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あなたとおまえの物語  作者: ちょめ介
表話という名の本編
19/62

第十九話

 ジーナの送別会が終わった、次の日。

 少女はジーナの荷物を纏める手伝いをしていた。

 もう少ししたら迎えの馬車が来て、この屋敷を出て行く事になっている。


「それにしても、ジーナさん」

「なによ」

「本ばっかり、よくこんなに集めましたね」

「本は好きだから。とはいっても、雑誌ばかりだけど」


 ジーナがベッドから床に本を置き、少女が紐で縛る。

 ある程度は捨てたようだが、どうやら転居先にも本を持っていくようで、少女がそれを手伝う事になった。


 曰く『コルンは本を破りそうだし、マリーはすぐに疲れる』だそうだ。

 ジーナがメイド長に直談判し、特例として手伝わせることを認めさせたようだ。


「寂しくなっちゃいますね。ジーナさんが居なくなっちゃうと」

「なに言ってんのよ。わたしなんていなくたって変わらないわよ」


 そんな事はない、と少女は思う。

 コルンとも最近は会話をしていることも知っている。

 これまでは、お互いがお互いを無視しあっていたのに。

 なんらかの心境の変化があったのだろうか。

 

 それに…


「マリーさん、泣いちゃいますよ」

「…そうね、マリー、ね」


 いつもジーナにべったりだったマリー。

 ジーナが居なくなったら、彼女はどうなってしまうのだろうか。

 塞ぎ込んでしまうのか、それとも…


「…そうね。新入り、あんたにだけは言っておくわ」

「なんですか?」


 本の梱包もこれで終わる。

 力を入れてギュッと縛り、余分な紐は切っておく。


「あんまり、マリーと関わらない方がいいわよ」

「え?」

「それで終わり? なら、外に持ってくわ」


 紐で縛った何冊もの本をヒョイと持ち上げ、部屋を出て行くジーナ。

 残された手荷物も持ち、少女も部屋を出る。


 小走りで走り、ふらふらと歩いていたジーナの横につく。


「ジーナさん、さっきの言葉、どういう意味です?」

「そのままよ。いい? マリーはエルフで、わたしと新入りは人間なの。分かり合えないわ。絶対に」

「けど、今までジーナさんは…」


 まるで、共依存のような関係だったと、そう言いそうになった。

 しかしそれを口に出す事は無い。


「きっとマリーは…違うわね、分かっていないからタチが悪いの。いい?」

「…はい、ジーナさん」


 とは言え、少女の知っているマリーは、いつも大人しくオドオドとしている。

 休日もジーナと一緒に出かけ、屋敷でもジーナの後をついていた。


 大きな扉を開ける。

 空は快晴だ。まるでジーナを祝っているように。

 既に馬車は停まっていた。


 荷物の積み込みを手伝うが、すぐに終わった。


「それじゃ、新入り。もう会わないでしょうね」

「コルンさんと、マリーさんに…さよならを言わなくて、いいんですか?」

「いいのよ。そんな柄じゃないし―――」


 ガチャリと、扉が開く音がした。

 屋敷の扉だろう。誰か出てきたのだろうか。

 ジーナの顔は不快感に満ちていた。まるで敵でも憎むかのように。


「…メイド長」

「メイド長さん?」


 後ろを振り向くと、メイド長が立っていた。

 金色の長い髪を腰ほどにまで伸ばし、その碧眼は真っ直ぐにこちらを見つめている。

 少女の来ているメイド服と同じ物を着ている。屋敷内で主人に次ぐ権力を持つ女性。


 ツカツカと、こちらに歩いてくる。


「なんの用です、メイド長。もう、顔なんて見たく―――」

「ジーニアス・アーレンバーグ」


 そう言った。

 しかし、少女には分からない。

 分かったのは、彼女一人。


「いまさらっ! その名で呼ぶなぁ!」


 激昂したジーナ。

 今まで見た事もないジーナの豹変ぶりに、怖気づく少女。

 しかし、メイド長は表情一つ変えない。


 ―――ジーニアス…? ジーナさん、そういえば…


 少女が屋敷で働くことになった、初日の自己紹介の時。

 確かにジーナはこう言った。


『わたしはジーナ、そう呼んで。まあ、これからよろしく』


 『そう呼んで』そう言われたから、そう呼んだ。

 しかし、名乗ってはいない。自分の名前を。


「ジーナさん。貴族、だったんですか?」

「…そうよ。黙ってて、悪かったわね」


 コルンのように、マリーのように。

 名前だけの者は平民だ。

 大多数がこの部類に入る。もちろん、少女も。


 しかしそのように、名字が付く者は極めて限られる。

 地方を治める領主や、国に仕える貴族、特別な功績を残した一族。そして国家を支配する王族だけ。


「今日までは見逃してきました。メイドの不祥事では、主人様に御迷惑がかかってしまいますから」


 そう言い、何かを取り出した。

 二冊のノートのようだった。

 それを見た途端、ジーナの目が驚愕に見開く。


「そんな…なんで…」

「浅はかな、気付かれていないと、本当に思っていたのですか?」


 バサリと、そのノートを地面に落とす。

 風に吹かれバサバサと音を立てるノートが、いやに耳障りだった。


 少女はノートを手に取り、見比べる。

 両方とも品名が記され、値段が記載されている。

 パッと見ると同じ様にも見える。しかし確実に、一か所だけ違う部分があった。


「二重帳簿…」


 値段の部分だ。

 片方が片方よりも、はるかに安く記載されていた。


「差額の算出に時間がかかりました。総額は50万S程でしょうか」


 50万Sもの大金を、ジーナは着服していたというのか。

 しかし、ジーナは認めない。認めたくなかった。


「なに、か。それで、屋敷に不利益を、与えましたか…」

「今更言い訳ですか。弁解の余地はありません。来て頂きましょう」


 ジーナとメイド長の距離が縮まる。


「っ!」


 素早く馬車に逃げ込むジーナ。

 扉を閉めようとする。

 しかし―――


「逃げられると、思いましたか?」


 メイド長は隙間に右腕を入れ、それを阻止する。

 空いた左腕で扉をこじ開け、蝶番ごと破壊した。


「手を煩わせないで下さい。往生際の悪い」

「がっ! あ―――」


 右手でジーナの首を掴み、持ち上げる。

 まるでギリギリと首を絞める音が聞こえてくるようだった。

 ジーナも抵抗をしているが、まるで堪えた様子がない。


 首を掴んだまま、ジーナを宙づりにしたメイド長。


「失望しましたよ。ジーニアス」

「ぐっ、うぅ、っあ」

「殺しはしませんよ。聞きたい事もあります」

「う、ぐぅ、ぁあ…」


 ガクリと、ジーナの体から力が抜けた。

 気を失ったようだ。


「ジーナさん!」

「貴女は部屋に戻りなさい。少し、話を聞く必要があります」


 気を失ったジーナを肩に担ぎ、屋敷へと向かっていくメイド長。

 しかし少女に出来る事など、何もなかった。

※以下、登場人物について。


・少女 [] 16歳 161cm

 種族:人間

 髪色:茶色

 瞳色:茶色

 人物像:在住する地域では一般的な茶髪に平凡な顔立ちの、いたって普通の少女。

     業務の合間を縫って、ジーナの手伝いをしていた。意味深な忠告を受けながらも送り出し、ジーナが馬車に乗り込もうとしたところ、メイド長が彼女を拘束する光景を目撃した。


     掃除・洗濯は得意中の得意。


・ジーナ[Jena]/ジーニアス・アーレンバーグ [Genius Arenberg]17歳 162cm

 種族:人間

 髪色:黒色

 瞳色:黒色

 人物像:珍しい黒髪を後ろで縛り、スラリと伸びた体躯と併せ、一見するとイイトコのお嬢様の様にも見えてしまう雰囲気を持つ。

     新入りと呼んでいる少女に手伝いをしてもらって片付けがすべて終わり、その別れ際に少女へと忠告をした。

     馬車に乗り込もうとしたところ、メイド長から奪われた本名を呼ばれ、激昂した。彼女は紛れもなく貴族であった。

     粉飾決算の証拠である、燃やしたはずの二重帳簿の内の一冊を見せられ混乱するが、馬車へと逃げ込む。だが、扉を破壊された後、拘束され、気を失った。


     深窓の令嬢(仮)から深窓の令嬢にレベルアップ。


・メイド長 []  歳 172cm

 種族:

 髪色:金色

 瞳色:碧色

 人物像:詳細なプロフィールは不明。

     馬車へ乗り込もうとするジーナの元に現れ、激昂すると知りながら彼女の本名を呼んだ。その後、問答無用といった様子で逃げ出そうとしたジーナを拘束した。

     ジーナの粉飾決算には早い段階から気付いていたが、忠告も何もせず、彼女が退職するまでそれについてはおくびにも出さなかった。監察としては優秀の一言だが、上司としては二流以下。

     

     その行動全ては、主人の為。

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