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あなたとおまえの物語  作者: ちょめ介
表話という名の本編
2/62

第二話

 ジャブジャブと、水が跳ねる音が聞こえる。

 時は早朝。マリーの作った朝食を食べ終わり、新人と呼ばれている少女とコルンの二人で担当になっている仕事を行っていた。


「暖かくなってきたけど、水冷たいなー。な、新人」

「ええ、そうですね。コルンさん」


 ゴシゴシと、洗濯板で洗い物をしている少女とコルン。

 

 世間一般では、ウォッシャーという魔具が普及している。

 この魔具は1m程の大きさはあろう円筒形の金属でできており、その中に洗濯物を入れておけば自動で洗濯が行われる優れものだ。

 一般家庭にさえ普及している魔具だが、どうしてかこの屋敷には置かれていない。

 

 彼女たちが手で洗濯をしているのは、メイド長の『量がない洗濯物の為に高価な魔具を買うのは無駄』という理屈によるものだ。今後も導入されることはないだろう。


「けど新人さー、やっぱり手際いいよな。洗濯とか長いのか?」

「ええ、実家は宿屋兼食事処でしたから。そこで毎日」

 

 本来、仕事中に喋ることは進められたことではない。

 しかし、仕事に重大な支障を来さない限り、メイド長からは黙認されてきた。

 

 そして、少女は数日の間コルンと共に働き、彼女の人柄が分かってきた。

 第一に、コルンはお喋りで素直だ。

 しばらく黙っていると、その機嫌を表すかのように尻尾がピクピクと動きだし、最終的にはイヌ科動物の獣耳がペタンと伏せられる。無論、しかめっ面をしているのは言うまでもない。

 それを見て少女が話しかけようとすると、コルンはパァッと笑顔になって嬉しそうに会話を続ける。


 ―――カワイイ!


 そう、少女が思うのも仕方ないことだ。


「あ、コルンさん、その服はゴシゴシ擦っちゃだめですよ」

「え? 洗濯板、使っちゃだめなのか?」


 第二に、コルンは力加減が下手だ。

 総じて亜人は力が強い。とは言え、日常生活に支障はない位には加減を自然と身につけるハズなのだ。

 しかし、何故かコルンは洗濯や掃除をする際に力加減を誤ってしまうらしい。

 洗濯板で衣類をゴシゴシ洗うと傷むことが多く、特に薄い服だと破れてしまうことさえあった。

 あんなに柔らかくてスベスベとした手だったのに、と少女は思った。


「はい、柔らかい布ですから。石鹸を溶いた水に浸けてしばらく置いておけば大丈夫です。目立った汚れもありませんし」

「へぇ、何でもゴシゴシ擦ればいいってわけじゃないのか…」 

「はい。ところで…失礼なことをお聞きしますが、今までにどの位の洗濯物を破ったりしましたか?」

「うーん…どの位だっけ? 少し前に、長さんが100枚を超えたって言ってたけど」


 少女が見た限り、この屋敷で洗濯に出されている衣類はそこまで数が多いわけではない。

 屋敷で働く5人が着ているメイド服。これは数着が支給されており、毎日洗った物を着ることになっていた。

 これも、メイド長の『主人様の屋敷内に汗の染みついた不潔な服でいるのは失礼』という意向で毎日洗濯が行われているのだ。

 それに加えてメイド5人分の下着、ベッドに敷かれているシーツなど。 

 

 以上を毎日、少女とコルンが洗濯を行っている。

 屋敷の主人の衣類は洗濯物として出されていないが、それはメイド長が個人的に洗っているらしい。

 メイド長曰く『主人様の大切な衣類をあなた達に任せるわけにはいかない』だとか。


 それはさておき、この屋敷で使用されている物は、タオル一枚に至るまで高級そうな物だ。

 コルンはそれを、最低100枚はダメにしてしまっている。

 これだけでも結構な額になるのではないのか? と少女は思った。


「これで…終わりですね。干したら少し休憩して、お掃除を始めましょうか」


 盥と洗濯板を使った洗濯が終わり、ハンガーに通して物干し竿にかける。何着もの衣類が干してあると、なんというか爽快だった。




―――




「コルンさん! 危ないからやめましょうって!」

「へーきへーき、大丈夫だっ―――うわわわわ!」


 喧しい音が屋敷に響く。水を溜めたバケツが降りかかり、二人ともずぶ濡れになってしまった。

 茶色い髪が顔に張り付き、濡れてしまったメイド服で全身が冷たい。

 

「いやー、やっぱり駄目だったか。大丈夫だと思ったけ―――へっくし!」


 コルンも同じだ。肩まで伸びた茶色い髪が顔に張り付き、白黒のメイド服も彼女の体のラインを強調するかのようにペッタリとしている。

 少女はその煽情的な姿態を見てしまう。なんだか居た堪れない気持ちになってしまった。


 ―――コルンさん、着痩せするタイプだったんだ…


 落ち込む少女をよそに、コルンの顔は笑顔のままだ。

 まるで、水遊びをした後の子どもの様な、清々しい顔。

 その顔を見て、少女は毒気を抜かれてしまった。

 コルンの笑顔を見ていると自然と笑顔になってしまう。まるで太陽みたいな人だ、と少女は思った。


 しかし、太陽みたいな笑顔をしているからといって、すぐに服を乾かしてくれるわけではない。

 

 ―――どうしてこうなったんだか…


 少女はこうなった経緯を思い返していた。 




―――




 洗濯物を干し終わった二人が、バケツや雑巾やモップを持って屋敷内を掃除して回っていた。

 窓を拭いたり、床を磨いたりだ。

 そして、事の始まりであるきっかけ。二人で決めた分担箇所を、少女は粗方終えた時だ。


「おーい新人ー! ちょっときてよー!」

 

 見落としがないかと少女が確認をしていると、コルンの呼ぶ声がした。

 なにごとか、と少女は声の聞こえた方へ歩き出す。


「あのさ、ほら、あれ見てよ」


 コルンの指差す方を見る。よく見ると、何やらモヤモヤとした巣が見えた。

 蜘蛛の巣かな? と少女は思ったが、どうやらその通りのようだ。

 

「あんな所に…でも、届きそうにありませんね」


 少女が言う通り、蜘蛛の巣が張っていたのは天井の隅だ。自分たちがモップを持って手を伸ばしても、おおよそ届く高さではない。


「どうしましょうか? 何か台を持ってきて…」

「それじゃ…新人! モップ持ってろ!」

 

 少女が天井を見上げている思案している中コルンがかがみ、少女の股へ首を差し入れた。

 そしてグイッ、と少女を持ち上げる。亜人であるコルンにとって、この程度は造作もない事なのだろう。

 しかし…


「え―――きゃっ! こ、コルンさん!? た、高いです! 下ろして下さい!」


 少女にとっては堪らない。

 こちらに来てから初めてされる肩車。その驚きと、いきなりの高い風景。

 自然と体を揺らし、コルンにしがみついてしまった。


「こ、こら新人! 暴れんなって! ほ、ほら早く―――」


 こういった経緯でコルンはバランスを崩し、足元に置いてあった水入りバケツに躓いてしまった訳だ。

 ぐしょ濡れのメイド服の冷たさに、意識が現実へと戻ってくる。


「どうしましょうコルンさん…」


 暑くなってきたとはいえ、ずぶ濡れのままでは風邪を引いてしまうかもしれない。

 だからといって仕事を放棄するわけにはいかない。

 契約書には、第一条1項3号『業務をなんらかの理由で放棄した場合、メイド長の指示に従い()を受ける』とあったはずだ。

 ()というのが何かは分からないが、好ましい事でないのは確かだろう。

 

「んー…これからバスを掃除するんだよな…そうだ! ついでに入っちゃえばいいじゃん!」

「え…それって、大丈夫なんでしょうか?」 


 確かに屋敷内の掃除が終わった後、水場の掃除に入ることになっている。トイレや風呂場などの水回りだ。

 キッチンに関してはマリーの一任となっており、基本的に掃除に入ることはない。


「だって掃除するだけだし。ほら、水使うから服濡れちゃうじゃん? だからさ、服を脱いで掃除すればいいと思うんだ。うん、そうだそうだ。新人もそう思うだろ?」


 そう言うコルンの眼は泳いでおり、どうにも言い訳をしているだけのようだ。

 しかし、だからといって、ずぶ濡れのままでは気持ちが悪いことも確かだ。


「ええっと…確かにそうですね。少し温まるくらいなら―――」

「なにをしているのかと思い、見に来てみれば。コルン、すぐに着替えをして掃除に向かいなさい。あなたもです」


 背後から掛けられた声に心臓が飛び出しそうになる。壊れた人形のように後ろを振り向くと、そこにはメイド長が立っていた。

 腰ほどまでに伸ばされた金髪とガラス球のような碧眼を持つ、まるで作られた人形の様な風貌だ。


「め、めめめメイド長さん! ど、どうしてこんな場所に!?」


 少女のその言葉に、メイド長の眉が僅かに曲がる。マズイことを言ったか!? と少女はビクついた。

 しかし、コルンには気付いた様子もない。


「主人様のお屋敷をよりによって『こんな場所』などと。自覚を持ちなさい。あなた達はこの場所で働かせて頂いている立場なのです。それが分かっていないのならば今すぐに出て行きなさい。借金を抱えたまま路頭に迷い、死ぬがよいのです。それを理解したうえで物事を図りなさい」


 メイド長は早口でそう言い切り、去って行く。怒った様子でもなく、気にした様子もなかった。

 しかしその言葉にはトゲがあり、どうにも毒舌だった。


「あー、怖かった。ま、着替えて仕事に戻ろっか。長さん、怒ってたし」


 コルンが冷や汗を拭いつつ、倒れたバケツやモップなどを纏める。しかし、少女にはなんとも言えぬ違和感が感じられた。


「メイド長さん、怒ってましたか?」

「怒ってたろ? あんなに喋る長さんなんて久しぶりに見たよ」


 ―――本当に怒っていた?


 少女にはどうしてか、メイド長が自分たちに対して怒っているようには思えなかった。

 『この場所で働かせて頂いている(・・・・・・・・・)』と、大事なことを言い聞かせるような言い方。

 しかし、少女は思う。


 ―――借金のカタに働かせておいて、そんなこと…


 確かに、借金を返せない親が悪いのだろう。しかしそれならば、自分がここにいる必要はあるのであろうか。

 少女は自室への道を歩きつつ、考えに浸る。

 途中、コルンから話しかけられたのに返事をしなかったため、機嫌を損ねてしまったのは別の話だ。

※以下、登場人物について。


・少女 [] 16歳 161cm

 種族:人間

 髪色:茶色

 瞳色:茶色

 人物像:在住する地域では一般的な茶髪に平凡な顔立ちの、いたって普通の少女。

  先輩のコルンと一緒に屋敷内の清掃や衣服の洗濯をするようになった。

  きちんとした場所で仕事をするのは初めてだが、手際よくこなしている模様。


  好きな動物は犬。滅茶苦茶に愛でたい派。


・コルン [Korn] 15歳 160cm

 種族:亜人

 髪色:茶色

 瞳色:茶色

 人物像:明朗活発、カッコカワイイ顔立ちの、褐色の肌をしている亜人の少女。

  新人の少女と共に屋敷内の清掃や衣服の洗濯を行うようになった。

  どうにも力加減が下手で、新人が来る前に100枚程度の洗濯物を破いた記録が残されている。

  

  一言で言うと忠犬。だけど寂しがり屋でクンクン鳴くよ。


・メイド長 []  歳 172cm

 種族:

 髪色:金色

 瞳色:碧色

 人物像:詳細なプロフィールは不明。

  濡れ鼠になった少女とコルンの前に姿を現した。

  少女の『こんな場所』という発言に不快感を表し、少女の身の危うさを語った。

  怒ってはおらず、気にしてもいない。だが何故か不快な気分になった。なので嫌味な事を言ったが、本人にもその理由は分からない。

  

  好きなものは―――(黒く塗りつぶされている)

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