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あなたとおまえの物語  作者: ちょめ介
表話という名の本編
8/62

第八話

 少女が気が付くと、小屋の中にいた。

 今まで見た事も無い、狭く汚いボロボロな小屋だ。

 壁からは隙間風が吹き込んでいる。


「ここ、は…つっ!」


 ズキズキと頭が痛む。頭を押さえようとして、手が動かないことに気付いた。

 後ろに手が回され、何かで縛られているようだ。

 かなり固く縛られているようで、どう動いても緩む気配がない。

 忍者ではないから、縄抜けの術など覚えていない。取りあえずこの縄は置いておいて、周囲の現状把握に努めることにした。


 真向かいにはこれまたボロボロな扉があり、蹴っても押してもビクともしない。

 ガチャガチャと金属の音がすることから、恐らく錠前でも掛かっているのだろう。

 労力の無駄だと放っておくことにした。

 

 周辺にはいくつもの箱や樽が置かれている。覗き込むと中には何も入っていない。

 水か食糧があればよかったのだが、どうやら期待外れだったらしい。

 どちらにしろ、手を縛られたままでは水一つ飲むのにも難儀しそうだが。


 自分の服装を見直してみることにするが、特に乱れはない。

 休日に街へ行く際の服装そのままだ。


 と、ここまで来て思い出す。


 ―――そうだ、親方さんの店を出て屋敷に戻ろうとして、それで…


 親方の店での仕事が早めに終わり、いつもより少し早い時間での帰宅だった。

 昼間とはいえ薄暗い森の中を歩いていたのだが…


 ―――後ろから殴られた…のかな? コブになってないといいけど。


 小屋の天井付近にはランプが下げられている。それのおかげでなんとか視界の確保ができているが、それもいつ消えるかわからない。

 腕輪を使って空間転移することも考えたが、あれは現在地と転移先が分かっていなければならない。

 この小屋の場所が分からない以上、その手を使うことはできない。


 ―――食べ物もないし、動くだけ無駄かな?


 少女は箱を背もたれにして座り込んだ。

 こういう時こそ焦ってはダメだ。無駄に泣き叫んでエネルギーを使うのも勿体ない。

 少しでも消耗を抑えるため、少女は目を閉じた。




―――




 唐突に目が覚めた。

 服が体に張り付き気持ちが悪い。髪も濡れ、ビショビショになってしまった。

 それで水をかけられたのだろうと気付く。

 ようやく暖かくなり始めたとはいえ、この仕打ちはないだろう。

 ランプが消えているのか、小屋の中は真っ暗だ。

 外から射し込んでくる日もない。まだ夜が明けていないのだろう。


「…このままだと風邪を引いてしまいます。タオルでもありませんか?」

「…嬢ちゃん、動じねえんだな。泣き疲れて寝てたんじゃないのか?」


 暗闇から聞こえてくる声は男のものだった。

 この男が誘拐犯なのだろうか。


「泣いた所で助けが来ないことなんて分かっているんですから。するだけ無駄ですよ」

 

 少し言葉を交わすと、納得したかのような男からタオルを投げ渡される。

 いつの間にか手の拘束は解かれていた。


 ―――タオルを渡すくらいなら最初から水なんてかけなければいいのに。


 そう愚痴りつつも、濡れた髪から水気を拭う。その後、上着を脱いで箱に掛け肌に残る水気を取った。


「ちょっと待て。少しは恥じらいをもってだな…」

「なんです、あなたは。こんな子どもの裸を見て興奮する変態なんですか?」

「いいや、恋をする余裕なんてねえよ。大体、人間なんか対象外だ。こっちから願い下げだね」


 そう言いつつ、男がランプに火を点けた。

 目の前の男は、取り立てて目立った特徴があるわけではない。

 整ってはいるが街ですれ違っても特に印象の残らないような、言ってしまえば平凡な顔立ちだ。

 人を誘拐するのに目立たない方がいいのだろうから、この人を選んだのは正解なのだろう。

 少女にとって、二十歳に行くか行かないか、成人しているかしていないか、そう考え込んでしまう、まだ幼い顔立ちだ。

 そもそも、こんな貧相な体の自分に興奮する男なんていないだろう。そんなのがいたら、真性の変態だ。


 しかし、その平凡さを打ち消すように目立っているのが、なんと言っても頭頂部に目立つ動物の耳だ。

 黄色と黒色で縞模様が薄暗闇でも目立つ、ネコ科動物の耳を生やした亜人だった。


「なんだ、亜人さんですか。で、どうして私を誘拐したんです。それと、ここはどこですか。あまり遠いと屋敷に戻るのに困ります」


 目の前の男が亜人であるかなんてどうでもいい。重要な事じゃあない。

 なぜ自分なんかを誘拐したのか、そしてここはどこなのか。


「ふぅん…まあ、誘拐したのは金目当て。んで、ここは森の中だ。詳しい場所は言えないな。嬢ちゃん、変な魔法が使えるって話だしな」


 少女は内心歯噛みした。

 

 ―――この腕輪の事まで知られている。けど、この腕輪について知っているのは…


 思考を中断する。今ここで考えた所で意味はない。

 あの扉から男は入ってきたのだろう。つまり今、あの扉に錠は無いはずだ。

 しかし、少女は考える。


 ―――この男は、ここが森の中だと言っていた。明かり一つない中、逃げ切れるのか?


 そもそも、扉から出られる保証もない。

 亜人の身体能力は世界でも群を抜いている。こんな小娘など、扉を開ける前に拘束されてしまうことは明白だ。


「誘拐をした所で、主人さんが身代金なんて出すわけないでしょう。そういう事も契約に盛り込まれていましたから」


 これはハッタリだ。

 確か、第3条1項3号だったか。

 『身に危険が及び大金が必要になった場合、屋敷側はこれを負担する。ただし、これは借金に上乗せされる』

 この事情とやらに身代金も含まれるのだろう。もしもこの男が屋敷に身代金を要求したら、つつがなく支払われるのだろう。

 しかし、これ以上に借金が増えるのは好ましくない。それに勘弁してほしい。

 というより、あの主人はどれだけ屋敷で働かせたいのだろうか。


「いいや、俺は知ってるぜ。嬢ちゃんがとんでもない金持ちの娘で、100万Sの金を持ってるってな」

「…はあ?」


 確かに少し前、メイド商会の魔女さんから100万Sの小切手を頂いた。

 しかしそれも主人に預けてある。自分が使えるお金は、毎月の給金から借金分を天引きした僅かな額だ。

 そもそも、金持ちの娘って…


「誰から聞いたんです? そんな嘘。私、お金持ちの家の子どもなんかじゃありませんよ」

「いや、嘘ついてるのは嬢ちゃんだろ。あの大商会の一人娘で、金は腐るほどあるんだろ?」

「え?」

「え?」


 なんというか、話がかみ合わない。

 大体、大商会の一人娘ならあの屋敷で働いているわけがないだろうに。


「…少し、話し合おうか」

「…そうですね、今さら手遅れな気もしますが」




―――




 話を聞くと、目の前の亜人の男性には弟がいるらしい。その弟が数か月前、病気に罹ってしまい苦んでいるとのこと。それの苦しみを和らげるために高額な薬が必要とか。

 だが、亜人である自分にはロクな働き口がなく、その薬を買うだけの蓄えがない。しかし、苦しんでいる弟を見るのは耐えられない。

 

「あなたはバカですか? いえ、阿呆ですね。弟さんもこんな兄を持って可哀そうです」

「ぐっ、嬢ちゃんには関係ねえだろ!」

「私、誘拐されたんですが。関係アリアリですよ」


 数日前、道路整備のアルバイトが終わって稼ぎどころが無くなってしまったらしく、次の仕事を探していたらしい。

 そんな時、金持ちの家の一人娘であるという私の話を聞き、この誘拐を提案された、とのこと。

 それも昨日の事で、言われた場所に行ったら少女が倒れていたのだという。


「それで、誰からその話を聞いたんです」

「いや、そりゃあ…」


 何やら言いよどんだ亜人の男。

 少女はここぞとばかりに攻め込んだ。


「他人に嘘を教えて人を誘拐させる様な、そんな奴に気を使う必要なんてあるんですか?」


 あなたに同情の余地はありませんが、と続ける少女。

 そして男は眼を閉じ語りだす。


「顔は、全然見えなかったな。暗かったし、ローブも深く被ってた。声は…女だった。それに背は俺と同じくらいだ。嬢ちゃん、心当たりあるか?」

「他人から恨みを買うような事をした記憶はありません。けど、女性ですか…」


 実家の宿屋兼食事処では友人を得ることも出来ず、常に働き続けていたのだ。

 同年代の子もいる事にはいたが、なんというか話を合わせることが出来ずにこの年まで来てしまった。


 ―――こっちで人に恨まれる事なんて、うーん…


 恨まれる心当たりがない。

 しかし誰かに恨まれ、実際に誘拐をされている。


「…まあいいでしょう。誤解だと分かったのですから、解放してくれませんか?」


 夕方に攫われ、今は何時くらいだろうか。

 少なくとも、深夜を回って日付も変わっているだろう。

 

 二週間前の話だ。

 その日も親方の店の手伝いが押してしまい、日が暮れてから屋敷に戻ることになってしまった。

 灯り一つない夜道はなんとなく心細かったが、無事に屋敷に到着することが出来た。

 

 メイド長に遅れた事を謝罪しに行こうとメイド服に着替えたのだが、何やら様子がおかしい。

 ジーナもマリーも、何故か目を合わせようとしないのだ。

 コルンは何やらバツが悪そうな顔をして、苦笑いをしていた。

 少女が首を傾げてコルンに事情を聴くと、どうやらメイド長が大いにお怒りらしい。

 これには少女も青ざめ、音速を突破するかのような勢いでメイド長の私室前までダッシュをした。

 物音を一切立てずに廊下を全速力で走るという、屋敷で身に付いた暗殺者も真っ青な芸当をしていたことには、少女自身も気づかなかった。


 扉をノックして返事を待つ。一拍間を置いてメイド長から返事が届いた。

 入りなさい、とただそれだけの短い声だった。

 部屋に入ると、メイド長が読書をしていた。本から視線を上げず、数分の沈黙が続く。

 なんというか、沈黙というのは気まずい。非常に気まずい。


 少女がメイド長に謝罪を始めようと、そう決意した瞬間、パタンとメイド長の読んでいた本が閉じられた。

 メイド長の碧い眼が少女に向けられる。いつも通り、まるで何を考えているのか分からない表情だった。


()を与えます。明日から一週間、外出禁止。理由はコルン達と夕食を囲まなかったから。以上、理解したのなら部屋に戻り、明日からの業務に備えなさい』


 そう言いきると、メイド長はランプを消した。

 少女は何もいう事が出来ず、部屋を出るしかなかった。

 自室に戻るとコルンに慰められた。

 どうやら、自分でも知らない内に涙目になっていたらしい。


 今思い出しても身震いしてしまう。

 あの時のメイド長は冷たい眼だった。まるで『謝罪をした所で、あなたが仕出かした事実が変わるとでも?』とでも言っているような、あんな目に遭うのはもうコリゴリだ。

 …もう手遅れかもしれないが。


「…いいや、嬢ちゃんを解放するわけにいかねえ。俺が、捕まっちまうかも分かんねえからな」


 そう言った男は腰に手を回し、何かを引き抜いた。

 弱い灯りの中でもギラギラと鈍く輝くそれは、命を奪うのには十分な凶器だった。


「私を、殺すつもりですか。…それで? 私を殺した所で、あなたには何が残るのでしょうね」

「…何が言いてえんだ、嬢ちゃんは」


 手に凶器を持ち、ジリジリと距離を詰めてくる男。

 しかし、少女は男の目を見続けていた。


「私を殺して、弟さんを見殺しにして。何も得られずに、全てを無くして死んでいくのでしょうね。哀れですね。家族一人も守れずに…っ」


 ヒタリと、首筋に添えられた凶器。

 金属質のヒヤリとした感触に、自然と背筋が冷たくなってしまう。

 

「嬢ちゃんには分かんねえだろうよ。誰にも彼にも白い眼で見られんだ。人間には想像もつかねえだろうさ。ただ耳と尾っぽが生えてるだけでよ。理不尽じゃねえか? なあ、そう思うだろ?」


 ツツッと、凶器が引かれ、生暖かい液体が首を伝う。

 しかし、少女は怯まない。

 

「私は、あなたの弟さんの病気を知っています。それを、治す事の出来る薬も」


 凶器を動かす男の手が止まる。

 男の訝しげな目は少女に向けられた。

 

 さっき、目の前の男から聞いた弟の病状に、少女には心当たりがあった。

 発症して微熱と咳が止まらない。

 一見すると風邪のようにも見えてしまうが、数か月も続いてくるとなると話が違う。

 それは少女の知っている限り、一つの病名しかなかった。


 ―――確証はない。けど、これしか考えられない。


 少女は医者ではない。しかし、少女にはそれを治す事の出来る伝手もあった。


 二週間ほど前だったか。

 親方の店がメイド商会の支店となり、忙しさに親方共々ミークと少女がてんやわんやとしていた時だ。

 僅かな休憩時間に、各支店に配布されるというカタログを眺めていたのだ。


 どうやら近々医薬品の販売も始めるらしく、風邪薬に始まり、痛み止め、整腸剤などなど、様々な種類の薬が羅列されていた。

 そして、少女が思い当ったその病気、それに対する薬のキャッチコピーはこうだった。

 

 『その咳、本当に風邪ですか? 長い間咳が止まらなかったらすぐに診察を。注:メイド商会付属病院での処方箋が必要です』


 あの商会は病院まで経営しているのか、と驚愕したものだ。

 そのおかげか、こうやって思い出すことが出来た。


「…嬢ちゃんの言い分には、信用が足りねえな。嘘を吐いてるのかも知れねえ」

「そうですか。ならば殺すといいでしょう。しかし…」


 ギロリと、少女の鬼気が乗った視線に男が怯む。

 男は凶器を取り落とし、金属音が暗い部屋に響いた。


「私を殺した所で、あなたの弟さんの病気は治らない。唯一の手掛かりも無くして、苦しむ弟さんを見ながら、絶望の中で狂ってしまえ」


 ―――ほんの僅かに違うだけで差別される悲しみ? 何もわかっていない。違いも何もない同じモノから、徹底的に排除される気持ちも分からないくせに。


「どうしました? 早く拾いなさい。こんな小娘一人すぐに殺せますよ? ほら、早く。早く早く早く…どうしました? 殺すのが怖いんですか? 憎いんでしょう? 全部全部の人間が」

「少し…手が滑っただけだ。暴れんなよ。血を洗うのも面倒だからな。いいな、絶対にうご―――」

「口を動かすより手を動かしたらどうです? しっかり握って、力を込めて、勢いよく刺しなさい。私は動きませんよ? おや? 怖気づきましたか? 手、震えてますよ?」


 男の言葉を少女が遮った。

 薄ら闇よりも暗い眼が男を貫く。

 凶器を持った男の手はガタガタと震え、息も荒い。


「…やってやる、やれば、やれるんだ。はぁ、はぁ…」

「よくもまあ、グダグダと―――早く殺せ!」

「う、うわあああああぁああぁ!」


 振り下ろされる凶器。揺れる二つの影。

 一つの影は倒れ、一つの影はそれを見下ろす。

 その目には憐れみと、そしてこれから先の道筋を見据えていた。

※以下、登場人物について。


・少女 [] 16歳 161cm

 種族:人間

 髪色:茶色

 瞳色:茶色

 人物像:在住する地域では一般的な茶髪に平凡な顔立ちの、いたって普通の少女。

     親方の店から屋敷へ戻る途中、後頭部を殴られ昏倒。気が付いた時にはボロ小屋に監禁されていた。

     誘拐され、生殺与奪権を握られているにもかかわらず、強気に自分の考えを話すことが出来る、強い意志を持つ。

     誘拐犯の弟の病状についてなにか知っている様子。だがそれが、彼に信用される事は無かった。


     さすがに、誘拐された経験までは無かった。


・亜人の青年 [] 19歳 171cm

 種族:亜人

 髪色:茶色

 瞳色:茶色

 人物像:至って平凡な顔立ちでネコ科動物の黒と黄の毛の耳を生やした青年。

     金の為に少女を誘拐し、身代金を巻き上げようとした。が、依頼主から騙されていた事に気付き、口封じの為に少女を殺害しようとした。

     今までに殺しをした事はないようで、握られたナイフは微かに震えていた。

     

     どうやら弟がいる模様。

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