2 アルバの都にて
砂海のそばにあるアルバの都には、城門が二つある。
隊商専門の大きな城門と、個人の旅人用の小さな城門だ。
外敵を防ぐ目的で建造された城壁は、今では有名無実の存在となっていた。
城壁の外に住み着いた人々が勝手に家を立て、無秩序な街が広がっているからだ。
外の市場と呼ばれるこの城壁外の下町は、ありとあらゆるものが取引されていた。
「布だよ、布!最高級の織りと鮮やかな染めの布だよ!」
「鍋はいらんかね!銅から打ち出した一級品だよ!」
「娘さん、耳飾はどうかね?腕輪に指輪、北から仕入れた銀細工だよ~」
「うまい酒だよ!10年ものの逸品だあね!試しに一口飲んでみなされ!」
露店の主たちは大きな声を張り上げ、城門へ向かう旅人を呼び込んでいた。
あまりの煩さに倒れこむ旅人まででる始末だ。
(あいかわらず賑やかやなあ)
「前に来た時と変わらないな」
(何年前やったかいな?)
「・・・さあて?」
人に聞こえないくらいの声で話しながら、ジェンは馬から下りて手綱を手首に巻きつけた。
ルーダは人の多さに少し落ち着きを失っている。
それを宥めるため鼻面をそっとなででやり、腰の小さな袋から砂糖の塊を取り出し与えた。
城門まで、この人ごみを掻き分けていくのは骨がおれそうだ。
人の流れにのって、ゆっくり行くしか術はない。
ルーダの手綱を握り締め、ジェンは城門を目指した。
やっとたどり着いた小さな城門には、人の出入りを管理する衛兵が2人立っていた。
熟練した兵士と新米兵士の2人組みは、仕事をうまく回していく上で工夫された組み合わせだ。
傭兵隊でもこの組み合わせはよく見られる。
一対一で仕事をじっくり素早く教え込む、優れたやり方だ。
この時代、最も組織だった動きができたのは、一流の傭兵隊だ。
南の大地ノエラは、群雄割拠の戦乱の時代が終ろうとしている。
政情の落ち着いてきた国々では、国のあり方を組織的に再編成しようとしていた。
そのお手本として、傭兵隊の組織運用を取り入れた国は多い。
アルバの都を治める太守もそれに習っているようだ。
「ようこそ、ア、アルバの都へ。あなたは何をしに、ま、ま、参られたのか」
最初に声をかけてきたのは、新米の兵士だった。
まだ子供といってもいい、幼い顔をしていた。
たぶん、今日が始めての勤務なのだろう。完全に上がってしまっている。
内心ジェンは微笑ましく思いながら、伝統的な問いかけに答えた。
「私はジェン、傭兵だ。トーナの国エルザの街の傭兵ギルドに登録している」
そこまで答えてから、首にかけた傭兵ギルドのメダルを取り出した。
「これがその証、確かめられよ」
若い兵士はぎごちない手つきでそれを受け取り、もう1人の壮年の兵士に手渡した。
裏と表を確認して、年上の兵士はおおきくうなづきジェンにメダルを返した。
「確認しました。通行税として銅貨2枚、いや3枚、お渡しいただこう」
壮年の兵士は面白そうに、ジェンの肩に乗る猫を見つめて銅貨の枚数を言い直した。
馬と人と、そして共生獣の分として3枚要求してきたのだ。
(ちっ、こいつ俺の正体、見破っとるやないか!おもろないなあ)
ジェンはにやりと笑って、銅貨を支払った。
カイルの正体を一目で見破るとは、なかなかどうしてすみにおけない兵士だ。
「あんたのような傭兵なら、どんな仕事も思いのままだよ。まずは中央広場の傭兵ギルドを訪ねるといい。幸運を、女戦士殿」
「ありがとう」
ジェンはにやりと笑ったまま、中央広場へ向かって行った。
※
アルバの都の中央広場は、この街で最も大きい。
砂海周辺で最高の贅沢と言われる噴水を中心に、半径50メートルほどの円形の形をしており、いろいろな浮き彫りのある建物が廻りに建ち並んでいる。
それぞれが、浮き彫りの商品をあつかうギルドの建物だ。
傭兵ギルドの建物には、諸刃の剣と槍が交差した浮き彫りが掲げられていた。
古びてはいるがどっしりとした風格のある建物で、ギルドの歴史を感じさせた。
人で溢れかえった広場の、傭兵ギルドの前で足を止めたジェンは建物を見上げて立ち止まった。
さて、どうしたものか。
ジェンが少し迷っていると・・・
(なあ、ジェン、俺、腹の虫がなきまくってんねんけどなあ~)
食欲に負けたカイルが、なんとも情けない泣き言をならべてきた。
「わかったよ、ギルドは後にして、さきに飯だね」
カイルの頭をなだめるように撫でてやり、ルーダの手綱を握りなおして、ジェンは中央広場を後にした。
中央広場から裏道に入ると、隊商や旅人向けの宿屋や食堂が軒を連ねている。
ジェンが最初に探したのは、きちんとした厩をそなえた宿屋である。
宿屋はたいがい酒場や食堂をかねているし、清潔な厩を持つ宿は隅々まで掃除が行き届いた美味い食事をだす宿が多い。
ルーダを安心して預けられる厩のある宿は、ほどなく見つかった。
さらに裏通りに面した古びた宿ではあるが、厩には清潔な水と藁が備えてあり、利発そうな少年が馬の世話にせいを出していた。
この辺では珍しい赤毛の少年だ。
北の大地の民人の血を引い引いているのだろうか?
ジェンは少し興味を覚えて、その少年に声をかけてみた。
「坊主、部屋はあいているかな?」
声をかけられた少年は、かがめていた腰をまっすぐにしてジェンの方を振り向いた。
少しそばかすがあり、澄んだ灰色の目が印象的な14、5才ぐらいの少年だった。
腰には、皮製の鞘に入った短剣を帯びている。
どこといって変哲のない短剣だが、何かがジェンの感性にひっかっかった。
ジェンがいぶかしく思って黙り込んだら、今度は少年の方が話しかけてきた。
「いらっしゃいませ。あいてますよ。お泊りですか?」
ちょうど声変わりの真っ最中らしい。
少しかすれ気味の高い声をしていた。
「ああ、とりあえずは食事と、この馬の世話を頼みたい。
泊るかどうかは食事してから決めることにする」
「賢明ですね、お客様。でも、この踊る猪亭は最高の食事をだしますから」
にこりと微笑んだ少年の顔は、なんとも邪気がなくてジェンの心まで明るくさせるようだ。
「そうかい、じゃあ、この馬の世話を頼む。ええと、坊主、名は?」
「ロヴといいます」
「そうか、いい名だね。北方風の名だ」
そうして、愛馬の手綱をロヴに預けた。
「ルーダ、このロヴがお前の面倒をみてくれる。いうことを聞くんだよ」
ルーダは鼻面をそっと、ロヴの手のひらに押し付けた。
「この子もあんたが気に入ったようだ。世話を頼む」
「はい」
「じゃあ、ご自慢の食事を試してくるとするか」
ジェンは軽く手を振って、表の玄関の方へ歩いていった。
「カイル、気がついたかい?あのロヴとかいう少年の短剣だが」
ジェンは小さな声で、いぶかしく思ったことをカイルに聞いてみた。
(ああ、気ぃついた。魔法がかかっとるなあ。それも結構強い魔法や)
どうやらカイルも同じように感じていたようだ。
多少、気にはかかるが、あまり自分には関係ない。
ジェンはそう判断して、目下の目的、腹ごしらえを優先することに決めた。
「ふむ、なんか引っ掛かるが、まあいいか。
さ、飯だ、飯。お前の好物炙り肉を注文しようかね」
(あぶりにく~~~~~!)
花より団子とばかり、カイルは尻尾を振り回した。
(あぶり肉~うんまい~うんまい~あぶり肉~♪)
期待に満ち溢れたカイルの歌声は、ジェンの脳裏で響き渡った。