第三十一話
「―――と、言うわけじゃ。すまんの、年を食うとどうしても話が長くなってしまう」
時間にして、三十分ほどだろうか。
王妹の語る昔話は、時にハラハラし時に涙ぐみ、時に憤慨し時に笑いが零れた。
これをそのまま演劇にでもすれば満員御礼間違いなしだろうと、少女は思った。
「懐かしいですね。遥か昔の事ですが、その場景がありありと浮かんできましたよ。相変わらず、お話が上手ですね」
いつのまにか、少女の隣には黒い女性が座っていた。
ドレスのような黒衣に身を包み、上から下までを漆黒に染めており、相も変わらず黒くツバの広い三角帽子を目深に被っている。
片手にはティーカップを持ち、紅茶を音もなく飲んでいた。
「ま、魔女さん!? 戻ってきてたんですか!?」
「ええ、つい先ほど。しかし、自分自身の昔話を聞くのはなんと言うか、むず痒いですね」
「くふふ、そういう風に話したからの。話で人心を動かすなど容易いものじゃ」
人差し指をくるくると宙で回している王妹。
何かの癖なのだろうか、と少女は思う。
「まあ、ワシの話は終わりじゃ。さて、そろそろ昼餉の頃合いじゃが、ヌシらはどうするのじゃ? よければ用意させるが」
王妹はそう言うが、少女は気が気でない。
失礼な事をしていないか、変な事は言っていないか、など。
「いえ、お茶を飲みに来ただけですから。お昼は別の場所で食べますよ」
「むぅ…残念じゃのう。折角、気を許した仲だというのに」
「あ、あの魔女さん! わ、私は本当に、軽い食事で大丈夫ですから! 本当に!」
こんな場所で豪華なご馳走など出されたらたまったものではない。
少女は慌てた様子で魔女に言う。
「そうですか? では、手を」
分かったのか、それとも分かったふりをしているのか。
曖昧な返事をして、その手を少女へ差し出した。
「それじゃあの。よければ、また来るといい」
手を振り、別れを告げる王妹。
少女は魔女の手を取り、目を瞑った。
そういえば、と少女は思う。
―――あんなに若いのにどうして、あんな口調なんだろ…
―――
ふわり、と一瞬の浮遊感。
どうやら魔女の手で、再び何処かに跳んできたようだ。
ゆっくりと目を開ける。
少女の目には多くの木々が飛び込んできた。
「ここは?」
「南の国の外れの森です。あなたがいた森とは別の場所ですが」
「へえ…」
一面木が茂っていた。
人の手が加えられた形跡はなく、自然のままの姿だ。
「ここでお昼を食べるんですか?」
「ええ、そうですよ。後ろを向いてください」
言葉のまま、後ろを向く。
ログハウス、と表現するのが適切だろう。
切り出された丸太で組まれた家があった。
「ログハウス、ですか?」
「その通り。とはいえ、中々頑丈でしてね。少しばかりの地震や爆発ではビクともしませんよ」
「爆発…するんですか?」
「さあ入りましょうか。連絡はしてありますから、少し待てばお昼が出てきますよ」
「…はい」
数段ほどの階段を上り、魔女はドアを開けた。
「おかえりなさいませ、魔女殿。食事の支度は整っております」
赤いメイド服を着た、意志の強そうな眼をした人間の女性。
右手でビシリと効果音がするような姿勢で敬礼をしていた。
「紹介しましょう。アアルです。戦闘メイド部隊のリーダーです」
「はっ! ご紹介に預かりました! アアルと申します! 不肖ながら、戦闘メイド部隊のリーダーを務めております!」
―――戦闘、メイド? メイドって、戦うものだっけ?
家事を戦闘に例えるのならば、あながち間違いでもない。
とりあえずそう納得し、挨拶を返す。
「あ、はい。その、初めまして…」
「お話は聞いております。魔女殿から是非、家族へ誘われていると」
間違いではない。
きちんと断ったのだが、しかし魔女さんはまだ諦めてはいないのか。
「お服をお預かりするのです」
いつの間にか背後に立っていた青い服の亜人の女性が、少女が着ていたコートを預かった。
頭頂部からは、銀色の毛が生えたネコ科動物の耳が生えている。
まったく気が付かなかった。なんというスペックなのだろう。
「彼女はビイと言います。対外的には、アアルの部下ですね」
そうして身軽になり、室内へと進む。
二人掛けのダイニングテーブルには、様々な料理が置かれていた。
お茶碗に盛られた白飯。赤みの魚の切り身は鮭だろう。
そして白菜と胡瓜の漬け物だろうか。
少女の鼻には懐かしい、良い匂いが感じられた。
そして奥から、緑と白のメイド服に身を包んだ女性が歩いてきた。
長い髪の隙間からは人間よりも長めの耳が見える。エルフだろう。
手に持っているお椀からは湯気が立っている。多分味噌汁だろうと見当がついた。
「彼女はジィ。彼女の料理はとても美味しいですよ」
テーブルに近づくと、ビイと紹介された女性に椅子を引かれた。
借金まみれの一般庶民なのだが、なんだかお嬢様になった気分だ。
魔女も同様に椅子にかけた。
「それでは頂きましょうか。ところで、お箸は使えますか?」
「あ、大丈夫です。問題ないです」
「そうですか、それでは」
魔女が手を合わせた。少女も同様に手を合わせる。
「頂きます」
「ジィさん、いただきます」
ぺコリと頭を下げた少女。
魔女の後ろではジィがビシリと敬礼をしたのが見えた。
―――
ジィの料理は美味しいの一言だった。
真新しくも、どこか懐かしい味。
あるハズのない故郷を連想させるような、そんな料理だった。
「ごちそうさまでした、ジィさん。とっても美味しかったです!」
少女がそう言うと、ジィはペコリと頭を下げる。
無口なのだろう。どこかメイド長と似ている。
彼女も用が無ければ、声を出そうともしないのだ。
「また腕を上げましたね、ジィ。最早、私では叶いません」
「こ、光栄であります! しかし魔女殿には遠く及びません! 出汁の取り方と火加減の調整にはまだ再考の余地が存在するのであります!」
出汁の取り方、火加減の調整。
この世界で出汁の概念を知っている者は極僅かだ。
肉を骨まで煮込むと味が良くなるとか、キノコや海藻の煮汁の味が良い、そんな事を知っていれば通と認知されるくらいだ。
少女が元働いていた宿屋兼食事処では、少女が厨房に立つ事になってからリピーターが増えた。
うまい、早い、安い。庶民の味方の食事処として名が知れていた。今はもう無いが。
「私程度の料理など誰でも作れます。ジィの料理にはそれ以上の物が籠っているのですよ。あまり自分を卑下するのではありません」
それを聞いたジィは、無言でビシリと敬礼をした。
その眼には涙が浮かんでいる。余りの嬉しさに涙を抑えきれなくなったのだろう。
その後ジィは食器を片づけ、今はお茶を飲んでいる。
「さて。では、腹ごなしに散歩でもしましょうか。もちろんあなたも」
「あ、はい。けど、どこへ?」
言っては悪いが、ここは鬱蒼と生い茂った、辺鄙な森の中だ。
このログハウスが建っている一帯は下草が生えているだけだが、そこまで広い敷地でもない。
「そうですね、もう一度行ってみたい場所があるんです。かなり遠い場所なので、手を」
またこの場所からワープでもするのだろう。
少女は魔女の手を握る。
「それでは。アアル、ビイ、ジィ。留守は任せましたよ」
「はっ! この命に代えましても!」
アアルは声を出して敬礼をし、ビイとジィはビシリと敬礼を。
二人の姿が掻き消えた。
その後残った三人は、しばらく敬礼を崩す事はなかった。
・少女 [] 16歳 161cm
種族:人間
髪色:茶色
瞳色:茶色
人物像:
在住する地域では一般的な茶髪に平凡な顔立ちの、いたって普通の少女。
『魔女』の昔話を聞かされ時に胸が弾み、時に涙を流すなど、感受性豊か。
同業のメイドに出会う。しかしその圧倒的なメイド力を痛感し、改めてその差を思い知った。
・『魔女』 183cm
種族:人間
髪色:黒色
瞳色:黒・虹
人物像:
本名を始めとした詳しい情報は不明。
少女をメイド商会本部へと招いた。
また、ジィによると料理が上手らしい。
・アアル [R]
種族:人間
髪色:茶色
人物像:
赤を基調としたメイド服に身を包んだ、意志の強そうな眼をした女性。
『戦闘メイド部隊』のリーダーを務めており『魔女』への忠誠心は随一。
平均的に能力が高い。悪く言えば個性がない。
・ビイ [B]
種族:亜人
髪色:銀色
人物像:
青を基調としたメイド服に身を包んだ、フサフサとした毛並みをした女性。
『戦闘メイド部隊』の中で最も戦闘力が高い。手先がとても器用。
速度に極振り。眼にも留まらぬ速さで動くことも出来る。
・ジィ [G]
種族:エルフ
髪色:金色
人物像:
緑を基調としたメイド服に身を包んだ、怜悧な眼差しをした女性。
『戦闘メイド部隊』の技術担当。魔具の扱いならお手の物。
料理は上手い。そして美味い。
・メイド商会本部
南の国の森の中に建つログハウス。
見かけはよくあるログハウス。中身も間取りも何の変哲もない、ただの家。
しかし地下には広大な基地が存在しており、迷い込むと抜け出せないとか。