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58話 こんなに上手くいくなんて

「炎は無駄だって言ってるだろ!」


 分かってるよ…… これは点火用。


 こいつの能力に関しては全く情報が無かった、だからこんな無謀な戦いになってしまった。

 でも、アルクの最大の長所はやっぱり情報戦に関しての強さだろう。自分が持っている情報網、こいつはそれがあるから、あの手この手奥の手を用意出来た。何より自分の実力を誰よりも理解していたのだろう。強くなるためにはまず自分の弱さを知ること。漫画みたいな台詞だ。

 何よりも今、俺に戦いを挑んできている。戦いで挑んできている。決して完璧に追い詰められたのではない。俺くらい、ソーサラー・シエルならば勝てる、と思っているから戦っているのではないだろうか。勝算がなければこいつは決して仕掛けて来ないはず。自分の実力と、俺に関しての情報を調べた上で……


 結局ここから先も賭けだ。

 俺は奴の隠し持っている全ての手を知っているわけじゃない。でも、それならば俺も奴の知らない手で挑む。格好つけて言うと互いに未知の領域って奴?

 

 まずは初手。


「……っ! これはあの時の目くらまし!?」


 第一手、煙幕花火。ロケット花火の如く先端がホムンクルスの間をすり抜けて飛び、あたり一面に煙を撒き散らす。先日と先程の台詞の限り、これではホムンクルスのレーダーも使えまい。熱源探知とかではなく結局は目視っぽいからな。


 次に二手。イグナイトスフィア。

 俺の体の周囲に炎のエネルギーを持った玉が回りだす。


 ゲーム画面上とは違って、煙幕花火中は俺も奴の姿を捉える事は出来ない。奴が防御に徹するか、それとも闇雲に攻撃してくるかは分からない。だからこれで、俺に近づく物体を探知する。ダメージは通らなくても、音は鳴るはず。


「くそっ!」


 ドアが開く音!? 教会の中に逃げたか! だが、それも予想通り!

 ここから教会までの距離なら多少目が見えなくても問題ない。スフィアにぶつかる物体なし。俺も急いでドアに……向かわず、俺がさっき割って出た窓からもう一発煙幕花火を撃ちこむ。


「くぅっ! ホムンクルス!」


 教会の中からアルクの声が聞こえて来る。外に置いておいた炎のホムンクルスに俺を狙わせるつもりか、そうはいかない! 俺は今度は煙だらけの教会の中に入り……中に向かってフレイムレーザーを発射。奴は正直どこにいるか分からない。とにかく乱射だ。これで奴は嫌でも防御を固めなくてはいけないはずだ。

 煙幕が消えないうちに窓の脇にGillyさんから貰った魔法反射鏡を設置。その場を離れ、入口の位置から鏡を狙ってレーザーを連射。案の定すぐに窓の辺りから壁が崩れる音が聞こえて来る。……よし、俺の位置を誤認したな。

 物音に紛れ、俺はこっそり入口より脱出。さらにここで第三手……よし。

 

 最後は……煙幕花火が消えるギリギリの所まで力を溜め……


「メテオ……フレアァァァーッ!」


 上空より炎を纏った無数の隕石を召喚し、教会の上に降り注がせる。今の俺が撃てる最強の魔法だ。落下する隕石の威力の前に、建物はあっさりと倒壊。あっという間に瓦礫の山と化す。だが、そこで終わらせない。あの時の小屋の爆発を耐えきるくらいだから、奴はメテオフレアそのものの威力ではやられないはずだ。ならば……瓦礫ごと地に押し潰す!

 奴の身を守るホムンクルスがどれだけの耐久力かは分からない。だが、ファイター相手だと困ると言う言葉を信じれば、そこまで強度は無いはずだ。少なくとも水のホムンクルスはそこまで強度無さそうだし。炎や爆風、小さい破片を一瞬は防げても…… 後から後から来る瓦礫のプレスならどうだ! 俺は精神力の続く限り教会一体にメテオフレアを撃ち続け、地面を真っ平らにする勢いで炎の隕石を当て続けた。


 そして……俺の体はとうとう限界を迎える。

 目まいが生じ、その場にふらふらと片膝をつく。


「はぁ……はぁ……! どうだ……ちくしょう……!」


 や、やり過ぎたか……? 視点がぼやけて定まらない。周囲の燃える森の煙も手伝って、酸素が上手く取り込めない。くそ、目も痒い。あと体も凄く熱い……ここからの脱出のことは考えてなかったけど、幸い庭先のスペースはあるし火の手はここまで来ない……かな?

 とりあえず目の前の教会は跡形もなく、骨組みすら残さず、そこに建物があったと認識できないくらいの瓦礫の山……いや、ぱっと見、産業廃棄物の処分場と化していた。我ながら罰当たりな事をしたと思う。アーメン、南無阿弥陀仏、アッラーは偉大なり。これで勘弁してください。

 それにしても体がしんどい。回復アイテムもテルミさんに使っちゃったしなぁ…… しばらくはこの状態か…… 少女の燻製なんて御免だぜ、まったく。すぐに仲間が気づいてくれるだろうし、もう少しの辛抱か……


 俺は目を閉じながら、大きな溜息を吐く。


 そして、体が浮き上がる。



「………………ッ!?」


 え、何? 昇天? そこまで体力を使った覚えは無いぞ!?

 目を開けるとその前には……ホムンクルスッ!?


「がぁぁぁぁぁっ!?」


 焼ける、首が、燃える! 熱い!?


「ははは、お見事、お見事」


 首の焼けるような痛みが治まったかと思うと今度は、両脇を下から抱えられ持ち上げられる。首と違って、服を来ているのでまだマシ……かと思ったがそんなことはなかった。焼ける。皮膚が、焦げる!


 痛さのあまり発狂しかけている俺の目下に、その男はいた。

 呑気に拍手でもしながら。


「あんな魔法初めて見たよ。ソーサラーでも最強クラスの奴じゃないのか? 多分あれをまともに食らってたら、ホムンクルスでガードしても耐えきれなかったと思うぜ」


 アルクが僅かに覗かせるその目は、明らかに勝ち誇ったかの如く笑っていた。

 そしてもう一体のホムンクルスが俺のウィザードロッドを手に取り、破壊する。


「それでも、更にこちらの防御を高く見積もって、炎の魔法を物理攻撃に変えて来るとはね。そのために、俺をかく乱して教会の中に移動させる…… 発想はよかった、発想は。成功するかどうかはともかくとして」


 こいつ……いつの間に後ろに…… 確かにあの時教会の中から声が……


「だが、俺は初めから教会には入らなかった。入口のドアはただ、開け閉めしただけだったんだよ。あの煙じゃどうせお前もこっちの姿を捉えきれてないだろうと思ってね」


「じ、じゃあ……あの時の声は……!」


「これ」


 アルクは偵察用の妖精型のホムンクルスを呼び出し……そういう……ことか!


「スピーカー代わりにもなるんだぜ。つーかお前も昼に見てたろ」


「ぐっ……!」


「観察力が足りないな。この場合記憶力か?」


 アルクはあくまでも俺と距離を取っていたが、ロッドも破壊し、俺の体が完全に手の内にあることに安心したのか数歩ほど近づいてくる。


「折角の魔法だったのにな。まぁ、人生なんてそんなもんだ。立派な特技があったとしてもそれで生きていけるとは限らない。今回は運が悪かったと思って諦めな」


「こんかいって…… 殺さ…… ないのか」


「あー そうだった。殺さないといけないんだよな。……はぁ、やりたくねぇなぁ」


 こいつ…… 単に殺しそのものを嫌がっていると言うより、殺しの後の処理が面倒くさいから渋っていると言う感じだ。そうでなかったら迷わず人を殺せるのだろうか。


「悪いけど一思いにはやれねーぜ? 攻撃力ないからさ」


「とっととやれよ……」


「あー でも初めてまともな戦闘で人に勝ったしなぁ。何か勿体ない」


「俺の……負け顔でも拝むつもりか……?」


「それいいかもな……あ、やっぱやめ。夢に出るわこれ」


 アルクは余裕たっぷりにその場をうろうろするが、やがて思い出したかのように動きが止まる。


「そうだ、追っ手が来るんじゃねーか。あんましのんびりしちゃいられねーな」


「俺を殺して……ただで済むと思うなよ……」


「『逃げ切る』よ。……これが俺のこの世界での生き方だ」


 そしてホムンクルスの俺を掴む手が、強くなる。


「がっ……!」


「すまん。楽な殺し方なんて思いつかないから、このまま潰す。どーせ、死ぬのは一緒だろ? 現実では病死なんだしさ」


 俺の体が、骨が、焼ける音に加え、軋む音が入る。


「くっあ……!」


「最後に辞世の句でもあるかい?」


「こんな……」


「こんな?」



 こんなに……



「こんなに、上手くいくなんて、なぁ!」


「っ! 何!?」


 俺の最後の力を振りしぼり、右指から炎を放つ。


「死なばもろともだぁ!」


「ちっ! 悪あがきか!?」


 アルクはすぐさま全身を水のホムンクルスでガードし、更に俺を抱えている炎のホムンクルスは俺を包むように抱きかかえるとアルクに背を向ける。


「防御はそれで足りるのかい? アルクさん!?」


「何だ……ハッタリか?」


「もう少し離れた方がいいんじゃないの!?」


「!? そんな手に……」


 アルクはそう言いながらも軽く後ろを見て、数歩下がる。

 ……かかったな。


「……な!?」


 あんたは臆病だ。そして慎重。だが、それ故に行動が読みやすくもある。そして一度大丈夫だと思うと安心しきってしまう悪い癖がある。教会を押し潰した時も、あんたが脱出している事は念頭にあった。それ故に、予防線を張っておいた。あんたが取る間合いを計算して、な。これもGillyさんから貰ったミスティクレストがあってこその作戦だったんだけど。



 そして、アルクの足元に、一瞬にして光陣が描かれる。



「ば……!?」


「そこは……!」



 プロミネンスマインⅤの……




 「起 爆 範 囲 だぁぁぁぁぁぁぁぁーーー!!!!」









  ◇ ◇ ◇ ◇








 どれほど意識を失っていたのか分からないが、俺は目を覚ました。

 体は……まだシエルだ。


 空は真っ暗だが、周りの炎のせいでやたら明るい。つーか、やっぱ熱い。

 逆キャンプファイヤーだなこれ。


 空には白い灰が舞い、夜風になびかれ炎の煌きを映し出していた。


 あれから……どうなったんだろう。


 脚は……まだ動くか。あ、脇の辺り焦げてる。痛みは、どうか痛みは伝えないで俺の脳味噌。


 立ち上がって周囲を見渡すと壮絶な光景を目の当たりにする。

 ……ここ建物の庭先じゃないな。もっと離れてる。周りの木々が根っこから引きちぎられた後があるし。どんだけ吹っ飛ばされたんだ俺。

 あ、ホムンクルスだ。俺を捕まえていた奴かな。倒れたままピクリとも動く気配が無い。


 俺は爆風の方向に逆らい、さらに中心へと進んで行く。


 建物があったと思われる場所には……大きなクレーターが出来ていた。

 どんな隕石が落ちて来たんやねん。メテオフレアよりよっぽどメテオだよプロミネンスマインⅤ。寧ろあの時ホムンクルスが俺の事を抱えて無かったら、俺自身も不味かったんじゃないの? これだけの威力は想定外。そーいやゲーム中でも一度も当てた事なかったな。とりあえず調整いれとけ、製作者よ。


 アルクの奴は……いた。もうボロ雑巾だなありゃ。死んでるのかな?


「……ぅ、ぁ」


 生きてるし。しぶといなーこいつも。……あ、ホムンクルスを操ってた本だ。これもよく燃えなかったな。とりあえずは回収っと。


「ぅ……」


「よう、生きてるかー?」


「……ころ、せよ。俺の……負け……だ……」


「……じゃ、いやだね。絶対に殺さない」


 俺はきっぱりと言い張る。


「どーせ……死刑だろ……」


「なら、何とか説得してみるよ」


「……馬鹿か……お前……」


「お前のように仕方なく人を殺すとかいうのが嫌なだけだ。それに……」


 俺は屈んでこの言葉を奴にぶつける。


「残りの人生長いのに、自分の手は汚したくないんだよ。その時の気分で人殺しなんてやったら一生付き纏うと思うからさ。……少なくとも俺はそうなるだろうな。そんなに図太くねーし」


「そう……かい……」


 アルクはそれ以上何も言わなかった。



「おぉぉぉーい! シエルー! 生きてるかぁー!?」


 ほどなくして仲間達がやって来る。時間は……間に合ったのか。うわ、しかも凄い数。

 ギルドのメンバーを全員集めると言ってたけど…… こんなにいたんだな。


「アルクは!?」


「そこっす」


「ああ、この雑巾みたいなの?」


 みんな言うことは同じだ。


「うわ……! シエルさん、凄い火傷…… ×ぽんさん早く治してあげて!」


 ありがとっす、にぃにぃさん。俺をまともに労わってくれるのはあなたくらいですよ。


「炎使いのソーサラーが大火傷ってのも、どこか間抜けな話だよなぁ」


 ほら、みんなこんなんだし。


「しかし、相当派手にやったなぁ…… どんだけボコるつもりだったんだ?」


「紙……一重っすよ。Aseliaさん……」


「アルクってそんなに強かったのか?」


「相性が最悪でした…… ヒトカゲ一匹でタケシに挑むようなもんです……」


「甘いな。俺はピカチュウ一体で倒したぜ」


 それはそれは、見事なマゾプレイヤーなことで。

 ×ぽんさんやその他のプリーストの方々の一斉ヒーリングのおかげで、戦闘時の傷や火傷は見る見るうちにふさがった。だが、精神は消耗したままだ。こればっかは仕方ない。


「……そう言えばサイトさん、漆黒の君は?」


「何とかね」


「生け捕りに?」


「ん? ああ」


 そうか…… よくよく見るとこの人達もボロボロだな。サイトさんもAseliaさんも武器を持ってないし、Aseliaさんに至っては新品の鎧だったはずなのに、胸のあたりに大穴が開いている。


「これで終わりますかね……? アルクの話だと実際の殺人グループは彼らの4~5倍はいるって……」


「そうかもしれないな…… でも、今はとりあえず……」


 みんなの無事を祝おう。


 そう、誰も欠けることなく、この大捕り物は成功した。

 誰も、死ぬこと無く。


 周囲から歓声が湧き立った。



 その様子を腰を下して気だるく見ていると、後ろから肩を叩かれる。


「よう、無事だったな」


 Gillyさんだ。こんな所に堂々と……今更問題ないか。


「すっかりヒーロー扱いじゃないか」


「そうっすか……?」


「ああ、案外お前はこっちの世界の方が向いてたりしてな」


 Gillyさんは冗談めかすかのように言う。


「そんなことないっすよ。ヒーローなんてとても……命がいくつあっても足りません」


「平凡な方がいいのか」


「そっちがまだマシです。俺じゃ色々と分不相応ですよ」


 周りでは万歳三唱やら、胴上げが始まっていた。何かに優勝したわけでもないのに、元気な事だ。……ギルドマスターの爺さん、胴上げなんかされて心臓止まったりしないかな。大丈夫か?


「そうだ、アレックスさんからは何か聞き出せましたか?」


「ああ、だが結果は……」


 Gillyさんは肩をすくめながら首を横に振る。

 ……製作者も分からない、ってことなのか?


「これはこれで貴重な情報だったがな。とっとと国に戻って上の奴らに報告したいよ」


「この現象……本当に止むんですか?」


「さぁ……後は文字通り神のみぞって奴だ。一個人として出来ることはお前は十分にやってるよ」


 周りの森の消化も粗方済み、空には満天の星が煌いていた。横浜の中じゃ、いや俺の実家でもとても見られない空だ。ずっと映像に残したいくらい美しい。


 しかし、同時に寂しさも感じた。感動はするが、違う。


 俺の帰る所はここじゃない。生きていく場所はここじゃない。


 ……俺は、シエルじゃない。


 どこまでも優しく広がる星空が、俺の心には眩しすぎた。



 自分の存在を否定し、捨ててまで、望み通りの肉体、名声を手に入れた所で何になるのだろう。

 憎むべき人間を別世界から殺した所で、それが現実の自分の心の何の慰めになるのだろう。



 結局、ここは異世界だ。別の世界だ。もしくはゲームの中の世界だ。


 現実の世界とは関係ない。


 そもそも、世界を渡って自分の望み通りに互いを干渉させ合うなんて、もはや人間の領域を越えてしまっているんじゃないだろうか?

 たまたま自分が強い力を持ったからといって、そちらに望みを傾けるのもやはり間違っているのかもしれない。……人の持つ欲望なら仕方ないのかもしれないが。


 でも、それは現実でも同じだ。


 パワーバランスなんていくらでもひっくり返るんだ。ひっくり返せるんだ。


 ゲームじゃないんだから。


 現実世界の人々は皆、その覚悟は持っているのだろうか。




 自分に、出来ることは―



 


本作も残り一話となりました。

次回、感動(笑)のエピローグです。


でも書いてる本人が一番感動しているかもしれません。

「ようやく終わった」と。(泣)

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