43話 そんなこともあったような
淀んだ光―
……朝、か。現実の。
こっちの方もロクでもない世界なんだけどなぁ。
民主主義であるはずの国家。
動かしているのはほんの一握りの人間。
でも、大半の人はそれを望んでいるんだ。
だって、面倒くさいから。
楽して生きたい。気苦労なく生きたい。
そのために今を、頑張る。
倒れない程度に。
ズルしている人間は沢山いる。
割を食っている人間だって沢山いる。
どこまで行っても不公平がある。
時には裁かれるべき人間が笑い、そうでない人間が涙を飲む。
そんな時だけ正義感ってやつが働いてしまう。
悪い輩をぶっ倒す。
それは誰もが持っている願望だ。
所謂ヒロイックな妄想っていうか。
でも大半の人は妄想に終わる。
現実では損するばっかりだからね。
でも、損しなかったら?
安心、安全に人を裁けたら?
……そんな能力を手にしたら。
人は変わるんだろうな。
良くも、悪くも。
これから相手にするのはそんな奴らだ。
だが、その時、俺は彼らに何て言ってやるのだろう?
もはや謝る云々で済む問題ではなくなってきている。
おそらく向こうは殺す勢いでなければ倒せないだろう。
その行為にどれだけの大義があるのか?
何の変哲もない自分と、同じくその他大勢の人間の命。
これらの命は奴らのある種の覚悟より重いのだろうか?
だらだらと平凡に生きるより―
業を背負う覚悟で行動する―
どちらが?
俺にはまだ自身が無い。
それが正しいとかどうとかより、
ただ、死にたくないからってしか、はっきりとした動機が無い。
奴らのやっている行為は、俺達の頭の片隅にも確かにあった願望なのだ。
これをただ頭ごなしに否定して、やっつける。
その先に残るものは何だろう?
何も変わらない世の中。
良くも、そして悪くも。
……答えが欲しい。
格好良く、後味良く終わらせるための口上を。
自分自身へ向けての。
◇ ◇ ◇ ◇
「えぇ~、どういうことなの……」
修羅場をくぐり抜け、現実世界に6度目の帰還。疲れた。ほんと疲れた。今まで寝てたはずなのにこの体の疲労感は一体何なんだ。あれを毎晩とかほんと勘弁してほしい。もう朝11時を過ぎ、日も高く昇っているというのに体が重くて仕方ない。俺はベッドから這うようにもそもそと机に向かいパソコンを立ち上げた。
とりあえずは新しい掲示板が出来たらしいのでその確認。昨日の騒動で生き残ったメンバーはみんな無事で、さらにサイトさんが先頭に立ってこれからの対策についても話し合われている。あの人もとうとう本気になってるっぽいな。
しかし、早くもどうやって奴らに対抗するかで話が煮詰まっている。それもそのはず、俺達を襲って来た奴らはその姿形すら分からないのだ。これまでに判明している事はファイター、アーチャー、ソーサラーがそれぞれ一人以上は確実にいるってことくらいか。こちらから討って出るにしても、どうやって敵を見つけ出せばいいのやら。
サイト「そこをまず何とかしよう。まずは奴らの正体、詳しい数、居場所を洗い出すところから始める。昨日ギルドの偉い人との協力を取りつけた。向こうの人達も犯人探しを全面的にバックアップしてくれるらしい」
そいつは凄いな。しかも多くがゲームの中のキャラクターだから、死ぬ云々はあまり気にしなくていいわけか。酷い話ではあるが心強い。
サイト「詳しいことは今晩向こうの世界に行ってからにしよう。昼間はキャラクターのレベルアップに努めたほうがいい」
元々仲間内でも最強クラスだった人だけど、昨日の一件でとうとうキレたらしいな。Aseliaさん曰く「アイツは頭もかなりいい」らしいから、本気を出したというのなら非常に頼もしい存在だ。
つーことで掲示板はログだけ残して早々に解散。
早速ゲームの公式を見てみたら……この有り様。
「『特殊クエスト達成者が早くも決定!』……だって?」
あー、あの賞金一千万とかいうやつ?そんなこともあったな、そーいや。
こちとら最近それどころじゃなかったから、スルーしまくってたが。単にあの現象へ多くの人を巻き込むための釣りのようなものだと思っていたけど……思わぬ展開だ。
ん?しかし、それだとプレイヤーは激減するんじゃないのか?今のゲーム登録者数は3万ちょっと。その多くは賞金目当てで始めた奴らばかりだ。その賞金云々の話が出てから今日で一週間。期限はちょうど来週だったはずだから、まだその半分しか経っていないわけだ。ヒントっぽいのを出したり、経験値アップキャンペーンとか散々なことをやっといて、いきなり打ち止め?一体何のこっちゃ。
とりあえず麦茶を飲んで頭を冷やそう。あと冷蔵庫に朝食っぽいのは……魚肉ソーセージくらいか。飯は基本的に学食頼みだから仕方なし。日曜は昼しか開いてないから、今日は帰りにスーパーにも寄らんとな。あーあ、しかもソーセージは賞味期限切れてるし。……大丈夫だ、加工食品のうえ、未開封だし。問題なかろう。
軽く日常に戻って、再び思考モードへ。
ん~と、俺含めて大半の人はこの騒動の黒幕はゲームの製作者だと思っていた。それが最も自然だし、色々と辻褄が合うからね。方法や動機は良く分からない。方法はスルー推奨として、問題は動機の方だ。
考えうる動機として、向こうの世界で何かをして欲しいってのがまず一つ。でも、世界を救うとか言う類は違うだろうな。あっちの世界は魔王の復活で危機に瀕しているとかそんな切羽詰まったものじゃないし。モンスターはいるものの町の方はごくごく平和だ。第一世界を救ってほしいなら何か一言言うはずだろう。
となると、次に考えられるのは現実に混乱を起こして欲しいってことか。ちょうど今の状況だな。現状ではこれが一番可能性高いと思っていたんだが、この一件で相手側の考えが益々分からなくなってきた。混乱を起こして欲しいのなら何故人の取り込みを止めるんだ?最初はあれだけ人の誘致に熱心だった癖に。わからん。
今確実に言えることは、新規の精神トリップの問題についてははほぼ考えなくてよくなったということ。味方も増えないが敵も増えないだろう。レベルも低いから戦力としてもあまり考えなくていい。とりあえずは今いる人間の中での戦いになりそうだ。
そして最後に考えられる可能性が、この現象が人為的なものでないということ。所謂バグって言う奴。そういったラノベも結構あるからありうる話ではあるが……それだったら一番平和的に終わらせられるんだろうけど。今殺しをやっている奴らを止めれば済む話だし。人間の黒幕がいたとしたら一難去って、って感じだもんな。
で?賞金獲得者は……「クレッセント」? 聞いた事無い人だな。少なくともうちのメンバーじゃない。まぁ、その他の人間も沢山いるだろうし。俺達を襲ってきている奴らの一員かもしれない。もしかしたら製作側が適当にでっち上げたキャラかもしれないし。頭の片隅に入れて置く程度に留めよう。
……学食は昼2時まで開いている筈だし、今から軽く数時間程レベル上げでもやっておくか。備えておくことに越したことはない。新しい魔法ももっと何か便利そうなのが欲しいな。
まるちー「あーシエルさん、おひさー」
うわぁ、これまた本当に懐かしい人が来たよ。それだけここ数日が濃すぎたというわけか。
まるちー「今日は休日だからやっとログイン出来たんだけど、YASUさんやPon太さんがいないのも珍しいな。つか全体的に人が減ったような」
シエル「やっぱり賞金獲得者が決まったというのもあるんでしょうね」
この人にPon太さんのことは……伝えない方がいいかな?レベルも最後に見た時から全然上がってないようだし、このまま何も知らない方がいいだろう。
まるちー「そうそう、ちょうどさっきその賞金獲得した人見たんだよ!」
シエル「クレッセントさんって言う人ですか?」
まるちー「うん。滅茶苦茶質問攻めにあってたよ」
実在したのか。このゲームは他プレイヤーとの名前の重複が出来ないようになってるし、複数のアカウント所持もほぼ不可能。作れるキャラも今のところ一人のみだ。
シエル「今どこにいるかわかりますか?」
まるちー「いや、もう一時間以上も前の話だから」
駄目か。凄く気になるんだが。
シエル「じゃあ特徴とか覚えてます?」
まるちー「女のファイターってくらいか?アバターは色白の金髪で装備はシルバーメイルってとこかなぁ」
ううむ。そんなの沢山いそうだしなぁ。
シエル「レベルはどのくらいでした?」
まるちー「そうだ、レベルがたったの25だったんだよ。周りの人がみんな悔しがっててさ」
え……?違う?取り込まれた人じゃない?
まるちー「シエルさんだってレベル43もあるのに……本当に運と時間があれば誰でもゲット出来たんだな。まぁ、ヤラセかもしれないけどさ」
シエル「本当にその人が賞金獲得者なんですか?」
俺は先程のことを忘れてつい疑ってしまう。
まるちー「本当っぽかったよ。オープンチャットでずっと話してたしさ。その『A.R.クリスタル』とやらも見せて貰えたから」
本当……か?製作者が作った架空のプレイヤーだという可能性もまだ捨てきれないが。
まるちー「やっぱりちょっと悔しいの?賞金目当てでないとはいえ、そんだけやりこんでたならさ」
シエル「まぁ、少しは。いや、結構かも」
事情を知らない人には軽く冗談で返しておこう。
まるちー「でも、性根悪い奴はまだ諦めてないみたいでさ。そいつを必死にクエストに誘ってんだ」
シエル「何でですか?」
まるちー「このゲーム、死亡表示の時はその人のアイテムパクれるだろ?プレイヤーキラーやろうとしてるの見え見えでさ」
シエル「あぁー」
まるちー「まぁ本人もそこの所分かっているようでさ。ちゃんと断ってたよ」
シエル「そりゃそうですよ。いくら何でも物騒すぎます」
まるちー「いや、周りの奴が言うには元々そういう事前提になってるっぽいぜ。その『A.R.クリスタル』のアイテム説明がまた笑えてさ。一定のモンスターを倒し続けないと持ち主の元を離れる、だって」
シエル「マジですか……」
まるちー「金持ちになるのも考えものだな。多分こんなに早く見つかったのも、俺達にデスゲームでもやらせるつもりじゃないのか?運営マジ鬼畜(笑)」
当然その人はプレイヤーキラーを恐れて、今までの仲間同士でダンジョンに挑むだろう。それだけでも気が気でないだろうに。そういや、他人になり済ませるアイテムがあったな。これを想定してのものか?……いや、今はそれよりももっと簡単に相手を潰せる方法があるんだ。流石に金目当てであんなことをして欲しくないものだが。
それよりも妙だ。製作者が黒幕だとしたら何故今更そんなことをするんだ? 金目当てで殺人してねってことか? これに引っかかる奴は短絡的過ぎやしないだろうか。ゲームの中では別として。
分からない。
無駄に増えた疑問が再び俺の頭を悩ませる。