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【番外編2】 俺の知らない所で

 それは衝撃的な集会襲撃事件の夜のこと。


 アカシックドミネーターの世界における西部……ギャドラクの町。まだクエストもほとんど実装されておらず、冒険者達にはあまり馴染みのない町であった。

 その住宅街の一角に古ぼけた小さな店がある。唯一真新しい看板には工房と書かれてあるが、店主と思われる人物はほとんど店先におらず、本当に商売になっているのか疑しい。たまに、夜遅くまで灯りをつけたまま店が空いている時があるらしいが、これは単に店主が消し忘れているだけだとか。

 近辺の住人からも、最近になって少し変わった人が住んでいる、ともっぱら世間話のタネになっていた。


 この日の晩は店先もちゃんと閉められており、何事もない平和な夜であった……が。

 

 店の前に背の高い男が立っていた。体はやや痩せ形、服装から冒険者だと分かるが、それにしては軽装過ぎる。服飾装備において金属が占める面積は非常に少なく、また目立った武器のような物も持っているようには見えない。短い金髪の上にはバンダナを巻き、余計なものを一切晒さないその装備。判り易いくらいに盗賊であった。


 周囲は人通りが少なく静まり返っており、店の前で何かを確認し、顎を掻いている男を見て咎めるような者はいない。傍から見たら今にも盗みに入ろうとする姿だというのに。

 だが、そんな予想を裏切るかのように男は店のドアをノックする。軽く、ではない。ノックというよりは叩くという表現の方が近いかもしれない。木製のドアが鈍い音を鳴らすが、店主が出てくる気配は一向に無い。こんなことを繰り返すこと10分。

 男はとうとう痺れを切らしたのが腰に身につけている道具袋から、針金の様な物を取り出し、ドアの鍵穴に差し込む。流石は本職とも言うべきか、ものの数十秒もしないうちに鍵は開いた。


「入るぞー」


 ピッキング行為をやっておきながら挨拶、おまけにドアを内側からノックしながら堂々と男は店の中に入って行く。


 店の中は灯りが付いておらず、時折床に落ちているガラクタのようなものに男は何度か足を取られそうになる。だがすぐに目が慣れたようで、男は灯りを点けることもなく、家の中をひょいひょいと回って行く。部屋に入っても周りをキョロキョロ見渡すだけで、物を取ろうとする気配は感じられない。


 やがて、僅かに光が漏れている地下への階段を見つけると、男は軽く頷き足音一つ立てず、階段を下りていった。


「よう」


「……っ!お前、Gillyか?よくここがわかったな……」


 階段を下りた先は何やらガラクタの山。だが、その空間は下手すれば上の坪面積よりも広いかもしれない。ガラクタの奥には首に手ぬぐいを巻いた職人風の若い男が座っていた。

 彼は突然の来訪者の顔を見ると少し肩を落とし、再び周辺に散らばっている工具を取り、目の前のガラクタをいじり始める。


「実際苦労したぜ、あんたを見つけるのに5日もかかったしよ。まさか自分で工房開いているとはな。こんなシステムもこのゲームにはあるのか?」


「いや、これは俺がこっちの世界に来て譲り受けたものだ」


 Gillyは目だけで男の了解を確認し、適当に丈夫そうなガラクタの上に腰をかける。


「で、何の用だ」


「決まってるだろ。この世界についてだ。お前なら色々知ってそうだと思ってな」


 Gillyは腰の道具袋から紙巻煙草を取り出し口にくわえる。


「止めてくれ。ここには引火性のブツもある」


「……そりゃ失礼」


 既に手に取っていたマッチを袋に戻し、火の付いていない煙草をくわえたままでGillyは体勢を低めた。


「色々聞きたいと言ってたな。何で俺なんだ?」


「そりゃなんてったって、あんた製作側の人間だろ?ミノルさんよ」


 ミノルと呼ばれた男はぴくりと反応を示し、そのまま手元のガラクタを見つめながら無言になる。


「戦闘では全く役に立たないクリエイターなんて職業をここまでレベル上げして、おまけにアイテムの内部修正値まで知ってる時点でなぁー」


 悠長な言葉を発しながら、Gillyの視線が部屋の中を泳いだ。


「……ふぅ、製作側の人間なのは認める。だが、俺はただのデバッグ作業のアルバイトだ。『会社側の人間』ではない。当然この現象についても何も聞かされていない」


「ほー、じゃあ会社の人間はこの事を知ってそうなのか?」


「既にバイトの何人かが申し出ている。だが向こうは知らぬ存ぜぬだ」 


「……」


 Gillyの視点が止まった。

 ミノルもGillyの手元を監視するようにじっと見つめる。


「ただ、俺と同じアルバイトの奴も何人か姿を消している……。ついでに言うなら、会社側のデバッガーもだ」


「同じ製作側でも容赦しないってか?」


「いや、そもそも作り手も本当に気づいてないという可能性もある」


 Gillyもミノルの視線に気づき、煙草を口から飛ばし腕を組む。


「デバッグの仕事っていうのは、会社に泊まり込みとかでするもんじゃないのか?」


「もちろん、現に俺はそうだ。だが、一般家庭のサーバー状態やプレイヤーの生の意見も聞くということで外部のバイトも何人かいる。今のところ、会社の中で死んだ人間はいない……。会社側のデバッガーもちょうど家に帰ってから急に出勤してこなくなったしな」


「んじゃ、『内部』で人間が死ねば向こうも信じてくれるってことだな」


 次の瞬間、二人は己の「獲物」を構え互いに向け合う。

 Gillyは小型のボウガン。ミノルは一見ガラクタのようだが、銃ともとれる代物。


「……冗談はよせ、Gilly」


「俺としては冗談のつもりなんだがな。ただし、返答によってはうっかり手が滑っちまうか、も」


 シーフとクリエイター。互いに能力値は戦闘専門の4職業には遠く及ばない。互いの武器が発射されれば、ただでは済まないだろう。

 その事もまた、お互いの承知の上であった。


「言っておくが、俺は本当に何も知らされていない。俺が死んだところで何か解決するとは思わない事だ」


「向こうが知っていようがいまいが『脅し』くらいにはなる」


 Gillyは冷たくも重い声でそう言い放つ。彼のボウガンを握る手は微塵の震えもない。それに対してミノルの獲物は銃口が定まらず、必死に狙いを捉えようとしているのが見え見えであった。



「……」



「……」



 互いに無言。物音一つ無い地下室。

 地下の湿気もあってか、ミノルの額と手は次第に汗ばみ始めていた。次第に息も隠しきれないほど荒くなっていき、銃のぶれも目に見えて大きくなっていく。Gillyの引き金を引く指と銃の狙い両方に気を向けねばならず、目の動きも落ち着かなくなっていく。


「冗談もほどほどにしないと……撃つぞ……!本当に……!」


「そうか、じゃあ止める」


 Gillyは鼻で笑いながらあっけらかんとボウガン下げる。数秒遅れてミノルも銃を下し、大きく息をつく。


「お前が何も知らないのは本当みたいだしな。もし知っていたら、何の躊躇も無く俺を撃ってくるはずだ」


「ったく……!」


 Gillyはミノルの足元にボウガンを放り投げる。それを見てミノルはまた一つ大きな溜息をつき頭を垂れる。


「お前がこっちの世界で他のプレイヤーに干渉しようとしない気持ちはよく分かる。なんたってロクな戦闘手段がないからな。銃は正直羨ましいが」


「ああ……互いにな」


 彼らがパーティーを組もうとしなかったのは、単に人を信用できなかったからだけではない。もしもの時、不測の事態が起きた時に身体能力の差で大きく後れを取るからである。誰かが裏切るにしろ、何者かに襲われるかにしろ、真っ先に狙われる、やられるのは自分だと考えた上での単独行動であった。


「知ってるか?今日、町の広場で100人規模の集会があったらしいぜ?みんなで協力してこの状況をなんとかしましょうってな」


「小耳に挟んではいる」


「んで、何者かが集会の主催者を大勢の目の前でぶっ殺した、と」


「……そいつは初耳だ」


 額と手の汗をぬぐいながらミノルは答える。


「そこで一つ尋ねたいんだが、製作側のデバッガーは何人いる?」


「社員が3人いたが、1人おそらく死んで今は2人。会社に泊まり込みのアルバイトは俺ともう1人。外部のバイトは5~6人くらいいたと思うが果たして何人生きている事やら……」


「そんだけいて未だにこの状況が知れ渡っていないのも変な感じだな」


 製作側の人間は多くて10人程度。それだけの数がこの世界に来ているとなると、誰か1人くらいは他のプレイヤーに名乗り出てもいいものである。


「ちなみに社員の2人は他の仕事と兼任してるからレベルはそこまで高くない。恐らく30もいってないと思う」


「ってことは、今この状況を知っているのはバイトだけなのか?」


「俺と同じく寝泊まりしている奴は間違いなく取り込まれている。俺に必死に聞いてきたくらいだしな。俺は知らない振りを通しているが」


 Gillyは再び腕を組んで考え込む。


「Gilly、そんな事を知ってどうする?まさかこの現象を止めようとかするつもりか?」


「……出来たら、それが一番いいんだろうけど。俺自身はこの現象がどうやって引き起こされているかのほうが気になるけどな」


 ミノルの問いに、Gillyは不敵な口調で答えた。


「知った所で俺達のような連中が止められるなんて思わない事だ。現に止めたくない、止まって欲しくないと思う人間も表れ始めている……」


「こっちの世界から、現実の人間を殺している連中の事か?」


 ミノルはゆっくり頷き、頭を宙に泳がせる。


「俺はこっちに来てから何だか余計に現実ってものを見せつけられた感じだよ……」


「何だよ急に」


「結局、人の上に立って好き放題やってる人間も、下で苦しい生活を強いられて、不満を言っている人間も、本質的には何も変わらないってこと」


「……そうか?」


「同じだよ。能力や権力を持てば誰だって好き放題やる。逆に無かったら苦しんで不平不満や愚痴を口にする。人の立ち位置が変わろうとも世の中は何も変わらない。努力なんてものは、その立場を入れ変えるための物でしかない。世の中が変わるとかはその枠組みの中でしかありえないってさ」


「……」


「だから、俺はこんな世界もあっていいと思う。現実での弱者が強者に対して好き放題できる世界。現実では会社の部下の首を簡単に飛ばせる上司も、こっちの世界では部下に簡単に首を飛ばされる……。いや、寧ろもっと多くの人を取り込んで欲しいくらいだ。そして思い知って欲しい。自分達は、どいつもこいつも同じ性分の人間だって事をさ」


「御託は結構だが、それもお前個人の一思想に過ぎない。そして、他の人間がそれに付き合ってやる道理も無い」


「ま、それもそうか……」


 Gillyに批判されつつも、ミノルは自分の言いたい事を言い切ったのか妙に清々しそうな表情であった。


「まぁ、お前がこの世界を何とかしたいなら出来る限りのことは協力するよ。俺だっていつ死ぬとも限らんわけだしな。但し、あくまでも出来る限りだ。この身を危険に晒すようなことは一切するつもりはない」


「それでいい、十分ありがてぇよ。互いにこの世界では日蔭者同士、上辺だけでも仲良くやっていこうや」


 Gillyも意地の悪い笑みを浮かべる。


「んじゃ、ついでにもう少し教えて欲しい事があるんだが」


 ずい、とGillyが体を前に倒すと同時に、ミノルが手を前に出して制止する。


「それは構わないが、その前にこちらも一つ聞きたい」


「何だよ?」


「Gilly、お前こそ一体何者だ?」


 そんなことか、と言わんばかりにGillyは鼻息をつく。


「別に。わざわざ言うようなもんでも。ただのゲーム好きだよ」


「『ただの』じゃ、ないだろ。さっきのボウガンを構えた時の全く震えを見せない手といい、そんな駆け引きを行える度胸といい……もし俺があそこで銃を撃ってたらどうするつもりだったんだ?」


「終わった事をいくら話しても仕方ないだろ?」


 Gillyは両手を上げるが、それでもミノルは引き下がらなかった。


「いや、いくらこっちの体の方が身体能力が高いと言っても、精神はそのまま、中身は一般人なんだ。俺は高校時代ライフル射撃をやってたから分かる。精神のブレは何かを構えている時のような、体本来の重心が崩れた時に表に出てくるもんなんだ。『動かない時』なら特にな」


「なるほど、道理で震えている割には銃の構え自体はサマになっていたわけだ」


「話しを逸らすな!というかそんな事を言ってる時点で……」


 今にも投げつけんとばかりに工具を握り締めるミノルの姿を見て、はいはいとGillyは余裕を見せながらなだめる。


「ま、確かに俺は一般人じゃないかもしれんが……」


「少なくともその精神メンタルはスポーツ選手とかのそれじゃないな。警察、軍人、はたまたはヤクザ……何の経験も無しに、微塵の動揺を見せずに人と銃を向け会えるなんて一種の異常者だろ」


「はは、その可能性もあるかもな」


 ミノルの物言いも別に気にしてないと言わんばかりに、Gillyは笑う。だが、すぐに顔付きが再度真面目なものになる。


「悪いがこの話はここまでだ。その侘びと情報提供の礼と言っちゃあ何だが、お前にも大事な話を教えてやろうと思う」


「……何だ?」


 少し警戒色を出しながらもミノルは耳を傾ける。


「この現象はいつまでも続くもんじゃない。お前も下手な事をせずに大人しくしていたらそのうち抜け出せるだろうよ、多分」


「……どうしてそんなことが言える?」

 

 Gillyは軽く勿体ぶりながら間を置いて答える。


「前例があるからな」


 ミノルは思わず目を見開いて身を乗り出した。


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