表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/65

48話 こうもあっさりと

 今ではもう慣れっこの異世界トリップ。


 今更だけど、もうちょっとエフェクトとかつけれくれないかなぁ。寝ている時に気が付いたら異世界って感じでは今一つ雰囲気が出ないし。冗談は置くにしても、この妙にルールじみたものがあるのが割と厄介なのである。いつものスタート地点である酒場を一歩外に出れば既に危険領域。宿までは走っても20分以上はかかる。この間は一時も油断することは出来ない。昨日の件もあるし、酒場の外は見張られてると思っていいかも。


「……と、いうわけでまるちーさん。何か良い方法はないですか?」


 外に出たら即襲われた。何とかして安全にこの周辺から脱出することは出来ないだろうか。目の前の仲間に簡単な事情を話し、一緒に知恵を絞る。


「ん~、変装は難しいんですよね。シエルさんは小柄で逆に分かり易いですから」


 この少女の体がここに来て裏目に出る。おこちゃま体型の冒険者なんて、そうはいないだろうしな。昨日の一件もあるし、向こうも特に気を付けていることだろう。


「秘密の通路とかあればよいのですが……後は、何か荷物に紛れて外に出るとか?」


 あんまり時間もかけてられないし、後者を採用。

 酒場のマスターにお願いし、急遽生ごみと共に袋を用意してもらう。

 

 ごみの回収は朝にやるらしいのだが、酒場の店員に変装したまるちーさんがうっかりごみを出し忘れ、慌てて集積所まで向かっているという無駄な設定を作り作戦開始。


「宿屋に近づいたらそこで合図しますので、素早く降りてくださいね」


 まるちーさんが引く台車には、俺の入った袋と共に生ごみが二袋。半透明の袋しか駄目だということで、俺の入る袋にも表面に紙類と生ごみを少々混ぜている。宿に着いたらまずは風呂だな。ついでに久々にこの体を堪能したい。Gillyさんの話が本当ならば、この現象は期間限定らしいしな。こんな時にだって?知るか!戦場の真っ只中でラブシーンをかますカポーに比べたら全然マシだよ(多分)。


 くだらん話はともかく、さぁ出発。



 ◇ ◇ ◇ ◇



 で、



「なんじゃこりゃぁ~~!?」



 敵の襲撃に合うことなく無事に宿屋に着いたというのに、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。いや、目の前の事態を正確に述べると、そもそもあるべき場所に宿屋がない。そこのあるのは焼け崩れた瓦礫のみ。一体どういうことなの……。


「お~っす」


 瓦礫の山の上ではAseliaさん、×ぽんさん、にぃにぃさん御一行が何やら作業をしていた。俺は迷わず瓦礫を指差したが、彼らは別段驚いた様子を見せない。


「昼間言わなかったっけ?」


「昨日焼けちゃったんだよ。あ、味方で死人は出てないから大丈夫。一般人は何人か死んじゃったけど」


 この人達も段々あっさりとしてきてるなぁ。もう今更、火くらいで驚かないってか。


「燃えたって……放火ですか?」


「十割がたそうだろうな。先に気が付いて宿を飛び出した客が、片っ端から矢とかフレイムレーザーで撃たれてたし」


「実はこの宿とギルド本部が地下で繋がってて、俺達はそこから脱出したんだ」


「サイトくんがギルドマスターから教えて貰ったんだって」


 それはまた御都合主義的な展開でよかったですね。しかし敵さんも、やり方が滅茶苦茶過ぎないか?モンスターの大群を呼び寄せるわ、俺達が集会所代わりにしている宿を燃やすわ。やってることは完全にテロリストじゃないか。なんか死のノートもこんな感じだったような気がする。人殺しを第一の手段とする世直しなんて、結局行き着く先はそこなんですかねぇ。


 ちなみに今では、ギルド本部の一室が俺達の集合場所らしい。知り合いのメンバーではサイトさんやタミさんらがギルドの人達と今後の対策を話し合ってるんだと。その間この人達は何をしているのかというと……



「瓦礫から宿屋の主人の金庫を堀り出してくれなんて……またこんな少女の細腕に無茶をさせる……」


「文句言うなー。これも住民の信用を得るための奉仕活動の一環だー」


 俺は軍手をはめ、せっせと焼跡の瓦礫を除く作業を手伝わされる。実際にギルドマスターのお爺さんが奮闘してくれているおかげで、少なくとも俺達は街の人に信用されているらしい。そして今では俺達を違う意味で見張ってくれているんだと。


「……だけど信用を得るのも大変ですね。社会でもこんなもんなんでしょうか」


「んにゃ、どうしようもない奴が上につくと分からないよ。現実社会の世知辛さよりはマシさ」


 ×ぽんさんがやたら重みのある一言を返す。

 とはいえ、これはこれで大変だ。宿の周りには警備員とテルミさんがいるので、作業自体は安心して行えはするんだが。この作業が終わったら、今度は先日モンスターの大群にやられた町東部の復興も手伝えだと。少女使いが荒い事この上ない。


「おー!あった、これだ!重いぞー!」


 お宝はAseliaさんが掘り当てたようで、俺もそれを引き上げる作業を手伝う。数人がかりで金庫を引きずり出し、宿屋の主人に全力でお礼を言われ、(異世界換算の)午前中の作業はこれにて終了。うーむ、こんなことやってていいのでしょうか(自分の事を棚に上げて)。



「大丈夫だって、敵さん対策の方はサイト達に任せれば。ぶっちゃけ、俺達はそれまでやること無いからこんな事させられてるんだぜ?」


「もう迂闊にみんなから離れられないもんねー。考える作業は他の人に任せて、私らは肉体労働ってわけ。役割分担をきちっとやってるだけだよ」


 そうっすか。せめて俺は肉体労働以外の方が良かったですけど……。

 昨日Gillyさんから得た情報もこの人達に教えたいところだけど、ここじゃまだ場所も人数も悪いか。Gillyさんに迷惑かけると後が怖いから、話もどこまでみんな話そうか少し悩む。


「どうしたシエル?さっきから妙に落ち着いてないけど」


「あー……みんなに教えたいことがあるんですけど……」


「もしかして昼間に言っていた以外の敵さんの情報か?」


「はい、実は……」


 俺は三人の耳元に小声で、上位プレイヤー名簿の事を話す。


「マジか。そいつはすげぇな。敵を更に割り出せそうだな」


「でも、記憶できるのにも限界がありますし、さっき酒場で書いた分しかありません。掲示板メンバーを抜いて、上位数十人くらいがやっとでした」


 俺は先にあらかじめ酒場で書いておいたメモ用紙をみんなに渡す。


「うへっ、一位はレベル67もいってんのか。サイトでも四位なのかよ。世の中広いな」


「ゲーム上の戦闘力は『何げなく』戦う時にモロに違いが響いて来ますからね……。この上位三人が敵であって欲しくはないですね」


 皆も興味深々でそのリストを見ている。役に立てたようで何より。


「しかし、こんなのどうやって手に入れたんだ?」


「えっと……」


「もしかして例のGillyって人?」


「……はい」


 Aseliaさん鋭いよ。全くばれないようにするのは無理だと思ってたから良いけどさ。


「信用、出来んのかねぇ……」


「昨日奴らに襲われた俺を助けてくれたのも彼ですし、少なくとも敵の敵なのは確実です。彼も奴らがいると迷惑だから俺達に退治してほしいって」


 本当の事半分、出まかせ半分。これが意外と疑われない。俺は何とかして、少し悪くなりかけた場の雰囲気を治めてみる。

 最初に反応を見せたのはAseliaさんだ。


「退治ねぇ……ま、そう言う事にしといてやるか。敵に回るんなら容赦しないって伝えとけよ」


 皮肉交じりだが、どこか安心したような顔だ。そもそも、たった一人のシーフがこのメンバーに勝てる策も見込みも無いでしょうけどね。


 話が一段落つき、撤収準備に取り掛かろうとすると、今度はギルドの武装した職員が慌てた様子でこちらに駆けよって来る。


「あなた達と話がしたいという冒険者が来られたのですが、どうしますか? 交戦の意思は全く見られませんが……」


 俺達と話がしたい?一体誰なんだろ。一応他の人の様子を見てみたが、みんな揃ってやれやれといった表情になっていた。

 

「またかよ。どうせ俺達の仲間に加えてくれってタチだろ?」


「え、ええ……」


 前例あんのか。集会襲撃事件が三日前、モンスター放出事件が二日前に起こったばっかりだし、他に取り込まれた人も相当怖い思いしてんだろうなぁ。


「どうするんですか?」


「どうするもなにも『お断りします』、だよ。今更新たにメンバーを加えても、また身内同士で変な探り合いとかになるからな」


 今のメンバーは先日の死闘を共に生き抜いた人達だから信用できる、と。みんなで一斉に互いの疑念というものを捨てて、生まれた結束。『当クランはどなたでもウェルカム』みたいに、性善説唱えているような生ぬるい団体じゃないんですよってか。


「それもそうっすね。その人には気の毒ですけど」


「よーし、そうと決まれば美女三人でお断りのダンスでも……ん? あいつどっかでみたような……」


 アイツってどいつ?あの職員に取り押さえられているあの人?俺は見覚えないけど。


「あっ!な、なぁ、あんたら今大勢でチーム組んで殺人犯をぶっ潰そうとしてんだろ?お、俺も仲間に加えてくれよぅ!」


 男は職員二人に腕を押さえられながら、必死な形相で訴えている。あー えーっと……でも、どこかで聞いた事ある声だぞ。顔は知らないけど、声は知っている。そんな人は……。


「思い出した!この人この前の集会で、れんちぇふさんにいちゃもんつけてた人じゃん!」


 にぃにぃさんの一言でその場の全員が手をポンと叩く。


「あー、いたなぁそんな奴」


「だったら、なおさら駄目じゃん。ここは丁重にお断りします」


「あ、あの時のことは謝るからさぁ!俺だって怖かったんだよ!まさか本当に人が死んで、殺して回っている奴がいるなんて思ってもみなかったんだ! この前のモンスターの大群だって……!」


 男は既に涙交じりの声になっている。なんとゆーか……憐れ、無様だ。


「あの時のことを水に流すとしても、あなたを仲間に加えることは出来ません。信用できないので。申し訳ないですが自分の身は自分で守ってください」


 ×ぽんさんも毅然とした態度で応じる。やや心苦しいがそれも仕方あるまい。内部崩壊は最も避けるべきなのだから。


「まぁ、犯人グループを倒せば安全になるのでそれまでの辛抱ですよ」


 思わずフォローを入れようとして気休めみたいな事を言ってしまったが、焼け石に水滴。男の体は小刻みに震え続けていた。


「そうだ。いい方法があるぜ。ギルドの地下牢、あそこに頼んで入れて貰ったらどうだ? そこなら安全だと思うぜ」


「そんな……!」


 Aseliaさんは冗談っぽく言うが、何気に名案である。環境はともかく安全面では中々のものではないだろうか。


「つーわけで、ギルドの職員さんお願いします。こいつを牢にぶち込んどいてください」


「えぇ~?でもこの方は何の罪も犯してないですし……」


「人命保護だよ、ほ、ご。ギルドマスターのじーさんも言えば納得してくれるって。俺達が殺人犯をぶっ倒した後に釈放すりゃ何の問題も無い」


 Aseliaさんの強気な発言と同時に、ギルドの職員が更に後から来て四人がかりで男をどこぞへと連れて行く。何の抵抗も出来ぬまま装備を取り上げられた男は、憐れにもしばらくの間、獄中生活を送ることになるのだろう。俺達はその様子をただ黙って眺めていた。

 

「いかん、少し後味悪いな」


「今更!?」



 彼にもまだ少し良心が残っていたようだ。



「でもこの方法って、結構流行るんじゃないのか?一応安全っちゃ安全だし」


「囚人に紛れて犯人グループが入るかもしれませんけどね……」


「げ、だったら下手にぶち込まない方がよかったかな」


 しかし牢屋かぁ。そこが安全なら俺も入りたいよ、正直。YASUさんとかの話聞くと向こうは向こうで大変そうだけど。……ん?でもそういえば、夢に入る時の再スタート地点って、最後にいた場所に関わらずいつも固定だよな。牢屋に入っている場合そこんところどうなんだ?また別のスタート地点からリスポン?ここに来てまた一つ変な疑問が増えてしまった。


「おい、シエル。とっとと次の場所行くぞ」


 ……みんなにも言った方がいいのかな。ま、機会がある人に調べて貰えば……。


「そうだ、みんn」


「すみません!あなた達が掲示板メンバーの方々ですか!?」


 っておい、空気読め。そして誰だこの声の主は。先程のいちゃもん男とは逆方向から走って来たらしい男。早速警備の人に取り囲まれている。息も酷く上がっており、抵抗の様子も見られない。見た所ファイターか。装備的にもまだレベルはあまり高くない。


「何の御用でしょうか?」


「あ、あんた達の仲間に会わせてくれ!こっちの世界のギルドマスターとも繋がっているんだろ!?もう嫌だ……、こんなのこりごりだ……!」


 男の顔の上には息を上がらせていることによる赤みと、恐怖(?)みたいなのから来る青みが交じって妙な色が出来上がっていた。


「えーっと、また仲間にして欲しいって奴ですか?」


「そんな奴は片っ端から牢にぶち込もうかって話になってたんだけど」


 俺達の毅然を通り越して酷く冷淡な対応にも、男は強く首を振るのみであった。そして少し息を整えてから、再び話し始める。


「違う……俺はあんたらにあいつらをぶっ倒して欲しい。情報ならいくらでもやる……」


「あいつらって殺人をやって回っている奴らのことですか?」


 男は首を縦に振る。


「お前の持っている情報ってどんなもんなんだよ」


「殺人を犯している奴の名前、構成、そして奴らが根城にしている場所だ……!」


 え?ちょ。マジ?


「は、は? マジか? 何でそんな事……」


「昨日まで手を組んでいた。でも……もう沢山だ……!あいつらは滅茶苦茶だ……!大義も糞もない……!」


 俺達は顔を見合わせる。Aseliaさんの表情がやや固くなり見下ろすように言った。


「あんたも……殺人に関与していたのか?」


「俺が殺したのは……」


 …………


 …………


 凶悪犯罪者が12名。政治家、官僚が8名。その他悪い話の絶えない有名人を4人ほど。


「めっちゃくちゃ殺りまくってんじゃねーか!」


「弁解にもならないと思うが、一応全員悪人とされるような奴らだ……!そんな奴らしか殺すつもりはなかったんだ……」


「いや、でも殺人は殺人でしょ」


「こんな力を手にして調子に乗ってしまった罰なら甘んじて受ける……。でも、その前にあいつらを何とかしてくれ! あれは本当にただの狂った集団だ!」


 男は悲痛な声を絞り出す。彼の腕を押さえているギルドの人がこちらに目くばせをしてきたが、×ぽんさんはゆっくり首を横に振る。


「この人の言うことが本当なら、牢の前に先にサイト君達の所に連れて行ったほうがいいでしょう」


「知ってるだけの情報を吐いてもらわないとな」


 ギルドの人が男を解放する。掴まれていたのは腕だけだったのだが、それを離した途端彼はへなへなとその場にへたりこむ。


「大丈夫かあんた?」


「命からがら逃げて来たんだ……奴らは容赦なく殺しにかかるから……」


 彼が座り込んだのは疲れのピークなのか、それともこちらに合流出来た安心感からか。


「そう長くも休んでいられないですよ。それと、名前は何て言うんですか?」


「ゲーム中のキャラはアレックス……」


 へ?


「アレックス、さんね……まぁいいや。奴らがいつ口封じに襲って来るかも分からんし、とっととギルドに戻りましょう」


「え? あ、アレックスさん?」


「どうしたの? シエルさん」


「い、いや、何でも…… 向こうで聞けば済む話かな……」



 い、言えねぇ……!こんなタイミングでかよ……!


 この時点で身分を明かさないということはこの人自身も言いたくないんだろうし。それはこっちとしてもいいんだけども。むしろ犯人グループにいたのに、わざわざ寝返ってくれるなんて都合のいい事には違いないんだ。だがしかし、どのタイミングで連れ出すべきか……。Gillyさん、あんたの注文やっぱ難しいっす!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ