表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さよならヴィータ  作者: 夢羽
窓辺の小瓶
3/9

 私とエルネストが隣の広間に移動してからまもなく、メリッサ、ジェシカ、ガイがやってきた。

「お偉い人がふたりともいる。珍しい」

「おはようございます。ボス、エルネストさん」

「……」

 メリッサの粛々とした態度は消え失せていて、すっかり普段のメリッサ=キャンベルとなっていた。淡い茶髪を揺らし、青く透き通った瞳を輝かせるジェシカは、貴族の娘らしくふわっとしたドレスに身を包み、お淑やかに微笑んだ。

「おはよう。三人揃ってきたのか」

「ええ、ガイくんがここの広間の絵画好きなんですって。あんまり入れないところだから入れるときにたっぷり眺めるらしいですよ」

 ガイはとことこと歩いて、黒い壁に2つ飾られている絵画を瞬きもせずに見つめた。アイリスみたいな紫色の瞳と髪の色はいつみても少し変わっている。

「昔の家を思い出すんじゃない? この子の家、すごくお金持ちだったから」

 メリッサはそう言いながら黒い長机の椅子に手をかける。ふわあとあくびをしながら。ジェシカはメリッサのあくびをそっと見つめて、それからあっと大きく声を上げた。ガイがぴくっと一瞬動いた。

「お茶、お茶入れてきます」

「びっくりした、わたしも手伝うわ。一人じゃ無理でしょ」

「ありがとうございますわ、メリッサ」

 ジェシカはそっと微笑むと、一度私に目配せしてからドアノブに手をかけて出て行く。貴族はいつでもどこでも茶を飲むなと嘆息した。

「……」

 ガイがメリッサが出ていこうとするのをじっと眺めていた。相変わらず声は出さない。メリッサはヒールを鳴らして振り向き、眉をひょいっとあげた。

「ガイはここにいていいよ、大丈夫だから」

 ガイはこくんと頷くと、また絵画へ目を向けた。

 ガイが気に入っているその絵画は、父が高い金を出して手に入れた娼婦と貴族の絵だった。広間にいるうち彼はずっとそれを眺めている。変わった子どもだ。

 ガイも成長した。ここにきたころはメリッサのそばから絶対に離れなかったのに。少しずつここに慣れて、昔よりかは彼の感情も読み取れるようになってきた。もともとあまり感情がゆり動かない子の上に表情も変えない。苦労するかと思ったが、私に心を開いてくれるのは早かった。しかし彼は話さない。言葉を発しない子どもだ。誰にもわからない彼の気持ちを、メリッサは簡単に理解することができる。通じ合っているのだろう。共に生きてきたそうだから。

「フェデリコ様、ジェシカのことについてですが」

 うんざりするほど聞きなれた部下の声がする。

「またその話か。睨むな。ジェシカはもう十分カポになりうる力はある」

「いくら戦闘能力が高くても、心身がおいついていません」

 エルネストは引かない。マフィアとしてまだまだ未熟なジェシカを幹部カポレジームの一員としたことを根に持っているらしい。斜め後ろから怒りのオーラがひしひしと伝わってきている。

「まだ未熟なのはわかっている。だから単純な仕事しか与えてないだろう」

「一度心が傷つけば戦うのは厳しくなります。それを乗り越える気力が彼女にあるのかという話です」

「あいつが傷つく前にカポの座から下ろせって? お前も優しいな」

「そういう意味ではありません。使い物にならないと言っているんです!」

 エルネストが珍しく声を張ったので、びっくりしてガイが私を見た。エルネストの声が広間に響き、びりびりとした緊張感が漂う。彼の確固たる性格にも困ったものだ。頭の固い。柔軟性に欠ける。どうなだめようかとあれこれ模索していたとき、

「あれ、険悪な雰囲気。またけんかしたの」

 気の抜けた声が私たちの耳に入る。入室してきたのはレオ=ライアン。私の古くからの友人だ。

「なんでもない。レオ、お前にしては早いな」

 レオは焦げ茶色のソファにどっかりと座り背を落ち着けた。ちなみにそのソファの肘掛はガイに椅子がわりとして今も使われている。

「仕事があったんだ。急な徴集だったから部下に変わってもらったけどさ。……それで、見つかったんだって? あの人」

 長い足を組んで、彼は色素の薄い瞳で私を一瞥した。裏に何やら企んでいるような意地の悪い笑みで口角は上に上がっている。私の代わりにエルネストが答えた。

「割と近場でした」

「ふーん。今日が決行? 誰が行くのさ」

 あくまで彼は気の抜けた声を崩さない。そういう男なのである。私の返事を待つあいだに首を回したり肩を回したり、どこまでも自由なやつだ。

「まだ悩んでいる」

「おれは入れといてくれよ、あの人の顔見たいし。きっと酷い顔だぜ」

 くくっと奴は笑った。見た目が優男に見えるその反面、奴の性格の悪さは途方もない。人当たりはいいが、一度嫌った者に対しての対応は目に余る。残忍な男だ。カポレジーム全体の指揮は彼がとっている。彼は代々カーヴェルファミリーに忠誠を誓う生家の男で、誰よりもマフィアの仕事についての知識はあり、判断力や情報処理能力にはエルネストも及ばない。剣さばきは素人並だが、体術に長け、戦闘能力運動神経はともにいい。簡単に言うと、頭が良く戦闘能力も高い、至極優秀な人材なのだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ