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中は硝煙の匂いと酒の匂いで満たされていた。始めにダニエルが電灯を打ったのだろう。割れて床に散らばっていた。……目が慣れない。久しぶりの夜襲なので闇に溶け込む時間がかかっている。軽く舌打ちすると次第に慣れてきた。
カウンターに手をつき、愛用の銃の銃口を撫でている私に、エルネストは一定の距離を保ちこちらに近づくことなく口を開いた。
「フェデリコ様、一つよろしいですか」
「なんだ」
「今夜の奇襲、ジェシカははじめてのようですね」
寡黙な男は独特な低くよく通る声で言った。横目で彼を見ると、彼もまた見つめ返す。相変わらず表情が読めない。デリンジャーに弾丸がちゃんと装填されていることを確認してそれを右手に握ると、自然に腰を乗せていたカウンターから離れ、奥へと歩き出す。
「今夜でジェシカの行動を見るんですね。彼女が幹部の一員として相応しいか」
私は答えなかった。彼も返答を追求しなかった。
パキっという音に足元を見ると、瓶のかけらを踏んでいたようだ。暗い店内の床は赤い酒と血が混ざって赤黒く染まっていた。所々に散らばる死体。うちの者はまだ一人として床に伏してはいなかった。さすがダニエルのソルジャーたちだと感心する。エルネストは私の少し前を歩いていた。
「予定より速いですね」
「そう怒るな。すぐ追いつくだろう」
言ったそばから仲間の声が聞こえた。聞きなれたヒステリックな声はトレイシーのものだ。それに呼応したかのように、恐怖に震えた悲鳴が耳に入る。トレイシーは仕事や任務より殺しを楽しむ男だから先陣を切ることはない。一番後ろで殺しを楽しむ生粋の殺し屋気質である。トレイシーが狂気の喜びに満ちた顔を見ず、私たちは先へと急ぐ。
カウンターを抜け、店内の奥へと進む。やはり奥は敵地だった。中にいた男たちは多くないようだった。数人女もいた。皆殺しされていたが。私は愛用のデリンジャーを掴み、よく目を凝らす。エルネストはピアスを揺らして私の後ろへまわり、背中を守った。
「メリッサ、ガイ。いるか」
暗闇の中はとても静かだった。二つの息遣いが感じられるのできっと部下だろう。小さな咳払いがした。ガイはいるようだ。咳払いの後、銃弾の装填をする音がして声がした。
「……ボス、ダニエルがさぁ、また奥まで突っ走っていったよ」
「またか……」
私はふうとため息をつく。うちの先陣は最近張り切りすぎだ。しだいにメリッサの顔が見えた。ヘタイラだっただけある。その美貌は暗闇でもよくわかった。その彼女の隣で顔についた血を腕で拭う背の低い少年は、無表情に私の帽子を見つめた。アイリスみたいな紫色の視線が穴が開くほど私を貫く。
「……」
「ガイが言ってるよ。急いだほうがいいですよって」
メリッサがガイの瞳と同じ色の短髪頭をぐりぐりと撫でた。ガイは無表情を少し緊張のほぐれた表情に変えた。
「わかった。エルネスト行くぞ」
引きつった面を貼り付ける部下に声をかけ、私は一歩歩みだす。エルネストは執念深い舌打ちをして銃の撃鉄を起こした。にじみ出る怒りのオーラに冷や汗がでる。
「ダニエル。あの人はまた一人で……」
「ジェシカがきっと追いかけているはずだ。急ごう」




