50話 いつ死ぬかもしれぬ前に
俺は柄にもなく机に向かって遺書を書いていた。
一応この連続怪死事件の知っている限りの全容(Gillyさんに教えてもらった事含め)と、俺の死後の処理について書いている。俺の他にやっている人もいるだろうから、ほんの気休め程度にしかならないが。
結局作戦決行は今晩となった。犠牲者を増やさないだけでなく、相手に対策を取らせる暇を与えないようにするためだ。今夜で決まる。今朝は親にも電話して、明日一日俺の電話が無かったら、俺は死んだものと思ってくれと伝えた。酷く心配されたが、事情を言ったところで信じて貰える話ではない。
よし、遺書はこんなもんか。枕元に置いて……と。自殺するわけでもないのに不思議な感覚だ。午前の作業はこれにて終了。学食で飯食ってから今夜の決戦に向けてのレベル上げといこう。
ん?電話だ。公衆電話から?
『よう、俺だ』
「ちょ、Gillyさん……!何で俺の電話番号知ってるんですか!?」
『お前の携帯電話を覗いただけだぜ?隙だらけだったからな』
いつの間に……やっぱ怖ぇよこの人!現実でもシーフですか?あんななりで。
『そんな話は置いといといてだ。社員のアレックスが見つかったんだってな』
「メールは見てくれましたか。事実上、出頭みたいなもんですよ。殺人犯グループについての情報は沢山貰えましたけど、しばらくギルドの独房入りになるそうです」
『連れ出すのは難しいか……。何とか話だけでも聞ければな』
独房に潜入でもするか?俺は無理なので本職の貴方に全てお任せで。
「それと気になるのが、あっちの世界って一度出ると再スタートはまたいつもの所からでしょ? それだったら簡単に脱獄出来たりするんじゃないんですか?」
『さぁな、俺は知らん。お前の方が詳しい知り合いがいるんじゃないのか?』
あ、そうか……YASUさん忘れてた。あの後どうなったんだろう。ゲーム中でも見かけないし。これから探してみるか。
『とにかく、今晩は俺もギルドの中にいる。でもやり取りはメールでやろう』
「了解っす。あ、それとGillyさん」
『何だ?』
「……俺の住所とかもばれてます?」
『だから番号覗いただけだって。気になるなら機種変したらどうだ』
ひっでぇ。こちとら裏組織のお世話に何かなりたくねぇよ。
『まぁこっちが知りたい事が分かったら、お前から手を引くさ。そんなに気にすんなよ』
「うす……」
黒幕とか……早く逮捕されてくれないかな……。
……飯食いに行こう。
◇ ◇ ◇ ◇
今日の定食はカレーだ。でも正直カレーって外で食うもんじゃないと思う。野菜とかの具がゴロゴロ入った奴が好きなのに、外食の奴はそれが皆無だからだ。
「よう、高瀬」
こんなぼっちを気にかけてくれてありがとう、内山くん。
「ニュース見たか? だんだん有名人の死亡者が減ってきているらしいな」
「へぇ……今朝は何人くらい?」
「話題に上ったのはたった十数人ってとこだよ。でも、今度は一般人の死亡者が急増しているみたいだぜ? ほら、この前だって一日で二百人以上眠ったまま死んだって言うじゃないか」
この前……モンスターの襲撃事件か。寧ろあれで二百人程度で済めば御の字だよ。
「まったく、世界にはまだ凶悪犯罪者がいるってのに……どうせならそっちの方を先にやって欲しいもんだよ。……ああ、犯人がいるんだったらな?」
悪いね内山。この事件、日本にいる人限定なんだ。世界規模だったらもっと変わってるんだろうけど。Gillyさんの言う通り、伝播するものだったらこれほど迷惑なものはない。
「なんか最近は死ぬのが悪人ばっかりじゃなくなってるし……」
「元々悪人を殺すことが目的じゃなかったりしてな」
殺人犯グループのことを言ったつもりだったが、俺の発言に対して内山は目を丸くする。
「なるほど、一連の事件は何かのカモフラージュの可能性もある、と? 中々面白い推理だな」
あ、いや、そういうつもりで言ったんじゃ。……まぁいいか。
取り巻きの女の子たちも来たようだし、俺は空気を読んでその場を離れる。ああいう風なリア充は焼き殺したくなるくらい恨めしいが、かと言ってそうなれなかった責任は俺にもあるんだし。
現実はどうしようもなくくだらない。なのに離れたくないと思うのは何故だろう?
もう少し現実で生きてみたい。絶望するのはそれからでいいか。
◇ ◇ ◇ ◇
家に帰ってパソコンを立ち上げ、ゲームを起動。今夜に向けての念入りな準備を行う。
スキルポイントは全て炎属性の魔法にふろう。ゲーム上では苦労するかもしれないが、ここまでくれば、器用貧乏よりも極端に能力を偏らせた方がかえって有利な気がしてきた。
おぉ~、新スキル『メテオフレア』か。
溜め時間こそ長いが、強力な広範囲攻撃魔法……いいね。
加えて『イグナイトスフィア』。
体の周りに強力な熱エネルギーをもった球体を発生させる、か。
これは近距離&防御用か? これはこれでありがたい。
最後は『プロミネンスマインⅤ』。
これは……うん。無印マインより強いと思っていいのかな?
技説明は……あ、へぇ~ ちょっと面白そう。
掲示板に情報は……載っていない。
敵側のソーサラーのバドランドは先日の時点でレベル51。一般的なプレイヤーと同じように魔法属性をバランスよく振り分けているのだったら、これらの高レベルの炎属性魔法は覚えていないだろう。先日の失敗もあるし、わざわざここに情報を書き込む事もないか。
新魔法3つをひっさげ、早速レベル上げだ。掲示板メンバー総出で高レベルのダンジョンに挑む。死ぬのはゲーム中だけにしたい。
メテオフレア!……おお、強い強い。
イグナイトスフィア!……後衛狙いのモンスターに効果的だ。返り討ちにしてくれる。
プロミネンスマインⅤッ!……地味だ。つーか全然踏んでくれねぇ。
そんなこんなで、午後6時。シエルちゃんのレベルは44に。
ここでいったん休止。晩飯を食いに学食へ。
誰とも出くわさず夕食完。真っ直ぐ家に帰り再びゲーム再開。
どんだけ駄目なんだよ俺の生活。
だけどログインしてすぐにYASUさん発見。
シエル「YASUさん!お聞きしたいことが!」
YASU「何でしょうか?」
シエル「向こうの世界ではずっと独房に入ったままですか?」
YASU「そうです。最近は退屈なだけで慣れてきましたけど」
……本当に向こうの世界のルールが分からん。こちらにとって都合はいいが。ギルドの中にそのままリスポンとか出来ないものか。
YASU「それが何か?」
シエル「こちらにとっては重要なことなんです。それとYASUさんももう少しの辛抱ですから」
YASU「あそこから解放されるんですか?」
シエル「新犯人が逮捕されれば何とかなると思います。そっちの方も目星がついているので。でも今の段階ではまだ牢屋の中が安全です」
YASU「向こうの事はシエルさん達にお任せするしかありませんね……」
シエル「任せといてください。必ずなんとかしますから」
格好いいこと言ってYASUさんと別れ、再び夜の部へ。
終了時刻は夜中の3時。ギリギリまで粘るとする。
シエルのレベル……ついに50の大台へ!
だがその途端猛烈な睡魔が俺を襲う。
もう……限界だ……寝る……
いよいよ決戦の舞台へ。
何かやり忘れた事は……死ぬ前の準備……アイテムと装備はちゃんと整えたか……。
全て……おーるおーけー。
下手したらこれで最後になるかもしれない夜に一人思うこと。
もう、このゲーム……楽しめてねーや。