8話 そういうことに興味はなかったんだけど
8月下旬。
世間では小中学生が夏休みの宿題の処理に追われひーこらしているというのに、俺は大学の長い長い夏休みを満喫していた。
他者からの目なんて気にしません! 半ニート生活最高!
一応大学には毎日通っている。
学食と日中の暑さを乗り切るために図書館のクーラーを利用するためだ。
授業の無い日の学食は静かで涼しくて、下手な飲食店よりも居心地がいい。ちょくちょくサークルの集まりかなんかで来ているリア充グループを見かけるが、そんなの気にならないし、向こうも特に気にしないだろう。
俺は安くてそれなりに栄養バランスの整った定食をのんびりと食べていた。量は少し少ないけど、運動も特にしていないしちょうどいいくらいだろう。数か月の間、一日これ二食で過ごしたら4キロも痩せた。体調もいいし、食生活って大事だな。
「よう高瀬、盆前以来だな」
目の前の席に座って来たのは、同じ学科の伊藤だ。俺にだってリア友くらいいる。洒落っ気のない髪型に服装、顔もふつー。つまりは俺と同じ人種だ。違うのはこいつの方が視力がいいということぐらいだ。眼鏡なしで日常を過ごせるなんて羨ましい限りだぜ。
それと高瀬ってのは俺の名前。高瀬悠一。19歳。それ以外に説明することが無い。
「夏休み何やってるー?」
「げーむ。ねとげ」
「つくづく俺とお前は同類だな、高瀬」
似た者同士、考えてることは同じってことですかい。伊藤はさらににやけて、テーブル越しに顔を少し近づける。
「なぁ、『アカシックドミネーター』ってゲーム知ってるか?」
「今やってる」
「さすがだな。……もしかして、お前も賞金狙ってたりとかする?」
「賞金? 初耳だな」
出かける前にも一応公式サイトとか攻略掲示板とかチェックして来たんだけどな。そんな事は露にも…… 今朝は、昨日Pon太さんが言っていたβ版からのプレイヤーに与えられる特典って話題で持ち切りになっていたくらいだ。
「ちょうど今日の正午に出た情報だ。β版のプレイヤー募集は今日の夕方5時で打ち切り。んで、本稼働に先駆けて明日から2週間の間に現プレイヤー達に特殊クエストが与えられるらしい。その達成者に……」
「賞金ね…… どうせゲーム内でだろ?」
「リアルマネーらしいぜ」
「ほんとかよ。どこ情報?」
「信用できる筋ってしか書かれてないから、確かじゃないんだけどさ。さっきから掲示板で滅茶苦茶盛り上がってるぜ。今サーバーが重すぎてまともにプレイできないから、学食来たところなんだ」
うっそ臭いなぁ。それにみんな釣られ過ぎ。日本人って本当にこういうのに弱いよなぁ。普通に楽しんでプレイしている人たちに迷惑かけないでほしいぜまったく。
「なんか最後に見た時は登録者が3万越え行きそうって言われてたぜ」
「今夜は入るの止めようかな…… お前は狙ってるの? 賞金」
「もちろん、折角のチャンスだからな。言っとくけど賞金目当てで始めたわけじゃないぜ? 始めたの5日前だし。誰だって好きなことで金貰えるなら狙ってみたくなっちゃうだろ?」
「俺はのんびりやらせてもらうよ。上には上がいるんだし。無駄な消耗はしたくないよ」
昨日のGillyさんのことを思い出していた。あの人は狙ってくんだろうか、賞金とやらを。実際どんなクエストが出るかわからないけど、あれだけ上手いプレイヤーを見てしまったんだ。上の世界を除いてしまったんだ。俺の様な一般人にはとても届くレベルじゃないよ。
「何にせよ詳細は明日の午後発表だからな。暇だったら協力してくれよ」
「まぁクエストの内容次第だな」
「さんきゅ! あ、それじゃCN教えてくれ」
「シエルだ。カタカナ3文字。職業はソーサラーでレベルは今んとこ22」
「シエルだな。俺のCNは如月 由眞だ。漢字は検索してすぐわかる。職業はアーチャー。レベル25だ。見つけらた声かけてくれよ!」
「おう、んじゃ後で」
そう言うと、伊藤はとっとと席を立ち食器を下げに行く。…あれ? 俺より後に食い始めたんじゃなかったっけ…… まぁいいか。
如月 由眞ね…… はて、どっかで聞いたことある名前だな。
その後、家に帰ってその名前を検索してみる。
……今断然注目! の大型新人AV女優の名前だった。おまけに年が一緒だったのが、余計に俺を複雑な気分にさせた。ネットの世界とはいえ、もう少し自重した方がいいと思うよ、伊藤くん。