必要ない
ナオトが遭遇した黒いカイブツ。と空を飛ぶ謎の男。翌日、不快な頭痛と共に目を覚ました。
翌日、時間は多分「朝」だろう。
窓から射す陽の光は無いけど外は明るい。
ラジオ体操が聴こえる訳でも、コケコッコーと鶏が鳴く事も、スズメがちゅんちゅんと鳴いても無かったが、朝だ。
何故ってそれは簡単。目の前に浮かぶ、モニターが赤く点滅しながら、起床時間だとうるさく知らせてきていたから…。
たっぷり眠って起きても、昨日からの頭痛が取れない。
邪魔なモニターを避けて起きた俺は窓のブラインドを少し開けた。
「あれは…昨日だよな…昨日俺は何していたんだ?」
いつものようにセンターへ行ったはずだ。モノレールにも間違えずに乗って帰って来た。
この部屋が自分の部屋なのは間違いないし、なのに何故、あの男とあのカイブツが何なのかがわからない。
知っているはずだ。靄がかかったように思い出せない。
昨日、俺は何をしていたんだろう。
気が付いた瞬間が、あの場所だった。最初は自分の名前すら思い出せなかった…。どうして…?
考えが沈み込みそうになってきたようだ。
「…もう…よそう」
俺は立ち上がってシャワー室に向かった。
「少し熱め。オイルはすっきりハーブで」と、シャワーの設定に曖昧な注文をしてみたが、その注文通りのお湯が出てきた。
しばらくすると、インターホンが鳴った。
音声のみと設定されたモニターに「はい」と答える。
「ナオト。ニールだ。いつもの出張サービスだぞ。開けてくれ」
「OK。今日は何?」
解除されたドアを開けて下のベーカリーの主人のニールが入って来る。
「今日は、スコーンとダージリンティーだ」
「イギリス風だね」
「おう。懐かしいだろ?」
「うんうん」
リビングに入ったニールが壁に常設になっているモニターに気づく。
「おーい、赤になってるぞ。お前、昨日Nブロックに行ったのか?」
「ああ、行ったよ」
「なら、早い内にカウンセリングしておけよ」
「わかってる。シャワーが済んだらすぐやるよ」
「そうか。ならいいけど」
「ねぇ、ニール。カウンセリングって、頭痛残るっけ?」
「頭痛?お前は影響受けやすい方だったっけか?まぁ、少しは痛みがあるけど、普通の物なら頭痛が残る程にはならないんじゃないか?」
「ふーん」
「なんだ、怖いのか?」
「まぁ、痛いのは注射でも何でも嫌いだからさ、俺」
「はっはっは。弱虫なんだな。んじゃ、後でな」
「ありがとう」
ニールが出て行く。その気配を感じながら「悪いな…ニール。今日は食べれそうにないよ」と、呟く。
昨日のあの黒いカイブツ。それに食われる人間。
あんな物を見て平気で食べれる訳が無い。カウンセリングを受ければ良いと自分でも思うが、何故かなかなかその気にならなかった。
昨日、Nブロックから出た人々があっという間に居なくなったのは、カウンセリングを受ける為に、家か病院に向かったからか…。
だったら、まっすぐに家に向かった自分も変な行動をした訳でもなさそうなんだが…。
どうも、あの、空を飛んでたあの男に催眠術でも掛けられたような気がしてならなかった。
「まったく。自分の家だからって、タオルくらい巻いて下さい。マスター」
「うわっ。おまえっ…」
シャワーを終えて出て来た俺は慌てて肩に掛けていたタオルで前を隠しながら廊下へ駆け戻った。
タオルを腰に巻き直し、寝室をそっと覗くと、さっき俺が脱ぎ散らかした服を集めて回っている昨日のあの男が居た。
「おい。何やってんだよ。なんで、そんなもん拾ってんだ」
「そんな物ではありません。ナオト。君の脱いだ服です」
「わかってるって。んな事は…」
「だから、シャワーに入る時にここに入れて。と何度も言ってるでしょう?」
俺の脱いだ服や下着を持った男は俺の前を通り廊下に来るとランドリーの操作を始めた。
「知ってるって。今日は脱いで、歩きたい気分だったんだ」
「歩きながら脱ぎたい?露出狂の変態でしたか?知りませんでしたよ」
「…おまえなぁ…」
「大体、ニールもこの部屋の状態を見たのに何も注意しなかったのですか?彼に言っておかないといけませんね」
「ニールは関係ない。ちゃんと片付けるから…って、なんで、ニールは入れなかったのに、おまえは入っているんだ?」
「…それは、私があなたの守護者だからです。ロックなんか意味ありません」
「はぁ?ガーディアンって?何だそれ?」
「はい。ですから、あなたを護る者です。だから、昨日は助けに行ったでしょう?マスター」
「マスター?」
「はい」
「それは、どこかの店のってんじゃないよな?」
「はい」
「俺がお前の主人で、お前は俺を護る者って事?」
「そうです。それより、さっさとカウンセリングを受けて下さい。上(政府)が来ちゃいますよ」
「え、ああ。仕方ないな、あいつらが来たら面倒だもんな…」
「では、ここに」
そう言って俺はベッドの上に浮かぶモニターの前に座らされた。
彼は「カウンセリング開始」の文字が出ている画面を、座る俺の額にカメラの照準が合うようにずらした。そして「でも、これ。苦手でしたね。力を入れてて下さいね」と言った。
何か光が額に当たったのは感じたが、痛みは無かった。
だけど、痛みも圧力も何も無い筈なのに、俺は何かの力で後ろへ飛ばされ、ベッド横に転げ落ちた。
「痛ってぇぇ」
「また、そうなりましたねぇ。だから、家でないと出来ないんですよね…」
と、ぶつぶつ言っている。
「おい。こうして、転んでる主人を心配したり、助けようって気は無いのか?」
「ベッドから落ちたくらいで、助けられたいのですか?……丸見えですよ」
と、面白そうに笑って、手を伸ばしてくる。
「全然、全く!お前の助けなんか必要ない!」
俺は伸ばされた手を手で払って起きた。
彼は不思議そうな顔をした後、嬉しそうに小さく笑った。
「ああ、そうそう。ニールが持ってきてくれた朝食。食べますか?」
「ん…」
「どうしました?」
「今日は、食べたくないかな…」
「何故です?」
「さぁ、どうしてだろう…わからないけど何故か食欲が湧かないなぁ」
「そうですか?」
「もったいないから、食べちゃって良いよ」
「え?はい」
と、言って彼は、スコーンを近くにあった袋に入れ、紅茶をポットへと移し替えた。
食べ終えた食器はいつも俺が出る時に持って行く事になっていた。
「そろそろ、時間ですよ」
「あっと、バイトかぁ」
俺はバタバタとバイトの制服に着替え始めた。っても、服を着るだけなんだけど。
「今日は午後からバイトを休みませんか?」
「なんで?」
「君、昨日から変でしょ?」
「んーー、変と言う程、身体に異常は無いし、こうして、話せるし、んーと」
「どこも悪くないと?」
「…今日は休みなのに、センターには行きたくないな。と…思ってさ…」
ぼそぼそと言う俺を見て、彼はこう言った。
「では、初めて会った時に行った場所に行きませんか?」




