。その傍らで、ニヤニヤと笑うラースが儲け話に華を咲かせる。
「これ量産して売り出さねぇか?」
「アジトの主婦たちに縫わせて、ジェイソンさんの商船で売り捌かせる?」
「陸の冒険者たちや商人たちに馬鹿売れでウハウハ?」
「止めてくれ、あっと言う間に類似品が出て商売にならなくなる」
「そこはほら、クラーガ印の品質勝負?」
「僕の技術を盗まれた時点で発破案件だ」
こわ、と笑ったラースに早く支度をしろと檄を飛ばしつつ、朝食の前に野営の片付けをした。程なく馬車に荷物を積み込み、パンとスープで朝食を済ませると、再び廃道を掃除しながら進んだ。
『レヴ様、昨夜は周囲に人の気配はありませんでした。集落からの見物人も居ないようです』
『分かったよ。ゆっくり寝て、また今夜の見張りもお願いするよ』
『はいレヴ様、お休みなさいませ』
コールからの昨夜の見張りの報告を聞き、ヴェルリッツ国軍や海賊取締りに特化しているゴーンブール海軍の追っ手が居ない事をひとまず安堵した。出来る事ならこのまま何事も無く廃坑に行き、氷水晶を採掘して帰りたいものだ。
途中、森を抜けると当たりは一面銀世界。積雪は少ないものの、馬車を行かせる為にレヴの影が次は除雪に活躍した。
「寒い死んじゃう」
「この程度で寒いとか言っていたら、洞窟の中でまともに動けないぞ?」
南の生まれのラースがガチガチと歯を鳴らしてコートに顔を埋めている。防寒着は用意して来たものの、ラースにとって真冬の北の地は未知の世界のようだ。マルトが予備の内着を出してラースに着せ、更にマフラーも一番上等なやつを着けて、まるでダルマのように着込んで、ようやくラースは人心地ついた。
「馬車は揺れて尻は痛いし、地面の上は揺れないから何か気持ち悪いし、ホント、早く海に帰りたい」
何処かで聞いた台詞だなと思いつつ、エリーの為だと思え、と諭して黙らせた。
そうして馬車に揺られ、野宿をもう一晩。雪を一箇所に集めて山を作り、更に中をくり貫いて大きな雪のドームを作った。風除けと火を起こした時に熱を溜める事が出来る簡易テントだ。とは言え、人の手でそれを作るのは重労働だが、レヴの影はそんな大仕事も難なくこなしてしまうのだから、食事のソーセージが一本や二本は余分に与えられて然るべきだ。
「俺ももうちょっと食べたい」
「働かざるもの食うべからず」
「船長、雪山で凍え死んじゃう!」
喚く口に食べかけのソーセージを突っ込んで黙らせた。
道中の過酷さも何とか乗り越え、三日目の昼過ぎに目的地となる鉱山へと辿り着いた。
「海から上がってこんなに大変な事は滅多にないぜ……」
「それだけ大掛かりな儲け口だって事だ」
「よし、作戦続行だぜ!」
儲け話と聞けば、この男はホイホイとやる気になる。馬車からツルハシや爆薬を降ろして荷造りする一方で、またもレヴの出番だ。
閉鎖された炭鉱の入り口の鍵をラースが打ち抜いて壊すと、一歩中に入ったレヴが腕を広げ、影を操る能力で洞窟内の探索を始めた。忙しなく両手の指が動き、時折足元で何かを確かめるように足踏みする。
「隊長、準備出来ました」
力自慢二人がその背に荷物を背負い、調理班の二人が食料などを背負って待機している。その後ろでマルトも荷物を背負って待っている。中の探索は任せて、僕も身支度を始めた。
「……見つかりました。地底湖です」
「おっし、道は確保出来たか?」
「はいお頭。行けます」
「ラース、先頭を頼めるか?僕はマルトと殿に着く」
「おっけー!早いところ洞窟の中に入ろうぜ。少しは暖かいだろ?」
さあ、どうだろうな?と少し意地悪をしたかな、と内心でコッソリ笑った。
洞窟内に松明を持って進行し、殿の僕は左耳の上に収まる従者、鉄鳥の発光で足元を照らしながら進んだ。廃坑になって既に二十年。中は埃が積もっているかと思いきや、案外強く洞窟内に風が吹いていて空気は澄んでいた。
「待って!待ってめっちゃ寒い!」
風がこんなに吹いているなんて聞いてない!と抗議するラースの言葉にレヴが折れて前を行き、先頭はレヴとその従者コールが進んだ。コールも日光の届かない洞窟の中では普通に行動出来る。そもそも影で洞窟内部を探索し、一度道を見ている上に内部が安全であると知っているレヴの案内なのだから、堂々と進むだけで良いのだ。後は寒さへの耐性如何と言うところか。魔族であるレヴに吸血鬼であるコールの二人は、あまり暑さ寒さを感じないと聞く。さすがは闇に属する高位の者たちである。
どれほど進んだだろうか。人の手の入った通路から、徐々に木製の柱や梁が無くなり、気が付けば天然の洞窟へと周囲は様変わりしていた。所々にかつての鉱夫が残したであろう道具などの残骸が散見し、時の移ろいやその無常さを見せ付けている。
「まだかよー」
炭鉱の物珍しさ、洞窟内部の美しさに目が行かない無骨者が若干名。大した手荷物も持たない船長殿は、万が一の際に素早く応戦してもらうために身軽に構えさせている。彼の早撃ちが最も戦力として確実なのだ。
「お頭、そこの角を曲がって、もう少しです」
松明の炎に揺れて、レヴの足元から洞窟の通路の奥に向かって影が伸びている。そう言えば昔読んだ童話に、正解の道を消してしまう獣がいたっけな、と思いつつ、早く歩け、と殿側からラースに渇を入れた。
程なく開けた視界にはさほど大きくはないが、暗闇の中仄かに松明の明かりを反射する地底湖が見えた。地底湖の周りには人の手の入った小屋や足場が散見する。ドーム状に整えられた空間はそれなりに大きく見える。
「いやー、着いた着いた。さっさと仕事に取り掛かろうぜ」
「そうだな」
観光気分で寄り道されると困る。ラースのその一言に、荷物を担いでいた面々が小屋を中心に作業の支度を開始した。発破用に細く成型し、威力を抑えた爆弾が百近く。それを岩場に埋め込む為に穴を開けるツルハシが十数本。
クラーガ隊の二人が手際よく荷物を展開する間、僕は地底湖に足を向ける。大きさは横幅が十メートル程度、奥行きは五メートル程度だろうか。地底湖と言うよりは水溜りのようだが、澄んだ水底は深く、その奥が深淵に向かって続いているようにも見える。
吸い込まれそうな淡い水色の水面に向けて、真っ赤な魂篭の玉を投げた。ぷかぷかと浮かんでいた小さな宝石の様な魔石がゆるゆると水の中に沈んで、やがて水底のくぼみに落ち着いた。
「アンカーは落とせたか?」
「ああ。手はず通りなら、今夜にもルナー氏と合流出来るだろう」
「しかしまあ、ココと海が繋がってるって?本当かよ」
「本当じゃなかったら、僕は動かないって何度も言ってるだろ?」
へいへい、と笑うラースの顔に、分かっている、信じている、と言ういつもの顔を見て、何処か安堵を覚えた。
「そうだ、ラース。渡しておく物がある」
「おう、どうした?」
「これを」
ポケットから絹布に包んでおいた金色に輝く指輪を取り出す。
「エー、やだーメーヴォさん俺にプロポーズ?」
「馬鹿言え、気持ち悪い。これは新しい」
お前の武器、と言葉が口から出る前に、洞窟の奥から獣の遠吠えが聞こえた。
嘘だろ?と耳を疑った。メーヴォが差し出したままだった指輪を取り敢えず受け取り、右の人差し指につけた。似合ってんだろ?少し余裕を持とうぜ、と言わんばかりにメーヴォに確認させ、一つ頷いたのを合図に、俺たちは小屋の方へ翔けた。
「レヴ、影を走らせろ」
「はい、やってます!」
「お前ら、念のため武器を持て。火薬の扱いは心得てるな」
メーヴォの指示に応と答えたクラーガ隊の大男が各々武器である大斧と大剣を構えつつ、服に何本かの爆弾を抱え込んだ。
「あぁ……やっぱり何事も無く終わるなんて事は無いですよね」
若干涙目になっているマルトはそれでも自分の預かる蝕の民の槍『コルノアリエーソ』を構えている。それが活躍する事の無い相手である事を祈るぜ……。
小屋の前で防御の陣形をとる俺たちの前に、レヴとコールが構える。既にレヴの足元から影が伸び、洞窟内に進入した追っ手が何であるか探っている。その顔は長い前髪に隠れて見えないが、真一文字に結ばれた口元が緊張を伺わせる。その口元が、震え、声を発した。
「敵襲です!恐らく国軍、あれは、多分氷獅子です!氷獅子に乗った兵士が五人ほど、洞窟の中を探索しています!」
尾行られていたのか、と思うと無意識に舌打ちが出る。いいや、恐らく尾行られて居たのではない。何らかの確証をもって此処を目指している?
「……あっ、アンカーか」
地底湖に鎮めたアンカー。海から此処への目印のつもりが、その魔力の発信を近辺に居た哨戒兵に気付かれたのかも知れない。今からアンカーを引き上げるわけにも行かず、墓穴を掘ったと頭痛が痛くなる。
「レヴ、此処までの通路に影を張って道を塞げ。ダミーも忘れるな」
「は、はい!」
「コール、影に紛れて接近しろ。先手を打つぞ」
「は、船長殿」
どろりと溶ける様にレヴの影に潜って、コールの姿が消える。
「……すまねぇなレヴ。それにコールもよ。最近大活躍が続くからな。コレで帰ったら今月の報酬は弾むぜ」
「本当ですか?なら、何を買うか考えておきます」
図鑑か玩具どちらにしようかな、と呟いたレヴの口元は笑っていない。構えた両手を前に出して、見えない球体を操作するように手を動かし、忙しなく指が踊る。
「コール、その通路の奥に一対。そう、獣の足を喰らって」
思わずと言う具合に声を発してレヴがコールへ命を下す。
五人の兵士と言う事は、小班か何かだろう。獣も厄介で、この場で直接対決しては勝てない数だ。突破される危険性はかなり高い。ならばその数を出来る限り減らしておきたい。特に獣は勘弁被りたい。俺の早撃ちはご自慢の宝刀だが、氷獅子の素早さは狙いを付けるのに苦労する。特にこんな狭い空間じゃ、奴らの俊敏性なら壁も走るだろう。
「よし、一人撃退です」
食事をして、と再びコールへ命を下し、次の標的へと導く決断力と容赦無さに、流石魔族のエリート家系の出身は違うねぇと内心でほくそ笑む。
そうして必死の攻防に挑むレヴを見てどれほどの時間が経過しただろう。この極寒の空間にありながら、レヴの額からは幾筋も汗が伝っている。ごくり、と唾を飲み込む仕草も繰り返す。
緊張の空気が周囲に漂う。
「コール!戻って!」
突然上げられた、悲鳴にも似たレヴの声に、ついにその時が来たか、と俺たちは武器を構えた。
「申し訳ございません、三名と二頭、逃しました」
沼から影が浮き上がるが如く、レヴの影からぬるりとコールが姿を現した。その顔は張り艶のある青年のそれで、倒した兵士と獣から血液をたっぷり頂戴したのだろう。しかし、右腕からはしゅうしゅうと傷口が煙を上げている。
「恐らく隊の頭目と思われる兵士が、尋常では無い聖人君子のようです。まさか私に一太刀浴びせるとは思いませんでした」
高位吸血鬼のコールは、通常の剣戟や銃撃が効かない。彼を傷つけるには、強い信仰心の伴った一撃が必要だ。闇の者を強く拒否し、否定し、光である者を尊いと信じる力の篭った一撃でなければ、コールを傷つける事は出来ない。それを可能とするだけの狂信者であり、暗闇の中でもコールの一撃を察知し反撃に出る事の出来る手練れであったに違いない。
「まだ諦めないのか?」
「その様です……あの男、何処かで見た覚えが」
メーヴォが苦々しく、水晶を掘り返したかったのに、とぼやく。ぼやけるだけの余裕は出来たって事か?羨ましいぜ。ジワリと滑る銃のグリップを持ち直す。どうにも手の中に収まりが悪く、普段左に構えるエリーの銃を右に持ち替えた。その銃身を額に当て、愛しいエリーに導きを懇願した。
「……くそ、来ます!」
毒吐いたレヴの足元に影が収縮する。素早く道具袋の中から真っ赤な魂篭の玉を取り出したレヴがそれを口に含む。パキン、と飴玉を噛み砕くような音が微かに聞こえる。
それとほぼ同時に、獣の咆哮と共に、地底湖の入り口に騎獣した兵士たちが姿を見せた。
「今だ!」
叫んだメーヴォがバチンと爆弾をその真っ赤な鞭で弾き飛ばした。その横で発破用の爆弾を恐ろしいほど整ったフォームで遠投するクラーガ隊の二人がいた。
宙を舞った爆弾は、獣たちの進行方向の先で激しく破裂した。辺りを轟音が支配し、土煙が舞い上がる。ギャン、と獣が悲鳴を上げ横転し、それに乗っていた兵士が宙に舞った。
「やはり、貴様らか、ヴィカーリオ海賊団!」
空中にありながら、風の魔法を纏った剣戟の一薙ぎを男が放ち、土煙が切り裂かれ霧散する。じゃり、と砂利を鳴らせて男が地面に降り立つと、剣を振り下ろして此方を睨みつける。
茶色の髪、くすんだ青の瞳が目を引く、紺色の制服に身を包んだ将校兵士。立ち振る舞いからして相応の階級の人物だろう。自信に満ち溢れた、何か裏打ちされた力の篭った目が不快だ。
後ろに兵士と獣を二体控えさせ、真っ直ぐに立った男が、真っ直ぐに俺を睨みつけてくる。
「貴様が、ヴィカーリオ海賊団の、ラースタチカ船長だな。進路予測とこの一帯に出没すると言う情報は確かだったな」
追っ手だっただと?紺色の軍服はゴーンブール海軍の物と覚えがある。まさかこんな内陸にまで出張ってくるたぁ、モテる海賊団は辛いねぇ。
「俺に何か用か?コッチは何の用もねぇぜ?」
「用件はたっぷりある。私と貴様が存分に語り合うべき用件がな」
「知らねぇな。国軍の兵士様と話すこたぁ何もねぇよ」
「イライジャ=エリーゼ=シャッカルーガの名に覚えがあるだろう」
心臓が跳ね上がった。シャッカルーガ?それは。
「忘れたとは言わせぬぞ。シャッカルーガ船団の名は忘れようも無いはずだ!」
「テメェが何故その名を口にする!あれは、シャッカルーガ海賊団は」
「あれは我が海洋国家ゴーンブールの私掠船!その船長の名を忘れたとは言わせぬ」
「しつけぇぞ!それ以上口にするな!」
ああ、手汗が、手が滑る。腰に下げた絹布を、指が探す。
「そこにあるのか!イライジャの遺骨が!」
「俺のエリーをその名で呼ぶんじゃねぇ!」
早撃ちの一発を野郎の額目掛け放つが、それを剣が弾いた。鉄のぶつかり合ったような音が空洞の中に響き渡る。ああ、耳鳴りみてぇで気分が悪い。
「……エリーは、私掠船の船長だったのか」
横に居たメーヴォがまさかと言う風に零す。
「ああ、そうらしいな。俺はずっと海賊船の女船長だと思ってたんだけどな。おかしくねぇか?」
「心理作戦の可能性を考えろ。しっかりしろよ」
ああ、お前の言葉は頭にガツンと来るよメーヴォ。
エリーゼ=シャッカルーガ。忘れるはずが無い。シャッカルーガ海賊団と呼ばれ、主にアウリッツへ行く商船をカモに稼いでいたはずだ。間違いない。船乗りの間で次の血の貴婦人の異名は彼女に与えられるだろうと噂だった。凛と美しい女。ゴーンブールの港町でエリーを襲った。殺して、その体を煮詰めて骨にして持ち帰っただろう。アジトに行く前に立ち寄った港町で、人形師だと言う男にエリーの体を作ってもらって、切り落としておいた頭髪でカツラを作って着飾らせたろう?メーヴォの元に残りの遺骨も、俺の新しい武器にするために託した。現に、此処にエリーはいる。
「イライジャを、そしてそのイライジャの銃を返してもらうぞ、ラースタチカ船長」
「グダグダとエリーについて語るけどよ、てめぇは何モンだ」
「……彼女は、賢く聡明で、何より美しく、勇敢だった」
唐突に野郎が語り出した。
イライジャ=エリーゼ=シャッカルーガ。彼女は貧しい船乗りの家の出身で、女でありながら剣の道を選び、ゴーンブール海軍に志願して兵士になった。やがて彼女は海軍に配備され、その気の強さや剣の腕で階級を上げ、私掠船の船長に若くして抜擢された。私掠船として他国の海賊を討伐する日々を送った。そんな折り、彼女には婚約の話が持ち上がった。
「私たちは一目見た時から惹かれ合った。私たちは魂の奥から愛し合っていたのだ!」
その言葉で全てを理解した。
「てめぇか……てめぇがエリーから海を奪った野郎か!」
再び一撃を撃ち込み、しかしそれが剣で弾かれた後、男は剣を構えて居住まいを正した。
「覚えておけ、イライジャの婚約者であり、貴様を葬る男の名。私は海洋国家ゴーンブールの海軍少佐、ケンドリック=モーガンだ!」
「殺す野郎の名は覚えねぇ主義でな!」
言い放ち、俺は右腕に着けてあったヴェンデーゴを起動させ天井に向けて放ち、地面を蹴った。天井付近に取り付き、左に構えた銃を男目掛けて連射する。
「散開!奴らを逃がすな!」
風の魔法と剣戟で銃弾を弾きながら、男が部下に命じる。男の後ろから獣と兵士が二対、走り出す。小屋の前に陣取ったコールとメーヴォ、そしてクラーガ隊の二人が兵士たちと対峙する。あっちの処理は任せよう。まずはこの野郎をブチ殺さねぇと腹の虫が収まらねぇ。
「距離を取って私を牽制するつもりだろうが、そうは行かぬぞ海賊無勢が!」
構えた剣の切っ先から魔法陣がいくつも現れ、そこから水の弾丸が打ち出される。素早くヴェンデーゴの魔法ワイヤーを少し離れた天井に着け、攻撃を避けるように飛ぶ。
「いつまでそうして避け続けるつもりだ!」
切っ先が薙ぎ払われると同時に、魔法弾が一斉に放たれる。
「逃げ切れるし、てめぇをぶっ殺すだけの算段があるからに決まってんだろ!」
右手に構えていたエリーの氷の魔法銃を撃ち、魔法弾を遮断する氷の壁を作って、更にその壁すらも攻撃手段として攻戦へ転じる。氷の壁を切り裂いて避けた先に向け、落下しながら両手に構えた魔法銃二丁で、魔法弾と氷の弾丸をこれでもかと撃ち込む。ヴェンデーゴの魔法ワイヤーを伸ばし、床に落下寸での所で体を支える。そっと地面に降り立って、舞い上がった砂埃が落ち着くのを待つ。やっただろう、と言う確信があった。仲間たちと交戦中の男の部下たちも何やら慌てたような声を上げている。
「……なるほど、流石死神の海賊と噂されるだけある」
その天上から響くような凛とした声は耳に障る。
「貴様の実力は確かだ」
砂煙が晴れる中、水で出来た大盾を手にした男が相変わらず此方を睨みつけてくる。若干服に掠ったようだが、何をどうしたのか、此方の攻撃は大したダメージにならなかったようだ。
クソが、と呟いた口の中がカラッカラに乾いて引き攣る。指先が、エリーを求めてほんの少し腰に向けて下がる。
「私の敵では無い」
言い放った男の自信に満ちた目が俺の額を射抜く。ああ、気分が悪い。
「やってみろよ、ぶっ殺してやる」
手が滑る。
た、と男が銀色に輝く剣と水の盾を構えて走り出す。真正面だ。真正面から向かってくるそれに向けて、両手で構えた銃のトリガーを引く。ボシャン、と水の盾に阻まれた弾丸は、水の盾の中で弾道を曲げられ、男の体を僅かに掠めてその背後に流れて行く。そう言う仕掛けかよ。
「ならコレはどうだ!」
エリーの銃に魔力を篭め、氷の弾丸を連射する。水の盾に着弾すると共にそれは盾の水分を一瞬で凍らせた。エリーの銃を一旦胸のホルスターに戻し両手で構えた魔法銃で、凍った盾に向けて渾身の魔法弾を打ち込む。凍った盾は砕けて男に魔法弾が打ち込まれて、お仕舞いって。上手く行くはずだったんだ。
「遅い」
水の盾を放棄すると同時に、男の体は風の魔法を纏って、弾丸のように俺の背後へと移動していた。ああ、そうかニ属性持ちか、風と水を操る魔法剣士。広がったマントが様になるなぁ剣士様よ。
その姿を自分の背後に感じ、ぞわりと背筋が凍って、足が竦んだ。心臓がドクリと一際大きく跳ねた。
どかり、と背中に衝撃が走って、思わずいてぇ、と声を上げたと思ったら、口から血が溢れていた。
何で俺の左胸から剣が生えてんだ。クソが。
遠くでメーヴォが俺の名を呼んだ。
つづく




