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南窓に置かれた小瓶。私、フェデリコ=カーヴェルはそれを手に取り、ただ見つめていた。小瓶の中にはなにもない。かつて私の手に収まる小さな小瓶の中には、光り輝く宝石が詰まっていた。それこそ貴族が好むルビーやエメラルドなど、キラキラしたただの石ころだ。人はなぜそんなくだらないものに惹かれるのだろう。なぜそれを手の内に収めたいと願う? 私には全くわからなかった。
小瓶の宝石がなくなって6年も経過した。現在も小瓶の世界には誰もいない。ただガラスの表面が月あかりを柔らかく反射して、宝石よりも美しい光を私に魅せるだけだ。月の光は静謐なひとときを作り出してくれる。私は宝石などより月の光が欲しかった。
「フェデリコ様。ようやく見つけたようです」
音もなく男は現れた。彼の鼻筋が月あかりで青白く照らされる。左目の下のほくろが蠱惑的な美しい顔立ちをしたマフィアのアンダーボス、エルネストという男だった。私の右腕のような直属の部下である。
私はエルネストから目を離し、月をまたゆっくりと見つめた。四つにわけられた十字の桟のちょうど右上に月は位置して、ほほ笑みかけてくれている。
「……そうか、明日、幹部を集めてくれ」
「了解しました。失礼します」
彼が出て行ったことを確認すると、手にしていた小瓶を床に叩きつけた。頭で考えるより早くと言ったほうがいいだろうか。気づいたら耳を覆いたくなるような厳しい衝撃の音がしていて、ガラスが砕け飛び散った。その砕け散った破片に向ける視線はあまりにも冷たく、小瓶が割れたことにも指を切った痛みにも少しの感情の起伏も見られない。
窓に寄り添うと再び月あかりが身を包む。月の光は優しく迎え入れてくれたが、人差し指から伝う真っ赤な血液をも静かに照らした。