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52話 出撃前に

「よし、マガマギ。もう落ち着いたか?」


「あ、ああ。上手くいったら本当に死刑とか拷問にはならないんだな……?」


「上手くいったらな。いい演技を期待してるよ」


 酷い話だが精神安定剤を飲まされたせいか、少し足元がふらつきながらもマガマギは大分落ち着いてきたように見える。まぁ中の人も一般人なんだろうし、仲間を売ることに迷いは無さそうだ。

 電話を用意し、相手方の音声が聞こえるように別の部屋に外部スピーカーを接続。窓ガラス越しにその都度指示を送る。まるでラジオの収録のようだな。


「よーし、3、2、1、スタッ!」


 さて、問題の民宿へコール。すぐに聞き覚えのある低い声が出て来る。

 間違いない、出て来たのは先日の剣士だ。つまりは漆黒の君。


『マガマギか?不要意に電話なんてかけるな!盗聴でもされていたら……』


「だ、大丈夫だ。周りはうるさいし聞こえはしないよ。中の奴らも合言葉を言えた奴はみんな信用しきってるみたいだしな」


 ちなみに彼の周りにはガヤ(周りの騒音担当)のエキストラがいるのです。


『チッ!本当に大丈夫なんだろーな?それで何か分かったか?』


「ああ、良い知らせと悪い知らせだ」 


『何だ?』 


 う~ん、ここは『悪い方から頼む』って答えるのがクールだろうに。

 やっぱ分かってないなぁ。


「奴らは俺達の捜索に躍起になっている。どうやらアレックスの奴も裏切ったようだ。そのせいで俺達の溜まり場がバレたようだしな」


『そうか……早めに引き上げて正解だったな』 


「それとこの町の門も午後過ぎには閉めるみたいだ。今日はこの町中を徹底的に洗って来るみたいだぞ」


『こんなに広い町だ。あまり動く事は出来ないが、そう簡単には見つからないさ』


「だが、そこで朗報だ。アレックスの奴、山奥にサブのアジトがあるのを知ってはいたが、詳しい場所までは分からないみたいでな。そこで、掲示板メンバーの連中が何人か捜索に向かって来るって話だぜ」


『本当か。詳しい人数は分かるか?』


「さっき何か集まって話してたのを聞いていたんだが、10人くらいだったかな……」


『10人か……メンバーの顔は分かるか?』


 ここでサイトさんがカンペを上げて指示を送る。


「まず知った顔だと……サイトとテルミットって奴だな」


『サイトは有名な上位プレイヤーだし、テルミットは防壁に特化している厄介な奴だ。探索メンバーなら妥当な所だな。他には……タミとかはいるか? 金髪の男のファイターだ』


 サイトさんがはっとした顔になり、カンペに新しい指示を書いて上げる。


「……いや、そいつはいなかった。おそらく町の捜索に回るんだろうな」


『ふむ、そうか……』


 少し笑みの籠ったような声が聞こえる。


 サイトさんナイス判断。こっちの主力を固め過ぎるとかえって怪しまれるってわけか。

 戦力を適度に割いているって思わせるのが重要だ。


『そうだ、シエルって奴はいるか?背の低い小娘のソーサラーだ』


 げ……!

 しかも隣でサイトさんが迷わず何か書いてカンペ上げてるし!


「あ、ああ。三角帽被ってる女の子ならいたが……」


『ふ、ふふ……こいつはいい!』


 おぃぃぃぃぃ……めっちゃ喜んでるよこの人!


「先発メンバーの御指名でーす」


「……御愁傷さまぁ~」


 隣でにやけるAseliaさんと、手を合わせるにぃにぃさん。


『ちょうど良かった、そいつには借りがある。それに、このまま逃げ回っても状況は良くならないしな。ここでメンバーの戦力を削いでおく必要がある』


「返り討ちにするつもりか?確かにあんたは強いが大丈夫なのか?」


『ふん、色々と準備しておけば問題はない。中身はただの一般人だ』


 その言葉、そっくりあんたに返してやるよ。……って言えたらなー。


「じゃあ俺も合流したほうがいいかな?」


『お前はそこにいろ。そこで暴れ回って撹乱してくれてもいいんだがな』


「いや、それは流石に……」


『だろうな。今日は合流しなくていい。くれぐれもヘマなんかするんじゃないぞ?』


 もうしてますけど。


「ああ、もちろんだ」


 そこで電話が切れる。マガマギは大きく息を吐き、急に力が抜けたようにその場にへたり込んでしまった。


「これで……どうだ?」


「まぁまぁの出来かな? 罪が軽くなるのは作戦が成功してからだ」


 マガマギはそのまま目を瞑って動かなくなってしまった。抵抗の意思はもうなさそうだし、ここはギルドの役人さん達に任せても大丈夫か。



「でも、やっぱり最後の決め手はシエルだったと思うんだよな」


「うん、同感」


 だからってね、ひでぇよあんたら。人事だと思って。あの時に恨みを買ったのが今になっていい結果をもたらしましたね。……ってやかましいわ。


「だけど、向こうは本当に引っかかってくれますかね?」


「多少は疑うかもしれない。でも向こうには強力なレーダーがあるんだろう?捕まった2人の話ではかなり頼りにしているみたいだからね。そいつの目さえ欺いてやれば」


 便利な物に頼り過ぎると、思考力が落ちるって話なのかね。

 そして敵に教えた通りタミさんは先発メンバーから外れ、代わりに俺が確定。残りのメンバーのくじ引きでも、にぃにぃさんと×ぽんさんはちゃっかり外れるという始末。

 ……出撃は三時間後。それまでギルド本部の中で昼飯や心の準備を整えろだと。


 俺にとっての心の準備なんてこの体を使ったオナヌーくらいしかないが、公共の施設であるこの建物の中では完全に一人になれる空間などあるわけない。仕方ないというか、思い出したようにGillyさんへ連絡を送りに行くとする。


 冒険者ギルド本部のロビーは騒然となっていた。いつもの10倍は人が多い。これで俺達も何か手伝うぜって心意気の奴らが少しでもいればよかったのだが、その大半は避難所代わりに来たやつらばかり。この町で一番大きい宿屋が焼失したというのもあるが、これは何とも情けない。入口の方を見ると、なにやら大荷物を抱えたおっさんや若者が何やら喚いている。


 ……どうやら、今日一日は一般人の立ち入りを禁止しているにも関わらず、安全な所に避難させてくれと訴えているようだ。いるいる、現実にもこんなやつ。みんなで生きるための協調を捨ててまで、自分の身を守ろうとする奴は、今日のサイトさんの策にも使えない。本来はこういう奴らをもっと処分するべきだろーに。

 

「よう、シエル。首尾はどうだ?」


 ……こっちにもおいおい。


「Gillyさん……メールでやり取りするんじゃなかったんですか?」


「こっちに来た途端この騒ぎだからな。思わず声かけちまった。……前の方で女と警備員がもみくちゃやっていたが、何かあったのか?」


「それは多分殺人犯ですよ。入口の合言葉は変装して入ってこようとする奴を引っかける罠だったんです」


「なるほど。俺も合言葉が分からなかったんだが、普通にボディチェックを受けただけで通してもらえたしな。下手に侵入しようとしないでよかったよ」


 俺が少し周りを気にしようとしたが、Gillyさんはそれを制する。こんな状況じゃ隠れてこそこそ話していた方がかえって怪しまれるとのことだ。周囲も適度に人の会話でうるさいし、ここは堂々と話す事にする。


「どういうわけか、この世界で捕まったらリスポン地点も牢屋になるっぽいですよ。ですから、アレックスさんは多分まだ地下の牢にいます」


「それはそいつにも100%当てはまるのか?」


「それはさっぱり……一度確認したほうがいいでしょうか?」


「ああ、確認だけでいい。出来れば独房の場所も聞いてくれ」


 当然のことながら受付も長蛇の列が出来ていた。俺達も大人しく並ぶ事になり、40分後、ようやくアレックスさんの存在の確認と場所の特定に成功する。


「地下6階の重犯罪者房か……監視の目が厳しそうだな」


 面会も出来ないか尋ねてみたが、ギルドマスターや他の仲間の立ち会いも必要だとのこと。これにはGillyさんがNGを出す。


「こればっかりは仕方ないか。ここからは俺一人で何とかするとしよう。……お前らも今から動くんだろ?」


「はい。詳しい話は出来ませんが、とにかく大掛かりな作戦です。もしかしたら、その分監視の目が緩くなっているかもしれません」


 それを聞いてGillyさんも口を緩める。相変わらず、概要は全く言っていないのに、こちらの考えを全て読んでいるかのようだ。


「……なるほど、こっちの世界に来た奴ら全てに釘を刺そうってわけか。単純だが効果的ではある」


 サイトさん達が何故わざわざこんな壮大な作戦を持ちかけたのか。この作戦の根底にあるのは、何も力技で敵を倒すことだけではない。


 『相手の戦意を奪う事』。これが今回の作戦の真の目的だ。


 ここで言う『相手』とは何も例の8人だけでは無い。Gillyさんの言う通り、この世界に精神トリップしてきた全ての人に、もちろん俺達掲示板メンバー全員に向けての言葉でもある。

 こちらの世界に来て殺人を犯したのは例のグループだけではない。実際Gillyさんだって1人殺している。殺犯人はあいつらだけじゃない。おそらくちょっとしたヒーロー、選ばれし者の感覚で人を殺そうと考える奴は、他にもいるだろうし、これから先また増えて行くであろう。それは現実と同じ。まさに堂々巡り、果てはいたちごっこの如く。

 現実の規範やルールそして自分自身の能力、限界といった束縛が外れたこの世界。だからこそ新たに前例と言う名の『縛り』を作る。法や倫理、思想などではなく『歴史』を。こうすりゃこうなるという、この世界での物理法則の如き『原則』を。


 思い留まらせる。

 まだ現実世界の自分を意識しているのであれば。


「特にジャパニーズには効果的だろうな」


「はい、アメリカンとかだったら、また分からないんでしょうけど」


 なにはともあれ、今日は何としても犯人グループを一網打尽にしなければならない。この先、被害者も加害者も出さないようにするために。


「……でもやっぱ怖いっすねー。自分も死ぬかもしれないんで。情けない話ですけど」


「最後まで生き残るのは、勇気とか恐怖とかそんな曖昧なものではなく、ただがむしゃらに自分が死なない方法を模索し続けている奴だ。お前らには必要ない台詞かもしれんがな」


 Gillyさんはそう言いいながら道具袋の中から何やら色々取り出し、俺に差し出す。


「ほらよ、持って行け。俺からの差し入れだ」


「これは……煙幕花火ですか!こいつは助かります!」


 さらに彼は五芒星のついたネックレスと、鍋のふたサイズの鏡のような物を取り出した。


「こいつはミスティクレスト、魔法の溜め時間を短く出来るらしい。こっちの鏡のようなものは魔法攻撃を完璧に反射出来る。だが、強度は無いから強い衝撃は与えないように、だと」


「前に言っていたクリエイターの方ですね?多分ミノルって人でしょう?」


「ああ、そいつもこっちでは表に出られないから、お前らに頑張ってほしいだとさ」


 2つとも攻略掲示板でも見たこと無い代物だし、こいつは思わぬ差し入れだ。早速ミスティクレストを首に装着。この鏡は……今の俺にはちと重いな。強度も無いようだし、いざって時に使用するとしよう。


「そんじゃ、今日が互いに正念場だ。上手くやろうぜ」


「はい。……あ、そうだ。アレックスさんの件についてですが……」


「大丈夫だ、聞き出した事はちゃんとお前にも教えてやる」


「全部じゃないんでしょうけどね」


「内容次第だな」


 俺達は互いに苦笑いする。未だにこんな関係だが……ま、いいだろう。


 俺はGillyさんと別れた後、すぐに館内放送でサイトさんに呼び出される。

 先発隊メンバーの最後の打ち合わせのためだ。気休めにもならないだろうが、そこで回復アイテムも大量に渡される。


「門が閉まる30分前、犯人グループと思わしき一行が町を出たそうだ。人を入れ替えながら尾行させたが、そいつらは案の定北西の山に向かっているらしい」


 ここまでは上手く行ってる……か。


「数が少し合わないのが気になるが……そこは様子見だ。とにかく、出撃は定刻通り。俺達先発隊は、犯人らがこちらを網にかけようと準備を始めた所に敢えて突っ込む。そして俺達が門を出ると同時に後発隊が町の反対側の門からこっそり出て、ただちに馬車に乗って移動。俺達の突入のおよそ30分後に突入。ここからが本格的な戦いになる」


 つまり最初の30分は俺達10人だけでなんとか時間を稼がないといけない。もちろん死人なんてもってのほか。30分という時間が長いのか短いのか良く分からんが、今までの18年の人生の中で最も長い30分になることだろう。……この台詞、一度でいいから言ってみたかったのだ。でも全然格好つかねぇ。


 相手の構成はファイター2人、アーチャー2人、ソーサラー2人、でもってプリーストとアルケミストが一人ずつ。


 戦闘要員と比較して、回復・防御要因のプリーストが1人と少ない。突くのならそこだ。戦いの場は林の中。定石なら相手は分散して待ち構えているだろう。それに対して、こちらは徹底的に固まる。一人でも食えれば御の字だ。基本は時間稼ぎなので、防御主体の立ち回り。とにかくこちらは思わぬ敵の襲撃、そしてその数に面喰らう……そんなシチュエーションだと相手に思わせる。敵の足を止めたらまずは作戦成功だ。



「みんな、俺の作戦……いや、作戦なんて呼べるもんじゃないけど、こんなものに参加してくれてありがとう。だから絶対に死なないでほしい。目覚めが悪くなるし」


 出撃10分前。俺達の先発隊メンバーの前に立ち、サイトさんが感謝の言葉を言う。


「俺達は囮、言わば人柱だ。だけどここで生き残れたら現実でも、何物にも得難い自信になる気がするんだ。これで生き残れたら俺はゼミの連中に……」


「やめろってサイト!それ死亡フラグだから!ストップ!それ以上は無し!」


 折角の真面目な雰囲気がAseliaさんの茶々によって台無しになり、その場は爆笑に包まれた。


「とりあえず顔が利くサイトとシエルが狙われ役になるとしてだな……。いざとなったらこいつら+テルミさんを中心になんとか粘ってもらう事にしよう」


「あーあ、俺プリーストなんて選ばなきゃよかったー」


 多分この作戦では最も責任重大なテルミさんが不満の声を洩らす。

 それと俺を勝手に囮の勘定に入れないでくれ。狙われてはいるだろうけど。


「畜生!もうここまで来たら雰囲気も糞もねーな!とっとと行くぞ!」


『おらっしゃー!』


 とうとうサイトさんもヤケになり、俺達はギルドを出発して町を出た。悲壮な雰囲気を出すと相手にばれるのでこれはこれでいいのだろうが。誰もが己の中の恐怖を隠すために、テンションが上が続けていた。生きるか死ぬかの30分。これが最後の戦いになればいい。

 

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