54話 完全包囲からの
モンスター1匹も住まわない平和な山が突如として激しい戦場と化し、周囲に爆音が響き渡る。人畜無害な鳥や小動物達も己の身の危険を察してそそくさと山を退散していた。
「あっはっはっはっ!来るなよ!死ねっての!」
こちらの人数が多い分狙いは付けやすのだろうが……いかんせん適当すぎないか?雨宮の矢は乱雑に撃たれ、こちらに飛んで来る物もあれば、地面に深く突き刺さる物、果ては天高く消えて行った物とその行く末は様々。威力はあるから油断できないが。
「シエル、にぃにぃ!援護を頼む!」
狂気じみてかえって近寄りがたくなっている彼の元に向かうのはAseliaさんだ。相当嫌ってるみたいだからな。俺達も指示通りに適度な魔法で相手の連携を防ぎながら、彼の接近を助ける。
「お”ー?おんなー?何で女が襲って来るんだよぉ?これだからは女はぁ!お前らは黙って股開いて、子供産んで育てりゃいんだよぉ~!」
あー気の毒なくらいに駄目だコイツ。色んな意味で早くなんとかしないと。足元もおぼついてないし、とっとと決めるが吉、か。
Aseliaさんが一旦下がり、俺とにぃにぃさんで2重のファイヤーウォールを放つ。さらに、その後ろを追いかけるように再び彼が駆け出す。
「そんなもん、よけるまでもねー!俺の矢は炎すらも吹き飛ばすぅ!」
ここで来るのはおそらく風属性のスパイラルアローだろう。矢の周りに空気の回転を生み出し、矢に直撃しなくても周囲のモンスターを巻き込んで吹っ飛ばす技……だったと思う。
案の定、彼の目の前の炎の壁は矢の風で吹き飛ばされ、その矢はこちらに向かって飛んでくる。……が、この程度×ぽんさんの防壁でも処理可能。一切合切問題無し。
「あれ……さっきのおんな……は?」
上だよ。
「おぉぅらぁーっ!!」
目くらましの2重のファイヤーウォールを放った後、Aseliaさんはその後ろを追いながらスパイラルアローが来るのを見越して射程圏外まで高くジャンプしただけ。いや、ほんとそれだけ。
上空からの一閃が雨宮の弓を叩き割り、無残にもその場に砕け散った。
「あ、ゆみ……おれの……あっ……!」
一瞬何が起こったのか理解できずにいたようだが、すぐに目の前に剣を構えた女性がいることと、そして自分が丸腰である事に気づいたようであった。
「ひ!ご、ごめ……!」
「じゃかぁしい」
雨宮が手を合わせた横を、無慈悲かつ慈悲深いAseliaさんのハイキックがすり抜け、そのまま奴の左頬にクリーンヒット。女性の体とはいえ高レベルのファイターの蹴りがまともに顔面に入ったんだ。その威力は推して知るべし。
こうして、今まで俺達を散々苦しめた超級下種アーチャー・雨宮ロキはあえなく御用となった。いや、もう、ほんとあっけなく。これなんて打ち切り漫画の展開?って感じに。
「糞アーチャー討ち取ったりぃ!」
その後続いて、クロイツ、バドランド、シンもあっさり倒される。シンに至っては雨宮がやられるとすぐに降参してきたし。発破を掛けられたといっても、結局は恐怖支配。その元から一定の距離を離れるとすぐに効力を失うものだ。
敵はこちらが想定していた以上に連携が取れていなかった。おそらく複数での真っ向勝負もやったことが無いのだろう。基本的に闇討ちだったからな。
こんな状態の上に圧倒的な物量差。勝敗は決していた……かに思えた。
「あとは、お前とアルクだけだな……」
「……」
漆黒の君。
こいつに関してはかなり手こずっているようであった。俺達からも頭一つ抜けたレベルの上に、見たこともない装備。先程からサイトさんら主力メンバー5人がかりで相手をしているようであったが、傷一つ負っていないし、あまり疲れているようにも見えない。寧ろ相手をしている5人の方が消耗しているようにも見える。流石はトッププレイヤーと言ったところか。
「おい、さっきからアルクって奴の姿だけ見えないんだが。どこにいるんだ?」
「あの小屋の中が怪しいな」
戦いを終えた、周りの味方の何人かが小屋に近づこうとするが、すぐにサイトさんに止められる。
「罠の可能性もある。そこを調べるのはコイツを片づけてからでいい」
「でも、もしここにいなかったら、そいつをみすみす逃がすことになるんじゃ……」
サイトさんは息を落ち着かせながら首を横に振る。
「おそらくアルクはあまり戦闘能力を持たない。後回しでいい」
「それにコイツ、お前らが小屋を調べようとした時、少し笑いやがった」
タミさんもよく見ていた。と、なると、やっぱり少し危険か……。味方は小屋から少し距離を置きつつも、あくまで完全包囲の陣形を作る。
つまりは実質29対1。誰もが勝ちを疑わないレベルであった。いくらゲーム内のキャラが強くても中身は一般人。必ずどこかで折れるはず……。
「……仕方あるまい」
味方のほとんどを失ったにも関わらず、漆黒の君は冷静そのものだった。こいつのことだからいつキレ出すか分からんが。さらに剣を握り直したかと思うと、切っ先から赤白いオーラが伸びる。このやたらリーチの長い強力なオーラの刃のせいで、味方も間合いに入り込めず、決定打を与えられないでいたっぽい。
プリースト達がすぐに防壁を展開しようとするが、漆黒の君はこちらから視線を外す。そのオーラの刃の矛先は俺達でなかった。
「ふっ!」
剣の光の軌跡がその周囲を走り、思わず一瞬目が眩んでしまう。すぐさま体勢を立て直した俺達の目に飛び込んできたのは、面方向にスッパリと焼き切られた小屋の姿だった。
小屋の上部がそのまま斜めにずり落ち倒壊する。あの赤白いオーラは炎属性の物であったらしく、家屋の材木に火が移っていた。
「何を……!?」
漆黒の君は何も答えずにただ笑みを浮かべながら、素早く剣を小屋の方に向けて地面に垂直に立てる。これが防御の姿勢と気付いた瞬間、俺の視界全体が真っ白になる。さらにコンマ遅れで鼓膜が破れそうなくらいの爆音が耳に響きわたった。
……やはり罠。
きっとあの小屋には大量の火薬でも仕込んでいたのだろう。元々はブービートラップとして使うのを自分で起動させたということか。
でも何で?……って、逃げるための撹乱に決まってるじゃないか!
これは不味い、あいつは?漆黒の君はどこだ?味方はプリースト全員の防壁で綺麗に守られているから、大して損害は無い。だが爆心地を囲んだせいで粉塵が中央に固まったまま治まらず、全く前が見えないときている。下手に防壁解除したら、粉塵の流れと共に逃げられるかもしれないし。どうすっぺ。
「誰か来てぇ!」
ちょうど次の行動に迷っていた時にくろね子さんの悲鳴だ!漆黒の君に近い位置だし嫌な予感がしてならない。俺達はバリアの壁伝いに走り出し、現場へと急いだ。
「大丈夫ですかー!?」
って、滅茶苦茶粉塵舞ってるし!
「誰かテルミさんに回復アイテムを! 私のじゃ足りない!」
くろね子さんが、せき込みながらテルミさんを担いでおり、すぐにそばの木に寝かせる。テルミさんは苦しそうな表情をしながらわき腹を抑えており、そこからは大量の血が流れていた。
「はい傷薬……で、治るもんなのこれ……?」
「は、はやく……!」
テルミさんも多少は回復魔法が使えるはずだが、防壁を展開し続けていたせいでかなり消耗していたみたいだ。とにかく傷薬を急いで適当に塗り込むと、一応出血は治まる。
「くそ……爆発の途端、真っ直ぐ俺に突っ込んできやがった……」
「そうだ!アイツも早く追わないと!今3人で追いかけながら戦ってるんだよ!」
やっぱり爆発と同時に逃げるつもりだったのか!しかも5人がかりで倒せない相手を、回復役無しで3人(多分サイトさん、タミさん、グンジョーさん)で戦うのも危険すぎる。
「くそ、俺も追いかける!くろね子、あいつらはどっちへ向かった?」
「えっと、向こうの方だったと……」
「ああもう!一緒に来てくれ!テルミさんは……シエル! お前に任せた!」
「ええっ!? 何で俺が!?」
「どの道、お前の攻撃はアイツに通用しないんだろ?捕まえた奴らが変な考え起こさないように見張っといてくれ。2人とも、とっとと行くぞ!」
増援たって、3人じゃ……。
せめて×ぽんさんくらいは……ああ、Aseliaさん行っちゃった。
「……あ、大丈夫ですか? テルミさん」
俺は手持ちの飲み薬の方の回復薬を彼に渡す。
「ああ、ありがとう……出来ればプリーストも連れてってやりたいが……」
「この防壁を一人解除させて向かってもらいましょうよ」
「もう遅いよ。今から追っても間に合うかどうか……。後はあいつらを信じるしかない」
テルミさんは木に手をつきながらよろよろと立ち上がる。
「それに作戦の3段目がある。あともう少し時間を稼げば事は片付くはずだ」
決め手の3段目か……今になると初めからそれで行けばよかったんじゃないかと思うけど……アルクの偵察をかなり意識してしまったからなぁ。
「……そうだ!アルクは?結局どこにいるんでしょうか?」
「合図を送ってきたということは、途中までは近くにいた。後発隊はアジトを囲むように来たはずだから、こっそり抜け出すのも難しいはずだ」
「じゃあ、完全に逃げ出されたか、まだこの中にいるか……」
「だとしたら、ただじゃ済まなそうだけどな」
爆発の起こった小屋の周辺の粉塵もようやく治まりかけていた。まだ危ないものが残っているかもしれないが、とにかくこっちも早く調べないと。
「おい!人だ!中に人がいるぞ!」
突然、防壁の包囲網の反対側の方から仲間の声が聞こえて来る。
「おいおい、本当に……」
「まだ生きているんですかー!?」
直接見に生きたいけど、テルミさんから離れるわけには……
「防壁にぶつかってきたと思ったら、そのまま倒れたんだ! 何か真っ黒焦げになってるぞ!」
他の味方もそちらの方角に向かって行く。
「もしかしたら味方が逃げ遅れたとかも……」
「それは考えたくはないけど、ここで一度人数を確認しよう。粉塵もだいぶ落ち着いてきたし、ここで一旦防壁を解除して……」
テルミさんがそう言い、俺が彼に肩を貸そうとしたその時であった。
「……誰だっ!?」
突然のテルミさんの怒号に思わず肩が跳ね上がる。彼の視線をそのまま追うと、僅かな粉塵に紛れて黒い人影が立っているのが確認できた。
「姿を現せ!」
だが、そいつの足元の地面が爆発したように跳ねあがり、こちらに向かって土が吹き飛んでくる。僅かにこちらがひるんだ隙に、奴は一目散に林の奥に駆けだしていた。
「アルクか!?どちらにせよ敵だ!」
「くっそ!ここまで来て逃がすかよ! 」
「あ、シエル!一人で追うな!おい誰か!あいつに付いて行ってやってくれ!」
俺は全速力で奴の後を追う。そう、こいつは一番逃がしちゃだめなのだ。
サイトさんはさっき、戦闘力は無いから後回しでいいって言ってたけど(おそらく、罠を警戒するための文句だったのだろうが)、一度逃がすと捕まえるのが最も難しくなるのは間違いなくこいつなんだ。
こいつのホムンクルスと言う名のレーダーは、人と組んで最大の効果を発揮する。漆黒の君が言っていたように、今後より強い殺人願望を持った人間が現れるかもしれないんだ。今回の作戦が為ったとしても、こいつの能力はいくらでも抜け道を作ることが出来る。そんな気がしてならない。
絶対に逃がしては、いけない。
俺は元の世界よりも体力が無いであろう、この少女の体を無我夢中で動かした。
そう、後ろを振り向く余裕すらないくらいに。
視界はただ、目の前の男を捉え続けていた。