46話 意外や意外
現実に帰還した俺を待っていたのは、案の定仲間達からの心配と非難の嵐。
彼らにどれだけ事を伝えようか迷っていたが、とりあえずGillyさんの事を除いた一部始終を話す。謎の剣士にいたいけな魔女っ娘が襲われた事は向こうでも話題になっていたみたい。
サイト「プレイヤーキラー用のアサシンスーツ……そんな物まで使って来るか」
Aselia「話をまとめると、白銀の鎧を着た銀髪の男ファイターか。そして鎧は魔法を弾くからソーサラーは要注意ってわけだな」
×ぽん「そいつの名前とかは?」
シエル「ファイターの方は分かりません。でもあの場にはおそらくもう一人いた。俺が逃げる時に『アルク、追え!』ってその男が言っていたんです」
Aselia「アルクか。そんなアイテムとか用語も無いしな。名前の情報はありがたいぜ」
サイト「そいつの姿は見なかったのか?」
シエル「いえ、全く。あの場には他に人の気配もありませんでしたし。でも、明らかに別の誰かが俺の行動を監視していたみたいです」
Aselia「例のアーチャーじゃないのか?」
サイト「それだと矢で狙った方が手っ取り早い」
くろね子「町の方でも特にアーチャーの警戒のされようは半端じゃないですよ。ずっと見られている上、遠くから石投げつけられますもん」
しかしだからこそ、弓を使わずに警戒に徹していた可能性も……
「う~~~ん」
朝起きてからずっと仲間たちとのチャットが続いていたので、いい加減に目を休めたい。椅子に寄っかかり、大きく背を伸ばすと机の上の時計に目がいく。
午前11時ちょい過ぎ……そろそろ準備するかな……
シエル「すみません。俺はこれから用事があるので。話はまた今夜にしましょう」
サイト「ああ、一応アサシンスーツ対策に相言葉を決めておいてくれ。俺達の分も後でここに載せておくから」
相言葉ね……歯車って言ったらジェットシュウマイって返すみたいな感じでいいのかな。何かみんなからクソワロタとかいうレスが返って来てるけど、まぁこれで良しと。
さて服は何を着ていくか。別にデートとかいうわけでもないんだけど。やっぱこういう真面目な話をする場だから、軽く身だしなみを整えとかんと。うわー、俺の服って改めて見ると揃いも揃って皺だらけだな。ファッションとか全く興味ないけど、だらしなさや不潔感を相手に与えるのは不味い。アイロンだけでもかけていこう。……うん、こんなもんでいいかな。あとは消臭スプレーで完成っと。
家から横浜駅までチャリでかっ飛ばし、お台場への直通バスに乗り込む。大学生は夏休みとはいえ、世間一般は平日の月曜日。酷い渋滞も特に無く、バスは快調に進む。窓の外に流れて来る住宅街やビル街、街ゆく人をぼんやりと見ながら、俺は今回の騒動について想いをはべらせていた。本当にとんだ騒動に巻き込まれたもんだと。
現実では裁けない人間を、異世界から裁く。そのための力を唐突に持たされる。しかも複数の人間が。実際にその力を行使した人がいる、もう既に何百人という俗に言う悪人が裁かれている。……それは良い事だ。俺はそう思う。奴らにも言ってやれる。お前らのやった事は犯罪だけど……良い事でもあるんだ。
でも、この窓の外の景色を見ていると……思ってたほど世の中は変わっていない。
あいつらは何のために殺人を犯したのだろう。自らの私利私欲もあったのかもしれない。……けど、少しでも、ほんの僅かでも、この世の中を良くしたいって願望もきっとあったはずだ。
だが、世の中は変わらない。この国の人間の多くは、あの連続病死事件を単なるエンターテイメントとしか見ていない。もしも実際に殺人の実行犯が捕まっても「あーあ」くらいにしか思わないだろう。被害者も加害者も他人事。自分は関係ない。そこまで悪い事していないんだから、あいつらに比べたら……って感じで。裁かれるのは悪い人間なんだろ?だから自分達は安全だ。その他大勢だから安全だ。いつもは自らの個性や人より上抜けた能力を望むくせに、そういう時だけ善良で平凡な一般市民になろうとする。ま、俺も当事者じゃなかったらそんな風だったかも。
あいつらもそれが分かっているのかもしれない。大量殺人なんてまともな精神の持ち主には出来っこない所業だ。ボタン一つで撃てるミサイルでその惨状を見ないまま何千人もの人間を殺すとかならともかく、一人ひとり手作業で殺さなければならない。
一体今までどれだけの断末魔が奴らの耳に届いたのだろうか。もう、そんな物が聞こえなくなるほど、精神がイカれてしまっているのか。俺達を直接殺そうとしている時点でもう御察しくださいってとこかな。
携帯でニュースを見ても、政治家の病死は一段落しているみたいで、今の流行りは凶悪少年犯罪者や新興宗教団体の幹部など、か。それでも最盛期の半分近くになっている。悪人なんて探せば腐るほどいるだろうに。本当にもう余裕が無いんだろうな。
そんなこんなで色々考え込んでいると、お台場の到着を告げるアナウンスが流れる。
過去に2度ほど来た事はあるのだが、どうもここの空気は俺に合わない気がするな。しかし、問題はこれから会う人だ。多分彼は俺達とは比較にならないほど今回の事件について何かを掴んでいる。自分の身を晒しまでして、どこまで教えて貰えるかは分からないが。
そんなことを考えているうちにKUA`AINAお台場店に到着。
うーむ、ハンバーガーなんぞマックかロッテかせいぜいモスくらいにしか行ったことないからな。学生には少しお高いが、メニューを見る限りかなり本格的っぽいぞ。
今日はまだ昼飯食っていないだけに、口中から唾が出て来る。店の中もランチタイムのピークが過ぎたせいか、客は4、5人しかおらず、店員も一息ついているいう感じである。
しかし、店の前で待ち合わせとしたのはいいが、俺は肝心のGillyさんの容姿を全く知らない。互いに身なりの特徴とかも言ってなかったしな。この時間帯に店の前をうろうろしておけば簡単に見つかるとでも思ってるんだろうけど。
そーいや、現実のGillyさんってどんな人なんだろ……
あれだけネトゲをやりこんでいる時点で容姿云々の期待はあまりしない方がいいんだろうけどさ。考えてみれば歳はおろか、性別だって分からない。いや、組織とかゆとり教育云々とか言っていたから、間違いなく俺よりかは年上だろうか?
ここでラノベとかだったら、実は暇を持て余したお嬢様でしたーとか、IQぶっちぎりの幼女でしたーとかあるんだろうなぁ。ははは……はぁ。止めよう。何だか段々虚しくなってきた。凄い人であるんだろうけど流石にそんな都合の良い展開は……。
「あの……もし……」
え……?
こ、こ、これは!? この甘さは?
女性の声!?
「は、はい!?」
俺の脳内に淡い期待が湧き上がり、声を半分裏返らせつつも、後ろを振り向く。
「あ、あの……まさかとは思うんですけど……あなたがシエルさん……でしょうか?」
「ぁ……!」
こ……これは……!
ま、まさか……!
160cmにも満たない小柄で華奢な容姿。染めた形跡が見られない、艶のあるなめらかな黒髪。それを際立たせるのは白いレースのカチューシャ。幼さを感じさせるつぶらな瞳に、少しふっくらとした張りのある頬。そして彼女の体を包むのは、まるで天使の羽根の如く重力に逆らう浮遊感を演出する全身フリフリの白いドレス。簡単に言うとゴスロリ服!
これが……まさか……そんな……。
あー、その自信なさそうに左手を柔らかく握ったのを口元に当てながら、上目使いにこちらを見る仕草……た、たまんねぇ!つーかすげぇ!某黄金の指を持つAV男優が言ってたけど、男って本当に惚れた女に対しては勃たないんだな!精神がそれどころじゃなくて!
これは完全に俺のハートにズギュゥゥーン!ですよ!いやブッピガァン!か?ともかく、こうも俺の好みにクリティカルヒットしたおにゃの子は初めてだ。あ、いやいや決してゴスロリ少女が好きだとかそう言ったものではなくてですね。惚れた女がたまたまゴスロリ少女だったわけでして。決して、決して、私はそのような道に外れた紳士という名の変態ではなく、あくまでもアブでないノーマルな性癖をですね……!
「や、やっぱり、違いますよね……!ご、ごめんなさい!」
俺がしばらく彼女に見惚れて何も言えないでいると、少女はとっっても気まずそうに頭を下げ、その場を離れようとする。
「あぁぁー!?いやいや、ちょっと待って!」
必死に、必死に止める俺。頑張れ俺。
「え……?」
「あーいや、その、えぇーっとですね」
何故だ。何故言葉が出ないんだ俺。どんだけ女性に免疫ないんだ。完全に童貞丸出しじゃないか。おかしいよ、向こうの世界では美人さん相手にふつうに立ち回ってたじゃん。幼女の体も散々堪能したから、女の体の扱いにも慣れている筈だろ!?
俺は軽く深呼吸し、頭を落ち着かせる。何で話すだけでこんなことせにゃならんのだ。
あーもう、いいよ。どうせ、これから沢山おしゃべり出来るんだろうし。後で挽回だ。
「あなたがGillyさんですか?」
「……ぇ?」
現状で出せる可能な限りのいい声で俺はクールかつダンディっぽく少女に問いかける。少女はそれを聞くとしばらくの間、目をぱちくりさせながらこちらの顔を見つめる。あぁーもう、可愛いなぁ。まさか三次元に惚れる日が来ようとは。
「ギ……リー? 私はマリーですけど……」
…………
……
不意に、俺の頭の中に般若心経が流れる。
「え、いや、あの、そんな、え?」
「マリーさーん!こちらでーす!」
新たな声が聞こえて来た方角には……今度は黒ゴスロリ服の女性が。ああ、しかもこっちはそんなに可愛くない。いかつくて、太ってて、あと、あと(略)。
「すみません!やっぱり人違いだったようです!」
少女はビデオテープの早送りの様な声を上げながら、深々と頭を下げ、可愛くない方のゴスロリ服の女の元へ足早に向かって行く。
「探したよー。真璃さーん」
「ごめんなさい紫恵瑠さん……私ったら本当に方向音痴で……」
そのまま二人のゴスロリ娘はお台場の街並みへと消えて行った。
…………
……
うん、えーっと……原宿駅前でやってほしいな、そういうことは。いや、ビッグサイトも近いし今日は何かイベントでもあるのか?帰りにちょっと寄ってみるかな。
しかし……あのマリーちゃんって子はほんと可愛かったな……凄く痛そうだけど、光るものが。いや既に光りまくってます。あれ?でも、もしかしてもうフラグ無い?これで終了?
ここでラノベとかだったら人違いでだったとしても、それが縁で仲良くおしゃべりして交流を深めて段々いい雰囲気になったりして……らぶえっち……。
現実は残酷だ。三次元はやはり厳しい。
「はぁ……ま、まぁ、あれがGillyさんなわけないか……」
「当たり前だ」
今度は先程の反動もあってやたらと野太く聞こえる声が後ろから響いて来る。うん、やっぱりそうだよな。男だよな、普通。これが現実。圧倒的現実。
「えぇと、Gillyさんで、す……か?」
「お前がシエルか。今度は本物のようだな」
振り向いてその人物の姿を見た瞬間、俺は別の意味で固まる。
「え……?Gillyさん……ですよね?」
「そうだって言ってるだろう」
あぁ……8月も終わりとはいえまだまだ暑いですからね……。アロハシャツに短パン、サンダル、それにグラサン。別に全然変な格好じゃないですよ。寧ろこの店にぴったりのファッションじゃないですか、HAHAHA。
でも、突っ込みたいのはそこじゃないんです。あんた自身。まさか予想の斜め上。
190は近いタッパに、俺より6回りほど広い肩幅。筋骨隆々という言葉がぴったんこ当てはまるその体に、真っ黒な皮膚、おまけにスキンヘッド。
つーかむしろ日本人じゃない。黒人?
誰の目から見てもそうだと認識できるほど、完っ璧な外人であった。
実はこの20分ほど前に、同じ場所でGillyとゴスロリの方の紫恵瑠が似たようなやり取りをしていたのはまた別の話。