45話 信頼という名の賭けを
町の裏路地から再び移動し、Gillyさんに案内された場所は小さな居酒屋だった。
「さて……ここなら大丈夫だろう」
「本当に大丈夫なんですか?」
「ああ、この居酒屋は冒険者は全くと言っていいほど利用しない。完全に一般市民用だからな」
たしかに奥まった道の途中にある、ある意味で隠れ家的(笑)なひなびた店だ。大半が木製造りの店内で、座席もカウンター6席に、2人用のテーブルが2つあるのみ。つーか外見からじゃ店ってことすら分からない。他の客が俺達の事をじろじろと見ているが、Gillyさんは気にするな、とだけ言った。
注文を取りに来た老いぼれた店主から武器を預からせて欲しいと頼まれたので、とりあえずウィザードロッドを渡す。ぶっちゃけこれ無くても魔法は撃てるんだが、一応周りの人はそれで安心してくれたようだ。Gillyさんは割と常連みたいだし、俺も少女の身なりだからってのもあるのだろう。多分。
「さて、ようやくお前の所も色々やる気になってくれたみたいだな」
「その分だと、あんましこちらの説明の必要はないですね」
「ああ、現状では正しい判断だと思う。こっちの世界で凄い力を持っていたとしても中身は所詮素人……同じ条件なら数を揃えた方が勝つのが道理だ」
うーむ、こちらの判断はGillyさんのお墨付きを貰えたか。
「ただ、油断はしないようにな。お前らはただ戦いに勝つことだけが目的で無いはずだ」
「えっと……」
「かつ犠牲を出さないこと、だろ?」
珍しい。いや、この人の事をよく知っているわけじゃないんだけど。たしかに数で押し切れば、敵には勝利することが出来るだろう。だが、こちらの犠牲を全く出さない事となったら話は別。追い詰められた側はどんな手段を取って来るか分からない。……さっきのように。
「Gillyさんからアサシンスーツの話を聞いていたおかげで命拾いしたようなもんですよ。おかげで相手が完璧な変装をして近づいて来るっていう想定が頭の中にあった」
逆にYASUさんを犯人でないと信じていられるのもそのためだ。
「数を相手にするには、頭を相手の人数分以上働かせなくちゃいけない。だが、今までの話を聞く限り、敵さん方にはそこまで優秀といえる奴はいなさそうだ」
「え?」
「もしも俺だったらもっと上手くやってるってことだ。現に互いの素性も分からない奴が集まってるんだろ?だったらもっと疑心暗鬼を掻き立てるような手段に出るけどな」
疑心暗鬼。
集団で行動するに当たってこれほど怖いものは無い。ちっぽけな疑惑から、やがては内部崩壊まで引き起こす。まるで蟻がダムを破壊するかの如く。最も恐れるべきはずの『武器』。
今になって考えれば敵も最善の策を取って来ているわけではないのだ。寧ろ稚拙さが目立つ。れんちぇふさんの殺害だって、脅しのつもりだったはずが町中の人の警戒を招いてしまい、返って闇討ちをやり難くしている。そう考えるとPon太さんの件も、突発的な殺害……その可能性が濃厚に出て来る。そう、あの時点で彼女を殺す理由なんて無かったはずだ。あの場を逃げ出した彼女達が掲示板メンバーに入ると確定していた訳でも無し。アサシンスーツだって数に限りがあるはずだ。内部崩壊を狙うなら、俺達掲示板メンバーの誰かに変装した方が圧倒的に効率がいいはず。
にもかかわらず、Pon太さんを殺害したのは……そう、彼女が現実でマスコミと繋がっていると知ったから。その情報を聞いたのは宿屋に帰ってからだとYASUさんが言っていたし、それを聞いて急遽YASUさんに化けた、というのならどうだろうか。だからあんな風にアリバイ云々を考慮せずに完璧な変装のみのトリックしか使えなかった。敵は内部にもいる、そう印象付けたかったのだろうが……YASUさんはあっさりと捕まってしまった。
これで彼が容疑者から外れ、俺以外彼のことをほとんど知らないメンバー達は幸運にも内部の心配をほとんどしなくて済んだ。多分それを受けて俺達を力ずくで一気に始末しようとしたのが、昨日のモンスターの大群だろう。だが、別動隊の予想外の働きによってその目論見も失敗に終わった。そして逆に、少なくともその戦いに参加した者は信用できると、俺達の信頼は深まってしまう羽目に。だから、今度はサイトさんに変装して俺を殺害しようと……。
……何だ?繋がる。相手の力を『侮る』と、話が面白いくらいに繋がるぞ!
「過剰なリスクの想定がかえって逆効果であるように……相手方を大きく捉え過ぎると見えなくなる事だってあるってことさ」
警戒することに越したことは無いけどな、と最後に付け加えると、Gillyさんは運ばれてきたビールのようなものをぐいっと口に入れる。
「見えない敵ってのはそれだけで恐怖だ。だが、おそらく敵さんの武器は『それだけ』。ただ、お前達がそれに対して過剰反応していた節があったのさ。だが、それさえ突破すれば、自ずと光明が見えて来る。お前さん達のリーダーはそれに気づいたのかもな」
サイトさんのことを言っているのだろうか。彼も言っていたな。「奴らは焦ってるんじゃないのか?」、と。彼は本気で死の痛みを味わったことで、恐怖心を克服したのかもしれない。どこぞやのスタンド使いの如く。そう、全ての闇の根底にあるのは、恐怖。それさえ無くせば……。
「俺からのアドバイスはここまでだ。後は自分たちで頑張れよ」
「って、そこまでなんですか?」
「当たり前だ、俺は戦闘に関しては全く役に立たん」
ここまで説得力のない謙遜も珍しい。
「さて、ここからが俺の本題だ」
「かなり重要な話って言ってましたね。今度はどんなネタですか?」
「いや……簡単に言うと俺の『頼み』でもある」
頼み? 何だか今日は色々と珍しいぞ?
「このゲームのプレイヤーに何人かのデバッガーが紛れている事は知ってるな?」
え、知ってるな?って。まだ、こっちは疑惑の段階なんですけど……。でもこの人が言うのだからそうなのだろう。ああ、やっぱりこの人の言う事は無条件に信用しちゃってるな俺。つーかGillyさんは違うのか? 寧ろそれが少し意外。
「はい、まぁ……それが何か?」
「先日その一人とコンタクトを取ることが出来た。もちろんこっちの世界でな」
「ええ!?それってつまり……」
この現象の事が……分かる?
「だが、そいつはただのバイトらしくてな。少なくともデバッグのバイトにはこんなこと知らされてない、だと」
そう、なのか?でもそれだとまだ社員は知っている可能性があるんだろうけど……
「だが、ちょうどそいつ自身は会社に泊まり込みしているようでな。俺が頼みこんでこのゲームやその会社の事を色々調べて貰ったわけだ。半分ハッキング紛いの事だからかなり渋られたけどな」
「それで?何か分かったんですか!?」
「ほとんど何も分からなかった……それが回答だな」
……え?
「そいつ自身はプログラミングに関してそこまで詳しいわけでもないし、それに例の賞金のキャンペーンもどうやら本当臭いらしい。そして製作スタッフも根っからのゲーム好きで、このゲームにはかなり力を入れているってことくらいか」
「え~、それじゃあ振り出しに……」
「店主、悪いが書くものを貰えるか?」
Gillyさんは唐突にそう言うと、年老いた店主も小さく答え、裏紙を何枚かとボールペン(この際だから文明の利器には突っ込まない)を渡してくれた。そこへGillyさんが何やら書き込み俺に無言で渡す。それを俺は恐る恐る覗きこむ。
『だが、ただ一人、会社の社員でこの世界に来ている奴がいる。そいつは例のキャンペーンが始まってほどなくして姿を消したらしい。始めはてっきり死んだものかと思っていたが、奴の住所を調べたところ死体なんて見つかっていないうえ、御丁寧に家を引き払っているときている。そしてIPを変えながらちょくちょくゲームにログインしている。しかも会社のコンピュータからではそいつの履歴は見れないらしい。おそらく違法アクセスを続けながら、色々データを改竄しているんだろうな。アルバイトが会社のパソコンに外部からハッキングを仕掛けて初めて気づいたことだ』
おいっ!これっ、て……!
Gillyさんの顔を見て声が出そうになるが、彼は口の前に人差し指を一本立てるだけ。
さらに紙に文を書き俺に渡す。
『コイツを見つけ出して吐かせれば、製作者が黒幕であるかどうかを知ることが出来る。今の時点でよからぬ事をやっているのはほとんど明白だけどな。そこでだ、もしかしたらお前さんらの相手にそいつがいるかもしれん。だが、出来れば可能な限りそいつは生かして捕えてくれ。おそらくギルドの干渉もあるだろうが、それも避けて俺の前に連れて来て欲しい』
そういうことか! 奴らとの戦いにおいて不安だった事がある。それはこの戦いが終わってもこの騒動は消えないと言う事。だが、事の真相に近づくことが出来れば……!
俺は前を向いてうんうんと頷き……そして目の前の人物の顔を見て……固まる。
事の……真相……?
黒幕……
「……」
「どうした? シエル?」
「Gillyさん……失礼を承知で尋ねます」
「……何だ?」
「いや、書きます」
裏紙をペンを取り、俺は書き込む。先程のGillyさんの文面に関する小さな疑問を。
少し心が震えた。恐怖で。だが俺は、俺自身の……
「ほう……」
Gillyさんが声を洩らす。先程からの真面目な表情が消え、逆に笑みがこぼれていた。
「それの答えは……」
そして、返答を、書く。俺に渡す。
「ッ!!」
思わず顔が苦くなってしまった。嫌な予感、クリーンヒット。
『製作者を「俺の前に連れて来て欲しい」っていうことに関してですが、それだとGillyさんはみんなの前に姿を現すんですか?他の仲間に会わせてもいいということですね?』
『いや、出来ればお前と犯人だけで来てくれ』
「これはいくら何でも説明欲しいですよ…… 俺だけで連れ出すって普通に難しそうだし」
「……お前も馬鹿じゃない、か」
「俺が尋ねなかったらどうするつもりだったんですか? まさか(犯人を)横からかっさらう、みたいなことをするつもりとかだったんじゃ……」
Gillyさんは頭を抱え何も答えない。まさか図星?
「事情さえ分かれば尋問することは俺達でも出来ます。出来るんです。だけど、おそらくあなたはそれを一人でやろうとしている。俺にも黙って。その理由を教えてください」
「……」
Gillyさんは答えない。いや、俺の更なる追撃を敢えて待っているかのようにも見えるような。上等だ。なら、乗ってやろうじゃないか。
「Gillyさん……俺は普通の大学生です。何も特徴の無い、本当に地味な。俺と同じような人間は探せば星の数ほどいる…… けど、あなたは、その、普通じゃない」
「……」
「Gillyさん、あなたは一体何者なんですか?」
散々考えた挙句、捻りだした質問は、とても安直だった。
ただ、一点の曇りも無い素直な疑問。
それを、ぶつけてみる。
「答えてくれないと、俺も協力できません。例えば……あなたがその、ゲームのデバッガーだという可能性だって、まだ俺の中では捨て切れてない」
実際のところ今までの行動からしても、ただのゲーム会社の社員とかではないことは分かっている。が、ここは敢えて譲らない。相手側の譲歩を待つのみ。
店内に沈黙が流れる事数十分。俺はGillyさんの顔を美少女の真剣かつ、つぶらな瞳でじっと見続ける。他の客も何事かとこちらをじっと見ている。
「……参ったなこりゃ」
流石のGillyさんもとうとう根負けしたようで、顔を伏せながらも、どこか嬉しそうな口元を覗かせる。
「正直、結構使える駒だと思ってたんだけどな……」
「俺は人間っすよ、一応」
「一応とか言うな、立派な人間だ。ちゃんと自分の頭で物事を判断できる、な」
Gillyさんは酒の御替りを店主に頼む。
「お前も飲むか?」
「未成年っす。現実でも」
「はは、ゆとり教育はどうかと思っていたが、ちゃんと育つ奴もいるんだな」
「単に酒が飲めないだけですよ……飲み会も苦手だし」
俺は例の如く柑橘ジュースを頼む。店主が無駄に気を使って同じジョッキに入れて運んで来てくれたのが何とも。Gillyさんが杯を掲げる。俺も合わせる。
『乾杯』
杯を重ね、お互いグイッと。
……いや、ジュースだからってイッキは無理だって。この体だし。一度に半分も飲めねーよ。つーかこれだけ飲んで糖分の摂取量は大丈夫なのか? 氷も入って無いしさ。
「はぁ~……さて、どうしたらこの俺の事を信用してもらえるかだな、まずは」
「みんなの前に姿を晒すのが手っ取り早いと思うんですが……頑なにそうしないのは何故です?」
「そりゃあな……初めに言っておくが、俺は自分の正体を明かせない。明かすことが出来ない。その理由は……多分お前が実際に聞いたら分かると思う」
なーんじゃそりゃ。
「多分聞いたら一生後悔するぞ?その自信はある。そうだな…… お前のこれからの人生にプライバシーというものが無くなると思っていい」
「どんだけヤバいんすか!?」
「具体的に言うと、お前はこの先一生監視付きで過ごしていく羽目になるということだ。俺の正体を知るということは、この事件に俺達の組織が絡んでいるということを知ることになる。となるとこっちとしても見逃せないわけでな。お前の安全も含めて、身柄を確保しなきゃならん」
何だよそれ!?組織とかおい!どういう脅迫だよ!?いや、最初に会ったときから只者ではないと思ってたけどさ。行き過ぎだっての!ここまで来ると!
「つーか既にヤバいんじゃないんですか?既に監視の対象にされている事も……」
「……ギリギリの線だ。今のところはな。このまま大人しく事態が収まればお前達には一切手を出すつもりはない。もちろんこの事件を口外しないようには頼むがな」
まぁ誰も信じてくれないとは思うけど。信じられたら信じられたで、俺達にも殺人の疑惑がかかることだしな。
「でも、何かここまで来るとGillyさん達が黒幕じゃないかと思いますって、普通」
「……今の内にはっきり言っておくが、その逆だ」
逆? この場合の逆って……
するとGillyさんは何やらスラスラとまた紙に書き始める。
「ん」
「はい」
『明日あたり時間あるか? 出来れば直接会って話をしたい』
…………!?!?!?!?!?
な……え……!?マジッすか?つーか大丈夫なの?
「直接て……!『向こう』で!?」
「もちろんこれもギリギリの範疇で収めるつもりだ。お前の信用を得るにはこれが手っ取り速そうだと思ったんでな」
いやー、そりゃこの匿名の世界の中、現実の姿を晒してくれるのなら、ここまでの情報公開は無いだろうけど。それは俺も同じな訳で……信用したいのは向こうも一緒、なんだろうか。いや、彼もそれだけ覚悟を決めているのだろうか。一種の賭け。彼自身も本当に俺が信用できる人物か直接見て確かめようというわけ、か?
「……」
熟考の末、俺は○とだけ書いて返す。
もういい、ここまで来たのなら行けるだけ行ってやろう。
どちらにせよ、危険なのは変わらないのだ。
そしてGillyさんが再び何かを書いて渡す。こんな筆談が続く。
『俺は関東にいる。お前はどこに住んでいる? アバウトでいい』
『俺も関東です』
『よし、東京はすぐにでも来れるか?』
『すぐにってわけにはいかないですが、一応は半日以内で行ける距離です』
これは一応自分なりに気を使ってみた。俺は横浜在住で東京にはぶっちゃけかなり近いのだが、住んでいる位置を特定されたくなかったのだ。無駄な努力かも、だけど。
『なら、お台場のクアアイナに午後1時半集合でどうだ?』
お台場か…… 早起きは期待できないがそのくらいなら問題なく行けるな。
つーかクアアイナって何だ?
『ハンバーガーショップだよ』
そらまたマイナーな……まぁマックよりは目星をつけやすいだろう。
「決定、だな」
「はい……」
「まさかこんな羽目になるとはなー……お前はもうちょっと頭悪い奴だと思ってたんだよなー」
うわ、ひでぇよ、Gillyさん。
「でもまぁ、ここまで来たら一蓮托生だ。今夜は親睦を深める意味で飲み明かすか!」
「え!?あ、そーいや、まだサイトさん達と合流していない……」
やべぇ、今更思い出した。俺が姿見せなかったらかなり心配するんじゃないか!?
「外はまだ奴らがうろついてるかもしれん……それにここの隠れ家も知られたくないしな……今夜はここでゆっくりして行け」
Gillyさんの言う通り、かもしれない。そもそもここが町のどこかも分からない。自分が今いる位置も知らないで宿屋に向かうとか危険過ぎるな、流石に。
「大丈夫だ、次回はまたいつもの所からスタートする。その時に会いに行けばいいだろ」
……あーそうか、この人掲示板の生存報告までは知らないんだな。まぁ、言う必要もないか。
信頼とはある種の駆け引きだ。その人に僅かな疑念が生じた時点で、それは信頼では無くなる。人を信頼すると言う事は、疑うと言う事を捨てなければならないのだ。人を信じるという事は甘っちょろい言葉でも何でもなく、突き詰めたら賭け事にもなる。
多分このまま足掻いても、事の真相にはいつまでたっても辿りつけない。おそらくこの人だって、俺の協力が無いと都合が悪いのだろう。だから、自分の身を晒すというリスクを負わざるを得なかったのではないか? 俺はそう考える。故に、思い切って彼を信じてみるとしよう。裏切られたら……まぁ、その時だな。いやいや、早くも疑ってどうするよ俺。
……Gillyさん酒強ぇーなー 何杯飲む気だ。