第二十二話
「新入りちゃん、それにジーナとマリーちゃん! 午後はお店に出て手伝ってみない?」
そう言われたのはお昼の休憩が終わった時だった。
親方の店を訪ねジーナとマリーと一緒にお菓子を食べお茶を呑み終わった後、少女は少しの間だけ店頭に立ち手伝いをした。
いつも通り、キッチンで親方が作ったお団子を店頭に並べたり、接客をしているミークの傍で商品の説明をしたり、店内に設けられた食事処で注文を受けたり、ローザを求めに来たお客の対応をしたりだ。
休憩時間に入りキッチンに戻ってくると勉強に飽きたのか、リンがキッチンに居た。
ジーナとマリーに話しかける事もなく、所在なさげにしていたが。チラチラとマリーの顔を、恥ずかしげに見ていたのが印象に残った。
みんなが揃ったので昼食になった。
今日の昼食は、親方の作ったカツ丼だった。
肉が食べられないミークの為に、肉の代わりに水を絞った豆腐を使っているとかで、正しくは豆腐丼だが。
例に漏れず美味しく、初めて親方の料理を食べたらしいジーナとマリーは目を白黒させて掻き込んでいた。
「いいわよ、別に。けど日当くらい出しなさいよ?」
「さっすがジーナ! 話が分かるねえ。マリーちゃんは出来る?」
「う、うん…大丈夫…」
「やったね! これで楽が…あ、すみませんすみませんちゃんと働きます」
ギロリと、親方が睨むと途端に委縮し卑屈になるミーク。
いつも通り、仲の良い二人だった。
―――
ジーナはその容貌を生かして接客を行っていた。
この店の手伝いをするときは、全員前掛けを付ける事になっている。
メイド服を着ずに働くジーナは新鮮で、少女の目の保養になった。
普段の買い物で、人と接するのは慣れているのだろう。特に滞りなくこなしていた。
時たま、若い男にナンパされているようだが、上手く躱しているようだった。
マリーは親方と共にキッチンでお団子を作っていた。
魔具から付きたてのお餅を取り出し丸め、足りなくなった分のお団子を作っていく。
先ほどキッチンを覗いたが、特に支障なく作業しているようだった。
ジーナについて心配はなかったが、少女はマリーを少し心配していた。
口下手な彼女の事だ。恥ずかしがって碌に作業が出来ないのではないか、と。
しかし黙々と黙って作業をする分には問題はないようだった。
「すみません」
「あ、いらっしゃいませ」
声が掛けられた。少し反応が遅れてしまう。集中を切らしていたようだ。
接客は笑顔が命、と聞いたことがある。
マリーの心配をして自分の作業を蔑ろにしては元も子もない。
心の中で喝を入れ、気を引き締める。
「お持ち帰りですか? それとも―――」
言葉が途切れた。そこに、魔女が居たからだ。
ツバの広い黒の三角帽子を被り、
ペコリ、と頭を下げお辞儀をする魔女。
「お久しぶりです。しばらくぶりですね」
「は、はい。お久しぶりです」
慌てて少女も頭を下げる。条件反射のようなものだ。
「えっと…魔女、さん? 本日はどのようなご用件で?」
以前、彼女から家族にならないか、と誘いを受けた。
それを断り、100万Sの小切手と4000万Sもの腕輪を、ただ受け取ってしまった。
メイド長は、彼女が自分の事を『気に入った』を言っていた。
まさか、自分がこの店で手伝いをしている事を調べ、訪ねて来ただろうか。
「あなたとお茶をするのは実に魅力的な考えなのですが、しかし本日は別件でして。親方さんをお呼び頂けますか? ご注文の商品を納品しに来た、と言えば分かると思いますが」
そう言う魔女は手ぶらだった。
何も背負っていない。外に荷車でも置いてあるのだろうか。
「ああ、それとお団子の注文を。戻ってきたら三つお願いします。お任せで」
「あ、は、はい! 少々お待ちください!」
ここで考えても仕方がない。
そう思い、親方を呼びに行った少女。
親方の下に行くと、珍しく親方が慌てて魔女を迎えに行った。
接客はミークが一緒にやっていた。彼女ならば一人でも大丈夫だろう、と親方が抜けた分を少女が補填する。
魔女は親方に応接室へ通されたようだった。
あの部屋で様々な商談を行っているのだろう。
そして数十分が経っただろうか。
「あの、すみません」
注文された幾つものお団子を、店内の食事処へ運んでいた際に、声を掛けられた。
マリーの手伝いは切り上げ、ミークと共に接客をしていた時だ。
「はい、なんでしょうか?」
「おね、じゃなくって。黒い帽子を被った人、いませんか?」
光を発しているような真っ白な髪。日に焼ける事を知らないように真っ白な肌。
しかし不健康な印象は微塵もない、穏やかな顔立ちの美少女。
抱いた印象は白だった。だが、その雰囲気とは裏腹に、その双眼は血のような紅に染まっていた。
―――アルビノ、かな? 黒い帽子…ああ、魔女さんだよね。
あのようなツバの広い黒い三角帽子を被った人など、少女はこれまでに一人しか知らない。
魔女なのだろうと見当を付ける。
「魔女さん…えっと、黒い帽子の方なら、親方さんとお話をしていますよ。ご家族の方、でしょうか?」
「はい。お姉ちゃん、です」
「それでは、あちらの椅子でお待ちください。立って待っていると疲れてしまいます」
「ありがとうございます」
―――お姉ちゃんって事は、魔女さんの妹さんか…可愛いなぁ…
つい撫でたくなる衝動に駆られるが、理性で押し留める。
こんな人前で初対面の少女の頭を撫でては、まるで変態ではないか。
いやけど、こんな可愛い子なら仕方ないよね。
だが近くにはミークもウィスもジーナもいる、バレては事だ。
今回は我慢しよう。
そうしよう。
そんな感じで理性と本能が鬩ぎ合うが、どうにか理性が勝った。
ある意味本能に負けた気がしないでもないが。
視線を感じた。それも目の前から。
その真っ赤な瞳が、ジッと少女の顔を見つめていた。
とても真っ直ぐな眼。
まるで心の底を。いや、それよりも奥を見透かしているような、
透明な視線。
「あの…どうかされました?」
「あなた、お姉ちゃんと似てる」
そのお姉ちゃんと言うと、魔女のことだろうか。
―――私と、魔女さんが、似てる? あんなにスタイルの良い魔女さんと、こんなちんちくりんの私が?
少女と魔女は似ていない。
顔つきを始め、髪の色、瞳色、身長、様々だ。
同じ所など、種族と性別しかないだろう。魔女が少女と同じ人間かは怪しいところではあるが…
「えっと…似てます?」
「うん、似てるよ?」
とは言われても、素直にうんと言えない少女である。
言いたいことを言い終わったのか、空いている席に向かって離れていった。
椅子を引きずり座るが、白髪の少女には大きかったのか、地面に着かない足を所在なさげにプラプラとさせていた。
奥の方から扉の開く音がした。
音もなく歩いてきたのは、件の魔女だった。
「あ、魔女さん」
「どうも。商談が終わりました。実に有意義でしたね」
満足げに頷く魔女。
上手く商談が纏まったのだろう。
次からはまたこの店に、メイド商会製の商品が増えているのだろう。
「これで帰ってもよいのですが。あなたさえよければ、一緒にお茶でもどうです?」
「ありがとうございます。けど、お手伝いを放り投げる訳にはいきませんから。ごめんなさい」
「そうですか。残念ですが、ならば仕方ありません」
改めて魔女へ視線を向ける。
頭半分ほど高い身長。スラリと伸び、しかし出ている所は出ている。
帽子の影になって表情は窺えないが、僅かに見える鼻筋は高い。ジーナと似た、美人だと想像した。
腰ほどに伸びた黒髪は、烏の濡れ羽色という形容がピッタリだ。
それに比べて自分はどうだろうか。
年齢の割には貧相な体躯。
至って平凡な顔立ち。
そして珍しくもない茶髪。
「どうされました? 黙りこくって」
持つ者に持たざる者の心境は分からない。
そう思い思考を打ち切った少女だった。
「えっと、妹さんが来ていますよ」
少女が白髪の少女へ手を向けると、魔女もそちらへ顔を向ける。
「おや、来ていたんですね」
そう言って、白髪の少女の下へ歩いていく魔女。
白と黒。相反した色をした二人だが、とても仲がよさそうな姉妹だった。
「お団子、お持ちしますね」
家族水入らずの時間を邪魔する気など少女にはない。
注文されたお団子を持って来るため、カウンターへ向かう。
この店のお団子は、大き目のガラスケースの中に入れられている。
持ち帰りの場合、カウンターにいる店員に注文をすればそれを袋詰めすることになる。
店内で食べていく時は、店員に声をかけて注文をする。
そしてお団子を皿に乗せ、注文を受けた席へ持っていく。
この時は、一人一杯のお茶が付く。その為、店内で食べていくお客も多いのだ。
―――妹か。羨ましいなぁ…
コポコポと湯呑みへお茶を注ぐ。
澄んだ緑色。芳しい香りが少女を包む。
長方形の皿に乗せた三本の団子と、二つの湯呑み。
それをお盆に乗せ、魔女の下へと持っていく。
もしも妹がいたら、ミークやウィスのように良き姉や兄になれたのだろうか?
もしも姉がいたら、愛される良き妹になれたのだろうか?
少女に兄弟姉妹がいたことはない。
こんな疑問に答えなど出せないだろう。
「お待たせしました。みたらしと餡子、ゴマです」
コトリ、と二人が待つ席へお盆を置く。
「ありがとうございます。ほら、食べましょう」
「これ、お姉ちゃんが言ってた?」
「ええ、そうですよ」
「お姉ちゃん、意地悪好きだね」
「うふふ、私は人助けをしているだけですよ」
ジトッとした半目で魔女を睨む白髪の少女。
だがそんな事はどこ吹く風と、笑ってお団子を頬張る魔女だ。
この姉妹のやり取りを見ていて、なんだか微笑ましくなってしまう少女。
「そういえば」
お茶にふうふうと息をかけ、少し冷ましたお茶を飲んでいた魔女だったが、そう言うと顔を少女へ向けた。
「なんだか、今日のあなたは余所余所しいですね」
「え、いえ、そんな事は…」
「いいえ、まるで上の立場にいる人間を目の前にたように緊張していますね。なんだか、動きがぎこちないです」
どうやら、魔女には嘘は通じないらしい。
確かに以前ジーナが言っていた、メイド商会の偉い人、という言葉が引っかかっていたのかもしれない。
とにかく、下手に機嫌を損ねるよりも、打ち明けてしまった方がいいだろう。
「実は、その…魔女さんが、メイド商会のお偉いさんだ、って聞いたので…」
「なんだ、そんな事ですか」
肩を竦め、やれやれと言った風に溜め息を吐く魔女。
「私は下っ端ですよ。使いっ走りと言っても差し支えはありません。何せ、運営の殆どを押し付けられているのですから」
いやしかし、運営の殆どを押し付けられているという事は、絶対的な信頼を置かれているという事ではないのだろうか。
「けどお姉ちゃんも、代表を押し付けたよね?」
餡子のお団子を呑みこんだ白髪の少女が言った。
「私はどうにも、ああいった上の立場は苦手なので。それに、拘束されて机仕事など冗談じゃありませんよ。人助けが出来なくなってしまいます」
魔女の対面に座っている白髪の少女は微笑んでいる。
きっと魔女も微笑んでいるのだろう。
「新入りちゃーん! ちょっと来て―!」
少女を呼ぶミークの声が聞こえる。
何かトラブルでも起きたのだろうか。
「あ、すみません。行かないといけないので、私はこれで。ごゆっくりどうぞ」
「ええ、呼び止めてしまってすみませんね」
「またね、お姉ちゃん」
―――お姉ちゃんって呼ばれたっ!
少しばかりテンションが最高潮に達するが、表に出す事は無い。
お盆を持ち、二人の机を離れようとする少女。
「そうですか、なるほど、やはり。では、最後に一つだけ」
「なんでしょう?」
「あなたの同僚。コルンさん、と言いましたか」
「え…はい、彼女が、どうかされましたか?」
突然出てきたコルンの名前に、些か驚く少女。
「コルンさんから目を離さないで上げてください。そうですね…今すぐ孤児院へ迎えに行くのがいいでしょう」
いきなりどうしたのだろうか?
コルンの事は目に入れても痛くない程に可愛がっている。
その彼女が果たして、なんなのだろうか。
「新入りちゃーん! 助けてー!」
ピークは過ぎたと思ったが、目を向けるとレジに列が出来ていた。
急いでレジへ向かおうとする。
「うふふ、そうなりますか。これはこれは、実に興味深い」
気になる声が聞こえた。後ろを振り向く。
そこに、魔女の姿はなかった。白髪の少女の姿も。
団子は串だけが残り、湯呑みは空っぽになっていた。
料金は机に置いてあった。
片付けはジーナに任せ、少女はミークの下へ向かった。
―――
ジーナ、マリーと一緒に屋敷へ戻った少女。
道すがら、今日の出来事を言い合う。
珍しい体験が出来たとか。お団子が美味しかったとか。
とても他愛のない話だ。
屋敷が見えてきた。
大きな門、石造りの柱。
門の前。そこに人が立っていた。
遠くからでも目立つ金色の髪が否応なく少女の眼に入ってくる。
メイド長だ。
その人形のような視線が、少女に注がれた。
海のように透明な、碧い眼だ。
「コルンが戻っていません。普段の時間を過ぎても」
一抹の不安がよぎる。同時に、魔女の言葉が頭に浮かぶ。
『今すぐ孤児院へ迎えに行くのがいいでしょう』
なぜ、コルンが孤児院にいると知っていたのだろう。
なぜ、その事を少女に忠告したのだろう。
その日、コルンが屋敷に戻ってくる事は無かった。
次の日も、その次の日も。
※以下、登場人物について。
・少女 [] 16歳 161cm
種族:人間
髪色:茶色
瞳色:茶色
人物像:
在住する地域では一般的な茶髪に平凡な顔立ちの、いたって普通の少女。
休日、いつも通りに親方の店の手伝いをしていた。今回はジーナとマリーも一緒なため、負担は少なめ。
魔女から意味深な忠告を受けた。しかしその真意を図る事は出来ず、結果として後悔することになる。
お姉ちゃんと呼ばれてテンションが上がる。チョロい。
・『魔女』 183cm
種族:人間
髪色:黒色
瞳色:黒・虹
人物像:
本名を始めとした詳しい情報は不明。
本人曰く『メイド商会の下っ端』
久しぶりに少女の前に姿を現した。本人は納品の為だと言うが…?
コルンの事は知っているらしく、その身について意味深な忠告をした。
そして、その忠告は現実のものとなってしまった。
好きなお団子はみたらし。
・白髪の少女 [] 153cm
種族:
髪色:白色
瞳色:赤
人物像:
光を発するかのような白髪の少女。
本人は『魔女』の妹と言う。
親方の店に訪れ『魔女』の帰りを待っていた。
新入りの少女を『お姉ちゃんと似ている』と言うが、傍から見ても全く似ていない。一体何が見えているのか。
好きなお団子はあんこ。