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呉鉄栄の野球人生はサラブレットそのものだった。高校時代はチームの頼れる4番として甲子園に導き、決勝戦で敗れはしたものの名誉ある闘いを果たした。そして昨年ドラフトでプロ入りを果たす。ここまでなら順風満帆だったのだが、金属バットから木製バットへの適応が中々上手くいかずに、今では持ち前のバント技術と守備を武器になんとか一軍にしがみついていた。
しかし、この状況にいつまでも満足しているような呉鉄栄ではない。もはや野心的にチームの一番を打つことを目指すようになり、毎日素振りをしていた。プロの球威に押されるようになった呉鉄栄は自分にはスイングスピードが足りないのだろうと考え始めて、素振りに至ったのだ。
目標は1日1000回。人と同じことをしていては自分は負けてしまうと感じていて、人よりも何倍も努力しなければとてもじゃないがチーム内四番を打つことは無理なのだと自分自身が良く分かっていた。
だからこそ、努力は続けていた。だが、そう簡単に打撃力は上がらない。そもそも、高校一年目で一軍に合流している時点で十分合格点なのだ。
「お前の打撃は一軍クラスだぞ。もっと自信を持て」
ついに今日の試合で打率を.198に落としてしまった呉鉄栄は誰が見ても分かるような暗くドンヨリとした空気を撒き散らしていた。そんな呉鉄栄に同情しているのか気を遣っているのかは不明だが、監督の声は優しかった。
「こんな自分を使ってくれる監督に、感謝しています」
「何を言うか。こちらこそ入団してくれてありがとうよ」
監督の励ましの言葉で勇気を貰い、再び練習へと乗り出した。一軍打撃コーチも親身になって教えてくれて、自分は恵まれている環境なのだと改めて実感した。
「お前は足も速いから内野安打も狙えるぞ」
「内野安打ですか。打ってみたいです」
まだ、一本も打っていなかった。いつも際どいところでアウトになってしまうののだ。
「そのためには走り打ちを習得した方がいいな」
打撃コーチはそうだと言うのだった。