38話 ここにいる自分は
異世界トリップ、6回目。
In 宿屋アートマー310号室。
「新しい掲示板のパスワードはkaniya。誰かに教えるときは既存メンバーが2人、出来れば3人以上いる時が望ましいです、だと」
部屋の中にはいつものメンバーが集まって今後の対応について話し合っていた。サイトさん、Aseliaさん、×ぽんさん、にぃにぃさん、それと昨日から引き続き、くろね子さんだ。俺含め何とも華やか。この部屋には6人だけだが、宿屋の他の部屋にはあと10人ほど仲間がいる。これ以上広い部屋は無いし、会議室や食堂などの広い部屋も人の目が気になって込み入った話が出来ないから、だと。ちなみに他の町の宿屋にもメンバーがいて、総勢約40〜50人が現在の(形式上)仲間の数。
これを多いと思うかどうかは敵の数次第なので何とも言えない。だが、私欲の為に人を容易く殺せるような奴がそんなに大勢で徒党を組めるとは思えないと、×ぽんさんの弁。それは一理あるかも。本人が自分がやっている事を私欲と自覚しておらず、自分は世の中の正義のためにやっているんだと思っているのならばなおさらだ。こうして否定する者が存在し、それを闇討ちなんてする時点で既に正義に矛盾が生じている。このズレに気づく者が向こう側で一人でも現れたりでもすれば御の字。身内争いでも起きれば、一気に瓦解する。それは俺達にも言える事なのだが、こちらはあくまでも自分の身の安全を第一とする協力体制なのであり、悪く言えば消極的で大人しい人が多い。裏切ると言う行為に相当なメリットを感じない限り、この結束は崩れる事はないだろう。多分。
う~ん、それでもやっぱり少し人間不信気味になってるな、俺。
「それと、奴らがどうやって目的の人間を探し出しているか分かったぜ」
話が収束に向かっている時を見計らったかのようにAseliaさんが話を切り出す。彼は得意気に足元の鞄から分厚い本を取り出した。A3サイズほどの大きさで茶色のハードカバー、現実でもあまり見る気のしない本だ。
「何ですかそれ」
「図鑑か何か?」
「ノンノン。実はだな……」
Aseliaさんは結構重そうな本をひょい、とサイトさんの方に放り投げる。慌てて両手と胸でキャッチしたサイトさんは適当なページを開いて目を動かす。……しばらくして、みるみる表情が変わっていく。
「おい、これって……住所録か!?」
「そ、現実世界の人間がこっちではどこにいるのかが、まる分かりになる本だな。言わばタ○ンページ」
俺と共に他のみんなも食いつくようにその本の周りに集まる。
……うわ、物の見事に日本語表記だ。名前は全部カタカナだけど。なるへそ、これを使って現実の殺したい相手を捜していたのか。個人情報も何もあったもんじゃないな。
「こんなもの一体どこで手に入れたんですか?」
「町のお役所」
……おーい、公務員。仕事しろー。殺人犯に手ー貸してどーすんだー。
「これってそんな簡単に手に入るもんなんですか?」
「んにゃ、数日前からちょこちょこ冒険者がこの住所録を貰いに来てるらしくてな。ちょいと時間食っちまったけど」
……で、その矢先に町で冒険者らしき人物による連続殺人だもんな。少しは警戒してくれないと困るよ、お役人さん。
「じゃあAseliaさんはどうやって手に入れたの?」
「女の武器」
「……ハニートラップ?」
「YES。美女ってマジチートだわー。人生エクストリームイージーモードって奴?」
もう色々と駄目だこの町。いや、現実がかなり反映されてるだろうから、現実も駄目駄目だ。両世界とも大丈夫なのだろうか。ゆとりの俺にですら心配される大人の人達って……。
いや、つーかこの人はこのために抱かれたのか?おそるおそる彼の方を見たが、他の人も同じことを考えていたようで、皆悪い意味で体を引きつつ上目使いになっていた。
「あー!あー!今お前ら変なこと考えたな!?言っとくがちょっと誘惑しただけだぞ!別に掘られたわけじゃないからな?」
この人曰く、
トイレで誘惑
↓
背中に手を回す
↓
耳に息を吹きかける
↓
顔に胸を軽く当てる(服着たままでよ?)
↓
「あたしぃ、欲しいものがあるんですけどぉ~。持ってきてくれたらもっとサービスしちゃう(はぁと)」
↓
宿屋に住所録を持ってこさせる
↓
その後、ルパンダイブしてきた役人を記憶が飛ぶまで(頭部の形が変わるまで)ボコる
↓
男を宿の外に放り投げる
↓
一人シャワーを浴びて体を念入りに洗う
↓
もちろん男の顔をくっつけた服は破棄
↓
塩で身を清める
しかし現実でも結構ありそうな事だから困る。俺だって実際にこんな美人がいきなり誘惑してきたらちょっとは心が揺れ動くかもしれない。……いや、悪いが今時の彼女いない歴=年齢の若者達を舐めてはいけないぞ!二次元には弱いが、現実の女への警戒心は半端じゃない。「こいつ何が目当てなんだ?」「これって何のドッキリ?」「三次元キモッ!」「病気が怖いのでちょっと」etc…… そうそう簡単には誘惑されんだろうよ、よ!根っからの草食系 (寧ろ草?) ならばこんなハニートラップなど。そもそも、そんな機会ないだろうけどな!
きっとお役人さんは色々中途半端な奴だったんだう、うん。
「その美貌を気軽に利用出来て羨ましい……」
「今のにぃにぃさんだって相当美人じゃん。もっと上手く使おうぜ?」
「戻った時の喪失感が半端ないのよ。その内現実でもやりかねなくて……」
にぃにぃさんは頭を抱えこむ。女性の方が己の武器は心得ているはずなんだがなぁ……
「ともかく、それならばその役人達から住所録を貰った人物の特徴を聞けば犯人が割り出せるんじゃないですか?」
おお、ここで×ぽんさんのナイスアイデア!それだ!
「やったけど『冒険者なんてすぐに装備変えてるだろうし、顔もよく覚えてない』だと。名前も控えてないだとさ」
役人使えねぇ。ほんと使えねぇ。
うーむ、これだとまた振り出しに戻ったか。犯人側の手口が分かっただけだ。名前がカタカナ表記だと同姓同名も存在するだろうから、割と労力もいるだろうし。一度に殺れる数に限りがあるのも確定した。全員の名前と顔を記憶するのも結構大変だしな。いずれにせよ、犯人対策についてはまた考えないといけないわけで…
「ん……?」
突然、サイトさんが声を洩らす。一つの話題が終わり、部屋が静まり返っていたので、普段は気づかないような声まで拾ってしまう。
「どうしました?」
「いや、別に単なる偶然なのかもしれないけど……」
サイトさんは一度本を閉じる。
「俺の名前がここに載っている」
マジっすか。でもカタカナ表記だし同姓同名ってだけかも……
「名字はごくありふれてるんだが、名前は少し変わっていてな。偶然にしては……」
「マジかよ。確かにウチの親の名前っぽいのはあったけどさ」
Aseliaさんもサイトさんから住所録を受け取りパラパラとページをめくる。
「もしかしてAseliaは実家暮らしか?」
「ん、ああ」
「載ってるのは世帯主だけなのかも。他に一人暮らしの奴はいるか?」
意図せずも俺が真っ先に手を上げてしまい、住所録を受け取る。
タカセユウイチ……ある。あった。もう一人手を上げた、×ぽんさんも同様。
同姓同名なのかも知れないけど、これがもしかして自分自身だったら。精神がゲームキャラに取り込まれているのに、本人はちゃんと存在するのか?
「ちょっと調べてみませんか?」
こっちに来てからしばらく消極的だったサイトさんが珍しくみんなに提案する。Aseliaさんは構わないと言っているが、くろね子さんが真っ先に渋った。
「しかし今外をうろつくのは……」
これもごもっとも。自分が別に存在すると知った所で、これからの展開がどう好転するわけでもなし。無駄なリスクを避けたいとのこの人の意見にも同意できる。
「しかし、現に宿屋の中でも人は殺されているし、結局はどこにいても気を抜けばやられる可能性がある。みんなで固まって行けば、ある程度は凌げると思うが?上手くいけば返り討ちにすることだって出来る」
もちろんこれは俺の勝手な頼みだし楽観的な意見を並べただけだけどな、とサイトさんは付け加えた。しばらくみんな考え込んでいたが、やがて以外にも×ぽんさんの方から賛成の声があがる。
「このまま疑問を解消できずに、ずっと部屋に閉じこもるというのもなんですからね。この世界の事を知るという意味ではいいかと」
役に立つかどうかは実際に知ってから判断するといい。これがこの場での結論。早速俺達は住所を紙に写し、宿屋を出る。無論、外に出たら常に厳戒態勢だ。この前の様にどこから矢が飛んでくるかわからない。
まず最初に向かったのは言い出しっぺのサイトさんの住所だ。町の南西側まで向かうが、相変わらずこの町は広い。車とか自転車とかが欲しくなって来る。人口密度も凄いし。これまでの情報によると、この世界の町ごとに関東、東北、関西……などと、現実世界の人が存在している区分が別れているらしい。この町は主に関東一帯。ゲームの中でも最大の町だけに移動も一苦労だ。
そしてお目当ての住所が見える所まで到着すると、サイトさんは「ここからは自分一人で行きたい」と言いだした。
「ま、現実の自分を見られるのは、な」
「俺達はここら辺から見張っときますよ」
彼の気持ちを組んで、俺達は周囲の警戒に勤める。幸いここには2階以上の高い建物は無いようで、家の密度もそこまで無い。2人、3人と別れて彼の住所付近を見張った。
ほどなくしてサイトさんが浮かない顔で戻って来る。
「どうだった?」
「……まぎれも無い、俺自身だったよ」
「そうか……」
「じゃあ、こっちの世界にも現実の私達は別に存在するってこと?」
「みたいですね」
「こっちの方の自分が死んだらどうなるんでしょうか?」
「やっぱり……現実でも死ぬんじゃないんですか?」
ややこしい。護るべき対象が2つ?でも逆に言えば、それは犯人グループも同じという事にならないか?こっちのキャラクターは強くても現実の人間なら…… ってそれが簡単に分かれば苦労はないか。スーパーハッカー()でも無い限り。
「どうする? これからシエルと×ぽんのも見に行く?」
う~む…… もしかしたらこの光景も見張られているかも知れないわけで、最悪犯人がこの辺りの人間を手当たり次第に殺害すればサイトさんを殺害出来るかもしれないというわけだ。事の顛末が知れば、自分を見に行く行為ってのも結構なリスクになりうるわけか。ここはサイトさんには悪いけど。
「すみません。俺は事が分かればそれでいいです……」
なんだかつくづく卑怯なキャラだなぁ、俺。
「当然だろうね。実際近づいてみて、結構これってヤバくないかって感じたよ。その後カモフラがわりに色んな人を遠くから除いた」
何かモルモットにしちゃってごめんなさい、サイトさん。願わくはこの一帯の住人が狙われませんよう。今出来るのは祈ることくらいです。
「それじゃ、宿に戻りますか」
……あ、そうだ。すっかり忘れてた。
「すみません。途中で冒険者ギルドに寄ってもいいですか?」
「通り道だし俺は別に構わないけど」
Aseliaさんがちらりと他の面々を除くが、みんなも特に反対する様子には見えない。
「昨日のYASUさんのことが気になって……」
「あー昼間も言ってたなそーいや。まぁ、様子を見るくらいならいいと思うけど。どうせ牢屋の中だろうし」
ギルドはこっちの世界では警察機関のような役割も果たしている。こっちはこっちで連続殺人事件のことでピリピリしているだろうし、返り途にちょっくらよる分には特にリスクは変わらないだろう。ギルド直轄の警備兵もちょくちょく見かけるし。周囲を警戒しながら出来るだけ人通りの多い道を歩けばわりかし安全……かな?
時間もこの世界換算で午後4時前だし、まだまだ外も明るい。また、周りを良く見たら、一般市民も少し辺りを警戒しているように見える。あんな事件が多発しているのなら当然か。逆に冒険者は色々とやり辛そうだ。
「この前の一件で俺達への威嚇を狙ったつもりだろうけど、かえって向こうもやり難くなってたりしてな」
Aseliaさんから苦笑いしながら呟くが、実際そんな感じがする。武器を持った冒険者は常に見張られている感じだ。やや息苦しいが、今はこっちの方が助かる。
ギルドには特に何の障害もなく辿りつく事が出来た。流石に建物の中で殺人は犯せんだろうと、俺達は警戒を解く。建物の中は以前立ち寄った時よりも慌ただしくなっていた。
受付の人に事を尋ねようにも、どこも人がたかっていて近づけない。受付のお姉さん達はほんと大変そうだ。20分ほど待ってようやく空きが出来て、俺は茶色のサイドテールのお姉さん(一番好み)の席に通された。
「何か大変そうですね」
「分かってくれるの~?お嬢ちゃん!もう最近は市民からの苦情ばっかりでまともな仕事も出来やしない!」
受付のお姉さんは疲れた顔を不満たっぷりに見せつける。
「それって冒険者と思われる人達が起こしている殺人事件のことですか?」
「ええ、というかほぼ冒険者ってのは確定ね。実際にウチでも何人か捕まえたわ」
おお!お役所と違って流石です。って、その中にはYASUさんも含まれてるんじゃ。
「でも動機が訳分かんないのよね。別に金目当てって訳でもないしさ。みんな出来心だっていうし。何か最近冒険者達の中で流行ってるのかしら? 殺すのはモンスターだけにして欲しいわ」
「捕まった冒険者達はどこにいるんですか? 今日はその事を尋ねたくて来たんですけど」
お姉さんは不思議そうな顔をしながら指を真下に向ける。
「ここの地下」
「面会とか出来ますか?」
「知り合いとかいるの?」
「冤罪で捕まった人がいるんです」
「証拠は?」
「……ないです」
お姉さんは困った様な顔をしながら言う。
「それじゃあ駄目なのよ、お嬢ちゃん。面会すらさせて貰えないわ」
「じゃあ面会は出来なくてもいいです。今彼がどうなっているかはわかりますか?」
お姉さんはうーん、と唸りながら、席の横にある明治時代を彷彿とさせる電話らしき物(つーか電話とかあったのか)の受話器を取り、何やら事を話す。
「お嬢ちゃんはギルドに登録しているのよね? お名前は?」
「シエルです」
その後もいくつか質問を受けそれをお姉さんは淡々と受話器に向かって伝える。しばらくしてお姉さんは受話器を戻し、一息つく。
「えーっとね、結論からいうけどあなたの言うYASUさんは現在拘留中の身です。証拠不十分で何とも言えないから処刑や拷問刑にはならないと思うけど、現状で釈放されるのはまずないと思っていいわね」
「真犯人を見つけないと……ってことですか?」
お姉さんは軽く頷く。だが処刑されることは無いというのは一安心だ。その後、実際に現行犯で捕まった人達は即刻討ち首にあったと聞いてぞっとしたが。以前も冗談半分で言ったが、本当に首刎ねられるとは思わなんだ。
「こっちとしても殺人犯を駆逐してほしいのは山々だし、実際に冒険者たちに頼んではいるんだけど……。お嬢ちゃんはまだ小さいしあまり無理しないようにね」
「死なない程度に頑張ります」
中身は大学生ですが。まぁ、まだまだガキではあるか。オトナって言葉が当てはまるのはやっぱり働いてからだよなぁ、とこの歳になって思う。
「それと、ちょうど今朝あなた宛てにシーフの方から手紙を預かってるわよ」
うぉっ!……そうだそうだ。それもすっかり忘れてた。連絡はギルド通して行うって言ってたっけな。
「それってGillyって人ですか?」
「ええ、お知り合いのようね。はい」
「どうも」
封筒は以前に貰ったのと同じ。間違いなく彼のようだな。昨日はすっかり忘れてたし、タイミングぴったしだ。よかったよかった。しかしこれをどこで読むもうか。人前じゃ流石に無理だわな。だが、待ち合わせの連絡かもしれないから、出来れば早く読みたい。……よし。
みんなと合流する前に、れっつ女子トイレ。