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さよならヴィータ  作者: 夢羽
窓辺の小瓶
2/9

「朝早くから申し訳ありません。メリッサです」

 私が起きて一時間たった頃に部下のメリッサが訪ねてきた。粛々とした態度で入室した彼女は、高いピンヒールをこつこつ鳴らした。

「失礼します。昨日の報告に来ました」

「ああ」

 任務の遂行、報告について彼女はひどく淡々とこなす節を見せる。恐らく昔からのくせであろう。真面目な彼女は普段とはまた違う魅力がある。普段は大変cleverで年下のダニエルや同年代のレオを言いくるめたりからかったりして、ジェシカとともに遊んでいるような女性なのだ。しかし私やエルネストが指示した仕事はきちんとやってのける。死への恐怖も薄い。心と身体をきっちり切り離せている、この世界で一番重要なことができているプロだ。カポレジームの中でも信頼の厚い部下である。

「以上が報告となります。敵は全滅。証拠も残しておりません」

「そうか」

 今回もガイとともにぬかりなくこなしてくれたようだ。彼女とガイの組織は腕のいい構成員が多く、怪我も少ない。それも彼女とガイが普段から厳しく指導しているおかげであろう。彼女は元奴隷で暗殺も行っていたから戦闘能力はうちのなかでも高いし、ガイはまだ15歳の少年でありながら、カポレジームの一人で短剣の扱いに長けている。

「……ボス、人差し指切れてますけど、手当しましょうか」

 メリッサの赤くウェーブのかかったたわわな髪が、さらりと彼女の肩をすり落ちた。切れ長の瞳が私の人差し指を捉えた。訝しげに見つめられ、昨日の傷口が開きそうなくらいじりじりと視線が痛かった。彼女の顔を見ると、赤い唇はぷっくりと突き出て、豊かな胸の前で腕を組まれて、目尻はくいっと上がっていた。彼女の機嫌はよろしくないらしい。

「いや、いい。下がっていい」

「わかりました。手当、ちゃんと自分でしてくださいね。失礼します」

 言葉を発しなくてもわかることは多く存在する。手当てさせてくれればいいのに、と彼女の背中は語っていた。杞憂に過ぎないことだ。

 好かれているのが、信頼されているのがとてもよくわかる。私自身も彼らを信頼している。しかし、彼らの感情に答えることはできなかった。マフィアのボスにはそのような感情を受け取ることも表に出すことも「許されていない」から。


 約束の時間までもう少し時間があった。先ほど入手したメリッサの情報によると、ベーターブルクの私経済は下降しているようだ。これでベーターブルク家で盛大に行われている密輸も終わりだろう。次に動くとすると、アザンルグム民族の絹織物の密売か。これについては情報もあまりないし、レオとロジャーに偵察を任せているが、動きもない。様子を見るしかないだろうな。それから、ダニエルに任せていた貴族どうしの賄賂について……

「フェデリコ様」

 机の上にダニエルがまとめた賄賂情報の冊子を置いたとき、聞き慣れた声がした。顔を歪める。視線をやると、やはり長身の部下が扉の前にひっそり立っていた。相変わらず黒服に身を包んでいる。

「なんだエルネスト。ノックしてから入れといつも言っているだろう」

「しました。1回」

「2回しろと何度言えば」

「すいません」

「……で、なんの用だ」

 エメラルドグリーンの瞳が冷ややかだった。いつ見ても背中が寒くなる。エルネストは頬を引きつらせ、淡々と言う。小さく舌打ちが聞こえたことは受け流そう。

「もうすぐ約束の時間です」

 右端に置かれた懐中時計に目をやると、小一時間は既にたっていた。エルネストの左耳のシルバーピアスが怒りを告げていた。時間に細かい彼だ。説教は聞きたくない。ジャケットを掴むと席を立つ。懐中時計を内ポケットに突っ込むと、エルネストはドアを開けた。


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