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「会議が終わったら夜までに仮眠を取ること。絶対にだ」
「……はい、申し訳ありません」
睨みつけるとジェシカは口を引き締め、静かに礼をした。
広間の雰囲気が一気に和やかなものから違うものに変わる。言い合いをしていたメリッサとレオは口をつぐみ、エルネストが咳払いをする。ガイはメリッサのそばに擦り寄った。
「あの、とりあえず席に着きませんか、ほら、みんな立ってるし」
口を開いたのは意外にもダニエルだった。それぞれ無駄口を叩くことなく席に着く。レオはソファから長机の方へ移動はしなかった。焦げ茶色の大きなソファにどっかりと腰を落ち着かせている。エルネストは断固として私の背後から動くことはないようだ。ずっと立ったままでいるつもりだろう。
「全員揃ったかと思ったけどロジャーがまだだな、」
レオがカップに口をつけてから、独り言のように言う。壁に背を預けてトレイの上に乗せられた二つのカップを見つめながら、メリッサが小さな声で言葉を紡ぐ。
「いちおう、トレイシーもよ」
「奴はこない」
私のそっけない答えにジェシカとガイは少しほっとした表情を見せた。約束の時間は15分前に過ぎていた。
「ロジャーおじ様のお茶、どうしましょう」
「ジェシカ、そんな顔しないの。時間を守らない奴にお茶なんて出さなくていいのよ」
「非道いこと言うなぁ、メリッサちゃん」
「……!」
私の横に座していたガイががたっと音を立て立ち上がり怒った。腕を震わせている。彼はメリッサのことに対してだけ感情が大きくゆり動く。それもそのはず、程よく年の食った男性が気配を感じさせず広間へ入り込み、メリッサの肩を抱いていたからだ。彼はサングラスを中指で持ち上げ、くくっと笑った。嫌味たらしい挑発的な笑い方にメリッサのプライドというものは汚された。長いロングドレスから銃が飛び出てきそうな雰囲気である。しかし彼女も子供ではない。怒りを抑えてきっと睨みつけるだけにしたようだ。しかし肩に乗せられた腕はギリギリと悲鳴を上げていた。メリッサの怒りの腕力は計り知れない。
「あんた、いつからいたの」
メリッサは冷酷な声でサングラスの奥に潜む彼の瞳に訴えかけた。ロジャーの気配に気付けなかったことが悔しいのだろう。やすやすと隣を奪われて実力の違いを見せられたというか、隙だらけな自分に怒りを覚えているようだった。
彼、ロジャーはエルネストの前にアンダーボスを勤めていた男で、父の親友であり右腕となる存在であった。現在はエルネストに仕事を任せ、外界で暮らしている。と言っても、相談役として、幹部の一員として、席を置いている。
「たった今だよ」
ロジャーは目を細めて笑うと、メリッサの手からカップを奪い、優雅に口をつけた。その間誰もが声を出すことなく、彼の振る舞いに一目置いている。ジェシカが怒りに震えるガイを大丈夫だからとなだめた。
「うん、美味しい。ジェシカまた腕を上げたね」
ジェシカはぺこっと頭を下げると、緊張した面立ちでそわそわと身体を揺らした。レオはくすくす笑っている。何に笑っているのかは敢えて考えない。エルネストは先刻から時間の遅れに舌打ちをするばかり。私にだけ聞こえるように後ろに立っているのかと疑うくらいだ。
「ロジャー。席についてくれ。話を始めよう」
ロジャーはレオの前に座った。彼のたくましい身体がソファに沈み込むと鈍い音がした。