4 襲撃
「赤毛の小僧!」
いきなり後ろから声をかけられたロブは、驚いて立ち止まった。
振り向くと、見覚えのある2人の男が立っていた。
確か、宿の食堂で食事をしていた人たちだ。
「あの、なにか用ですか?」
「お前の名はロヴだな」
ロヴの質問には答えず、男達は断定口調で話しかけてきた。
「その腰の短剣を渡してもらおうか」
2人は腰の剣を抜き放った。
「それにお前の命もな」
いきなりの展開に、現実感がついていかないロヴはただ立ちすくむしかなかった。
大きく振り上げられた剣が、ゆっくりと振り下ろされようとしていた。
(俺、死ぬのかな…)
そう、自覚した時、大きな声がロヴを動かした。
「何をしている!」
良く響く、低めの女性の声。
聞き覚えのある声だった。
「その坊主をどうするつもりだ!」
ロヴの瞳に映ったのは、長剣を下段に構えた一人の女戦士だった。
金茶の波打つ髪を一つに束ね、着古した皮鎧を身につけている。
まっすぐ2人の男を見据える目は、まるで夜空に映える銀の月のようだった。
「どうにかしたいなら、まずは私が相手をしてやる」
女戦士は、ロヴに馬のルーダを託したあの傭兵だ。
馬を託してくれた時の彼女と、今の彼女とでは雰囲気がまるで違った。
ロヴの目には、彼女の全身から逆巻く炎のような闘気が見えた。
「余計なものを見たな、女」
怪しい2人組のうち、年かさの男がジェンの方を振り向いた。
その男の目は、人を殺すことなどなんとも思っていないような、冷たいものだった。
「これを見たのが、お前の身の不運とあきらめるのだな」
ジェンは不敵に微笑んだ。
「それはどっちのセリフかな」
低くつぶやくと同時に体重を移動させ、素早く男達のそばへ詰め寄る。
戦う時は、身軽さと速度がジェンの持ち味だ。
どれだけ鍛錬しても、力技ではどうしても男性に劣ってしまう。
それを補うために身につけた戦法がこれだ。
相手の気をロヴから逸らせるため、わざと目標をはずして2人に切りかかる。
ただし、込めた気合は本物だ。
殺気を感じた男達は、大きく後ろへ飛びのいた。
その気を逃さす、ジェンは男達とロヴの間に自身の体を盾として割り込ませた。
「ロヴ、大丈夫か?」
体勢を油断なくを立てなおし、少年に問いかける。
赤毛の少年は展開についていけないまま、反射的に答えていた。
「あ、あの、たぶん…」
「ここは私にまかせて、お前は踊る猪亭までもどれ、いいな?全力で走るんだ」
「ええと…」
まだ、動かない、いや、動けない少年に業を煮やしたジェンは、大きく息をすいこんだ。
『走れ!』
大きな声ではない。
どちらかといえば、静かな声だ。
だが、不思議と逆らえない声だった。
ロヴはその声に従って、脱兎の如く走り出した。
言霊には力が宿る。
力ある言霊には、人は逆らう事ができないという。
ジェンの発した一言の言葉がそうだった。
わけもわからないまま、ロヴはいわれるままに宿屋への道を走りだした。
「またんか!」
2人組は異口同音に大声を上げたが、はい、そうですかとロヴが待つわけもない。
また、ジェンがそれをさせるはずもない。
両手で構えた長剣で、2人の男を牽制する。
その怒りと不満から、邪魔をしたジェンに切りかかってきた。
粗い剣筋だが、2人とも正規の剣の教えをを受けた剣士らしい。
その切っ先は鋭く、ジェンの心臓部分を狙ってきた。
それを最小限の動きでかわしていき、彼女は相手が疲れる時を待った。
かすかに足元がおぼつかなくなったのを察したジェンは、その気を逃さず反撃に出た。
命を奪う必要はない。
刃の平の部分で、わき腹をしたたかに打ちつける。
体をくの字にして屈みこんだ2人の後頭部を、手加減して叩きつける。
手加減しているとはいえ、叩かれたほうはたまったものではない。
2人組はそろって、意識を手放した。
わずか数秒で勝敗は決した。
ジェンはほとんど息すら乱していなかった。