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あなたとおまえの物語  作者: ちょめ介
表話という名の本編
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第十二話

 ジーナに手を引かれて連れ去られ、少女は見知らぬ家に辿り着いた。

 抵抗する気力もなく家に押し込められた後、服を脱がされ、お湯に沈められる。


『ちゃんと拭かないと風邪引くわよ、また』


 風呂から上がった少女に、ジーナはそう声をかけたが少女は反応を見せず、痺れを切らしたジーナが少女の体を拭く。


『まったく面倒ね。一銭にもならないのに』


 ジーナは愚痴をこぼしつつ、少女の体を拭き、丁寧に折り畳まれていた服を着せた。

 真っ白なワンピースだ。

 ジーナが着たのならば、その黒髪が映えるのだろう。麦藁帽子を被って草原に佇んでいれば、それはもう最強だ。


 少女はされるがまま、ジーナに服を着せられた。

 再び手を引かれ、違う部屋に引き入れられる。小さな机を挟み、二つのソファがあるだけの部屋だ。

 奥のソファに座らされ、毛布をかけられた。

 

 少しジーナの姿が見えなくなり、少女は部屋を見渡す。

 片側には窓があり、濡れた窓からは灰色の景色が広がっていた。

 少女は今の状況を反芻する。


 ―――ジーナさんの、家…


 ここに来るまで、果たして自分はどうなっていたのか。

 記憶が途切れ途切れだ。

 何処を通ったのか、どれ位の距離を移動したのか。

 街は出てはいないと思う。


「新入り、スープ作ったわ」


 扉を開けたジーナが、少女の前に皿を置く。

 少女の前に置かれた皿に注がれたスープ…のような液体が湯気を立てていた。


「…」


「暖房なんてないんだから、風邪引くわよ。さっさと飲みなさい」


「…」

「はぁ…」


 何を言っても返さない、茫然自失といった新入りの少女。

 ジーナはソファから立ち上がり、少女の横へ近づく。


 ―――パシン…


「…っ」


 頬を打たれ、口内が切れたようだ。鉄の味が広がる。

 少女は不意を付かれた。

 まさか、ジーナからビンタをされるとは思わなかった。


「甘ったれてんじゃないわよ、新入り。たかだか親に捨てられた程度で閉じ篭って」


 ジーナのその言葉に、少女にしては珍しく憎しみの表情を浮かべた。

 親の仇でも見るかのように、ジーナを睨み付ける。


「あら、そんな顔も出来るのね。いつも笑うか、表情に出さないかだから」


 自分の事を知ったかのような口ぶりに、少女は頭に血が上り、抑えがきかなくなった。


「何が分かるんです!」

「分からないわよ? 当たり前じゃない。まさかアンタ、自分の考えが全部正しいとか思ってるクチ?」


 口元をニヤケさせ、まるで煽るように言うジーナ。

 その態度が、更に少女を激昂させた。


「家があって! 帰る場所があって! 迎えてくれる両親がいて! そんな人に分かるわけ―――」

「死んだわよ? 親なんて」


 少女の言葉を遮り、ジーナが言った。

 まるで世間話をするかのように、そう言った。


「アンタ、自分が一番不幸だって思ってるの? たかが捨てられたくらいで? ふざけんじゃないわよ」


 ジーナが少女の隣に座る。

 香水なのだろうか、花のような匂いが香ってくる。

 だが、キツイ匂いではない。フンワリと柔らかい、甘い匂いだった。


「け、けど、この、家は…」

「借りたの、安かったから。働いて貯めたお金でね。管理は知り合いに頼んであるわ」

「でも! そんなお金は…!?」

「もうね、借金は返し終わるわ。あと二ヶ月くらいね。アンタも屋敷に来た時、あの主人と話して決めたでしょ?」


 少女が屋敷で働く際の事を言っているのだろう。

 主人との面接と軽い世間話をした、その時の事を。


「あの時にね、一月分の給金の殆どを返済に充てる事にしたの。そうすれば早く終わるでしょ?」


 少女もそうだった。

 親方の店で手伝いをしその分の給金を貰ってはいるが、一日に使えるお金は僅かなものだ。


「で、まだ何か言うことはある? 良かったじゃない、アンタを売った親がいなくなって」


 そうだ、自分を売ったのだ。

 いくら未練があろうと、いくら言葉を取り繕おうと、その事実は変わらない。


「不幸自慢をするわけじゃないけど。死んでる所を目の前で見るのはいい気分じゃないわ。アンタの両親、どうせ行く当てもないんでしょ?」


 少女は頷く。

 母親はこの街の生まれで、父はまた別の街から来たと聞いている。

 頼る親類もおらず、店も失い、果たしてその末路はどうなるのか。


「そんな親と縁を切れたのよ? 忘れなさいよ、そんな奴ら」

「でも…!」

「でも、なにかしら? まさか今更、迎えに来るとでも思ってるの? もしそうだとしたら、本当におめでたい頭をしてるのね」

「…」


 見透かすようなことを言うジーナに、少女は息を呑んだ。


 ―――本当に? 本当に、信じていた? 本当に、母親と父が待っていると? 思っていた…?


 言葉を失う少女。

 それを見てジーナは微笑み、元いたソファに座る。


「分かったら、新入り、ほら。冷めちゃうわよ」


 共に置かれていた匙を手に取り、スープを掬う。

 やけに粘度が高く、ドロリとしている。それに、色が紫色だ。

 恐る恐る口に入れ、飲み込む。喉に引っかかるような不快な感覚に襲われた。


「…美味しくないです、ジーナさん」


 決して不味くはない。のだが、調味料の量を間違えたように薄いような、濃いような。

 無理をして食べる程に不味くもなく、無理をしなくても食べられる程に美味しくもない。

 特別不味くはない。単純に美味しくないだけだ。


「…悪かったわね。マリーみたいに上手くないのよ、料理は。それに、コルンみたいに掃除もできないの。悪い?」


 顔を顰めながら自分の作ったスープを飲むジーナ。

 料理の腕前は高くなく、散らかした本を片付ける事も出来ないジーナだ。

 しかし、代わりと言ってもいいのだろうか。


「ジーナさん、お買い物上手じゃないですか。市場全部の相場を覚えるなんて、そう簡単にできませんよ?」


 季節ごと、日ごとに変わる商品の相場だ。加えて、店ごとにも商品の値段は変わる。

 全て加味した上で、安く、質の良い店を選んで買い物をしている。その店の位置も不定だ。

 それなのに、なんと店を数個回っただけで、その店を探し出してしまうのだ。


 以前、メイド長にも言われたのだ。


『あなたの選ぶ品は確かに質は良いです。しかし、値段が相場よりも幾分か高い。ジーナから学ぶといいでしょう』


 そして試しに、早朝の買い物の際にジーナに同行してみた。

 人混みの中を一緒に歩いて、ジーナは特に目立った行動はしていなかったハズだ。

 それなのに、あっという間に目的の店を見つけ出してしまう。


 こればかりは、少女にも理屈が分からない。

 ジーナに聞いても…


『なに言ってんのよ新入り。そんなの…なんでかしら? まあ、あれよ、気分よ気分』


 などと、要領を得ない。

 経験や勘といった、表現しにくい直感のような物で探し出しているのだろう。つまり野生の勘だ。

 もしかしたら、往来ですれ違う人々の会話から割り出しているのだろうか。

 とにかく、才能という領域の、真似しようがない技能だった。


「…アンタに言われても嫌味にしか思えないわね。まあ、いいわ。雨も止んだし、さっさと行きましょ。服は乾いてるだろうし」


 いつの間にか、雨は上がっている。しかし、未だ曇り空のままだ。

 この出来事は少女の心に影を落とすことになる。




―――



 

 余談だが、屋敷に戻った際の事だ。

 ジーナはまだ寄る場所があったらしく、この街に着いたと同時に別れた。

 屋敷に着くのは少し遅れるだろう。

  屋敷に着いた少女は、台所にいたマリーにクッキーの入った缶を渡し、部屋へと入った、のだが…


「あ! 戻ってきた!」


 部屋に入るなりコルンが抱きついてきた。

 それはいいのだ。

 少女にとってコルンは癒しである。コルンの何気ない仕草を見ているだけで心のささくれがなくなる気がする。

 力強く、ギュッと抱きしめられると、なんだが自分がここにいる実感が持てる。


 ―――私は、ここにいていいんだ。こんなに嬉しい事は…


「うん…? くんくんくん…」

「こ、コルンさん!? くすぐったいですよ」

 

 少女に抱きつき、何かを疑問に思ったのか、コルンが少女に首筋をしきりに嗅ぐ。

 それはもう、一心不乱に。

 クッキーを夢中で食べていたときの少女と変わらない位の勢いで。


「…新人から、ジーナの匂いがする」

「な、なななななっ!?」


 イヌ科動物が素体となっているのだから、当然と言うべきか。

 数時間前にジーナの家へ行き、ジーナが近くにいたのだ。

 その匂いも少女に染み付いているのだろう。


「けど、ジーナは休暇って長さんが…ま、まさか、逢引!?」

「にゃ、にゃにを言うんですかコルンさん! そんなましゃか!」


 てんやわんやのまま、楽しい時間が過ぎていく。

 その内にジーナも戻ってくるだろう。

 二人の口喧嘩を見たジーナが少女と腕を組み、コルンをからかうのは予定調和である。

 マリーも参戦し、少女に泥棒猫と叫ぶのも知っての通りだ。

 そして、騒ぎすぎた四人がメイド長に叱られるのもまた、いつもの日常だった。

※以下、登場人物について。


・少女 [] 16歳 161cm

 種族:人間

 髪色:茶色

 瞳色:茶色

 人物像:在住する地域では一般的な茶髪に平凡な顔立ちの、いたって普通の少女。

     両親が自分を捨てたことを知り崩壊寸前となったが、間一髪でジーナに救われた。彼女の借家で飲んだスープは不味かったが温かく、憔悴した少女にとっては支えとなった。

     屋敷に戻ると、コルンより体からジーナの匂いがすると問い詰められる。誤解は解けたが、その夜はコルンと一緒に寝たとか。

     

     世界で一番自分が不幸だと思ってるともっぱらの評判。


・ジーナ[Jena] 17歳 162cm

 種族:人間

 髪色:黒色

 瞳色:黒色

 人物像:珍しい黒髪を後ろで縛り、スラリと伸びた体躯と併せ、一見するとイイトコのお嬢様の様にも見えてしまう雰囲気を持つ。

     たまたま、少女の元住んでいた街で借家の賃貸契約を結び、意気揚々と屋敷に戻ろうとしたところ、ずぶ濡れになりながら蹲る新入りの少女を見つけた。

     面倒と言い、一銭にもならないと毒づきながらも見捨てておけない。結構なお人よし。あるいは、気を許した者には甘いのか。

     両親は死んだらしい。その口ぶりから、死に目に立ち会ったようだ。


     借家は赤い髪の女性から格安で借りたとか。


・コルン [Korn] 15歳 160cm

 種族:亜人

 髪色:茶色

 瞳色:茶色

 人物像:明朗活発、一見しただけでは少年と見間違えてしまう顔立ちな、褐色の肌をしている亜人の少女。

     屋敷に戻ってきた少女に抱きつき、やけに濃いジーナの匂いに疑問を覚える。

     ジーナと逢引きをしていると勘繰ったが、当たらずも遠からず。


     少女の事になると暴走気味。

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