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あなたとおまえの物語  作者: ちょめ介
表話という名の本編
22/62

第二十二話

「新入りちゃん、それにジーナとマリーちゃん! 午後はお店に出て手伝ってみない?」


 そう言われたのはお昼の休憩が終わった時だった。


 親方の店を訪ねジーナとマリーと一緒にお菓子を食べお茶を呑み終わった後、少女は少しの間だけ店頭に立ち手伝いをした。

 

 いつも通り、キッチンで親方が作ったお団子を店頭に並べたり、接客をしているミークの傍で商品の説明をしたり、店内に設けられた食事処で注文を受けたり、ローザを求めに来たお客の対応をしたりだ。

 休憩時間に入りキッチンに戻ってくると勉強に飽きたのか、リンがキッチンに居た。

 ジーナとマリーに話しかける事もなく、所在なさげにしていたが。チラチラとマリーの顔を、恥ずかしげに見ていたのが印象に残った。


 みんなが揃ったので昼食になった。

 今日の昼食は、親方の作ったカツ丼だった。

 肉が食べられないミークの為に、肉の代わりに水を絞った豆腐を使っているとかで、正しくは豆腐丼だが。


 例に漏れず美味しく、初めて親方の料理を食べたらしいジーナとマリーは目を白黒させて掻き込んでいた。


「いいわよ、別に。けど日当くらい出しなさいよ?」

「さっすがジーナ! 話が分かるねえ。マリーちゃんは出来る?」

「う、うん…大丈夫…」

「やったね! これで楽が…あ、すみませんすみませんちゃんと働きます」


 ギロリと、親方が睨むと途端に委縮し卑屈になるミーク。

 いつも通り、仲の良い二人だった。




―――




 ジーナはその容貌を生かして接客を行っていた。

 この店の手伝いをするときは、全員前掛けを付ける事になっている。

 メイド服を着ずに働くジーナは新鮮で、少女の目の保養になった。

 普段の買い物で、人と接するのは慣れているのだろう。特に滞りなくこなしていた。

 時たま、若い男にナンパされているようだが、上手く躱しているようだった。

 

 マリーは親方と共にキッチンでお団子を作っていた。

 魔具から付きたてのお餅を取り出し丸め、足りなくなった分のお団子を作っていく。

 先ほどキッチンを覗いたが、特に支障なく作業しているようだった。


 ジーナについて心配はなかったが、少女はマリーを少し心配していた。

 口下手な彼女の事だ。恥ずかしがって碌に作業が出来ないのではないか、と。

 しかし黙々と黙って作業をする分には問題はないようだった。


「すみません」

「あ、いらっしゃいませ」


 声が掛けられた。少し反応が遅れてしまう。集中を切らしていたようだ。


 接客は笑顔が命、と聞いたことがある。

 マリーの心配をして自分の作業を蔑ろにしては元も子もない。

 心の中で喝を入れ、気を引き締める。 


「お持ち帰りですか? それとも―――」


 言葉が途切れた。そこに、魔女が居たからだ。

 ツバの広い黒の三角帽子を被り、

 ペコリ、と頭を下げお辞儀をする魔女。


「お久しぶりです。しばらくぶりですね」

「は、はい。お久しぶりです」


 慌てて少女も頭を下げる。条件反射のようなものだ。


「えっと…魔女、さん? 本日はどのようなご用件で?」


 以前、彼女から家族にならないか、と誘いを受けた。

 それを断り、100万Sの小切手と4000万Sもの腕輪を、ただ受け取ってしまった。

 

 メイド長は、彼女が自分の事を『気に入った』を言っていた。

 まさか、自分がこの店で手伝いをしている事を調べ、訪ねて来ただろうか。

 

「あなたとお茶をするのは実に魅力的な考えなのですが、しかし本日は別件でして。親方さんをお呼び頂けますか? ご注文の商品を納品しに来た、と言えば分かると思いますが」


 そう言う魔女は手ぶらだった。

 何も背負っていない。外に荷車でも置いてあるのだろうか。


「ああ、それとお団子の注文を。戻ってきたら三つお願いします。お任せで」

「あ、は、はい! 少々お待ちください!」


 ここで考えても仕方がない。

 そう思い、親方を呼びに行った少女。


 親方の下に行くと、珍しく親方が慌てて魔女を迎えに行った。

 接客はミークが一緒にやっていた。彼女ならば一人でも大丈夫だろう、と親方が抜けた分を少女が補填する。


 魔女は親方に応接室へ通されたようだった。

 あの部屋で様々な商談を行っているのだろう。


 そして数十分が経っただろうか。


「あの、すみません」


 注文された幾つものお団子を、店内の食事処へ運んでいた際に、声を掛けられた。

 マリーの手伝いは切り上げ、ミークと共に接客をしていた時だ。


「はい、なんでしょうか?」

「おね、じゃなくって。黒い帽子を被った人、いませんか?」


 光を発しているような真っ白な髪。日に焼ける事を知らないように真っ白な肌。

 しかし不健康な印象は微塵もない、穏やかな顔立ちの美少女。

 抱いた印象は白だった。だが、その雰囲気とは裏腹に、その双眼は血のような紅に染まっていた。


 ―――アルビノ、かな? 黒い帽子…ああ、魔女さんだよね。


 あのようなツバの広い黒い三角帽子を被った人など、少女はこれまでに一人しか知らない。

 魔女なのだろうと見当を付ける。


「魔女さん…えっと、黒い帽子の方なら、親方さんとお話をしていますよ。ご家族の方、でしょうか?」

「はい。お姉ちゃん、です」

「それでは、あちらの椅子でお待ちください。立って待っていると疲れてしまいます」

「ありがとうございます」


 ―――お姉ちゃんって事は、魔女さんの妹さんか…可愛いなぁ…


 つい撫でたくなる衝動に駆られるが、理性で押し留める。


 こんな人前で初対面の少女の頭を撫でては、まるで変態ではないか。

 いやけど、こんな可愛い子なら仕方ないよね。

 だが近くにはミークもウィスもジーナもいる、バレては事だ。

 今回は我慢しよう。

 そうしよう。


 そんな感じで理性と本能が鬩ぎ合うが、どうにか理性が勝った。

 ある意味本能に負けた気がしないでもないが。


 視線を感じた。それも目の前から。

 その真っ赤な瞳が、ジッと少女の顔を見つめていた。

 

 とても真っ直ぐな眼。

 まるで心の底を。いや、それよりも奥を見透かしているような、

 透明な視線。


「あの…どうかされました?」

「あなた、お姉ちゃんと似てる」


 そのお姉ちゃんと言うと、魔女のことだろうか。


 ―――私と、魔女さんが、似てる? あんなにスタイルの良い魔女さんと、こんなちんちくりんの私が?


 少女と魔女は似ていない。

 顔つきを始め、髪の色、瞳色、身長、様々だ。

 同じ所など、種族と性別しかないだろう。魔女が少女と同じ人間かは怪しいところではあるが…


「えっと…似てます?」

「うん、似てるよ?」


 とは言われても、素直にうんと言えない少女である。

 言いたいことを言い終わったのか、空いている席に向かって離れていった。

 椅子を引きずり座るが、白髪の少女には大きかったのか、地面に着かない足を所在なさげにプラプラとさせていた。


 奥の方から扉の開く音がした。

 音もなく歩いてきたのは、件の魔女だった。


「あ、魔女さん」

「どうも。商談が終わりました。実に有意義でしたね」


 満足げに頷く魔女。

 上手く商談が纏まったのだろう。

 次からはまたこの店に、メイド商会製の商品が増えているのだろう。


「これで帰ってもよいのですが。あなたさえよければ、一緒にお茶でもどうです?」

「ありがとうございます。けど、お手伝いを放り投げる訳にはいきませんから。ごめんなさい」

「そうですか。残念ですが、ならば仕方ありません」


 改めて魔女へ視線を向ける。

 頭半分ほど高い身長。スラリと伸び、しかし出ている所は出ている。

 帽子の影になって表情は窺えないが、僅かに見える鼻筋は高い。ジーナと似た、美人だと想像した。

 腰ほどに伸びた黒髪は、烏の濡れ羽色という形容がピッタリだ。


 それに比べて自分はどうだろうか。


 年齢の割には貧相な体躯。

 至って平凡な顔立ち。

 そして珍しくもない茶髪。


「どうされました? 黙りこくって」


 持つ者に持たざる者の心境は分からない。

 そう思い思考を打ち切った少女だった。


「えっと、妹さんが来ていますよ」


 少女が白髪の少女へ手を向けると、魔女もそちらへ顔を向ける。


「おや、来ていたんですね」


 そう言って、白髪の少女の下へ歩いていく魔女。

 白と黒。相反した色をした二人だが、とても仲がよさそうな姉妹だった。


「お団子、お持ちしますね」


 家族水入らずの時間を邪魔する気など少女にはない。

 注文されたお団子を持って来るため、カウンターへ向かう。


 この店のお団子は、大き目のガラスケースの中に入れられている。

 持ち帰りの場合、カウンターにいる店員に注文をすればそれを袋詰めすることになる。


 店内で食べていく時は、店員に声をかけて注文をする。

 そしてお団子を皿に乗せ、注文を受けた席へ持っていく。

 この時は、一人一杯のお茶が付く。その為、店内で食べていくお客も多いのだ。


 ―――妹か。羨ましいなぁ…


 コポコポと湯呑みへお茶を注ぐ。

 澄んだ緑色。芳しい香りが少女を包む。


 長方形の皿に乗せた三本の団子と、二つの湯呑み。

 それをお盆に乗せ、魔女の下へと持っていく。


 もしも妹がいたら、ミークやウィスのように良き姉や兄になれたのだろうか?

 もしも姉がいたら、愛される良き妹になれたのだろうか?

 少女に兄弟姉妹がいたことはない。

 こんな疑問に答えなど出せないだろう。


「お待たせしました。みたらしと餡子、ゴマです」


 コトリ、と二人が待つ席へお盆を置く。


「ありがとうございます。ほら、食べましょう」

「これ、お姉ちゃんが言ってた?」

「ええ、そうですよ」

「お姉ちゃん、意地悪好きだね」

「うふふ、私は人助けをしているだけですよ」


 ジトッとした半目で魔女を睨む白髪の少女。

 だがそんな事はどこ吹く風と、笑ってお団子を頬張る魔女だ。


 この姉妹のやり取りを見ていて、なんだか微笑ましくなってしまう少女。


「そういえば」


 お茶にふうふうと息をかけ、少し冷ましたお茶を飲んでいた魔女だったが、そう言うと顔を少女へ向けた。


「なんだか、今日のあなたは余所余所しいですね」

「え、いえ、そんな事は…」

「いいえ、まるで上の立場にいる人間を目の前にたように緊張していますね。なんだか、動きがぎこちないです」


 どうやら、魔女には嘘は通じないらしい。

 確かに以前ジーナが言っていた、メイド商会の偉い人、という言葉が引っかかっていたのかもしれない。

 とにかく、下手に機嫌を損ねるよりも、打ち明けてしまった方がいいだろう。


「実は、その…魔女さんが、メイド商会のお偉いさんだ、って聞いたので…」

「なんだ、そんな事ですか」


 肩を竦め、やれやれと言った風に溜め息を吐く魔女。


「私は下っ端ですよ。使いっ走りと言っても差し支えはありません。何せ、運営の殆どを押し付けられているのですから」


 いやしかし、運営の殆どを押し付けられているという事は、絶対的な信頼を置かれているという事ではないのだろうか。


「けどお姉ちゃんも、代表を押し付けたよね?」


 餡子のお団子を呑みこんだ白髪の少女が言った。

 

「私はどうにも、ああいった上の立場は苦手なので。それに、拘束されて机仕事など冗談じゃありませんよ。人助けが出来なくなってしまいます」


 魔女の対面に座っている白髪の少女は微笑んでいる。

 きっと魔女も微笑んでいるのだろう。


「新入りちゃーん! ちょっと来て―!」


 少女を呼ぶミークの声が聞こえる。

 何かトラブルでも起きたのだろうか。


「あ、すみません。行かないといけないので、私はこれで。ごゆっくりどうぞ」

「ええ、呼び止めてしまってすみませんね」

「またね、お姉ちゃん」


 ―――お姉ちゃんって呼ばれたっ!


 少しばかりテンションが最高潮に達するが、表に出す事は無い。

 お盆を持ち、二人の机を離れようとする少女。


「そうですか、なるほど、やはり。では、最後に一つだけ」

「なんでしょう?」

「あなたの同僚。コルンさん、と言いましたか」

「え…はい、彼女が、どうかされましたか?」


 突然出てきたコルンの名前に、些か驚く少女。


「コルンさんから目を離さないで上げてください。そうですね…今すぐ孤児院へ迎えに行くのがいいでしょう」


 いきなりどうしたのだろうか?

 コルンの事は目に入れても痛くない程に可愛がっている。

 その彼女が果たして、なんなのだろうか。


「新入りちゃーん! 助けてー!」


 ピークは過ぎたと思ったが、目を向けるとレジに列が出来ていた。

 急いでレジへ向かおうとする。


「うふふ、そうなりますか。これはこれは、実に興味深い」


 気になる声が聞こえた。後ろを振り向く。


 そこに、魔女の姿はなかった。白髪の少女の姿も。

 団子は串だけが残り、湯呑みは空っぽになっていた。

 料金は机に置いてあった。


 片付けはジーナに任せ、少女はミークの下へ向かった。




―――




 ジーナ、マリーと一緒に屋敷へ戻った少女。

 道すがら、今日の出来事を言い合う。


 珍しい体験が出来たとか。お団子が美味しかったとか。

 とても他愛のない話だ。


 屋敷が見えてきた。

 大きな門、石造りの柱。


 門の前。そこに人が立っていた。

 遠くからでも目立つ金色の髪が否応なく少女の眼に入ってくる。

 メイド長だ。


 その人形のような視線が、少女に注がれた。

 海のように透明な、碧い眼だ。


「コルンが戻っていません。普段の時間を過ぎても」


 一抹の不安がよぎる。同時に、魔女の言葉が頭に浮かぶ。


『今すぐ孤児院へ迎えに行くのがいいでしょう』


 なぜ、コルンが孤児院にいると知っていたのだろう。

 なぜ、その事を少女に忠告したのだろう。


 その日、コルンが屋敷に戻ってくる事は無かった。

 次の日も、その次の日も。

※以下、登場人物について。


・少女 [] 16歳 161cm

 種族:人間

 髪色:茶色

 瞳色:茶色

 人物像:

 在住する地域では一般的な茶髪に平凡な顔立ちの、いたって普通の少女。

 休日、いつも通りに親方の店の手伝いをしていた。今回はジーナとマリーも一緒なため、負担は少なめ。

 魔女から意味深な忠告を受けた。しかしその真意を図る事は出来ず、結果として後悔することになる。


 お姉ちゃんと呼ばれてテンションが上がる。チョロい。


・『魔女』 183cm

 種族:人間

 髪色:黒色

 瞳色:黒・虹

 人物像:

 本名を始めとした詳しい情報は不明。

 本人曰く『メイド商会の下っ端』

 久しぶりに少女の前に姿を現した。本人は納品の為だと言うが…?

 コルンの事は知っているらしく、その身について意味深な忠告をした。

 そして、その忠告は現実のものとなってしまった。


 好きなお団子はみたらし。


・白髪の少女 [] 153cm

 種族:

 髪色:白色

 瞳色:赤

 人物像:

 光を発するかのような白髪の少女。

 本人は『魔女』の妹と言う。

 親方の店に訪れ『魔女』の帰りを待っていた。

 新入りの少女を『お姉ちゃんと似ている』と言うが、傍から見ても全く似ていない。一体何が見えているのか。


 好きなお団子はあんこ。

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