【蛇足】 幻騒の終焉を
※注意事項
1.超展開です。
2.本編中の疑問を補完しますが、代わりに新たな疑問が生じます。
3.文章力は相変わらずです。
4.ちょっと長い。
これらの事項をふまえた上でどうぞ↓
「GOD TEAR SAVOR」……
それは、天上界と人間界で起こる神々と悪魔との戦争を描いたアクションMMORPG。
プレイヤーは人間に扮した天使の一人となり、人間界に降りて悪魔達の起こす騒動を解決していくのがゲームの主な目的となる。実際は悪魔達との直接対決、要は切り合い殴り合いがメインとなっているのだが。
(しかし、こっちも穏やかじゃねぇなぁ……)
このゲーム世界への精神トリップ現象が始まって早4日。
Gillyはここでも人間の心の願望、変身、破壊、肉欲といった業を実感していた。
所は韓国。
この国の経済状況はあまり芳しくないと耳に挟んではいたが、それを受けて国民の負の感情がここまで高まっているとは、彼自身驚愕を隠せなかった。
(こりゃー 日本やアメリカの比じゃないな)
トリップするゲームの題材はアメリカが上抜けて酷かった。これはもう揺ぎ無い。FPSの中の世界へのトリップ現象で、あの時はざっと見積もって2万人以上は死んだ。今回のゲームも題材その物は日本のアカシックドミネーターとそう変わりはない。問題はトリップする人間の心情だ。世の中、いや国家への不満が熱を持って渦巻いている。。
Gillyは日本にいた時に、インターネット上で度々韓国についての悪評を目にしていた。いつの時代も隣国は大抵仲が悪いものだと世界史が証明しているので、当初はそこまで気にかけていなかった。が、
(その分のエネルギーもこっちに向いているのか?)
日本はまだかなり裕福な部類に入る先進国だ。経済もそこまで死んではいない。
が、この国は違う。表立ってこそいないが熾烈な学歴、格差社会があり、それに敗れた者には敗戦国さながらの厳しい人生が待ち受けている。それによって、一人ひとりの抱える絶望感がさらに高まっているようだ。
今回は戦闘向きの前線切り込み型のキャラを選んだつもりだったが、それでいてもいつ、どこで、誰に狙われるか分からない。いや、実際に何度か襲われた。例によってレベル上げはがっつりやっているので、尽く返り討ちにしてはいるが。徴兵制度のせいで、日本にいた時よりも個人の戦闘時の判断力が高いのが少し悩みものだ。
ちなみに今回は組織から送られてきた2人の後輩も同席している。彼らも当初はGillyの話をどうにも信じられないといった雰囲気であったが、こちらの世界にトリップした途端、驚き、感動、興奮、パニックの嵐。2人共いい年して何やってんだと、軽く呆れていた。
もちろんこの世界でも日本の時の知識がそのまま使えるため、他のプレイヤーを差し置いてゲームの中での調べ物はほとんどやる必要がなかった。上の連中がこの現象の原因となるものは現実世界、つまりはゲーム製作者やスポンサー、もしくはゲームのプログラムにあるとふんでおり、捜査そのものは主に現実世界で行っているのだ。今回は後輩2人も証言者となったため、組織からのより多くの人数が派遣されることになっている。
そのせいでゲーム中では手持ち無沙汰となった彼らだが、代わりに上から命じられたのが組織、ひいては祖国にとって邪魔者となる人間の暗殺。要は異世界からの殺人行為である。Gilly自身は仕事の上でなら、殺人を犯すという事に抵抗は無い。しかし、日本の時みたいに殺人反対派に徒党を組まれると厄介だという若干の不安を持っていた。
(皮肉なもんだなぁ……シエル。いや、ユウイチだったか。お前ら若造がいくら倫理と正義感を持って、必死でそれを実行しようとしても、結局社会の仕組みってのはこうなってんだから……)
Gillyも今の自分の立場に自嘲する他なかった。そもそも彼らがこの事件の原因を調査している理由も、この現象の悪用を防ぐためだけではなく、いずれ自分たちが利用するためなのだから。
本当に、汚い大人になったものだ。
自分自身が子供の頃夢見ていたように、純粋に正義の行動がとれる日本の彼らが少し羨ましくもあった。あいつらが自分が今やっていることを知ったら…… どうなるだろうか。
(今更そんなこと考えても仕方ないか…… しかし、あいつら遅いな)
今回は組織の仲間がいるため、外部の人間とは手を組んでいない。ゲーム内での行動も基本的にこの3人で行うことになっていた。待ち合わせ場所は、南の街から少し西に行った平原の中にポツンとある岩場。悪魔やモンスターもおらず、人通りも少なくて打ち合わせには色々と便利であった。
そんな事を考えていると、タイミングを見計らったかのように腰元の通信用アイテムが発光し出す。一見握りこぶし大の水晶玉のようなそれは、通信相手の顔を玉の中に映し出して通話を行うことが出来る便利アイテムだ。
「どうした? 遅れているようだが何かあったのか?」
『先輩はもういつもの所に?』
「おう」
『なら今すぐそこを離れてください。馬鹿どもがダンジョンの中のモンスターを外に放ちやがったみたいなんです』
「……南の町もヤバいのか?」
『モンスターは今南西の町で足止め食ってるみたいですが、そう長くはもたないでしょう。すぐにそっちにも来ると思います。もう南の町にも避難勧告が出ているはずです』
「そうか、お前らはもう離れてんだな? 今どこにいる?」
『今中央の町にいますがこっちは人が溢れてパニック状態です』
「……なら、北の町で落ち合おう。少し遠いがそこなら少しは静かだろう」
『了解です。先輩も気をつけて』
「ああ」
そう言って水晶玉から輝きが消え、元の透明な球体になる。
(まったく…… どこに国にも同じことを考える馬鹿がいるもんだ)
故意なのか過失なのかは知らないが、とにかく今は我が身の安全が優先だ。Gillyはその場をすぐに離れ、通り道に南の町へと寄って行く。
町は既にほとんど避難が終了しているようで、今ここに残っているのは逃げ遅れたというよりは、略奪目的の人間だ。火事場泥棒たちはGillyの姿を見ると軽く睨んできたかが、彼が手を払うように振ると、苦々しい顔をしながらその場を逃げ出していった。
(やれやれ、ゲームの中での世界でも相変わらずか……)
そんな事を思いつつも、Gillyは逃げ遅れた人間がいないか探しまわっていた。こんなことをやっている場合では無いとは解っている。だが日本で見せつけられた出来事を思い出してしまい、何となくそんな気になったのだ。
(しかし、いつまでもこんなことはやってられんな。モンスター共は今……)
ふと前方を見上げると、南の町の全貌が見下ろせる簡素な造りの見張り台が目に入る。あそこに一旦登ってみようかと考えが巡るが、そこである物が目に止まった。
(高台の上に…… 人? まだあんな所に誰か残っていたのか?)
Gillyはそこへ小走り気味に向かう。自分の見間違いか、それとも本当に人がいるのか。まだ火事場泥棒が残っているのだろうか。それとも町を最後まで見届けようって輩か。いずれにせよ一声は掛けておこうと、Gillyは見張り台の螺旋階段を上る。
頂上に到着した時、その影は気のせいでなく人であったと確認する。
この世界のGillyより頭一つ背の低いその人物は、防寒効果も怪しいくらいの、ぼろぼろのフードマントを羽織っていた。すぐ後ろに彼が近づいて来ても、その場から一向に動く気配が感じられない。
「おい、ここは危険だぜ。もうすぐ怪物がやって来る」
Gillyが後ろから声を掛けると、その人物は軽く息を吐いて振り向く。
「……?」
女性だった。いや、肌が覗ける面積的にかろうじて女性だと分かった。フードマントの前から見えるのは頬の骨格と、鼻と、口元だけ。彼女はこのゲームの世界観に不釣り合いな、黒いラップ型のサングラスを付けていた。
「あんた……」
「私のことは気にしなくていいわ。それよりもあなたがここを離れた方がいい」
女性は押し殺したかのように低く、重みのある声でそう言った。
「あんた……何者だ?」
自分が言える台詞でないと解っていつつも、そう尋ねずにはいられなかった。
「ただの通りすがりよ」
「通りすがりでこんな危険に首を突っ込むのか?」
「ええ」
女性から放たれる何とも言えない重いオーラにGillyもすっかり圧倒されてしまっていた。
「あんたもこのゲームのプレイヤーなのか?」
「プレイヤー……? 妙な事を言うわね」
女性の合点のいかないような反応に、Gillyも内心驚く。
「ってことは、この世界の人間、このゲーム中のキャラなのか……」
「今一つ話が掴めないけど、私はここの世界の人間なんかじゃないわよ」
「……どういうことだ」
「こことは別の世界から来たってこと。この分だとあなたもそうらしいけど」
「だが、『GOD TEAR SAVOR』のプレイヤーじゃないんだな?」
「ええ。……あなたがさっきから言っているゲームってどんなものなの?」
目を隠していて今一つ表情が読めないが、女性もGillyを興味深そうに見ている気がした。
(この女はこの世界の存在じゃない? だが、ゲームのプレイヤーでもない。世界観にそぐわない服装…… いや、もしもそれを含めての発言だとしたら…… 多作品とのコラボキャラだとか、そういうのもあり得る。元々そういった設定なのだったら……)
「ゲームってのはビデオゲームだ。正確にはPCのオンラインゲームだな」
「機械の画面に表示される物を操作するって奴? 見た事だけならあるけど」
「それは知ってるのか。俺達はそのゲームをやっていたらこちらの世界に飛ばされた。おまけにこの世界はそのゲームの世界観とほぼ全く同じなんだ」
「……なるほどね」
「お前はどこから来た?」
「さぁ、もう忘れたわ」
女性は話をはぐらかすように静かに笑う。Gillyは少し話し過ぎたと心の中で舌打ちした
「韓国…… 地球から来たってわけじゃないんだな?」
「チキュウ…… ニホンとかアメリカとかいう国がある世界?」
「ん? あ、ああ。それも知ってるんだな」
「つくづくそことは縁があるわね…… 今回も世界の危機ってほどのものじゃないけど」
女性は再び町の外に広がる草原に目を向ける。モンスターの群れは今の所姿は見えない。
「この現象の事について知っているのか!?」
「ええ、何が起こっているのかくらいは。どうやらあなた達も色々お困りのようね」
どこまで本当かは分からない。だがGillyはこの女性に食らいつくように尋ねる。
「知っているのなら教えてくれないか? このゲームの中の世界へ入る現象の事。そして、現実世界の人間と命が繋がっている事……」
「そうね…… まずあなたはここを自分たちの世界の人間が作ったゲームの世界だと思っているようだけど、それは半分正しくて半分間違い。ここはれっきとした一つの独立した世界。あなた達の世界に内包されているものではないわ」
「仮にそうだとしても、どうして俺達の世界の人間とそっくりの人間がいる?」
女性はその言葉を聞き要領を得たように軽く頷く。口元は少し笑ってはいるが……
「ここは並行世界のような物だと思えばいいんじゃない?」
「並行世界だと……!?」
一体どこをどう分岐したら、こんなファンタジーの世界が出来上がるというのか。Gillyは納得のいかない顔をするが、女性はそんな彼の表情を見てもいたって涼しげな様子を見せる。
「いや、何歩か譲ってお前の言う通り、ここが俺達の世界と並行に存在する世界だとしよう。それならば何故こちらの人間が死ぬと向こうの先の人間まで死んでしまうんだ?」
「そう、本来ならこの世界とあなたの世界は交わることの無い世界。人が何人死のうが、人類そのものが滅びようが互いに全く影響が無いはずだった」
この女性の話をどこまで信じていいのか若干戸惑いつつも、Gillyは黙って耳を傾ける。
「でもついこの前、この世界の近くにあるとある世界が崩壊してしまった。その際の衝撃が他の世界にまで飛んで、連鎖的に色々騒動が起きているみたい。おそらくその影響で世界同士が衝突したせいで、世界間の境界が損傷してしまい、一時的に互いの人間が干渉出来る状態になってしまった……ってところかしら?」
Gillyは頭を抱え、真面目に話を聞いた事を軽く後悔していた。
「随分と電波な話だ…… 信じる気が一向に起きん。大体何だ、世界が爆発したとか、衝突したとか。この世界の他にも無数に世界が存在するとでもいうのか?」
「話が早いわね、その通りよ」
淡々且つ堂々と答える女性の目の前で、更に大きな溜息がつかれる。
「まぁ信じるか信じないかは勝手として……来たわよ」
Gillyはっとしたように顔を上げると、平原の向こうから飛行モンスターの群れが大挙して向かってくる光景が目に入る。遠くでも姿がはっきり捉えられるほど一個体が大物で、これだけの数はゲーム中では滅多にお目にかかれない。寧ろジャンルが変わってくる。
「あの数はどう考えても無理だな。俺はとっとと退散することにする。あんたも……」
そこで言葉が止まった。
女性は無言で大型の銃らしき物を構えていたのだ。もちろんこんな世界観を余裕でぶっ壊すような武器、Gillyは現実でも見たことがない。形状はどことなくショットガンに似ているが、銃の外装全体が機械のようなもので構成されていた。そう、近未来SF映画、漫画に出て来る銃の如く。
「……」
だが女性の構えを見た瞬間、Gillyは間違いなく彼女は銃の扱いに関してはド素人だと確信した。銃身が文字通りショットガン程の長さであるにも関わらず、まるでハンドガンでも撃つかのような構え。
(おいおい、あのでかい銃を右手だけで、しかもあんな重心が崩れる持ち方するのか? まともに銃を握ったことがあるのかどうかすら疑うレベルだぜ。……格好つけているけど、結局はただの電波野郎なのか?)
見るに耐えかねたGillyが、彼女に声をかけようとした瞬間。
「……!?」
光の帯が銃口から発射される。しかも消音器でも付けているが如き僅かな音。
しかし、その光の軌跡は確実にモンスター達の一角を貫いていた。唖然とその光景を見ているGillyの隣で、女性は軽く首をかしげる。
「うーん、やっぱり遠くから狙うのは駄目ね…… これだとどうも慣れない」
「……いや、どう考えても持ち方のせいだと思うぞ」
「片手で使う練習しているのよ」
「それを片手で使おうと言う考えそのものが間違ってるんだ」
そんな突っ込みを入れる間も無く、数匹の人の三倍はあろう大きさの蜂型モンスターがもう眼前にまで迫って来ていた。
「やっぱりこっちの方がやり易いわね」
そう言って銃から何か音が聞こえたかと思うと、今度は散弾状の光の帯が発射される。その光は蜂モンスターの体を難なく貫き、次々に地面へと墜落させていく。
さらに銃を一旦下したかと思うと、今度は女性の左手にブレードのような物が握られていた。
「お前……まさか戦う気か!?」
「ええ、あまり強そうな敵でもなさそうだしね。自信がないなら早く逃げた方がいいわよ。私も人を護りながら戦うのは苦手だから。命の保証は全くできない」
Gillyは軽く舌打ちし、振り返って階段を降りようとする。
「あ、ちょっと待って」
「どうした、やっぱり手伝って欲しいのか? 答えは先にNOと言っておく」
「違うわよ、あなたの他にもこの騒動に巻き込まれた人がいるんでしょう? その人達への言づて。『この出来事は自然現象のようなものです。とりあえず自分の身を守ることだけ考えて、大人しくしておいてください。すぐに止まります』って伝えておいて」
「この現象……止まるのか?」
「私が止める。元々そのためにこっちの世界に来たんだし」
女性は更にレーザーのような物を発射するショットガンで近づいて来る鳥型のモンスターを次々に蜂の巣にしていく。
「そんな事が出来るのか? この現象をコントロール出来るなんて事が……」
「コントロールなんて出来ないわよ。私がやるのは互いの世界の境界の薄い部分を修復することだけ。でも、一応これでこの現象は止まるはずだから」
「じゃあ、それは一体どうやるんだ!?」
「知った所でどうするつもり?」
そこから先は言えなかった。目の前の女性は既に彼の考えが分かっているのかもしれない。Gillyは次の言葉を出せず、ただ歯を噛み締めていた。
「お前は一体何者なんだ…… 別世界から来たり、世界の境界の修復するとか…… ただの人間じゃない。もしかして神の使いだとか、時空を超える勇者とかか?」
「それだけははっきりと違うと言っておくわ」
一部冗談半分で言ったつもりであったが、女性は明らかに強い口調で否定した。
下の方から今度は陸生モンスターの大群の足音が響いて来る。
「……正直私にも分からない。人ではないみたいだけど」
Gillyは詰め込める限りの皮肉を込めて、鼻で笑った。
「それと最後にもう一つ、これはあなた個人へ」
「……なんだ?」
「人が人としての領域から外れた時、その人物はもう人でなくなる。……人間を止めるのはあまりいいものじゃないわ。失ってから気づいても取り返しはつかない」
「……人間様は人間様に相応しい生き方をしろってことか?」
「これは尊厳の話よ……」
Gillyは急いで展望台の階段を降りる。半分を過ぎたところで、そのまま地面に向かって飛び下りた。まだ陸生モンスターもここまでは来ていない。彼は飛行モンスターに気にかけながら、一気に町の出口まで向かった。
背後から、悲鳴が聞こえた。……モンスターの。
Gillyのまぶたに水滴が滴る。腕で額を拭うと、そこには大量の汗がべっとりと付着していた。よく見ると手がまだ微かに震えている。
もう一度後ろを振り返るが、モンスターは一匹たりとも後を追って来ていない。遠くの方で光の帯がちょくちょく流れているのが見える。
(怖かった、のか……!?)
Gillyは全速力で町を出た。
とにかく体力の尽きるまで走り続けた。
◇ ◇ ◇ ◇
『で、ギルフォード君。あれから全く手掛かりが掴めないのかね?』
「はい、まったく」
昼下がり、人の波が落ち着いてきた時間帯のハンバーガーショップ。一人の体格のいい黒人が、ポテトをつまみながら電話で話していた。もちろん英語で。話している内容は極秘事項レベルのものなのだが、他の客にとっては雰囲気作りの効果音にしか思われていない。
『まったく、じゃ、ないだろ! アルヴァーンとクラプトンの証言も加わって、いよいよこれからだと言う時にお前って奴は……!』
「しかし、怪死事件は止みました」
『止めるだけなら警察にやらせるわ! アレに利用価値があったから、こっちもわざわざ情報統制を敷いてまで極秘捜査をやらせてたというのに! 長官もどれだけ期待されていたことか……!』
「(知るかっつーの)」
元々は厄介払いに回された事件なのに、いざ軌道に乗ってきたらいきなり自分が担当になると言いだしてきたCIA本部長。物の見事に天罰が下ったようで、人が眠ったまま死ぬという怪事件&ゲーム世界へのトリップ現象は、例の韓国での一見以来、かれこれ3ヶ月も止んだままだ。
そう、あの女と出会った翌日から。
『ギルフォード君、聞いているのかね! もしかしたら他の諜報機関が先に何かを掴んで情報統制を敷いている可能性だってあるんだぞ! KGBの連中なんぞに先を越されたりとかしてみろ! 大統領も迂闊に顔出し出来なくなるだろ!』
「(どーせアレが利用出来たら出来たで、自分たちが影から大統領を操るつもりだったくせに……)」
Gilly、いやジャック・ギルフォード自身も、今回の捜査は正直途中からやる気をなくしていた。上層部の連中の醜い野望、欲望、権力欲、支配欲をフィルター無しで見せつけられた気がしたからだ。
国益のためならともかく、途中から完全に個人のための捜査だった。しかも下手したら自分も口封じに殺されかねない。そんなのはまっぴら御免こうむる。
『いいか、もう一度今までの事件との共通点を徹底的に洗い出して、何としてもその現象を見つけ出して、原因を突き止めるんだ!』
「……了解」
電話が切れると、彼は残りのポテトを一斉に口に入れ、早々に店を出た。
外はもう12月半ばの曇り空。騒動のあった3か月前まではあんなに蒸し暑かったのに、今では凍えるような寒さだ。これぞまさに四季の国、日本といった感じだ。
「……何だかんだで立ち直ってるな、この国も」
新しい国会、内閣が発足し、新年に向けてもう一度気持ちを切り替えようとしている。国、社会を変えたいと思った複数の個人の意思があった。しかし思い描いていた未来は人それぞれ異なるだろう。それも中途半端に終わり、これから先この国がどう転ぶかは誰も分からない。
「……だが、これでいいんだろう。人は未来を知ることなんて出来ない。一人の意思で社会を思い通りに動すことも」
未来は切り開いていくしかない。だが、それが人に与えられた力、権利。
……唯一少し不安が残るとすればあの女。
『人は人であるべき』
結局は神(god)も支配者(dominator)も初めからいなかったのだろうか。存在したのは、それに成り代わろうとした人間のみ。……この現象で彼らは何を得たのだろう。
だが少なくとも、人間の尊厳を忘れた者は決して『人間』の長になることはない。
「たしかに、異世界からなんてのもやっぱ反則だ」
都会の街は気の早い者たちが飾り付けたイルミネーションでごちゃごちゃになっていた。夜になったら一斉にライトアップされ、さぞ美しい光景が出来上がるのだろうが。昼間は逆に邪魔になっているだけだ。
しかし町行く人々の顔は、どことなく3ヶ月前よりも明るくなっている気がした。
「黙っておくのが……いいか」
男の姿は都会の街の人混みの中に消えて行った。
口元にかすかな笑みを浮かべながら。
―アカシックドミネーター TRUE END
最後の最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!