第十五話
「新人ってば!」
耳元で聞こえたコルンの声で、ハッと我に返る。
周囲を見渡すと見覚えのある景色だ。
「この頃元気ないけど、なんかあったのか?」
「あ…いえ、いつも通り、ですよ」
「そうか? けど、ボーっとしてること多いし…」
数日前、親方の店へ遊びに行き、誘拐犯ことウィスから聞かされた、教唆をした人物の髪の色。
少女と関わりがあり、金髪である人物。
この屋敷ではメイド長、そしてマリーが該当するが、ここに身長という条件を加えると、一人に限られる。
ウィスと同じくらいの身長という制限が加わると、限られてしまう。
「そう…ですね。少し疲れているのかもしれません。すみません、心配を掛けてしまって」
「ううん、新人のそんなところ珍しいな、って。なんでも簡単にこなしちゃうからさ、新人は」
確かに、衝撃の事実を聞いて不抜けていたと、少女も感じていた。
上司が自分の命を狙っているなどと、信じたくはなかった。
「なにサボってんのよ、新入りもコルンも」
マリーの手伝いが終わったのか、ジーナが二人の前に
ジーナは朝と夕の買い物が終われば基本的にフリーだ。
少女もジーナと共に業務にあたっていた時、昼の間は手持ち無沙汰なってしまった。
その時はコルンやマリーの手伝いをしたりと、何かと用事を作っては済ませていた。
「あ、ジーナさん。いえ、サボってたわけではなくて…」
「真面目にしてないと、メイド長にドヤされるわよ? まあ、わたしには関係ないけど」
綺麗な黒髪をサラリと靡かせ、スタスタと足早に去って行くジーナ。
まるでちょっかいでも出す為に顔を合わせたような、嫌味を感じさせる言い方だった。
「…コルンさん。ジーナさん、なんだか変じゃなかったですか? なんだか、言葉にトゲあるような」
「変って、ジーナはいつもあんなだよ? 新入りの前とじゃ態度違うけどさ。ジーナ、あたしのこと嫌いなんだ」
「え?」
「殴られたり蹴られたりはされてないけどさ。新人が来るまでは話しかけても無視されたりしてたんだ…」
―――ジーナさんが、コルンさんの事を嫌い?
こんなに可愛いコルンの事が嫌いなのかと、少女は激怒した。
必ず、かの邪知暴虐の女王を修正せねばならぬと決意した。
「…コルンさん、ちょっと私、文句言ってきます」
「え、文句って…新人!? どこ行くのさ! 長さんに怒られるって!」
清掃用具を放り出し、ジーナの向かった方へ進む少女。
恐らく、自分たちの部屋だろうと見当を付け、歩を進める。
一分もかからずに到着した。
乱暴に扉を開け、部屋に突入する少女。
「さあジーナさん覚悟しなさい! その考え修正して―――」
キスをしていた。
ジーナとマリーが。
濃厚で艶めかしく。
二人の息遣いが妙に。
耳に残った。
「―――失礼しました」
静かに扉を閉める。
深く深呼吸をして心を落ち着け、頬を強めに叩き現実を受け入れた。
―――うん、そんなのも有りだよね、うん。
もう一度深呼吸。
再びノックをし、返事を待つ。
『ど、どうぞ』
返事があった。
扉を開けて入室し、ペコリと頭を下げる。
「どうも失礼いたしました。お二人の仲をお邪魔してしまったみたいで。メイド長とコルンさんには喋りませんから、ご安心ください」
「あ、あの、新入りさん? その、違くてね…」
「いえ、私、理解はある方ですから。誰にも言いませんよ。ええ勿論」
こういった絆は当人でないと理解が出来ない、と少女は思っている。
他人がとやかく言う事ではなく、嗜好が合う者だけで完結すればいいと常日頃思っていた。
「そう? じゃあ…新入りさんも、ぼくとする?」
マリーがとんでもない事を言い出した。
少女は内心ドキッとした。
―――マリーさんとのキス…いや、けど、キスとは言ってない! そうだ、きっとハグのことかもしれない。マリーさん、抱き心地良さそうだし!
「え、えっと…する、というと?」
「キス、する?」
マリーの視線が少女を射抜く。
黄金色に輝くマリーの眼を見ていると、不思議な感覚に陥る少女。
そしてプツリと、意識が途切れた。
―――
チクリと、右腕に僅かな痛みが走る少女。
今までぼやけていた意識が、急激に覚醒する。
―――って、あれ? 私、何してたんだろ。ジーナさんに文句を言いに来て…
そこからの記憶が怪しい。夢を見たように所々、覚えていたり消えている。
少女が覚えているのはジーナに文句を言いに来た事くらいだった。
その他は覚えていない。すっぽりと綺麗に抜け落ちている。
そして少女は、今の自分の状況を確認した。
息が荒く、真っ赤な顔をしたコルンを胸に抱いている。
ジーナは明後日の方を見ており、手で眼を覆っているマリーだったが、指の隙間が僅かに開かれている。見ていたのは間違いない。
コルンのミカンのような匂いが、少女の鼻腔を擽った。
「あ、あの、コルン、さん?」
「すきぃ…」
―――は、破壊力がヤヴァイ!
思わず鼻を押さえる少女。
図らずも、それがコルンの頭を自らの胸に抱き寄せる事になってしまった。
「んん…しんじん…もっと優しくぅ…」
少女の胸に押さえられたコルンだったが、それが更に官能を誘った。
上目遣いのコルンの視線が少女を射抜く。
―――こ、これは…助けて!
このままでは抑えが利かなくなってしまうと直感した少女。
静観しているマリーはダメだと思い、念を込めた視線をジーナに送った。
「ん…あれ、ここ…って、新入り!?」
少女の祈りが通じたのか、ジーナが二人の間に割り込んだ。
「ちょっ…こら! 何してんのよ! 離れなさいって!」
それを拒むかのように、コルンは少女をきつく抱き締める。
さすがは亜人と言ったところか。人間であるジーナに、万力のようなそれを外すだけの力はなかった。
しかし、抱き締められている少女は人間である。
至って普通の、特殊な能力などある筈もない、普遍的な人間だ。
全身をきつく怪力で抱き締められて、果たして無事でいられるのだろうか。
「こ、コルンさ…ちょっ、きつ、苦し、う、あう―――」
呆気もなく、少女の意識は闇へと落ちた。
失神する直前、少女の耳には誰かの言葉が聞こえた。
「おかしいな…けど、欲しいなぁ…」
しかしそれが誰の言葉なのか、少女には分からなかった。
※以下、登場人物について。
・少女 [] 16歳 161cm
種族:人間
髪色:茶色
瞳色:茶色
人物像:在住する地域では一般的な茶髪に平凡な顔立ちの、いたって普通の少女。
ジーナがコルンを苛めていたと聞き、一言文句を言いに二人のいる部屋へと趣く。するとそこにはキスをしているジーナとマリーの姿が。
その後どうしてか意識が途切れ、気が付くとその腕の中には顔を真っ赤に紅潮させたコルンの姿が。
ジーナに助けを求めるが間に合わず、鯖折りをされるようにきつく抱きしめられ、再び意識を失った。
そういう仲には寛容な方。
・コルン [Korn] 15歳 160cm
種族:亜人
髪色:茶色
瞳色:茶色
人物像:明朗活発、一見しただけでは少年と見間違えてしまう顔立ちな、褐色の肌をしている亜人の少女。
いつも通り、少女と共に屋敷内の清掃をしていた所ジーナに嫌味を言われ、ジーナに無視されていた事を告げる。懸念した通りメイド長には叱られ、少女に文句を言いに来たところ、暴走した少女に襲われた。
少女に濃厚なキスをされたらしく、以前から抱いていた彼女への好意が爆発し、思わずその身体を全力で抱きしめて気絶させてしまった。
どうにも少女が好きすぎる。カワイイ。
・ジーナ[Jena] 17歳 162cm
種族:人間
髪色:黒色
瞳色:黒色
人物像:珍しい黒髪を後ろで縛り、スラリと伸びた体躯と併せ、一見するとイイトコのお嬢様の様にも見えてしまう雰囲気を持つ。
マリーと共に廊下を歩いていた所、ジーナと鉢合わせになり、嫌味を言う。それを少女は『トゲがあった』と言った。
その後、マリーとキスしていた所を少女に目撃されるが、ジーナはだんまりを決め込んでいた。
気が付くとコルンが新入りの少女を抱きしめており、引き剥がそうとするが間に合わず、少女は気絶してしまった。
マリーとはそういう仲らしい。
・マリー [Mary] 28歳 152cm
種族:エルフ
髪色:金色
瞳色:紫色
人物像:腰ほどまでに伸ばした金色の髪を持った美幼女。
ジーナにキスをしていた所に新入りの少女を目撃されたが、特に焦ることも慌てる事もせず、少女にキスを迫った。少女曰く『抱き心地が良さそう』
少女とコルンが濃厚にキスしている所を逃さず見ていた。目を手で覆い隠しているつもりだったが指が開いており、余さず観察していた。ムッツリ助平。
耳年増で案外ウブ。