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北の少年   作者: 隼 光
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8、ケニス・キャラバン

ラルムはそっと手を伸ばして、カイルの首筋を撫でてみた。

カイルはさらに目を細めて、ラルムの腕に首を擦り付ける。


(ラルムちゃん、うんまい飯、またご馳走してや~)


ジェンは笑いをこらえるため、珍妙な表情であらぬ方向に視線を泳がせた。

傍目から見たら、小さな猫が大男に懐いている姿だ。

なにやら微笑ましい光景だが、カイルの声が聞こえるジェンにとっては、ただただおかしな光景としか思えない。

ロヴはジェンの様子とラルムの様子を交互に見て、口を挟むことはやめにした。

変に声をかけたら、なんだかややこしいことになりそうな気がしたからだ。


「猫」のおかげですっかり機嫌が良くなったラルムは、ジェンにある提案をした。


「ジェン、あんた、北へむかう隊商の護衛になるつもりだろう?

この時期、アルバで独り立ちの傭兵が職探しをするのは、それしか思いつかん」


「ああ、ロヴも一緒に連れて行くから、明日の朝ギルドへ顔をだすつもりだ」


「じゃあ、まとめて俺の雇い先、ケニス・キャラバンに厄介になる気はないか?」


「ふうん?」


ジェンは、その提案を聞いて、改めて目前の傭兵を見直した。


肩幅の広い、がっしりとした体格。

茶色の瞳と太い眉。

瞳と同色の巻き毛は短く刈り込んである。

「猫」のカイルを撫でているせいか、今はかなり幼い表情だ。

その様子は、人のよさがにじみ出ている。

身につけている剣や鎧は年季が入っているが、よく手入れされているから傭兵としては腕がいいのがみてとれた。


(ジェン、こいつに表裏はなさそうやで。俺に夢中みたいやしなあ)


ラルムの腕になつきつつ、カイルはジェンに目配せをした。


(ああ、そのようだ)


心の中でそう答えると、カイルがさらに話を続けた。


(この話、乗ってええんとちゃうか?ロヴのためにも、出発は早いほうがええで)


(そのようだ。それはともかく、ラルムちゃんはよせ。笑いがとまらない)


(ええ~、別にええやんけ。ピッタシやと思わんか?それにしいても・・・

 よう、こないな単純な性格で傭兵続けてきたなあ。)


(それだけ、腕は確かなのさ。商売道具を見ればわかる)


(そんなもんかいなあ)


(ああ、手入れされた道具は、嘘をつかない)


ラルムの手にはいくつもの白くなった傷跡と、剣を握るためにできタコがはっきり見える。

引き締まった体躯も、鍛え上げた戦士のそれだ。


剣と鎧、そして自身の体。


ラルムの傭兵としての商売道具は、ジェンの目から見ても優れた道具だ。

この一点でも、ラルムという人物が信用できるといえた。


「わかった、ラルム。一度お前の雇い主に会ってみよう」


「そうか!『疾風のジェン』が雇えると知ったら、ケニスの旦那は大喜びだ。

 今回の旅には、奥方も同行するから、腕のいい女戦士を探していたんだ」


ラルムは嬉しそうに言葉を続けた。


「明日、さっそく、ケニスさんの所へ案内しよう。さ、記念に乾杯しようぜ」


「・・・ああ」


(ラルムちゃん、懲りるという言葉を知らんようやなあ)


「そうだな」


赤毛の少年は、自分が知らないところで話が進んでいる事も気がつかない様子で、花茶の香りを楽しんでいた。



 翌朝、ジェンたち一行はラルムに連れられ、ケニスの隊商が宿泊している宿へと案内された。

その宿はアルバの都の富裕階級が住む一画にあり、ケニスが裕福な商人であることを物語っていた。

彼女達が通されたのは、続き部屋のある上等な部屋で豪華な家具が備えられていた。

ロヴはその豪華さに気後れしたようだが、ジェンとカイル、そしてラルムも気にすることなく案内された部屋の椅子に腰を下ろした。

まもなく入ってきたのは、中年の油断のない表情をした男と、もう少し若い大人しそうな女性だった。

2人とも手の込んだ装飾の衣装に身をつつみ、仲むつまじく寄り添っている。

ジェンとラルム、そしてロヴは立ち上がって、右手を胸に深くお辞儀した。

中年の男性は手で座るように促し、奥方のために椅子を引いて座らせ、それを確かめてから自分も腰を下ろした。


「ラルム、この方が『疾風のジェン』さんだね」


「はい、お探しの女剣士にこれほど相応しい人はいません」


「そうだね」


中年の男性、ラルムの雇い主ケニスは、まっすぐにジェンの瞳を覗き込んだ。

そして、彼女の肩に乗っている銀色の猫にも同じように視線を移した。

この人も、カイルが共生獣だと気がついているようだった。


「なるほど、噂はほんとうのようだね」


そのまま、視線を動かして、今度は赤毛の少年をみつめる。


「君も私のキャラバンで働きたいのかな?」


「はい。北へ旅を続けたいので。なんでもします」


「ジェンさん、ラルムからも聞きましたが、この少年を一緒に雇うのがあなたの条件なんですね」


「はい」


「この少年が、なにやら命を狙われているとも聞いています。

 そのリスクを負ってもいいと思うほど、『疾風のジェン』の噂は名高い」


「ありがとうございます」


ケニスはしばらく考え、隣の奥方に視線を移した。


「あなたは、この方が気に入ったかな」


「ええ、この人も、この男の子も、猫もね。満足ですわ」


鈴を転がすような美しい声で、ケニスの奥方は答えた。


「ジェンさん、旅の間、私の護衛をお願いしますわね」


「私でよろしければ、奥様」


どうも、奥方の鶴の一声で、あっさりとことは決まったようだ。


「どうやら、話は決まったようだね。私が決めても、うちの奥さんが気に入らなければ話になりません」




 傭兵料として、ジェンに日当銀貨1枚、ロヴとカイル、そして草原馬ルーダの日当銀貨1枚。

破格の契約でジェンはケニス・キャラバンの一員となった。


こうして、ジェンとロヴ、カイルとルーダの一行は、砂海へ旅立つ事となった。

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