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36話 宣戦布告というやつですか

「ちょっと! みんなどこに行くつもりですか!?」


 周囲が騒然となっている中、くろね子さんの必死な声が聞こえてくる。


「俺は……抜けさせてもらいます。あんな風に狙われたんじゃどうしようも……」


「私も、組む方がかえって危険なんじゃ……!」


 彼女の質問に答えるのはまだいい方で、多くの人は無言で逃げるようにしてその場を去って行った。くろね子さんは口惜しそうに、文字通り地団太を踏む。ヘタレ属性の女の子は割と好みだが、今はそんな事を考えている場合ではない。


「こんな状況になることが撃って来た奴の狙いって……こっちに来たばっかじゃそんなこと考えないか」


 後ろからサイトさんが呟く声が聞こえる。彼は先程からかがみ込んで、虚ろな目でれんちぇふさんの遺体をじっと見つめていた。


「おまけにこの中に製作者がいるかもしれない、なんてぶちまけられたからなぁ。おい、そろそろ防壁を解除するらしいから、あんましぼやぼやするなよ」


 Aseliaさんがやって来てサイトさんの肩を叩く。サイトさんは遺体の前で手を合わせて軽く黙とうすると、立ちあがってAseliaさんに小さく「大丈夫だ」とだけ言う。


「……で、そのことをぶちまけた本人は?」


「どさくさにまぎれて逃げられちまったよ」


 Aseliaさんが肩をすくめる。だが、表情は少し暗いままだ。あまり好んでない人物とはいえ、目の前で悲惨な死に方を見せられたら誰だってそうなるのは当然だが。遺体は冒険者ギルドに連絡して引き取ってもらうようにするとのこと。とりあえず俺達はすぐにここから引き上げたほうがよさそうだ。

 幸いだったのは俺達が集まる掲示板のパスワードをみんなにまだ教えていなかった事。よってここから外れた人達はあの掲示板を除く事は出来ない。情報共有はあくまでも信頼の証でもあるのだ。悪く言えば互いが互いに監視出来る状態、それが掲示板メンバーであることの暗黙の了解でもあった。


「これからどうするんですか?」


「とりあえずどこかに避難して次の方法を考えましょう。それに、大勢でいる方が安全だと考える人はそのうちきっと出てくるはずです」


 ×ぽんさんも浮かない顔を解けずにいたが、気持ちは既に次のやるべき事に向かっているようだ。後ろの方で防壁を貼ってくれたテルミさんとか言う人がこちらに向けて軽く注意を促し、そして光の壁が消滅する。まずは、とっととこの場を離れたほうがよさそうだ。


「だな、避難場所は……ちょっと狭いけどいつものとこにするか」


「了解です」


 ちょっと狭い、いつものとこ=宿屋アートマーだな。20人入れるかどうかも分からないが、他の人も大部屋を借りてるので分けて入れようとのこと。その場を立ち去る前にざっと広場を見渡してみたが、冒険者と思われる人影は見当たらなかい。寧ろ俺達の他に人っ子一人いない。モブの見物人含め、もう既にみんな逃げ出した後か。

 大勢の人が集まる場であんな惨事を見せつけたとなれば、かく乱効果は十分すぎるだろう。もしかしたら、この集まりにいちゃもんをつけた人は矢を撃ってきた奴の仲間かもしれないし、あの煽りも俺達を互いに疑わせるためにうった芝居なのかもしれない。……今更こんな事を考えても後の祭り、か。


 俺達はやや小走り気味に広場を離れ、町の中央通りに向かう。ここならモブキャラの人通りも多いし、隠れる場所も多い。逆に闇討ちもやり易いかもしれないが、複数で適度に固まって動けばひとまずは安心だ。


「しっかし、あんな簡単に殺ってくるとはな……」


 周囲を警戒しつつも、Aseliaさんが眉間に皺を寄せながら苦々しく言葉を吐く。いつもは妙に楽天的かつ皮肉屋な人だが、流石に今回の出来事は堪えたらしい。


「おそらく、こっちで散々殺人とかやっている奴だろうな。もしくは俺達をこの世界に引きずり込んだ張本人か……」


 サイトさんの意見には概ね同意する。これまで想定に留まっていた俺達に敵対する存在が、ついに明確になったのだ。これからは奴らに対しての対応も考えていかなければならない。少なくとも敵は俺達が大勢で組むのを望んでいない。となると、あまり頭数には自信が無いのか、それとも俺達を協力させずに何かさせたいのか……


「今考えても仕方ありませんよ。とりあえずは戻って一息ついてからにしましょう」


 よくもまぁ人一人目の前で殺されたというのにこんな風に冷静でいられるものだ。自分含めて。現実世界で人が死ぬとやるせない気持ちになるが、こっちの世界だとどうも現実味が薄れる。その反動で朝起きたらまた頭がモヤモヤするんだろうけど。

 みんな同じことを思っているのだろう。


 それ以降、俺達は宿に到着するまで終始無言になっていた。




 ◇ ◇ ◇ ◇



 ほぼ同時刻。


 宿屋アートマーの一室にカーテンの隙間から外を覗き込む男がいた。銀色の甲冑に身を包み、黒い短髪の一見爽やかな剣士。彼は一通り外の状況を確認すると、緊張を解くかのように胸を撫で下ろし、窓から目を離して木製の椅子に座り込む。


「何だか……とんでもないことになりましたね……」

 

 彼の目先にいたのは茶褐色の体毛に身を包んだ獣戦士。雄々しい体格とは裏腹に彼の体は縮こまり、ベッドに腰掛けながら軽く震えてすらいた。


「ごめんなさいYASUさん……私一人で逃げ出したりなんかして……」


 獣戦士から出る声は、顔のイメージ通りに低く野太いものであったが、しゃべり方は弱々しく、そして女々しいものであった。そのあまりのアンバランスさに軽く戸惑いつつも、YASUは目の前の仲間を何とかしてなだめようとしていた。


「いえ、あの場から逃げたのはPon太さんだけでは無いですし。それに私だってあなたについて行く形になりましたからね。あんなことが目の前で起こったら誰だって逃げ出したくなりますよ」


 YASUは軽く笑ってみせるが、すぐに逆効果だと気づき、口を閉じる。


 あの惨劇。


 彼らの頭上を鋭い衝撃が走り、眼前に立っていた人物の額を直撃。矢は男の頭部を易々と通り抜け、辺りには赤黒い脳漿が飛び散り、男はそのまま物言わぬ肉塊と化してしまった。

 この間わずか数十秒。しかし、彼らにはその時の映像がコマ送りで頭の中に焼き付けられていた。


「この世界で死んだら現実でも死ぬって……本当、でしょうか?」


 Pon太が震えるような声で言う。


「私には分かりませんが、現実で怪死事件が起こっているのは事実ですし、この事が本当に原因なら全ての説明がつきます。シエルさんも言ってることですし」


 もしも、これがただの夢でこっちの世界でどんな悲惨な死に方を迎えたとしても、現実では何事も無かったかのように朝を迎える可能性も……それは淡い期待に過ぎなかった。

 彼らは始めから情報を与えられ過ぎた。自分自身で身を持って知った情報がほとんど無い。現実で目が覚めたら元の世界に戻れるという救いのある話でさえ、完全に信用する事が出来ないでいるのだ。ただただ、今後の不安だけが彼らの頭を支配していた。


「Pon太さん、私は思うんですが……、やはり今はシエルさん達と協力した方がいいと思います。あの集会を襲って来た人達の動機もまだ明らかではありませんし。またいつ襲って来るかも分かりませんからね」


「……組もうとしたから襲って来たんじゃないですか?」


「それだと逆に我々が組むのを恐れている、という捉え方も出来ます。明確な動機は分かりませんが、このまま二人でいると安全という保証もないんですよ。だったら、まだこの世界に慣れている人達と一緒にいた方が……」


 組んだ方がいいのか、そのままの方がいいのか。どちらとも言い切れない。今は不確かな考えを積み上げることしか出来ない。ただ信じられるのは目の前で起きる現実のみ。

 

「……そうですね。大勢とは言わないまでも、せめてシエルさんとは……」


 Pon太は力なく答えるが、先程の震えたような声ではなかった。


「ええ、決して長い時間ではないですけど、今まで一緒にやって来た仲ですから」


 Pon太の後押しを受けて、YASUの言葉にも勢いがこもる。ようやく彼本来の雰囲気が戻って来たようであった。


「よし!そうと決まれば、早速でもシエルさんを探したい所ですが……」


「どうやって探すんですか?」


 YASUは少し考えた後、すぐに何かをひらめいたかのように頷く。


「確か上の階は大人数で泊まれる部屋でしょ? もしかしたら彼らもここの宿屋を利用するかもしれません。……いや、ゲーム内のこの町の宿屋はここだけですから可能性は結構高いですよ。入る時に名簿に名前を書きましたよね?そこから割り出せるかもしれません」


「別の名前で泊まっていたら?現に私は偽名使いましたし……」


「あー……ま、まぁ、可能性は無きにしもあらずですよ!早速他の人の名前が見れるか調べて来ます!」


 あくまでも前向きなYASUを見て、思わずPon太も笑みがこぼれる。


「本当に助かったわ、YASUさんがいてくれて……自分一人だったら、きっと今頃パニックでずっと震えてたと思います」


「Pon太さん、女性なんですよね?」


 Pon太は少し険しさの取れた顔でゆっくり頷く。


 自分はまだ同じ男の体だからいいが、その獣の体、しかも♂の肉体では色々と不便というか、気持ちが悪いだろうとYASUは気の毒に思った。低く野太い声で女口調というのも滑稽であるが、それ以上に別の人間を演じるのが大変そうだと同情を禁じ得ない。


「でもYASUさんばかりに頼っていられないわ。私も、シエルさん達の言う通り朝になって元の世界に戻れたら、マスコミにこの事を伝えようと思うの」


「マスコミですか……。確かに世間は変死事件が多発してるし、証拠が無くても話題に取り上げて貰えれば状況が変わってくると思いますが……信じて貰えるでしょうか?そもそも既に他の皆さんがやられているみたいですし」


「報道に知り合いがいるのよ。彼なら私の言う事をある程度信じてくれると思う。証拠は掴めなくてもゴシップにでもなれば……」


 YASUは大きく頷く。

 

 この事態を何とかするにしても、取り込まれた人間だけでは人数が少なすぎる。まずは現実の世界の人達にこの状況を知ってもらえれば、「この世界に取り込まれていない味方」を作ることが出来るかもしれない。


「それは妙案ですよ」


「でも、まずは元の世界に戻らなきゃ……」


「そ、そうですね……」


 現実世界での行動方針は決まったとはいえ、急に手持ち無沙汰になってしまいYASUは少し落ち着かなくなる。部屋は一人用にしては割と広いため窮屈感こそ無いが、男女がテレビも何も無い空間に二人というのは互いに少し気まずさを感じさせた。

 やがて少し居たたまれなくなったのか、YASUは再び立ち上がり入り口の方に向かう。


「……ここで、このままじっと待っておくのもなんですし、やっぱり今からフロントで客が確認出来ないか見てきます」


「大丈夫ですか?」


「宿の中を少し見て回るだけですよ。すぐに戻ってきます。あ、でも一応鍵は閉めてくださいね」


 そう言って微笑みながらYASUは部屋を出て行く。


 部屋に一人残されたPon太は、ドアの鍵を閉めた後、大きく息をつきベッドに倒れ込んだ。手や頬をいくら力任せにつねってみても、夢から覚める気配は一向にない。股をまさぐると、現実の自分には無い物が付いていて強い戸惑いを覚える。こんなことを続けている訳にはいかないと、すぐに手を頭の後ろに回し、仰向けの姿勢でぼんやり天井を眺める。


(シエルさん達が言っていたように、本当にこの世界が原因で現実の人間が死んでいるとしたら……悪用する人が出るのは当然ね……でも私はそんなこと……)


 Pon太は、いや、白岩由貴子はごく普通の専業主婦であった。幸い男運には恵まれ、給料のいい新聞社に勤める男と結婚する事が出来た。夫婦仲も割と円満、姑問題も特になく、小学生の息子も大人しい。彼女はそれなりに、だが、何か満たされない生活を送っていた。それを埋めるかの如く家事の合間に始めたネットゲームだが、いつの間にか彼女の生活の一部となっていた。30過ぎになってようやく日々の楽しみを見つけた矢先の出来事である。


(このことが外に漏れれば大騒ぎになるでしょうね。ちょうどあの人もほどほどに正義感はあるし。これで犯人がわかったら……表彰ものかしら?いや、下手すれば私も変に疑われるかもしれないわね。どちらにせよ、ゲームで死ぬなんて馬鹿馬鹿しいわ……)


 自分が折角見つけたささやかな楽しみ。面倒くさい御近所付き合いなど忘れ、素性を隠して外の人とふれあえる機会。それを邪魔するなんてとんでもない。ゲームの中の住人に慣れるなんてまるで夢のような話ではあるが。


 そんなことを考えていると、部屋の戸をノックする音が聞こえる。


(誰!?)


 Pon太は思わず身構えて武器に手をかけた。


『Pon太さん? 私です』


 ドアのノックの主はYASUであった。Pon太は肩の力が一気に抜ける感覚を覚えた。


「YASUさん、どうでした?」


 YASUはその問いに答える間も無く、ややばつの悪そうな表情を浮かべながら部屋の中に入って行く。何やら顔をキョロキョロさせて何かを探しているようにも見えた。


「一体でどうしたんですか?」


 YASUは屈んでベッドの下も探り、顎に手をかけて何やら考えるような仕草を見せる。


「下に行ったついでに何か買おうと思ったんですが、財布を忘れてしまったみたいで……どこに置いたかな……もしかして落としたのかも……」


「どんなものですか?私も探しますけど……」


 Pon太も布団をひっくり返して手伝おうとする。YASUは生返事をしながら淡々と自分の荷物の中身を出していく。


「そういえばPon太さん……報道関係に知り合いがいるっておっしゃってましたけど、本当に信用なんてしてもらえますかね? やっぱり少し難しそうな気もしますが……」


 つい先程まで手を上げて賞賛していたのに、YASUは急に訝しげな口調になる。


「大丈夫ですよ。実は私の夫の事なんです。名前は出せませんが、とある新聞社の報道副部長で……最近の怪死事件のことも凄く気にしてたから、紙面には載せれなくても裏で調べて貰う事が出来るかも。向こうも今までお手上げ状態でしたし」

 

「なるほど」


 瞬間、人の熱が消えたような声に、Pon太は違和感を覚えた。


 彼女の本能が得体の知れないものを感じ取り、男の後ろ姿を凝視する。YASUは「あったあった」とゆっくりと財布らしき袋を取り出して、にこやかに振り向いて立ち上がる。その表情を見てやっぱり自分の気のせいか?と、ほっとした瞬間。


「……え?」

 

 ふっ、と目の前の男の姿が消える。何拍か置いて自分の胸の衝撃に気づく。

 

「あ……?」


 男は自分の目下にいた。彼が右手を引くと、赤黒い液体のついたナイフが彼女の眼前に晒される。そして、遅れて彼女の痛覚が起動する。


「う……!あ、あ……?」


 息が、吸えなくなる。

 自分の胸から次々に血液が噴出し、思わず両手を当てる。


「夫の稼いだ金でのうのうと生活し、自分はネトゲ三昧か。いーね、主婦って奴は」


 目の前の男から、嫌悪感たっぷりの見下したような低い声が叩きつけられる。


「……?」


 もはやそんな言葉すらも彼女の耳には届かなくなっていた。床に蹲ったまま、声すら出せない。息をしようにも気管に次々に血液が流れ込んできて空気をせき止める。口からも血が漏れ、乞うような目で男を見るが軽く足蹴りされる。


(な……ん、で……?)


 さらに男の剣が彼女の脳天に振り下ろされ、部屋の中に鈍い音が響く。頭蓋骨に刀身が引っかかり、それを引き抜こうと変に動かしたせいで、更に頭部は醜く歪み脳の破片が引き裂かれたように辺りに散らばった。


「うぇっ……ま、まぁ、現実では平和的に病気で死ぬだろうしな……」


 男は足元の血まみれの剣をその辺に適当に放り投げ、血まみれの服装のまま急いで部屋を出る。ちょうど廊下を通りすがっていた清掃員に何事かという目で見られたが、彼女を突き飛ばしそのまま便所へと駆けこんだ。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「あ……YASUさん?」


 その頃、宿屋の受付で冒険者達が顔を合わせていた。男はほっとした表情で、名前を読んだ魔法使いの少女を迎えた。


「シエルさん、よかった! ……あ、いや、すみません。勝手にあの場から逃げ出したりして……」


 申し訳なさそうにYASUは頭を下げる。冒険者の先頭にいた×ぽんもあの状況なら仕方ないと返す。


「本当に身勝手な頼みだとはわかっていますが、やっぱりあなた達に同行させてもらえませんか?」


 ×ぽんはシエルのほうを振り返ると、彼が頷くのを確認してYASUに握手を求める。


「やっぱりそーゆーもんなの?」


 後ろにいたAseliaが小声でサイトに問いかけるが、彼も目を瞑りながら軽く頷いた。


「本当にありがとうございます。……こうしちゃいられない、実はPon太さんも一緒なんですよ。彼女も呼んで来なきゃ」


 一行はまた少しずつ人が集まって来そうだと、やや複雑な気持ちの入り交じった安堵を覚えながら、彼の部屋へと向かった。


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