34話 これだけをまとめるには
「ようシエル。その人達は……」
広場でまず出迎えてくれたのはAseliaさんであった。傍から見ると凛とした美人女騎士だというのに、中の人の関係でややだらしなさが前面に出ている。仲間内からも男口調が勿体ない人物No.1だと言われているくらいだ。でも男は男だし。
「俺がよく組んでいるパーティーの人達です」
三人で軽い自己紹介を行っているうちに、俺はぐるりと辺りを見渡す。中央広場はレトロな石畳の地面に、広場の真ん中には町の子供たちの遊び場と化している噴水と、いかにもゲームの中の広場のテンプレともいえるべき所である。広さも東京ドームくらいはありそうだ。行ったこと無いけど。
ゲーム内でも待ち合わせの場所としてよく使われているため、冒険者の姿も結構見かける。その中のどれだけが、こっちに意識を取り込まれた人なのやら。
「今んとこ、今日の新入りはあんたら合わせて30人くらいかな」
ちょうど同じことを考えていた所にAseliaさんの言葉が耳に入る。
「30人もですか?今までのメンバーの同じくらいじゃないですか」
「しかも今の時点でだ。集会まではあと2時間以上あるし、もっと増えるだろうな。今20人くらいで町を回っている最中だしさ」
Aseliaさんは噴水の淵に腰掛け早くも寛ぎ体勢に入る。周りをざっと見渡す限り、他に顔見知りの人もいないし、この人が留守番ってとこか。単に人に声を掛けるのを面倒臭がっているだけかもしれないが。
「まぁ時間までたっぷりあるし、そこら辺でのんびりしといて構わないぜ」
「では時間まで、私たちも他に取り込まれた人を探すのに協力させて貰えますか?」
責任感の強そうなYASUさんらしい台詞だが、Aseliaさんは首を振って制止した。
「ゲーム画面だと見慣れてるかもしれないけど、初めてだと結構迷うぜこの町。ゲームと比較して、広さが尋常じゃないからな。それにあんたらはまだ状況を上手く説明出来ないだろ?噴水の周りの奴らはみんな同じ新入りだしさ、そいつらと交流でも深めててくれよ」
単に俺がこの人のことを穿った見方をしているだけなのかもしれないが、新入りを気遣うようでどこか適当な物言いのような。YASUさんとPon太さんは少し困ったような表情をするが、彼は意に介す様子は一切見せない。
「あ、シエル。お前とはこれから少し打ち合わせをしたいんだが」
「打ち合わせ?はい、いいですけど……」
横目で二人が顔を見合わせて軽く頷く姿が見える。彼らもAseliaさんの意図を何となく了承したらしい。二人共、ここら辺は流石に大人だ。YASUさんとPon太さんは、この場を離れ噴水の周りに集まっている冒険者達に話しかけていた。
「ちっと印象悪くしたかな?」
離れた二人を見てAseliaさんが軽く苦笑いする。
「分かってて言ってたんですか……」
「まぁいいさ、仲間はこれから腐るほど増える。お前の仲間とはいえ、誰も彼もと深く付き合うなんて面倒くさくてしょうがねぇや」
それって、色々とダメな人の台詞だよAseliaさん。この人は根っからの性悪とかじゃないんだろうけども、多分。現状を考えて、他の人に悪印象を与えるのは得策では無い気もするが。
「それで?あの二人を遠ざけたってことは何か大事な話でも?」
「おう、話が早い。お前はこんなことになる前から知り合いだし、間違いなく『シロ』だから言えることなんだけどさ……」
シロって何だ。何だか物騒な気がしてきたぞ。
彼は二人が近くにいた時とは比べ物にならないくらいの真剣な表情になり、ヌッとこちらが思わず身を引くくらいに顔を近づける。
「俺の仲間が殺された」
「えっ!?」
耳元でぼそりと呟かれたのは、あまりにも唐突な上に色々と省きまくっている台詞。言わば核心を先に言っちゃうアメリカン的な?とにかく穏やかな事では無いのは確かだ。
「えっと、殺されたって、誰が?誰に?」
俺は周りのことを考えて小声で尋ねた。Aseliaさんも周囲にこの話が漏れないようにキョロキョロしながら話を続ける。こういう話は他に人がいない所でやった方がいいと思うのだが、それだと余計変に疑われるってことか?幸い噴水の音で声は少し通り難くなっている。
「お前は多分知らない奴だ。俺のこのゲームを始める前からのネトゲ仲間でな。掲示板のメンバーには入っていないが、俺個人とはこっちに来てからも色々付き合いがあった。昨日までサイト達にも言ってなかったんけどな」
「どうして俺達の仲間にならなかったんですか?」
「早いうちから他人があまり信用できなくなっていたせい、かな? 多分。お前だってGillyとかいう訳分からん人がいるだろ。お互い様だ」
お互い様……か?事情は色々違う気もするが。
「どうやって殺されたって知ったんですか?」
「昨晩4人で町を歩いている最中に殺された現場に出くわしたんだ」
「町中で殺されたってなら犯人は……」
「それは分からん。俺達が現場に着いた時は、既に遅かったよ。右肩から左腰にかけて真っ二つ。そいつは鎧も着てたし、鋭利な切り口から見ても冒険者……恐らくはファイターであることはほぼ間違いないって言われてたな。……あぁ、安心しろ。お前やGillyとかいう人は微塵も疑っちゃいない。現場は互いに剣で一線交えていた感じの惨状だったからな。ソーサラーやシーフはすぐに容疑者から外れる」
何とも複雑な心境だが、とりあえず俺と付き合いの長い人物の中に容疑者はいなくて少しほっとする。もちろん自分が疑われてないことも含めて。
しかし、剣で一戦交えた、か。何でそんな事態に?こっちの世界で死ぬことは、現実でも死ぬことだ。初見でもない限り、自らの命を危険に晒すようなことは普通しないと思うが。
……いや、違うな。一つの仮定が当たれば当時の現場の状況を簡単に組み立てられる。
「……それは本当に冒険者がやったんですか?」
「少なくとも、そいつはレベル47のファイターだ。この町のモブや低レベルのキャラにそう簡単にやられるような奴じゃない」
「モンスターという線は……」
「これだけ大きな町、しかも町の真ん中の一角だけで起こったんだぜ?モンスターならもっと大騒ぎになっているさ。それに被害者だってもっと出ているだろうし。人に化けられるモンスターでもいたら話は別だけど」
確かに今のところそんなモンスターの存在は確認されてないし。それに人を襲うにしても町の内側でやるなんてそれこそ意味が分からない。変幻自在のモンスターとか考え出すとキリがないが、動機や周囲の状況を考えると人間の仕業だという結論に達してしまう。
ちょうどこの世界では謎の連続殺人事件真っ盛りだしな。
「目撃者とかはいないんですか?」
「それらしき人を含めて殺されてる。まだ年端もいかない男の子とかな。おまけに近所で一家丸々殺害されたっていう事件があったらしくて、さらに医者の話ではそっちの方が先に殺されたみたいで……」
「……現場を見たから殺した?」
「そう思うよな」
「はぁ~」とAseliaさんは遠い目をしながら溜息をつく。
気がつけば犯人が人でないという僅かな可能性に望みを託す自分がいる。あくまでも比較としてだが、知能犯のモンスターがやったという一辺倒の考えを持てたらどんなに気持ちが楽なことか。
何のために人を殺す必要があるのか。今となってはその動機がある程度推測出来てしまうのが何とも虚しい。Gillyさんが言っていたな、人を殺すことに慣れてしまったらって。
一度やってしまうと歯止めが利かなくなる、か。
今の状況を考えればこんな考えを持った人間がいてもおかしくないのだ。いや、確実にいる。俺だってこっちの世界に取り込まれたのが自分だけだったなら、こっちから世の中の蛆共を成敗してやろうなんて行動を起こしたかもしれない。
でも他に同じ状況の人が、しかも大量にいるとなれば話は別。あまりにも簡単に完全犯罪を起こせる方法を複数の人が持っているということは、常に自分も命を狙われ続ける一人になるという事だ。犯人もそれが分かっていないわけがないだろう。慣れると同時に引っ込みがつかなくなっているのかもしれない。
「でもどうしてそんなことを俺にだけ?そんな重要な事だったら……」
「容疑者は腐るほどいる。新入りの奴にそんなこと話してみろ。即パニックになるぞ」
ああ、なるほど。一応この人なりに色々考えてはいるんだな。寧ろ俺をそこまで信用してくれてありがとうございます。
「今日の集会……下手な事を言い出す奴がいたら一気におじゃん、どころか、一転して最悪の状況になるんだ。だから、お前には早いうちに釘指しとこうと思ってな」
「確かに、疑心暗鬼にでもなって味方同士でいざこざが起きるようになったら……」
「そゆこと。つーか、集会企画したれんちぇふって奴ほんと空気読めねーよな。俺らのメンバー以外にそう思ってる奴絶対にいるっつーの」
あぁもう、少し見直したそばから、この人ぶっちゃけすぎ。でも気持ちは分からんでもない。今まで味方と絡むのは少人数ずつだったからよいが、これだけ大人数になるとあまり伝えたくない情報を隠すのも難しい。相手の胸中も分かり難いし。
これまでの俺達は互いに100%信用しているというわけでもないが、つかず離れずの微妙な距離感を保っていたわけだ。探り合ってはいるが、決して表には出さないという関係を壊さないようにしていた。
強固な結束は強い力を発揮できるが、その分崩れた時の代償も大きい。
「ということはAseliaさん。これはさっきのYASUさんの推理なんですがね…… もしかしたらこの世界にはデバッガーとかもいるんじゃないかと」
「言、う、な、よ? 少なくとも集会中は」
やっぱりっすか。