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北の少年   作者: 隼 光
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3 踊る猪亭

『踊る猪亭』は、名前のとおり猪が輪になって踊っているような絵の描かれた看板が掲げていた。

宿の看板は気取った物が多いのに、この可笑しさがジェンの気にいった。

宿の主人の気心が知れようというものだ。

手入れの行き届いた玄関の戸を開けると、一般的な宿屋と同じように一階は食堂兼酒場になっている。

昼下がりだからまだ酒目当ての客はおらず、泊り客らしい幾人かが遅い昼食をとっている。

奥の厨房からは、なにやら美味しそうな匂いが漂ってきた。


(あぶり肉の匂いや~うんまい、うんまい~あ、ぶ、り、にっく~♪)


カイルの心の中は、じゅうじゅうと肉汁をしたたらせたあぶり肉の妄想でいっぱいらしい。

ジェンの心の内まで、その妄想があふれている。

カイルは普段ジェンと話をするだけで、決して心の中にまで入ってくることはないのだが。


「しかたないか、朝からずっと楽しみにしてたからね」


ジェンはカウンターに歩み寄って、奥の厨房に声をかけた。


「すまないが、食事を頼みたい」


「はい、ただ今~」


厨房の奥からでてきたのは、恰幅のいい少々頭のはげた初老の男性だった。


「いらっしゃいませ、お泊りですか?」


いかにも人のよさそうな、満面の笑みを浮かべている。

ジェンは今夜の宿はここで決まりだなと、内心で決意する。


「食事と、馬を預かってほしい。その後は、ギルドで仕事をさがしてから決める」


「左様で。今お出しできるのは鹿肉のあぶり焼きと、豆のシチューぐらいですが。

 それでよろしいですかな?お代は馬の預かり賃もいれて銅貨10枚です」


主人が献立の説明をすると、カイルが敏感に反応する。


(し、しかーーーーー!!!)


鹿肉はカイルの大好物だ。

尻尾を膨らませて、左右に振り回している。

頭痛がするぐらいのカイルの歓声に、ジェンはこめかみを指で掻きつつ答えた。


「それで充分だ。鹿のあぶリ焼きは2人分にしてくれ。

 それとあたためた薬味入りの葡萄酒と、エールも頼む」


「はい、それではお席へどうぞ。その猫ちゃんように、鹿肉はさましますかな」


「いや、いい」


カイルは猫ではないから、熱々のあぶり肉でも平気だ。

むしろ、焼き立てのほうが好きなぐらいだった。


 ジェンは一番奥の、壁に背を預けられる席に腰を下ろした。

1人で行動するときは、壁に背を預けるのがすっかり習い性になっていた。

そこからは、食堂を一度に眺める事ができる。

5人ほどの客はほとんどが、旅人のようだった。

行商人風の男が2人、自分と同じ傭兵風の男が1人。

この3人は問題なさそうだ。

問題がありそうなのは、なにやら胡散臭い戦士風の男が2人。

何気なさそうに振舞ってはいるが、油断なくあたりを伺っているのがみえみえだ。

一見、薄汚れた服装だが、ジェンの目はごまかせない。

パンをちぎる手は2人とも色白で日焼けする事もなく、爪も綺麗に手入れがしてある。

どうみたって、旅の戦士にはみえない。

この2人組は、ジェンが店内に入ってきたとき鋭い視線を投げかけてきた。

ただの女戦士と判断したあとは、両名ともすぐに視線をはすしたが。


「まあ、私には関係あるまい」


彼らが自分に関心がない事を確かめてから、主人が運んできた食べ物を攻略し始めた。

とにかく、3日ぶりの暖かな食事だ。

冷え切った1人と1頭にとって、それだけで最高のご馳走であった。

鹿肉が大好物で、思い描いていたとおりのあぶり肉を目にしたカイルは…。


(うきゃああ~~~!もう、たまらん!!)


狂喜乱舞する猫に、めったにお目にかかれるものではない。

カイルは共生獣ではあるが、普段の仕草は猫そのものである。

その姿は一見の価値があった。

だが、カイルは猫舌ではない。

肉汁のしたたる、熱々の香辛料がたっぷりかかったあぶり肉に果敢に挑戦している。

前足でしっかり押さえつけ、すごい勢いで噛みきり、租借し、飲み込む。

いつもの事だが、みていて気持ちの良い食べっぷりだ。

もちろん、ジェンも負けないような食べっぷりだったが。


 その食事を中断させたのは、赤毛の少年が裏口から店内に入ってきたときだ。

胡散臭げな2人組が少年を凝視した。

2人の様子は、獲物をみつけた肉食獣のそれだ。

殺気に反応したジェンは、瞬時に動けるよう腰を浮かせた。

赤毛の少年は2人組に気がつかない様子で、カウンターまで歩み寄った。


「親父さん、厩の方は全部綺麗にしておきました。

 ついでに裏手の掃除もすませておきました」


「そうかい、ぞれはご苦労さんだったね、ロヴ。

 後はゆ夕方までなにもすることはないから、ゆっくりしておいで」


「じゃあ、中央広場で、隊商の手伝いの仕事があるか探してきてもいいですか?」


「ああ、構わんさ。ゆっくりしといで」


「すみません、行ってきます」


ジェンは外へ出かけてゆくロヴの後姿を見届けてから、2人組の様子を伺った。

2人は目配せをして、さりげなく立ち上がった。


「ご亭主、馳走になった」


チップのつもりなのか、テーブルの上に銀貨を一枚置いてそそくさと出て行く。

口調といい、法外なチップといい、どう見ても怪しすぎる。

宿の亭主も、狐につままれたような顔で2人を見送った。

ジェンは2人が出て行くと同時に席をたった。


「カイル、ここで待っていろ」


(ええで、俺が出張る必要もないわな、あれじゃあ)


(ああ、アレだけ変装が下手なやつらも珍しい…)


と、心の声で返事して、ジェンは宿の亭主に笑いかけた。


「すまないが、ちょっと用を思い出した。この子を頼めるかな?」


「ええ、おまかせを」


宿の主人にカイルのことを頼んでから、ジェンは2人組のあとを追いかけた。

少し先を行くロヴは、赤毛のせいで随分と目立つ。

それを追いかける2人は、殺気を隠そうともせずその後を追っている。

これほど、後をつけやすい相手も珍しい。

傭兵隊で斥候の任務に就くことがあるジェンにとって、こんな簡単な尾行は朝飯前の仕事だ。

少年は近道をするつもりなのか、細い路地裏へ道をまがっていった。

2人みはいい機会だとばかりに、足を速めてその後を追う。


いよいよか…、ジェンは腰の剣に手をかけて足を速めた。


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