40話 唐突に死闘、でした
「なぁ~サイトぉ~。お前剣道とかフェンシングとかの心得でもあんのか~?」
Aseliaは赤く染め上がった青い長髪を束ね直しながら、足元に倒れた怪物の眼球を踏み潰す。もう周囲の戦闘も一段落付いたのか、小さな水音が彼の耳にしっかりと届いた。
「ない、高校の時はパソコン部だった。お前は?」
サイトは血の染色液など必要無い赤髪をなびかせながら、大剣を振り回して同時に3体のモンスターを首、胸、腰、と斬り分けていた。
「同じく。パソコン部なんて天国なところ無いから普通に帰宅部だったよ」
Aseliaも事が済むと、足元に突き刺したサーベルを手に取り背後から襲いかかったモンスターを袈裟切りにする。
「しかし、適当に剣振り回しているつもりでも……結構やれるもんだなぁ」
「それが転生モノのお約束って奴じゃないのか?」
「だったら美女に転生するよりか、イケメンになって可愛い女の子達に囲まれてハーレム状態って方がよかったよ。それに中途半端に強いってのも勘弁だ。戦えはするけどしんどい。お前が羨ましいよ、まったく」
二人の足元に既に地面は見えなかった。どこを見渡してもモンスターの死体、死体、死体。段々足場が悪くなってきているのだが、御丁寧に死体を片づけている暇はない。周囲をぐるりと見渡し、モンスターの第三波が粗方片付いたことを確認すると、サイトも大剣を下して息をつく。
「俺は別にそういうのは望んでないんだけどなぁ……」
「んだよ、現実のお前も結構イイスペックだったりするわけ?」
「そういうわけじゃない。ただ、俺が変わって欲しいと思ってたのは現実の世界の事であって、こんな異世界に飛ばされるなんて始めから願っちゃいないってこと」
サイトは町の外を遠い目で眺める。辺りは既に赤みがかっており、煌々と輝く夕日が遠くの山の奥に今沈みかけようとしていた。
「あいつらが変わってくれれりゃな……」
それがAseliaに向けて言った言葉なのかははっきりしない。
ただ、ひたすらに重く、淀んだ一言であった。
「余計なお世話かもしんないけどさ、人に変わってもらうのはあんま期待しない方がいいぜ? 『人は変えられない、でも自分を変えることは出来る』とかどっかの偉い人も言ってるだろ?」
「そうさ、あいつらは俺を変えようとした。自分達の好きなように。言いなりになるように。……俺は自分の力で変わりたかった、成長したかった。自分が望むように……それは悪い事じゃ無かったはずだ」
サイトの声は震えていた。それだけでなく肩も、目も、体全体が揺らめく夕日の如く。
「そんなに厄介な奴らなら、ぶちのめしゃーいいじゃねーか、こっちの世界から。お前がそこまで憎んでる奴らだったらよ」
Aseliaも初めてサイトの怒りというものを感じた。ゲームのチャット上では決して見せることのなかった、彼の影の顔。こちらの世界に来てからというもの、今ひとつ煮えたぎらない所の多かった彼の見せる、初めての人間らしい生の感情。
柄にも無く真面目に意見を言ってしまったAseliaの気持ちを組み取りつつも、サイトは首を横に振る。
「足りないんだ、そんなんじゃ。死んだだけじゃ何も変わらない。あいつらも、俺も。……謝って欲しいんだよ、俺に。思いっきり自分を恥じて欲しい。自分に非があったと心から認めてほしい。それだけで、いいんだ」
「難儀な奴だなぁ……お前も」
いかにも甘ったれた子供の台詞の様にも思えるサイトの言葉をAseliaは軽く流した……はずだった。
(だけど『自分の力で変わりたかった』なんて台詞が出る時点で、少なくとも俺よりか立派なんだろうけなぁ……)
そもそも現実に一切の希望が見いだせずに毎日をダラダラ過ごしていたAseliaの心に、サイトの言葉は重く響いた気がした。
「第四波……だな」
夕日に覆いかぶさるかの如く黒点が表れ、次第にその形相が明確になってくる。よくもまぁ、懲りもせずに次々と繰り出せるものだ。
「ったく、俺達なーんでこんなことやってんだろ」
唐突に異世界に飛ばされ、唐突に事件に巻き込まれ、唐突に自分達の命を掛けて町を、現実の人間と命がリンクしている市民を護る事になっている。考えれば考えるほど馬鹿馬鹿しい。自分達はそんなの望んじゃいない。ここで活躍して華々しく散っても、現実の世界で誰に褒められるわけでも、認められるわけでもない。どれもこれも全くといって主体性がない。ただ状況に流されるがまま。
「異世界召喚モノってそういうもんだろ」
運命に導かれるかの如く、一人のごく普通の人間が英雄となるまでの物語。そこに働く力は少なくとも主人公のものではない。いわば主人公は駒に過ぎない訳だ。それを動かす神の手があってこそ主人公は主人公足り得る。
「いや、どっちかっつーとこれ『死神のノート』の展開だろ?何でここでファンタジー大決戦やんないといけないんだよ。映画とかにしたら絶対大コケするって。どこの湖だよ」
「安い話でいいじゃないか。人の人生なんてB級でも楽しめれば万々歳のはずさ」
「言ってくれるねぇ……」
B級でもいい。自分が言うのとサイトが言うのとでは重みが違うのだろうと、Aseliaは何となく感じた。今までの人生で自分は何か胸を張って言えることをしただろうか…… いや、ない。でも自分だけじゃない、他の奴らも同じ。大概の奴は無いはずだ。
自慢話なんてものは人聞きを良くするための脚色の塊。成功の秘訣なんてものはその最たる例だ。人のためじゃない、自分のために自分自身が自分の心に向けて堂々と胸を張って語れることをどれだけの人がやれたのだろう。
B級でも楽しめれば……綺麗な話じゃなくていい、情けなくてもいい。自分が心から笑って語れる事ならばそれでいい。聞いてくれる人がいなくても、全く寂しい思いはしない。
(『現実』もそんなんだったらいいんだろうけどさ……)
血糊を拭わぬまま、サイトとAseliaは剣を構える。彼らには町を襲わんとする怪物たちの眼がはっきりと見えた。
◇ ◇ ◇ ◇
ほぼ同時刻。
前方のファイターの部隊 (10人にも満たないが) から100mほど後方に立つ部隊も、その疲労がピークに達していた。別に後ろから隠れてちまちまやってるわけじゃない。むしろ直に殺りあってますよ。敵は上からも来るんだから。前衛より幾分かマシって程度。
敵の波が止まったかと思うと、今度は人間達の声でてんやわんや。
「矢はもう無いの!?誰か一般の人でもいいから持って来てー!」
「こっちも重傷の人がいますー」
「いてーよー。こっちも早く魔法で治してくれよー!」
「逃げ遅れただけの一般市民の癖に骨折程度の怪我でウダウダ言ってんじゃねー!とっとと町の病院に行けっつーの!」
俺が前線に立ってからどのくらいの時間が過ぎただろうか。なぜか持ってる時計を見る限り少なくとも2時間……。サッカーで一試合丸々全力疾走したかの如き疲労具合。現実でやったことないけど。
勇敢にも俺達のサポートに立ちあがってくれた一般市民が15人。自らの命を賭して町を守ろうとした彼らの勇気には惜しみない賛辞を送りたい。現実にもこんな人達がいると思うと、世の中も捨てたもんじゃないと思う。
その一方で逃げ遅れた市民がその約5倍。しかも揃いも揃ってモンスターピーポー。火事場泥棒っぽい奴も交じってるし。これだから現実って奴は。あー焼き殺してぇ。だが今はその体力すら惜しい。
「敵さんは~?まだ来たりするんですか~?」
「知りませんよ。でもこちらもギルドの方から次々に人が送られて、少しずつですが数も揃ってきてます。ちょっとはマシになって来るかも」
俺達が怪物の群れを食い止めながら、物資や人員の補給などギルドから派遣された人達が後方支援してくれている。冒険者も多く駆り出されているが、どこまでが精神がトリップした人達なのかは分からない。とりあえずレベルが低いのでよくやられている。
他の町にも連絡が渡ったらしいから、外にいる掲示板メンバーも駆けつけてくれることだろう。こっちのメンバーには死者は出ていないみたいだし、もう少し踏ん張りたいところ。
つっても、俺もにぃにぃさんも既に足ガクガクじゃないですか。この状態で敵さんに来られたらどうすっぺ。くろね子さんは矢が無いとか言ってあちこち回ってるし。×ぽんさんは負傷者の治療で大忙しだし。サイトさんとAseliaさんも最前線にずっと立ってて、生きているのが不思議なくらいだし。他にも味方はいるけどみんなどこも大体そんな感じ。みんな高レベルのプレイヤーなのでそう簡単にはやられたりしないが、流石に2時間近くの戦闘は肉体以上に精神的にも堪えているだろう。いや、実際俺が堪えてます。早く援軍来てー。
「敵第四波!来たぞー!」
あぁもう最悪。イナゴの大群がこっからでもよく見える。
「ソーサラーの方々ー!一旦前衛を下がらせて広範囲の魔法をー!」
簡単に言うな!こっちはロクに水分補給すらさせて貰えず、立つのがやっとだってのによう。こんな痩躯の少女を酷使して貴様らの良心は1ナノも痛まないのか?
「……いや、今度のは速い!魔法の前に一旦防壁だ!」
前衛の人達がここからでも表情がはっきりと見える位置まで下がると、すぐさま俺の視界いっぱいに光の障壁が広がる。そして遅れて前方から来る火弾、氷弾、雷弾etc……とにかく色んな属性の攻撃。それら全ては障壁の前に弾かれる。流石は仲間内で防壁全一と呼ばれるテルミさんのレジスタンスフィールドだ。とっても丈夫。
「解除10秒前ー!」
障壁解除までの時間も段々短くなって来ている。テルミさんもお疲れの様だ。
「3、2、1……!」
ここで思わぬ障壁の副次効果が表れた。障壁は横には広いが高さはせいぜい40m程度。魔物達は無闇に破壊しようとせず、壁を乗り越えて攻めこもうと一斉に高度を上げたのだ。無駄な消耗を抑えたつもりだろうが…… 自分達から固まってくれるのは好都合だ!
「うっし……!ファイヤーウォールッ!」
体力はともかく溜めは十分! 俺の放った業火の波が敵の先陣を例外無く飲み込む。……が、当然の如く耐性を持った敵が、炎の渦から飛び出してくる。
「アイシクルテンペスト!」
たまたまなところが多分にあるが数段構えの作戦。続けてにぃにぃさんの魔法。名前の通り氷柱の嵐がこちらに突っ込んできたモンスターの翼を抉り取る。よーしナイス、いい感じ! ここから更にバランスを崩したモンスターの急所目掛けてアーチャー達の一斉射撃が……あんまし飛んでこない!
「くろね子さぁぁぁん!?」
「だから矢が少ないんだってば!!」
何でこっちのアーチャーはこんなに冷遇、というか無駄に現実的なのでしょうか。矢が無いとほんと無能。そりゃゲーム中で何百本も持ってるのもどうかと思うけどさ。
「とにかく後は各人で各個撃破!味方に攻撃しないように!」
ああ、また乱戦ですか。これがさっきからしんどいのなんの。しかも今度の敵は空中での挙動が速い奴らばかり。となると必然的に俺らソーサラーの出番が増えるわけじゃないですかー!向こうのそれを分かってるのか、やたらこっちに向かって来るし!ファイヤーウォールは間に合わない、っと!
「フレームレーザーラピッドッ! ちくしょー!」
とりあえず翼を狙う!動きを鈍らせる!それ以上やろうとすると多分体力持たない! 後はファイターさん達に一任します!
結構適当な狙いでレーザーを撃っても、もれなく命中するくらいにモンスターの数が膨れ上がっているし。幸い戦闘力自体は低めのようなので、長期戦に持ちこめば…… ってそれが一番嫌なパターンだよ。片腕で顔に吹き上がった汗をぬぐいながら、とにかくウィザードロッドを振り回す。
こんなことがいつまで続くんだとまたもや気が遠くなった瞬間、今度は肩に鋭い衝撃が走る。自分の頭が働いた時には既に体は地面から離れていた。
「うぇっ!?って!」
事に気づいた時には既に遅し、ハーピーの両足の爪が俺の両肩をがっちり掴み、俺の体を空の旅へと御招待。振りほどこうにも爪が深々と肩の肉に食い込んでいるため、腕に力が入らない、というか曲がらない!仲間も事態に気づいたのはいいが、遠くから狙おうにもハーピーが自由自在に空をぐるぐる回ってくれるためにロクに狙いが付けられない。
つーか酔う!俺ジェットコースター弱ぇのに!怖いとかそんなんじゃなくてとにかく酔うんだよ!船とか激しい乗り物全般駄目なんだって!何とかしてー!
「フレイムレーザー!」
そんな最中にぃにぃさんの声が聞こえて来たかと思うと、頭の上から悲鳴が上がり、急に俺の左腕の感覚が無くなる。さらに視界が反転し、上から地面が近づいてくる。
「……っと!セーフ!」
タイミング良くテルミさんの柔らかい防壁にキャッチされ、晴れて俺の体は自由になった。隣には石畳に直に落下して潰れたハーピーの死体。……うん、自由になったのはいいけど、またですか?
「誰か!シエルさんの腕拾って!」
何だよ!「腕拾って」って!?これほど非現実的なこの状況を端的に言い表せる言葉は無いんじゃ。おまけにまたもや都合良く、俺の頭の中から「痛い」という単語がすっぽり抜け落ちてるみたいだし。でももう勘弁してください。腕ポロリはこれで2回目なんですよ?助けて貰った以上文句は言えないけど!
「あった!」
向かって左からサイトさんの声が聞こえる。彼は上空にいるモンスターと応戦しながら、素早く身を屈め、地面に落ちていた俺の腕を拾いランナーを刺すかのようにこちらへ投げつける。ああ、哀れ俺の腕。
そして回復役の×ぽんさんがそれをキャッチし、素早く俺の左肩の切断面に当てる。
「悪いがこっちを優先する!」
テルミさんも近づいて来て、俺達の周りに障壁を張ってくれる。って、それだと他の人が無防備になるんじゃ?
「今ソーサラーを失うのは不味い」
「……すみません」
「もっと別の奴が謝るべきなんだろうけどな!」
×ぽんさんの回復魔法で少しずつ左腕の感覚が戻って来る。幸いにぃにぃさんのフレイムレーザーは俺の腕を綺麗に溶断してくれたので、出血も少なく傷口の修復も早いみたいだ。どこらへんが『幸い』なのか自分でもよく分からんが。
「腕はどうだ? 動かせそうか?」
「はい、指もなんとかこのとお……?」
顔を上げた瞬間、俺の視線の先を一閃が走る。形状からアーチャーの放った矢かと思ったが……向きが、おかしい。右上から、左下。撃ち下すような狙い。右は町側……援軍?
「サイトォォォォォーッ!?」
周囲にAseliaさんの絶叫が響き渡った。