41話 混戦なんて勘弁してください
「おいぃっ!糞アーチャー!誰が撃ちやがったぁっ!?」
上空に無数のモンスターが飛び回り、各々が自分の戦闘で必死になっている中で、ただ一人Aseliaさんだけが異色の絶叫を上げ続けている。
「どうした!サイトがどうしたんだ!?」
「撃たれたんだよっ!回復早く来てくれよ!」
撃たれた?しかもアーチャーって!?まさか……。
×ぽんさんがちらりとこちらを見る。俺が左腕を勢い良くかざして見せると、彼は軽く頷き前衛の二人がいる激戦区へと走り出す。……てて、正直左腕はずっと痺れたような感じなんだが。下手に振り回しでもしたら、また千切れてしまいそうだ。だが今は……。
「……っ!?」
目の横をまた風が切ったかと思うと今度は障壁への衝突音が響く。
「な、何……!?」
「お前は気にせずいいから行け!」
状況が呑み込めずにこちらを振り向く×ぽんさんをテルミさんが急かす。テルミさんが先を見越して彼の背後に障壁を張っていたので大事には至らなかった。しかし、今の光は完全に背を向けた×ぽんさんに向けて撃たれたもの…… と、いうことは……!くそっ! 俺もあっちに向かうか!
「って、お前まで行くのかよ!」
「固まったほうが守り易いでしょ!?」
俺はAseliaさん達の上空を取り囲んでいる鳥モンスター共をフレイムレーザーで一薙ぎし、テルミさんと共に×ぽんさんの跡を追う。さらに後ろから割を食ったにぃにぃさんと、くろね子さんが慌てた様子で追ってくる。
Aseliaさんが小さめのモンスターの死骸で遮蔽物を作っており、俺達も銃弾から身を隠すかのように壁の後ろに飛び込む。
「さっき、アーチャーがどうの言っていたけど私らじゃないよ!?矢が無くてさっきから全然撃ててないんだから!」
「サイトくんは!?だいじょ……ぶ……」
Aseliaさんが苦々しい顔をしながら真っ赤な一本の矢を握りしめていた。さらに一足先に辿り着いた×ぽんさんの険しい顔を見る限り、状態がかなり芳しくないよう、だが。地面は真っ赤っか。モンスターの血だと思いたいけど……そうはいかない、か。
「心臓は……ギリギリ逸れているのか?」
サイトさんの左肩の先から鎖骨までを円の直径として抉れたように穴が開いており、まるで戦艦の大砲がその部分だけを吹っ飛ばしたかのよう。あの光の軌跡を見た限りでは矢のようであったが、この世界の冒険者達の能力を考えるとなんら不思議は無い。
とにかく×ぽんさんが必死にヒーリングをかけ、何とか命を繋ぎとめている。まともな人間の精神ならとっくに気を失っているだろう。この状態で助かるなんて気すら起こらない。それでもサイトさんは虚ろな目になりながらも、呼吸を荒げている。
さらに折り重なるようにして人間の悲鳴が上がった。テルミさんら防御専門のプリーストの防御障壁で、遠くからの攻撃はある程度防げると思っていた人達。そんな彼らの後方から次々にあの光の筋が襲いかかる。掲示板のメンバーが他にやられたのかは分からない。ただ、まだレベル低い冒険者は次々に襲いかかる矢に四肢を捥がれ、かろうじて生き残った者も動けなくなった所をモンスター達のエサにされている。
「何なんだよ、これ……」
「矢は町の方角、もっと後ろの方から飛んできますね……。しかも上から下に、撃ち下ろすようにです」
「ってーことは……!」
俺の話を聞いてこの場のほぼ全員が事を理解したのだろう。
……昨日の奴。
みんなの言葉が止まる。にぃにぃさんとくろね子さんの顔が青ざめる。体力をすり減らして魔法を使っている×ぽんさんとテルミさんは一層険しい表情になる。Aseliaさんは……顔は紅潮し、歯を噛み締めながら握りこぶしを作って、震えていた。
この半径数m程度の空間だけに起こるわずかの間の沈黙。
「ふ」
一人、沈黙を破り立ち上がる。
「ふ、ざ、けんなぁぁぁーっ!!」
Aseliaさん、だった。自分で作ったモンスターの土嚢を駆け上がり、町の方角に向かって怒声をあげる。すぐにまた風を切る音が聞こえたかと思うと、彼の体はこちらに向かって吹っ飛ばされ、俺とにぃにぃさんの上に落ちてくる。
「ぐ……!ちくしょ……!」
「バリア張る身になってくれよ……!」
姿を晒した途端、これか。幸い障壁のおかげでAseliaさんに大した怪我はなかったが、テルミさんもかなり疲れているようで、向こうの矢の威力を完全に抑えられなくなっている。
「なん、で、俺達がよ……。人助けやってんだろ……?いま……」
Aseliaさんは俺達の上にのしかかったまま起き上がろうともせず、ただ呆然とそうつぶやいていた。俺が何とか彼の体を起こして、その体重から (女性の体なので大して重くはないのだが、こっちも少女の体だからきつい) 逃れる。
「げはっ!がっ!」
後ろから治療中のサイトさんが血痰を出す音。再び周りが無言になる。そして隣で大きく息が吐かれたかと思うと、急に肩を掴まれた。
「おい、シエル。あとにぃにぃ」
Aseliaさん、痛いです。少女の柔肩をそんな強く掴まんといてください。
「さっきので矢の飛んでくる大体の方角が分かった。二人でありったけの攻撃魔法をそこに叩き込んでくれ」
彼の表情は前髪に隠れてよく見えない。が、まぁ大体想像つきます。
「うす。少しお待ちを」
「え?ちょっと!相手は多分……」
俺達と同じ境遇の人間、ですか?にぃにぃさん。いや、でも、無理ですよ。もう流石に我慢出来ませんわ。こんなやられっぱなしじゃ、ね。
「い、い、か、ら、な?とっとと、ぶっ殺してくれ。頼む、ぞ?」
もはや一種の顔芸に近いAseliaさんの鬼面を近くから見せつけられ、にぃにぃさんは口をぱくぱくさせながら言葉を詰まらせている。うん、鬼気迫る表情ってのはまさしくこのことを指すのだろう。こんなもの滅多に拝めないだろーな。現代社会ってほんと平和だわ。
「本当にいいんですか?状況が状況とはいえ下手すれば人殺しになりますよ?」
横からくろね子さんがおそるおそる俺に尋ねる。
人殺し、か。不思議と何だか今更のような気もする。そういえば俺も人を殺るには十分すぎる力を持ちながら、まだ人間には誰も手をかけていないんだよな。俺だけじゃなくてみんなもそう。こちらに精神トリップした人の大抵が多分そう。ぶっちゃけ人殺しって、結構な人が死ぬ前に一度やってみたいって思っている節があるだろう。でも、ほとんどの人は誰もやらない。なぜ? だって本当にやったら自分の人生が終わるから。現実には法がある。では、現実では無いこちらの世界なら?
「仮にもこっちは人の命守るために体張ってんだよ!それを後ろから狙い撃ちしようなんざまともな人間のやることじゃねぇ!キ○ガイだよ! そんな奴らの命なんて考えてどうすんだ!」
Aseliaさんが女性の声帯をぼろぼろにしながら訴える。……その言葉を返せる者はその場にはいなかった。
「とりあえず……俺はやりますよ。こうでもしないと、こっちの命も危ない」
俺はウィザードロッドを町の方に構えて精神を集中する。
危ない。そう、危険なのだ。このままでは。
「でもAseliaさん……先にそっちで周りのモンスターを何とかしてくれませんか? 何だか物凄く囲まれているんですけど」
さっきから妙に暗いな、とか思ってたら、テルミさんの障壁の上に大量のモンスターが張り付いていた。檻の中にいる獲物を狙うかのごとく、障壁を爪でひっかきながら舌舐めずりしている。
「ちょいとキツいが……あと動けるのはくろね子くらいか?」
「私はあまり戦力には……」
どうやら矢は既に無いっぽいな、アーチャーなのに。先刻から弓の先端に取り付けられている刃で応戦していたっぽい。ゲームとかではよく見るけど凄く使い難そうだな。
「とりあえずソーサラー二人が魔法を撃って、そしてサイトも復帰したら何とかなる!それまで目いっぱい時間稼ぐぞ!」
「そんじゃ障壁を更に縮めるぞ。お二人とも死なんでくれよ」
返事を待たぬまま防御障壁の効果範囲がさらに狭められ、二人の体がむき出しになる。くろね子さんが涙目になっていたが……御武運を。
「魔法撃つ時は合図くれ。そん時に障壁も一部解除する」
隣のにぃにぃさんも首をふるふると振り、体を町の方へと向ける。
「シエルさんは何を使うの?」
「一応ファイヤーウォールを……」
あまり遠くの敵には向かないが、その分範囲を狭めて威力を上げれば……
「昼間に新しい魔法を覚えたって言ってなかった?あれはどうなの?」
「……あれは設置式の魔法だったみたいで」
俺とにぃにぃさんは属性を分けて魔法を習得している。俺は炎魔法一本で。にぃにぃさんは氷とか雷の魔法も使える。フレイムレーザーは初期の魔法なので彼女も使えるのだが。偏ってはいるものの、実際に威力も新魔法のキャパも俺の方が高い。
話は戻るが、俺が日中に覚えたばっかりの新魔法、その名も『プロミネンスマイン』。
名前からして嫌な予感がしていたが、案の定地雷であった。足元に味方以外には不可視の地雷を設置し、その上を使用者以外が通過した時、起爆する。ゲーム中でも試しに使ってみたのだが使いにくいのなんの。威力は半端ないが、元々後衛のソーサラーの立ち位置にどうやって相手をおびき寄せるかが問題なわけで。空を飛んでいる敵にも発動するのがせめてもの救いか。まだ誰も覚えている者がいなかったようで、期せずして俺が先駆者となり攻略掲示板に書き込む羽目になったのだ。
まぁつまるところ、今の状況では全く使えません。
「じゃあ、さっきと同じく二段構えの攻撃にしましょう」
「了解です」
前衛の二人も奮闘しているがあまり時間は無い。ここは一気に決める!
「テルミさん!」
「おう!」
町側の防壁が一部解かれ、俺はモンスターの土嚢を駆け上る。流石にその一瞬で狙いを付けて撃てまい!そしてこっちはそれ程狙いを正確に付ける必要も無い!
「ファイヤーウォー……!」
……る!?
最後の一文字を言いかけた途端、魔法を瞬時に解除して体を後ろに倒していた。こんな時だけ鋭く働く自分の反射神経を恨めしく思う。
「し、シエルさん!?」
「撃たれたんですか!?」
当然、俺の体に傷などない。自らの意思で後ろに倒れたのだから。
「くそ、人が……」
「人?」
「人がいるんです!それも何十人も! しかも冒険者じゃない、モブ市民です!」
本物かどうかはともかく武器は持っていなかった。それらしい装備でも無かった、老若男女。そんな人間が何十人もAseliaさんが指定した場所にいた。その後すぐにチラ見した時はいなかったのに! それから……俺達は身を隠して……バリア解除で、二人を前の敵へ……それから、俺達二人で詠唱……その間の時間は、……結構ある。
「町からの増援じゃ?」
「さっきからずっと矢が飛んで来てますよ、その大半が俺の障壁に」
申し訳程度にモンスターにも当たってはいるが……ノーコンというわけではないだろう。本当に当てたいなら空の敵を狙うだろうし。後ろには逃げ遅れた人、俺達を支援してくれている一般市民や冒険者ギルドの人がいる。彼らには戦闘の邪魔にならないように隠れているように言ってあるはずだが。……盾にされたか?
「攻撃はッ!? どうしたんだシエルッ!?」
満身創痍になりながらAseliaさんが怒鳴る。くろね子さんはしゃべる余裕も無いみたい。事情を話すが、彼はそんなクソ市民なんぞ巻き込んでも構わないと言うだけであった。
「もう一度やる?」
「いや、今のでこちらの手がばれたかも。むしろ最初から読まれていたのか……」
もし、あの時躊躇なく撃っておけば……。そんな後悔が俺の脳裏をよぎる。このままだと間違いなくジリ貧。モンスターの残りの数は分からない。倒しても倒しても湧いてくる。だが、後ろの敵はおそらく人質持ち……このまま背中に銃を付きつけられながら、力尽きるまで目の前のモンスターと戦い続けるしかないのか? これじゃあ、まるで剣奴だ。
後悔の後に来た気の遠くなるような絶望に負け、俺は目を伏せていた。
「モンスターが!?」
にぃにぃさんの声でふと我に帰る。ありったけの最悪の状況を考えていた俺の視界に飛び込んできたのは……目に突き刺さるような眩しさの夕焼けでだった。