42話 やはり殺り合うしか
「モンスターが引いていく……?」
さっきまで空を覆い尽くしていたモンスター達が一斉に散り、町から離れ去っていく。誰もが更なる絶望を予期していただけに、その場にいた全員がただ茫然とその様子を見つめていた。
「食い残しが多かったけど、第四波終了ってか……?」
Aseliaさんが剣を地面のモンスターの死骸に突き刺し、その場にへたりこむ。くろね子さんも無言のまま、ふらふらの足取りでこちらに寄って来て仰向けに倒れ込んだ。傷はそんなにないようだから大丈夫っと。
ぐるりと回りの様子を見る限り、前線にいた者の中で立っている人間は誰一人いない。後ろから矢が狙って来るというのもあるが、みなそれ以上に疲れ果てている。ひとまずは凌げたが、次はいつ襲って来るのであろうか。誰も口にはしなかったが、その表情に不安がありありと表れている。
夕日が沈んで辺りに闇が落ちた事も手伝い、その焦燥感は増す一方であった。
「……いや、つーか、結構遅くね?」
後ろの敵のせいで灯りも点けられずにボーっとしている中、Aseliaさんが思い出したかのように突っ込みを入れる。にぃにぃさんも気が付いたかのように手持ちの時計を見る。
「さっきの敵襲からもう30分以上は経ってるけど……」
30分経っても体の疲れが全く取れないのは勘弁してほしいが、流石に今までと比べて長すぎる。ようやく打ち止めか?でもここから動くわけにもいかないしなぁ。そんな中で周囲に誰か(俺以外)の腹の虫が鳴り響く。
「もしかして……向こうは食事中とか?」
「いや、人間食ってたじゃん」
あの光景を冷静に思い出すと軽く嘔吐感を覚えるが、それ以上に腹が減った。食い物なんて誰も持って来てないだろうし。そもそも俺達を支援してくれていた勇敢な市民達はどうしたんだ。もう30分以上も全く音沙汰ないとは。……後ろにあんなのがいるし、既にやられちまったか?
「灯り、だ……」
そのかすれた小さな声に全員の表情が覚める。
「大丈夫か!? サイト!」
「何とか……×ぽん、助かった……ありがとう……」
「医者の気持ちが何となく分かった気がしたよ」
×ぽんさんは照れ臭そうに笑う。サイトさんも無事みたいだし、こいつはよかった。だが、しばらく戦えるような状態じゃなさそうだな。ああ、今度は×ぽんさんもへたりこんじゃったし。
「いや、そういえば灯りって?」
「あ……!見えますよ!Aseliaさん!」
先程のモンスターの来た方角から、小さい光の点が5、6……いや、10個以上はあるか。しかも、少しずつ大きくなってきている。
「近づいて来ているな……」
Aseliaさんが片膝になり再び剣を握る。俺も一応戦闘態勢に入る。
灯りの高さからして、相手は陸上を進んで来ているな。少なくとも空にはいない。
周りに静かな緊張感が走る。
「……ぃ!」
ん、声? しかもこれは……
「ぉーぃ!だれ、か、いるかぁー!?」
俺達は顔を見合わせる。
「生き残っている奴らはいるかぁー!?いたら返事しろー!!」
思わず声を上げそうになった俺を、隣からAseliaさんが押さえつける。
「え?ちょっと、もしかして味方じゃ?」
「いや、だとしたら、何であっち側から来るんだよ?」
そういえば。何故よりによって町の方からじゃなくてモンスターの来る方角からなのだろう。
「そこに誰かいるのか!?」
うぉっまぶしっ!結局あっさり見つかっちゃたし。
「おっ!サイト達か?無事だったか!」
どうやら俺達を知っている、っていうか掲示板メンバーの人達ですか。
「ああ……タミにグンジョーか……助かった……」
松明の逆光が下がり、二人の姿が目に映る。ファイターのタミさんに、アーチャーのグンジョーさん。ああ、そんな名前、仲間の名簿でちらっと見かけた気がする。俺は直接話したこと無いけど、流石にサイトさんは顔が効くんだな。
「話には聞いていたが、死屍累々だなこりゃ……こんなに暗いと声出さないと怖くてやってらんねーよ」
タミさんは足元のモンスターの死骸を踏みつけながら冗談めいた口調で言う。
「援軍はありがたいが、ちょっと遅すぎるぜ」
いつものペースを取り戻したAseliaさんが皮肉を言うと、二人は少しむっとした表情になる。
「いやいや、俺達だって大変だったんだぞ」
「こっちもついさっきまでモンスターと殺り合っていたからな。つーか、モンスターの群れを止めたのは俺達なんだからな。感謝しろよ?」
どういうことかというと、北の町にいた彼らも事情を聞くとすぐにこちらに駆け付けたらしい。だが、町の北門は逃げ惑う市民達の大津波でとても前に進める状態では無かった。仕方ないので町の外の森を大きくぐるっと時計回りして町の東部に向かったらしいのだ。
「ちょうどドンパチしている所が見えたから、俺達もすぐに向かおうとしたんだ。そしたら……」
「森を抜けた所に冒険者ギルドの人が何人かいてな。戦況を聞こうとしたら、別の事頼まれちゃってさ」
「別の事?」
「モンスターの出所を直接止めて欲しいってさ。いやー、あん時はびっくりしたぜ」
なるほど。普段ダンジョンから出られないはずのモンスター達が、こんな人の住む町まで進出してくるのは本来あり得ない状況だ。この人達は吹き出してきたモンスターは後回しにして、その根元を叩いていたってことか。
「部隊を分けるのは賭けだったみたいだけど、まぁ何とかなったようでさ」
「だけど、事が済んでもあんまし笑ってもいられなくてよ」
そりゃ俺達がこんだけ酷い目にあってるんだから、と思った。そして、同じことをAseliaさんも言った。
だが、グンジョーさんは急に真面目な顔つきになる。
「このモンスターの大量発生の原因……どうやら人為的なものみたいだぜ」
「出所のサーレー山……そこのモンスター封印のための施設と監視所が『冒険者』に襲撃されたらしいみたいでな。そこを何とか俺達が奪還したんだが」
…………ああ。そうですか。
話が見事に繋がった。
「なぜ、人間の仕業だと分かったかというとそこは何か聖なる封印がなされていて、元々モンスターが絶対に近づけないようになっているらしくて、その上だな……」
「もういい。事情はよぉ~っっく、わかった!」
ああ、Aseliaさん。折角のアバターの美貌が青筋で台無しです。つーかこれが人間の青筋って奴か。初めて見た。とりあえず俺達も他の生き残りを探しながら、この二人にこちらの事情も話す。幸いにして、いや奇跡とも言うべきかもしれない。俺達掲示板メンバーには死者が出なかった。死にかけた人や負傷者は腐るほどいるが。
「おいおい!それじゃ町の向こうに敵がいるってことかぁ!?先に言ってくれよ!」
タミさん、それ今更っす。
「でもさっきから矢が飛んできている気配はないな。こんだけ目立つ灯りを点けているのに」
「流石に向こうも撤退したのかな……?」
掲示板メンバー全員と合流し、その他のレベルの低い冒険者の生き残りも回収する。これで、ひとまず危機は取り去ることができただろうか。俺達は一応警戒しつつも、疲れた体を引きずりながら町の中心へ戻ることにした。
……灯り一つ無い静まり返った町並み。モンスターの脅威は過ぎ去ったものの、この場所へ帰って来たものは誰一人としていない。今晩は夜風がやけに冷たい気がした。
「おい……」
先頭を歩いていたAseliaさんが足を止める。彼の横まで向かうと、彼は顎で前を差して少し前進し松明を高く掲げた。
「……っ!」
「うぇっ……!」
「ひ、どい……!」
道の真ん中にあるのは壊された馬車。馬は当然の如く首から上が無い。そしてその周りにあるのは……無数の人間の死体。死因は多種多様。撲殺、刺殺、惨殺、焼殺、絞殺etc……
人間の腐敗臭ってかなり酷いって現実で聞いたばっかりな気もするが、そんなの全然感じられない。先程の戦闘で完全に嗅覚が麻痺しているのかも。
「この服装って……冒険者ギルドの奴じゃないか?」
「道理で町からの援軍が来なかったわけだ……」
モンスターにやられた……わけでもなさそうだな。この人達も多少なりとも戦えるのだ。町を襲ったモンスターだって数が多すぎただけで、一匹当たりの強さはそれ程でもない。しかし、周囲にはモンスターの死骸は全く見当たらない。殺ったのは人間だろうな……やっぱ。
「ギルドからの援軍をせき止め、自分達が解放したモンスターと共に俺達を挟み打ち……か」
まだ足取りのおぼつかないサイトさんが遺体の状況を眺めながら一人言のように言う。
しかし、可能性としては十分。いや、十二分。あのモンスターの大群の襲撃は、始めから俺達掲示板メンバーを始末するためのものだったのだろうか。しかし、そのために何の関係もない市民やギルドの人達を巻き添えにするなんて……。
― モラルや信条なんて、一度箍が外れれば案外脆いものさ。もしも無関係な奴を殺すことに慣れてしまったら、いや自分の中で正当化させちまったら ―
「でも、これで同時にはっきりした事もある」
サイトさんが冷静な口調で言う。こちらに来てからネガティブ気味だった、今までの話し方とは明らかに違っていた。
「あいつらは正面からの勝負では俺達に勝つ自信がないんだ。だから闇討ち、それもやり難くなったと見ると、今度は大掛かりな仕掛けを張って一掃しようとする……殺害するのは基本的に現実での悪人限定だったんで多少なりとも良心があると思ったが……そろそろ、手段を選べなくなってきているのかもしれないな」
彼の表情は怒っているようにも、笑っているようにも見える。
「向こうも焦ってるんじゃないのか?もしかしたら」
彼のこの一言は俺達の恐怖心に大きく響いた。これまで下手、後手に回ることしか出来なかった、いや、心のどこかでそんなバランスが働いていた俺達の思考回路。慎重論、保守的、安全策、内側に向かおうとする心を真っ向から否定する。
それを聞いたAseliaさんも不敵に笑う。
「……やるか?」
「ああ、ここまで来たらこの際、この現象の黒幕が誰だとか、原因が何だとかはもういい。少なくとも、ここ数日の騒動を起こしているのは俺達と同じ人間のはずなんだ」
そうだ、守ってばっかりじゃどうしようもないんだ。自分達の身だけでなく、現実の人間と命がリンクしている市民達も危険に晒すことになる。下手すりゃモブキャラの方の俺も巻き込まれる可能性があるんだしな。そいつが死んだらどうなるか分からんが、穏やかなものではないだろう。この世界のルール(?)上は。
他の仲間も顔つきが変わっていた。あの地獄を体験したのだ。どんなに大人しい人でも、争いを好まない人でも、いい加減に堪忍袋の緒が切れたのだろう。
もう、放置してはおけない。現実で裁けないのなら、こちらの世界で処罰する。
気が付くと周囲の家々には明かりが灯り始めていた。中心街は少しづつだが人が戻って来たようだ。俺達の活躍でこの近辺のモンスターの被害はほとんどない様子。何とか惨劇は東部だけで食い止めることが出来たみたいだ。
そして俺達は無言のまま、明りの煌々と輝く冒険者ギルド本部に到着する。
ゲームのキャラまんまのギルドのお偉いさん達が俺らを迎え、労ってくれた。町全体の危機を救ったのだから当然っちゃ当然だ。更に飲まず食わずで戦っていた俺達に炊き出しを用意してくれていたみたいで、しばらくの間俺達は心を休めることに集中する。
俺も床にへたりこみながら柑橘ジュースで一杯やっていると、目の前を精悍な顔をしたサイトさんが通り過ぎる。……死の淵から生還した人間ってああも変わるものなのかな。
「マスター……少しいいですか?」
彼が捕まえて話しかけたのはギルドマスター。その名の通りこのゲーム中の冒険者ギルドの中で一番偉い人。普段は飄々とした老人だが、幾多の修羅場を乗り越えて来た凄みも時折見せる人だ(ゲーム公式サイトのキャラ説明より)。というかゲーム中でも中々拝めない人だった気がするが。状況が状況だしなぁ。
「一つ、提案があるのですが」