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あなたとおまえの物語  作者: ちょめ介
表話という名の本編
9/62

第九話

 ベッドで横になっている少女。その顔は赤い。

 別に恥ずかしいわけではない。単純に熱があるだけだ。

 

「うう…頭痛い…」


 額には氷嚢が乗せられ、何枚も毛布が重ねられた少女。

 その姿はまるで、彼の有名なコタツムリを連想させるようだ。


 ノソリと体を起こし、部屋を見渡す。

 壁際にベッドが置かれ、脇には小さな机と簡素な椅子。それ以外には何もない。

 傍の窓から見える景色だけが気分転換になる。


 まるで病室の様にも思えてしまうこの部屋は、屋敷の隅に存在する隔離部屋だ。

 誰かが風邪をひくなど体調を崩したりした時、この部屋に送られる。他の皆にうつさないよう、部屋に入れるのも看護役の一人だけだとも聞いた。


「風邪ひいたのなんて、いつ振りだろ…」


 ここに来る前に、一度だけ高熱を出した記憶がある。

 意識が朦朧として、自分がどこにいるのかもあやふやになった。

 それ以来、僅かに体調を崩すことはあっても、ここまでの高熱を出すことはなかった。

 あの時は、母親が忙しい仕事の合間を縫って看病をしてくれたが、今はその母親もいない。

 なんというか、心にぽっかりと穴が空いているような…

 

 ―――なんだろ、寂しいのかな…


 風邪を引いた時は弱気になると言うが、これはいけない。

 気をしっかりと持たないと、治るものも治らない。

 しかし、皆が働いている中、自分だけが休んでいると申し訳ない気持ちになってしまう。


 そのままどれくらい時間が経ったのだろう。数時間かもしれないし、数十分かもしれない。

 扉の外からは声が聞こえた。声からしてメイド長だろう。


『あなたの言い分は分かります。しかし、部屋に入れるわけにはいきません』

『で、でも、メイド長!』

『あなたにはあなたの仕事があるのでしょう。一つが終わったからと言え、休む暇などありません。すぐに持ち場に戻りなさい』

『は、はいぃ…』


 どうやら誰かと話しているようだ。

 扉に遮られたせいか判別はつかなかったが、臆病そうに詰まるような言葉で、すぐに思い当たった。


 ―――マリーさん、私になにか用事かな?


 あの人にしては珍しく声を荒げていた。

 具体的に言えば、文の最後に感嘆符が付いているような。


 そんな事を考えていたら扉が開いた。

 入ってきたのはメイド長だった。

 カートのような物を押しながら部屋に入ってくる。


「目が覚めたようですね。今朝、あなたが門の前で倒れていて―――」


 ―――そうだった。私は、あの小屋で…


 あの時、あの男の凶器が、少女に刺さることはなかった。

 顔を逸れ、背もたれにしていた箱に突き刺さり、男は項垂れたままピクリともしなかったが。

 とりあえず親方の店の場所を告げておき、小屋を出て森の中を彷徨ったのだ。

 なんとか日が明ける頃に屋敷に着くことが出来たが、濡れた服を着て肌寒い中を歩いていたせいか、門を開けることも出来ずに倒れ込んでしまった。


 その口ぶりから、発見してくれたのはメイド長なのだろう。

 

「―――驚きました。しかしどうやら、熱が出ていたようなのでこの部屋に」


 そう言うメイド長の表情が変わることはない。

 ただの社交辞令なのだろうと少女は思った。

 よく見ると、少女が来ている服が違う。


「衣服が汚れていましたので着替えさせておきました。支給した衣類と休日に着ている衣類以外、持っていなかったようなので。私の古い衣服ですが。幸い、あなたにはピッタリのようです」


 なんということはない質素な服だ。

 取り立てて飾り気がなく、メイド長の様な美人が着るには、釣り合いが取れないような服だ。

 とはいえ、メイド長がメイド服以外を着ている場面を、少女は見た事はないが。

 ちなみに、メイド長はピッタリと言っているが、一部に少しの隙間が見られた。

 どこが、とは言わないが。


「あ、いえ。ご迷惑をおかけしました。あの、それで…」

「昼食は用意しました。薬は食後に三錠を。白湯もあります。水分を取るのは忘れずに」

「は、はい」

「汗をかいたら声をかけなさい。着替えは用意してあります。夕食もこちらに運んできますから、それまでは体を休めなさい」


 矢継ぎ早に言葉を続けるメイド長。少女は目を白黒させてそれを呑み込む。

 カートに乗っていた土鍋をベッドの隣の机に置き、簡素な椅子に座るメイド長。


「消化に良い物は体への負担も少ないと聞きました。口を開けなさい」


 土鍋の蓋を開けるメイド長。匙で掬い、少女に口元に近づける。

 恐らくお粥だろうと見当をつけた少女。

 メイド長の言葉通りに口を開け、ムグムグと咀嚼する。

 少し強めに塩味が効いたお粥に、少女はなんというか懐かしい気持ちになった。


 咀嚼し、嚥下すると匙が少女の口元に添えられる。次々と繰り返すとあっという間に空になった。

 その間、メイド長は一言も喋らず、ただ黙々と少女にお粥を食べさせていた。

 食後、白い錠剤を白湯で飲み下し、一息つく。


 一息ついている中、メイド長はジッと少女を見つめている。

 そんな空気に耐えきれず、少女はメイド長に話しかけた。


「あの、メイド長さん、このお粥…」

「先日、買い付ける機会がありました。コメと言うらしいのですが、メイド商会で今後販売される物です。しかしなるほど、オカユと言う料理なのですか」 

「え…あ、はい。メイド長さんが作ってくださったんですか…?」

「この屋敷での料理はマリーに一任してあります。マリーが作ったと思うのが自然でしょう。何故そう思うのです?」

「いえ、休みの日に、主人さんに料理を作っているのは誰かな? って思いまして。それに…」

「それに?」

「あの、怒らないでくださいね? マリーさんの、ちょっと物足りない味じゃなくって、その…お母さんが作ってくれた味に似てるんです。私が寝込んだ時に作ってくれたお粥とそっくりで。ありがとうございます」


 あの時の情景が瞼の裏に浮かんでくるようで。けど、戻ることが出来ないあの場所。

 不思議と、そんな気持ちを思い出してしまった。

 やはり、風邪を引いて弱気になっているのだろう。


 クラリと、頭の奥から眠気が襲ってくる。薬が効いてきたのだろうか。


「あ…すみません。眠く、なって…」

「病人に負担を掛けるほど愚かではありません。何故あなたが倒れていたのか、それは後日聞きます。言い訳を考えておくようにしなさい」


 柔らかな暖かみが眠気を誘い、開けていられなくなる。

 呼吸が深くなり、徐々に意識が遠くなる。瞼が重い。


「…はい、ありがとう、ございま、す―――」

 

 眠りに落ちる直前。その時に見えたメイド長の顔は、まるで母親のようだとだと。

 そう、少女は思った。

※以下、登場人物について。


・少女 [] 16歳 161cm

 種族:人間

 髪色:茶色

 瞳色:茶色

 人物像:在住する地域では一般的な茶髪に平凡な顔立ちの、いたって普通の少女。

     雨が降る森の中をさ迷い、意識が朦朧としながらも屋敷に辿り着くことができた。

     案の定次の日には風邪をひき、看病を受けることになった。

     薬を飲み眠りに落ちる直前、メイド長の顔に、今は居ない母の面影を見た。


     コタツムリ亜種。弱点はコルン。


・メイド長 []  歳 172cm

 種族:

 髪色:金色

 瞳色:碧色

 人物像:詳細なプロフィールは不明。

     少女が風邪を引いたことを受け、屋敷の業務へ支障を来たさせない為にその看病を行った。

     親方の店で買った『コメ』という穀物で快復に良いという料理を作った。

     

     料理はかなり上手。マリーが来るまでは食事を作っていたため。

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